麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
アブレーゴさん、その正体はマニサレラカルテルの幹部候補、しかし本人の認識は違うと言う。いったいなぜか
間違ってもそうじゃないと、聞く者は皆否定するはずだ。世間的に考えて、裏社会での彼はそれなりの大物であるし何より黄金夜会に顔を出す代表なんだ。カルテルの幹部レースから外れるも、その本心は虎視眈々と上を目指すために僻地のロアナプラでシノギを得んと裏社会の前線に立つ男。それが裏社会で下された正当な評価
しかし本人の認識は違う。違うらしい
……カルテルは地獄だ。幹部候補は共食いの泥沼、食い殺される前に俺は体よく島流しにあった。志願者が被害者を装ってな
……ここの均衡は裏社会の趨勢にも大きく影響を及ぼす。けどな、上がる利益はほとんど本国行き、陣頭に立って得られる利益とリスク、こいつは噛み合わねえ。
……安易に欲をかいて羽目を外すにはここは地獄すぎる。均衡こそしているがここはな、やり方次第だが三度目の世界大戦すら引き起こせる。それだけの爆発を秘めている、それだけの火薬庫ってことだ
……そんな場所、知ってる連中はまず関わりたくないって思うのさ。知らないバカは勝手に自滅する、そう言う場所さロアナプラは。だから、俺がここにいる限り本国の奴らの干渉は受けねえ。
……味方に背中を撃たれない場所、そこはここだけだ。地獄から逃げた俺はまた別の地獄で安住の地を見出した。笑え、俺は所詮大バカ者の小心者さ。張の野郎はビンゴだよ、商品はキャンディ一年分だってか、クソッタレ
× × ×
「……えっぷ、クソッタレ。張の野郎、ひっく」
ダンっと、その手のグラスがテーブルを叩く。腹いせに力を込めたせいで、グラスは粉々に割れてしまった。ああもう危ないなぁ
バーテンダーの初老のおじいさんは心配そうに見ている。いつもここで愚痴っているんだろうか、もはや見慣れた光景なんだろうか
「あぁ、もうなんてことを……すみません、すみません」
おじいさんに何度も頭を下げる。おじいさんは手慣れた様に割れたグラスを片付けて新しいお酒をグラスで出した。今度は金属製だ
「ひっく、酒をくれ……酒だけだ、俺には酒が必要なんだぁ」
「もうダメですよ、元気出して」
「……うるせえ、慰めんじゃねえ」
不憫すぎてつい頭を撫でてしまった。すると余計に涙が洪水だ。のんだ液体が全部目から溢れているのかと思うほどに、泣き上戸はめんどうだ。確かに、これは人には見せられない
……不憫だな、本当にこの人
「……あ、何でケイティ、お前さんここにいんだ」
「あなたが連れて来たんでしょうが、あなたが……もう、敬語使うのもバカバカしいよ」
思えば、なんでこんなすんなり誘いに乗ってしまったのか。そうだ、店の中で断ったけど、そうしたら土下座でもするのかとばかりに縋り付いて来たんだ。
で、結果断り切れず僕は誘いに乗った。間違っても、この人は危害を加える人じゃないと思って、一応バラライカさんにも連絡を送って、そして今僕はここにいるわけなのだけど
……本当によかったのかな、こんなことして
今、結果として僕とアブレーゴさんは二人だけでバーにいる。流されるままにここカルテル傘下の企業が経営するホテルへ、その最上階のVIPルームでお酒を飲んでいる。
アブレーゴさんは既にベロベロ、酔っ払いの得意先を相手に接待だ。自分でも思う、本当に何をしているんだと、僕は
……怒られないかな、バラライカさんに
ホテルに連れ込まれている。そう思われてもおかしくない状況だ。実は以前、ホテルに連れ込まれかけたこともあったりする。お客さんとして接してきた人の中に良くない人がいた。
無理やり店から連れられていかれて、危うくいかがわしいホテルへと運ばれかけたこと。あれは今思い出してもすごく不快だ。
今でこそ軽い不幸話で流しているけど、やられたことはレ〇プ未遂。貞操の危機、バラライカさんに慰められてなければ今も心の傷が癒えてなかっただろう。お尻や胸板をまさぐられて、肌を舐められて、すごく不快で、泣いて泣いて助けを求めていた。
しかし、案の定というべきかこの事件は無事解決済みだ。こういった事件が起きた時、ケツ持ちのあの人たちの行動は早い。
結果だけ言えば、張さんの情報網で僕の窮地は特定されて、そこから秒単位で遊撃隊が救助という名の蹂躙を実行した。目隠しされていたから何も見えてなかったのがむしろ良かったことだろう。突然の叫びと共に銃声がわんさか響いて、助けられた後は許しを請う男達の断末魔だけ。
