麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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和歌山県のまるわしラーメン美味しかった。鯖の棒寿司も美味


(37) 相席、和歌山ラーメンまるわし

 

 深夜、夜遅く営業を続けるいつものこと。店の暖簾を下ろすまであと一時間を切った、そんなちょうど今のこと

 

 店にいるお客は二人、それもただのお客様じゃない。お得意、常連、そんな言葉では足りない、そうケツ持ちだ

 

 

「……おまちどうさま」

 

 

 コトっと、二つのどんぶりを置く音が静かに鳴った。一つ分の席を空けて、二人は談笑するでもなく無干渉で、そして箸を割ってレンゲを取ろうと、共有のカトラリーボックスに手を伸ばして

 

 

「ど、どうぞ!」

 

 

「「……すまんな」」

 

 

 手が重なる、一触即発になるかもしれない寸前、僕は先んじて二人の手にレンゲを渡した。

 

 受け取った二人、張さんと、もう一人

 

 

 

「気が利くな、ミス・ケイティ……危うく色男の利き腕がはじけ飛ぶところだった」

 

 

「……は、あはは」

 

 

 マニサレラカルテル、その幹部でありここロアナプラのにおいた橋頭保で頭を張る存在、黄金夜会に顔を出す代表役の男、そうミスター・アブレーゴさんだ

 

 

 

……笑えない、冷えつくジョークはもうジョークじゃないんですよッ

 

 

 頼むから穏便に、そう願うがしかし二人のやり取りはこっちの期待を無視。二人の間には火花や静電気がやたらめったに飛び交ってしまう。いつ、火薬に引火するかわかったものじゃない

 

 

 

「今のジョーク、笑えるなアブレーゴ」

 

「そうか、お前さんよりはセンスがあるってこった」

 

「ああ、センスの無い俺ならきっとこう言ってただろうな。危うく、小心者の首が南米彼方まで吹き飛んでいた所だった、なんて言ってたかもしれんな」

 

 

……ピリッ

 

「……ッ(ガタガタ)」

 

 

 冷えつく空気、しかし二人のジョークはまだ続く

 

 

「……そいつは、ナンセンスだな」

 

「怒るなよセニョール。センスが悪いんだからな、それぐらい許してくれ。なあケイティ、俺のジョークはいつもこんな程度だ、知ってるだろ」

 

「…………は、はは、そうでしたっけ???(ガクガクブルブル)」

 

 

 笑えない、それはジョークのせいじゃないと声高に叫んで説明したい。あの、二人とも本当に止めてください。というか、早く食べて帰って欲しい

 

 

「……美味いラーメンが台無しになる。寒いジョークは懐にしまえよ、ミスター・張」

 

 

「ああ、しまうともさ。お互い、懐のモノはここでは仕舞っておこう」

 

 

 懐、それの意味するものは言わずもがな

 

 

 

 

……ほんと、なんでこんなことに

 

 

 

 いつもなら、二人は事前に一報を入れて店に訪れる。けど、今日はたまたま気分で寄ったみたいで、そしてたまたま顔を合わせて、こうして均衡状態が出来上がっている

 

 来るものは拒まず、文句は言えないしまして追い返すなんてできるはずがない。怖いけど、食べたい気持ちで訪れたお客を無下に返すことは、僕もしたくない

 

 ラーメンは出す。美味しいラーメンが食べたいなら、振舞わなくては料理人失格だ。 

 

……空気、変えないと

 

「……お味は」

 

 

 適当な会話、アブレーゴさんは器用に箸を使い、麺を一息に食す。

 

 

「あぁ、イケる……塩加減も俺好みだ」

 

 

 返すアブレーゴさん、味を誉められて少し頬が緩んでしまう。

 いつの間にか箸使いもすすり食いも上達している。ラーメンが似合う南米出身者は、やはり珍しい光景かもだ

 

 

「……豚骨スープ、しかし今日はクセが強いな。ケイティ」

 

「はい、今日は豚骨醤油ラーメン、それもちょっと変わった作り方です」

 

「ほう……それはどんなだ」

 

 

 アブレーゴさんの質問、今日のラーメンは茶褐色のスープにチャーシューとメンマ、ネギに、そして花かまぼこのスライスが乗っている。知っている豚骨醤油ラーメンとは、少しだけ違うはずだ

 

 

 ジロリアンであるアブレーゴさんは普通の豚骨醤油スープは知っている。けど、今日作ったのはマルワシラーメン、俗に言うご当地ラーメンという奴だ。日本の、和歌山県発祥の美味しい豚骨ラーメンである

 

 

「醤油、ソイソースで直に豚骨を煮込みます。保存を利かせる手段ですけど、それが独自の癖、醤油の強い風味と味の一体感が生まれるんです」

 

「……なるほど」

 

 納得、調理方法を知って府に落ちたようだ。食べる手は止まらない、醤油の風味に慣れ親しんだ二人はずるずるとラーメンを食らう

 

 

「張さん、お味は?」

 

