麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
大口コンロに寸胴鍋が二つ、一つはシンプルな豚骨ベースのスープ
けどもう一つは白に対してなんとも相反した赤黒いスープ。今日作るラーメンはダブルスープ方式、激辛スープのつけ麺である
つけ麺の麺は加水率高め、プッツンとした食感の良さに加えてアクセントに太めの春雨を交えてゆで上げる。麺が茹で始めに入れば、スープの方も仕上げていかなければいけない。
今日の日替わり麺はいつも作るラーメンと違い仕上げの行程は複雑だ。麺をいつでも茹でにはいれるように、出来立てを迅速に提供するためにもここからがスピード勝負だ
調理の手順はいささか多い。まず、刻んだ生の唐辛子と乾燥唐辛子を丸のままいくつか、そして生の新鮮な花山椒を適量用意。
仕上げ調理用のコンロには小さな石鍋を置いて油を投入、温度が上がる前に先に刻んだ香辛料とニンニクを丸のままひとかけら、過熱が進んでいくとと一気に強烈な香りが鼻腔に炸裂する。
刺激的で食欲をそそる香り、けど行き過ぎてちょっと痛いぐらいだ。
でも、今日作るラーメンは激辛、これぐらいしなくては看板に偽りありである。
……焦げる手前、辛みと痺れが油に溶け込んできた。ここでスープを投入
入れるのはまず豚骨スープ、アツアツに熱した脂がスープと混ざり、立ち上る風味に旨味が伴う。これだけでも十分美味しい激辛ラーメン、だけで本領は二番目のスープだ。
投入するのはこれまた真っ赤な四川の激辛スープ、そうこの激辛スープこそがこの料理の肝心な要素、言ってしまうとこれは血で作ったスープだ。
新鮮な豚の血と魚介、そして生の唐辛子で作った赤いスープ。毛血旺(マオ・シュエ・ワン)を応用した激辛ラーメンのスープ。旨さの根幹は血にある。
……麺の茹で、ここからがスピード勝負だ
石鍋の中ではスープと油は完全には混ざり切らず層になる。スープ上面は脂が覆われぐつぐつとまた火のごとく荒々しく湯だってい。
アツアツのスープの上に油の蓋、そこへ具材である豚のモツと薬味の野菜、そしてダメ押しに粗く刻んだ生の唐辛子、最後に別でカンカンに過熱していたラー油を薬味の上に振りかける。
薬味の水分と高温の油、それがぶつかり合い激しい音がスープの上で響いた。
食欲の沸き立つ良い音、香菜と刻んだ白ネギが香ばしく油の火に炙られて一気に風味が際立つ。臨場感のある調理、このままスープは加熱を維持
スープは完成まで一分を切る。そしてそのタイミングでストップウォッチがベルを鳴らす。
今度は麺茹での鍋の前に立ち振りザルを取る。いつもならこの場で湯切りしてドンブリへ、だけど今日はつけ麺だ。麺の味を楽しむためには一気に冷やしてシメるのが一番。広いシンクには大きなボウルに氷と水、そこへ振りザルに麺を入れたまま投入。麺を一気に冷却して、ここで水を切る
麺とスープも万全、ここから盛り付けに入る。
お盆の上にまず麺を乗せる平皿、皿の中に砕いた氷、その上にザル蕎麦用の竹すのこを敷くことで水気を与えずに麺を十分に冷やす。
つけ麺のスープはコンロにかけた石鍋を、木製の鍋敷きを敷いてお盆の上にそのまま置いた。熱々のスープ、未だずっと煮えきったままで良い具合だ
ぐつぐつと煮えたぎる毛血旺、そして反対に歯が染み入り程に冷え切った中華麺。
十分に熱く、そして十分に冷たい、温度の差がしっかりしているほどつけ麺は美味しくなるのだ
「よし、出来ました……お待ちどう様です。マオ・シュエ・ワン、四川風
「…………」
お盆をもって、お客様の前まで配膳する。まだ誰も食べたことのない新作ラーメンを食べる栄えある一人目、お客様は表情が硬いようだけど僕にはわかる。その目が、丸眼鏡の奥に隠れた瞳が目の前の食に反応していることを
「すごく辛いです、それにアツアツですから気を付けて召し上がってください。箸、チョップスティックは」
「……いえ、お構いなく」
「左様で……では、ごゆっくり」
「……ッ」
不慣れな手つき、然し数度手に持って動かしていくうちにその手は箸を使いこなしてしまった。紙ナプキンをとり、丁寧な所作で身に着け、そして眼鏡を置き手袋を外す。メイド服で、この激辛ラーメンを食す様はなんとも異質
……ず、ずずずッ!ズルルッ!!