ことが終わってからすぐ、バラライカさんから謝罪の連絡が来た。ごめんなさい、あの日はスナイパーを配置してなくてと、前提が色々おかしい謝罪の言葉で僕は理解させられた。どうやら、僕の安全は僕の意思とか全く関係なく保証されてしまっているらしい。
……なのに、また
ホテルに入っていく姿、見方によっては僕とアブレーゴさんが密会をするようにも見えなくもない。男同士で何言っているんだと思いたいけど、悲しきかな僕は世間的に襲われるがわの人間である。
「ひっく……でよ、俺はな、こんな場所でよぉ」
「……は、あはは、それは大変ですね。ええ」
新しいグラスにお酒、ではなくこっそりと水を注ぐ。ベロベロに酔ったアブレーゴさんに介抱をしながら、こっそり携帯電話をぱかっと開く。
ことが起きてしまっては笑えない。ケツ持ちであるアブレーゴさんが店前でいきなり眉間を狙撃されては笑えない。だから事前に連絡だけはして、おそるおそる伺いを先んじて立ててみた。すると、意外にもバラライカさんは特に意見はせず、好きにしなさいとの返事が来た。
けど、今思えばあれは不機嫌の表れかもしれない。念のために
from:ケイティ
……アブレーゴさんとお酒を飲んでます。心配することは何もありません、ただの愚痴聞きですので
「……大丈夫、なはず」
連絡を送る。すると、返事は思いのほかすぐに
「!」
飼い主、バラライカさんを意味する登録名だ。ちなみに僕が付けたわけじゃない、バラライカさん自ら指定した。名前をそのまま載せてはいけないのはわかるけど、よりにもよってなぜ飼い主、まあ否定はできないけど
from:飼い主
……なにもされていないでしょうね?
from:ケイティ
……はい、問題ないです
from:飼い主
……ならいいのよ。安心させて頂戴ねケイティ、銃弾って安くないのよ
「……ッ」
飼い主様は、心配で今にも引き金に指をかけてしまいそうだと。すぐに返信、問題ないと、もうすぐ帰ります。そうメールを送る
from:飼い主
……そう、ならいいわ。けど、おいたをしたことには変わりないわね。ケイティ、今日は私のベッドに直帰しなさい。少しだけお話をしましょうか
立て続けに、また着通
from:飼い主
……明日のお店は休みにしなさい。たぶん、そうしないとモタナイカラ
「……ッ(ブルブル)」
少々お怒り、無断で顔役の男の誘いにみるみる乗って、しまって、そしてホテルという危なっかしい場所で二人きり。いくら何も起こらないと論理的に説明しても感情はままならない
優しくされているうちが花、従って甘んじて受けるとしよう。うん、明日はお休みだ、アハハ……はは
「……はぁ」
溜息、失礼かもしれないけどもう今更だ。アブレーゴさんの本性、それを知った今この程度で憤ることは無いと確信してしまった
「……水、酔いが覚めちまった」
「そうです、冷ましてあげました」
こっそり渡していたチェイサーの水、早く帰るためにはお開きにしなければならない。
「……余計なことしやがる」
「…………」
ぐいっと、出された水を素直に飲んでいる。アブレーゴさん、本音を打ち明けてからなんとも、親近感というか妙に接しやすくなってしまった。
張さんのあの言葉、それが無ければこの人の内心はきっと、これから先見えてこなかったかもしれない。
ミスター・アブレーゴ、化けの皮がはがれたこの人は、ちょっとだけ面白い。だって、今までにいなかった人だ
ロアナプラ、そこで活き活きとして暴れまわる悪漢たちの中で、この人は割と一般人より、かなり凡人的だ。
ロアナプラに染まっていない。狂っていない、そう言う意味では共通項がある
……バラライカさん、心配はいりません。この人は、本当に
「ああもう、飲みすぎですよ……って、もう……はいお水」
「ひっく、くそったれ……悪酔いもできねえての」
飲み干す水、しかし素直に聞いてくれるものだ。アブレーゴさん、この人は危険じゃない。
腹を割って接すれば、案外いい人なのだろう。ちょっと同情しちゃうし、だから介抱もしてしまう。なんだろう、頑張れアブレーゴさん、そんな言葉が止まらない。失礼だと思うけど、なんだか応援したい。だって不憫だし
「……ケイティ、悪いな」
「いえ、お得意さんですし……ほら、歩けますか」
「……お、おう……うっぷ」
「はいはい、吐くならトイレで……ほら、もう少し」
「お、おぅ……んっぷッ」
……なんだろう、本当に不憫な人なんですね
連れて行ったトイレ、見るのは忍びないからドアは閉じて、そして聞こえてくる音は耳を塞いで聞かないでおく。締めのラーメンで食べた後にまた酒をしこたま流し込んだのだ。しかし、水も多めに飲ませて、今吐いてしまえばあとはすっきりだ。
「……ッ」