 

 話し相手を変えて、サングラス越しで表情は少し隠れぎみだけど、その食べっぷりは十分満足している人のそれだ。

 聞くまでもないかもだけど、承認欲求に駆られつい感想を催促してしまう

 

 

「張さんの好きな博多ラーメンと比べると、すこしくせの強い味ですよね……どうでした?」

 

 

「……いや、これも悪くない。美味い、絶品だ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……」

 

 

 

……ズルルルル

 

 

 気持ちのいい音、ピりついた空気も薄れようやく落ち着いた時間が流れる。ことは起きず、相席は何事もなく済む。つい安堵の息が出てしまう

 

 

 

 

「ケイティ、お勘定だ」

 

 

「……え?」

 

 

 

 ドンブリを見てみる。そこにはまだスープはなみなみと残っているのに、いつも替え玉でスープが枯れるまで食べてしまうぐらいなのに

 

 

 

「……今日は一杯でいい。ほら、受け取ってくれ」

 

「ぁ、はい」

 

 

 食べた時間、五分も満たない時間。張さんはいそいそと店を出る準備を始めている。壁にかけた背広を取って、席にまだ座っているアブレーゴさんには目もくれず

 

 アブレーゴさん、この人に気を使って席を外す、そんな事かと思ったりもしたが、果たしてあり得るだろうか。

 

 

「……じゃ、また来るよ」

 

 

 二人の関係、何かあるのかとか、少し考えてしまう。対立する別勢力のトップ、それがどうしてそもそも相席なんか

 もしかすると、何か二人には縁があるのか、それとも考え過ぎか、推測は答えを求めて迷走してしまう。

 

「……ケイティ」

 

 

「は、はい……またのご来店をお待ちしております」

 

 受け取った12ドルを手に、僕は深々と礼をする。外ではまたしている部下たちがぞろぞろと動き出し車のエンジンもかかった。静かな均衡状態、それはあっけなく静かに終わる、かに見えた

 

 

 

「……ミスター」

 

 

 呼びかける張さんの言葉、それはラーメンを食しているアブレーゴさんに向けて。箸使いになれたその手が、掴んだ花かまぼこをスープに落っことした

 

 

「……なんだ」

 

 

「さっきの言葉の詫びだ。冗談でも、小心者だなんて言うべきではなかった……詫びだよ。受け取ってくれ」

 

 

「……そうかい」

 

 

 

 会話は終わる。互いに目も合わせず、静かにドアが閉まる。

 

 アブレーゴさんと、残るは僕とで二人

 

 

 

…………ずる、ずるるる

 

 

 

 静かな空気、余計に静寂さが浮き立つように、そのすする音が店の中で響く。

 

 

 

 

「……」

 

 

 会話もない、そう思って僕はいそいそと店終いの準備進める。ガスの火を落とし、黙って張さんの器を回収し洗いものを始める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ずるる、ずず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソッタレ、張の野郎」

 

「!」

 

「小心者だと、言ってくれやがる……ようケイティ、お前さんはどう思う」

 

「!?」

 

 

 急に、低い声で始めた会話の第一声がそれとは、返す言葉、その成否を考えて答えを出そうとするも難解でもどる。えっと、あぁ、が繰り返す

 

 そんな僕を見て、アブレーゴさんは怒るか呆れるか、そう思っていたら

 

 

 

「……畜生、当たりだよ」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 出た言葉は、なんとも情けない自虐と自嘲、サングラスを外したアブレーゴさんはとても悪者とは思えない情けない表情をしていた

 

 強張って悪者ぶった表情をしていたが、それが崩れて、一気に年を取った感じだ

 

「……アブレーゴ、さん」

 

「くっそぉ……なんだよあいつ、まじこえぇよ。本気で銃なんか出されたら勝てるわけねえだろがぁ……くそッ!くそッ!」

 

「あ、アブレーゴさん??」

 

「あぁ、笑ってくれ……俺は小心者、少なくとも張の野郎相手に肩ひじ張ってやっと虚勢を張れる、そんな程度さ。はは、笑えよ、ケイティ」

 

「……ッ」

 

「反応に困ってるな、まあいいさ……一応、シークレットにしておいてくれ。お前さんなら、こういうことも愚痴ったっていい。ロアナプラの連中相手じゃねえ、お前さんなら」

 

 ロアナプラじゃない、その言葉は妙に引っかかる

 

「ぼく、ロアナプラの住人ですよ……ちゃんと」

 

「ちゃんと、だなんて付け加えてる時点でちげえよ。お前は、お前さんのこの店ひっくるめてロアナプラじゃねえ。けど、それでいいんだ、ロアナプラを忘れられる」

 

「……意外、ですね、そんなこと言うだなんて」

 

 ロアナプラを否定する、間違ってもそんな言葉、黄金夜会の顔役が言っていい言葉ではないはずだ

 

 まるで、この人は嫌々この悪徳の都にいると言っているようなもの

 

 

「……本気で、言ってます?」

 