「!」
激辛、熱くて辛くてしびれてそして辛い、そんなスープに一切躊躇せず麺をディップ、スープを纏わせてすすり食って見せた。
すると、その黒髪と肌の合間、額のあたりは一気に汗がにじみ出て、心なしか肌も厚く火照ってきて体からも異様な圧を感じる。料理に込めた辛みと熱さが全部流れ込んでいくような、そんな異質な光景を感じ取って見てしまう。
……ほんと、なんだろうなこの人
メイド服を纏い、こんなロアナプラで何をしているのやら。この奇妙なメイド服のお姉さん、名はロベルタさん。彼女はいったい、どんな理由でここロアナプラに来たのだろうか
× × ×
~夜
時刻は過ぎていきロアナプラは夜の顔を見せる。ネオンライトの光がけばけばしい、所々で酒と暴力と、そしてドラッグの香りが鼻を付く
この街の本当の姿、けっして日向の場所にいる人間には見せてならない世界
それが、ましてや子供であるならなおさらに
「……渋滞に掴まった。もう少しかかるよ、悪いね」
他人を気にかけて発した言葉、渋滞の真ん中で止まる赤い車用の車を運転する彼、ラグーン商会のベニーが発した言葉
その言葉はロックか、レヴィか、会話の相手は身内ではない。今、彼らの車には人質がいる。
ラグーン商会、彼らは今カルテルの曰く付き案件を抱えて行動中であった。その内容とは荷物の受け取り、だが受け取った荷物はただの子供
しかし、ロックの疑念から推測は進み、一応は心を開いてくれた少年の言動により現状は把握に至った
車の後部座席、ロックを真ん中に挟みレヴィから遠ざけられた彼の名はガルシア。彼は南米ベネズエラの名家の跡取りであり、そしてカルテルから因縁をつけられこのロアナプラに飛ばされるに至った身だ
……本当に、面倒なことになった
後部座席の真ん中、ロックはふとそんな愚痴を頭でぼやいた。それは右隣の少年へ向けたモノではなく、あくまで左の暴れ馬に対してだ。
レヴィと子供、その相性の悪さを噛みしめてストレスから煙草を取り出しかけるが、それはいけないと理性が止める
「……クソ、ロックおら……火出せよ、火!」
「レヴィ、子供がいるんだから控えてくれ」
苛立ちを解消することなく、タバコどころか車ごと火をつけかけないレヴィを諌めつつ空気をなごませんと考える。
カルテルの嘘、厄介ごとに巻き込まれた際の保険。そのためにもまずはホテルモスクワと連絡をとる必要がある。
そして、その場所に行く前に
「……ベニー、まだ渋滞は続くだろ」
「ああ、そうだろうね……ラッシュが終わるまで適当な店で時間を潰しても良いんじゃないか」
「なら、ここからラチャダストリートに入らないか?あそこには有料の駐車場もある。待ち合わせにも時間はあるし、ついでに」
「……あぁ、なるほどなるほど」
バックミラーに映るベニーの顔、ロックから見て彼の表情は明らかに食欲を刺激されて唾液を飲み干した顔をしていた
ラチャダストリート、この言葉だけで彼らは共通の答えを得る。一人ガルシアを除いて
「ケイティの店で飯か、わざわざなんでまた」
「……レヴィの機嫌、この子の安全、天秤にかければ」
「なるほど明解だ」
男達三人が納得しうなずき合う
「おめえら、あたしが空腹でヒスかましてるってか?ああッ!」
当然と言うべきか予想された反応を示す。なんにでも噛みつく野犬、しかし
「じゃあ車で待つ?」
素のテンションで訪ねるロック。対してレヴィは
「ロック、お前に罰金だ。あたしの癪にさわった罰だぜおら。飯おごれ」
「……いた、わかったって、そんな小突くなよ」
がしがちとロックを拳でたたくレヴィ、軽くのつもりだろうがいかんせんスペックが高すぎる。ちょっと車が揺れだした
「二人とも、車を揺らさないでほしいな……この車直したばっかなんだ。ぶつかって塗装でも剥げようものなら僕もヒスになるよ」
「ああなってみろさ、そん時はこのレヴィ様が顎カチ割ってストップをかけてやる」
「……ッ」
強い言葉、暴力的な会話、しかしケイティの店の話を経てからレヴィの顔は少しはましになっていると察した。
和やかな空気は流れる。
「ダッチ、ヘルプだ。僕はハンドルを持っているから君に預ける」
「荷が重い、誰か頭痛薬を用意してくれ……頭に穴を開けて直に流し込みたいぜ」
ジョーク混じりの会話、くだらない会話を交えながら彼らは目的地へと目指していく
目指す場所はイエローフラッグだった。が、しかし予定を修正してまず訪れるのはディナーの場へ
次回に続く
以上、新作ラーメンとロベルタ、そして動き出す原作ストーリでした。次回はもう少し原作要素を進めたい
激辛ラーメン、知っている人は知っているかな?ラーメン西遊記という漫画で出てきたラーメンが元ネタです。激辛要望がリクエストにありましたが一応これで達成かな?