扉が開く、顔色は悪いが酔いの気はすっかり抜けている。
店主おじいさんを呼んで、口直しの水を貰い手渡す。いっぱいの水を飲み干して、ようやく顔色を取り戻した
「もう、お開きですね……部屋は」
「ここの、下だ」
「じゃあそこまで、店主さん……失礼します」
肩を貸しながら、振り向いて礼をする。そしてエレベータを使い、下へ
「……わるい、な」
「いえ、別にこれぐらい……それに、見せたくないでしょ。アブレーゴさん、側近にも隠してますよね、自分の本性」
「……まあな」
「知ってるのはあのマスターぐらいですか。肩身が狭いですね、ちょっと不憫です」
「……言うな、結構ずばっと、傷つくぞおめえ」
「そうですか、でも……そういう相手の一人や二人、いないと息が詰まりませんか?」
「…………」
「無言は肯定と受け取ります」
そんな会話をしながら、ゆっくりと歩を進めて間もなく目的の部屋に着く
マフィアのボスというにはなんと簡素な、私邸はホテルのスウィートの一つ。といっても、中は汚く服や避け瓶が散っていて、その上、その手の行為の、あの避妊具的なものの空き箱まで
……見て良いモノじゃないよね、あまり
嫌悪感を抱くより、不憫な気持ちの方が勝ってしまった。部屋に運び、僕は最低限のベッドメイキングを済ます。そして、そこでアブレーゴさんを横にしてあげた
結構限界のようだ。まるで老人の介護をするように、アブレーゴさんも任せっぱなしだ
「……すま、ねえ」
「いえ、でもこれで終わりです。ぼく、そろそろ帰らないと、バラライカさんに呼ばれてますから」
「……フライフェイスにか、それはなんともお熱いことで。俺は何もしてねえ、それだけは伝えてくれ」
「心配いりません。あの人は、そう言うの関係なくお仕置きが大好きなので……えっと、まあとにかくこれにて」
寝ているアブレーゴさんに礼、踵を返し部屋を出んとする。
「……るかった」
「!」
けど、呼び止める言葉に後ろ髪を掴まれた。アブレーゴさんはひどく疲れて身動きできない、けど確かな声で、振り絞るように、告げた
「ラーメン、吐いて悪かった……すまなかった、詫びだ」
「……ッ」
「美味かった、それだけは……伝えたかった。じゃあ、そんだけだ」
もう帰れ、その最後の言葉だけ、情けない姿のアブレーゴさんじゃなくて、ちゃんとマフィアのボスのかっこいい声だった。
……不憫、失礼だったかな
かっこ悪い所を、弱い所を見せてばかり。
でも、果たして本当にそうだったか。
「……アブレーゴさん」
失礼を働いたのは僕、本人はどんなに卑下しようと、でも僕だけは違うと思うべきだ
マフィアのこと、裏社会のパワーバランス何て所詮カタギである僕にはにわか、わかったふりしても理解しきれない。
僕が見るのは、カルテルの幹部のアブレーゴさんじゃない。麺処ロアナプラ亭、そのお得意であり、僕が作る味の理解者である、ただの良いお客様だ
尊敬には尊敬、卑下する言葉がどれだけあろうと、その言葉があるなら何も問題ない
敬意を払う。僕のラーメンを美味しいと言ってくれたあなたに、当然の敬意を払うことは何も間違ってはいない
「ミスター、ミスターアブレーゴ」
踵を返さず、僕はアブレーゴさんを見て、深々と頭を下げる。両手を膝につけ、丁寧に腰を低く、そして
「またのご来店、快くお待ちしております」
「…………」
「……はい、それではまた」
礼儀は済ました。あとは去るだけ
麺処・ロアナプラ亭、本日もご愛敬、誠にありがとうございました。
次回に続く
~バラライカの住まい~
……ひ、何する気ですか!やだ、お仕置きヤダ!
……大丈夫よ、痛いのは最初だけ。さ、ケイティ、いい声で鳴きなさい
……だ、だれかたすけてッ!!!…………………ひゃ、くぅ……そ、そこは……ぁ……ッ
fin
以上、ロベルタ編に入る前のちょっとしたお話でした。先に言っておきますがアブレーゴとケイティの間に妙な関係は始まりませんので、変なBLが始まったりはしませんのでご安心を。
ケイティがバラライカにやられたお仕置き、ロベルタ編を優先しますので何があったかは省略。ナニがナニでナニをされてナニなってしまったか、それは皆さまのご想像に任せます。健全ですよ、ケンゼンデスヨ
※ 次回投稿について
次回より、予定では12月からロベルタ編がはじまります。原作と同じ流れではなくちょっとだけアレンジしたお話になる予定です。じゃないとケイティがストーリーに介入できないのでね
変なアンチ・ヘイト、原作キャラの活躍を奪うお話にはしません。ロック達が頑張っている一方で、ケイティもまた人知れずこんなことをしていた、そんなお話を目指したい。
お楽しみに