 ロアナプラの利権を牛耳る一角、その一声、指先の動き一つで途方もないお金と人の命を好き勝手出来てしまう、そんなお人のはず

 

 

 

「け、そう思ってくれるなら俺の虚勢も大したものだな、捨てたモノじゃねえみたいだ」

 

 

 

「……」

 

 そうだったはず、なのに、これはいったい

 

「虚勢って、あなたはロアナプラの」

 

「ああ、ここの不文律、世界で最もイカれた場所を知り、その旨味を吸って生きているすげえ奴、ってふりをしている道化さ」

 

「……」

 

 言葉にならない、というか反応に困る。道化なんですね、ピエロなんだすごーいとか、そんな返しをすればいいのだろうか。

 

「張の野郎、そんでロシア人のイカれ共はいいなぁ。あいつらはよぉ、好き好んでここにいてやがる……イキイキしてんだ、真似は出来ねえ、根っこの器とか、才覚が違うんだ」

 

 イキイキしてる、まあ確かにその通りだ。

 

「イタ公は別だ。イタ公はのんきで天然だ、話にならねえ。あれは手前の瀬戸際になって自分の愚かさを知るって相場が決まってる」

 

「……それは、偏見では」

 

「いや違いないさ、あのゴリラ顔は絶対何かやらかす……断言するね、欲かいてバカするぜあのゴリラ。きひ、ひひひ……いいなぁ、腹抱えて笑えるぜ」

 

 にじみ出る性格の悪さ、底にある陰湿さがもう隠せていない

 

「……じゃあ、あなたはどうなるのです?」

 

「?」

 

「黄金夜会ですよね、すごい人なんですよね……アブレーゴさん、もっと自信持ってください、えっと、その、がんばれ!ファイト!」

 

 なんだろう、不憫に思えてくると自然にこんな言葉が出てしまう。失礼極まりないのに、からかってるのかと因縁付けられてもおかしくないのに

 

 

 

「……ぉ、おぉ、ぐすッ……俺は、俺だってなぁ」

 

 

 

 けど、なんだか心に刺さってしまったようだ。アブレーゴさん、涙がスープに落ちてます

 

 

 

「俺か……俺は、そうだな」

 

 

 

 ずずっと、スープを飲む。話しながらも食していたラーメン、今器の中はその一口で空っぽになった

 

 満足そうに食後の一息もつかず、ダウナーな調子でアブレーゴさん話を続ける 

 

 

 

「俺だって、やろうとすればやれる……ここまで、やってきたんだ。出来る男、のはずだ、多分……あってるか?」

 

 

 聞いてくる。聞かれても困ります、とにかく声に出すと心に無い言葉とバレそうだからひたすら首を縦に振る

 

 しかし、その甲斐空しく、アブレーゴさんは勝手にまた落ち込んでいって

 

 

 

「……俺は、ただの落胆者だ。わざわざこんな地獄にまで来てやっていることは、逃げなんだ」

 

 

 

「に、逃げ……そんなこと、ないです、えっと、その……あ、がんばれ!ファイト! アブレーゴさん偉い、かっこいい!!」

 

 

「うるせえ!お前、がんばれとか軽率に誉めるのはなぁ!!鬱の人間に一番やっちゃいけねえことだぞそれ!?」

 

 

 

「え、鬱なんですか?」

 

 

 

「たぶんな、くそったれ!」

 

 

 

 やけっぱちになっている。というかここまで来ると何だろう、いっそ面白くなってきた。

 

 アブレーゴさん、ちょっとだけ親しみのレベルが上がってきた気がする。

 

 

 

「……おい、ケイティよぉ」

 

 

 

「は、はい」

 

 

 

「おまえ、ちょっと付き合え……飲み直しだ。飲まなきゃやってられねえ」

 

 

 

「え、えぇ……まあもう閉店にしますけど、じゃあイエローフラッグでも?」

 

 

 

「ばか、んな所じゃ本音の愚痴がこぼせねえだろ。うち系列のホテルに俺専用のバーがある、そこに行くぞッ!」

 

 

 

「え、ええ!?」

 

 

 

 

 拒否権は無い。アブレーゴさん、酔ってないのにめんどくさい酔い方をしてる。うん、なんだか他人に振り回されるのは慣れているから妙に冷静だ。

 

 ひとまず結論、アブレーゴさんは見栄っ張りで、その実はなんとも不憫なネガティブ苦労人おじさんである。

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




久しぶりの投稿、現在新人賞向け作品の執筆で忙しいですが12月よりまた投稿再開予定

アブレーゴ、ロベルタ相手に色々不憫な立ち回りしかしてない彼ですが今回はあえてピックアップ。ロベルタ編では何気にちょっと活躍させる予定です。たまには野郎相手にラーメンを振舞うのもいいよね。

ヒロインとの話があまあまならかっこいい男キャラとの話は渋みのある話、にしていきたい。アブレーゴ、不憫な男ですが憎めない男なんです。そんな独自解釈でお送りします


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