麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
突然の来訪、この街には似つかわしくない白スーツにネクタイの日本人、名はロックさん。そんなロックさんに僕は話しかけられた。
用向きがあると、買い出しを終えたところで店前を待ち伏せ、まだ面識も浅いこの人を警戒するべきか、そう思いもしたけど
「……お昼、食べますか?」
「え、いいのかい」
「はい、昨日のラーメンなら」
せっかく出会えた同郷人、警戒心よりも好奇心が勝り僕は店の戸を開放した。麺処・ロアナプラ亭、臨時のランチ営業である。
〇
side~ロック
……また、来てしまったな
店の中へ招かれた、クーラーはガンガンに利いて冷えた水も飲み放題。ひとまず、用向きは置いてご厚意にあずかることにした。
汗ばんだネクタイを緩め、また昨日と同じ席でカウンターの彼女を、ケイさんを見ている。
「……へえ、東京で働いてたんですね。商社勤めですか?」
「ああ、そういう君はずっとロアナプラに」
「ずっとでは、ないですね。小さい頃にタイに引っ越して、それからは流れ流れてロアナプラに。あまり、過去の話はしたくないですね、あなたも同じでしょう」
「……それもそうか」
世間話をしようにも、まだ互いに知らぬ身、唯一の共通点同郷について触れるとどうしてもナイーブなところに触れてしまいそうになる。
あの平穏な街からどうしてこの悪徳の都に流れ着くのか、誰だって平凡な理由は持ち合わせやしない。暗黙の了解、詮索屋は嫌われるものだ。
だが、こうも興味深い人間を前に、好奇心を抑えるというのも難儀なものだ。
ここロアナプラに、彼女は東京の名を冠した一品を創り出して見せたのだ。立ち上るカツオと各種様々な魚介の出汁、チャーシューの煮ダレをベースに味を調え、最後に香味油を浮かべたあっさり醤油ラーメン。
この味は間違いなく名店のものだ。手間暇をかけて、長い修行で身に着けた感覚が成せる逸品、複雑な魚介のうまみをまとめ上げ品のある味に仕上げたそれを、おそらく砕いた鰹節を揚げて作った香味油で絶妙なアンバランスさを演出している。
小奇麗にとどまる味ではない。食すものにインパクトを与える、つまりは感動を呼び起こす味わい。強烈な魚介の香りが胃袋を叩き、空腹を呼び覚まさせる。
けど、食べるモノによっては呼び出されるものは空腹だけにとどまらない。特に、俺のような日本人であれば
『……ズルルッ』
あぁ、だけどこの味は本当にたまらない。強い魚介のうまみの中にある醤油ダレのうま味。スープには魚介しか食材を使用していないが、醤油ダレには煮豚のうま味、動物系の濃厚な味わいが詰まっている。いたずらにスープを混ぜ合わせてはこの味は成立しない。
例えるなら、男性で構成された合唱団の中にピアニストの女性がソプラノボイスを添えるような、そんな補い合う味の作用が感じられる。
下手に作れば壊れるギリギリを攻める加減、この味を前にしてはただ舌もうなることしかできない。
「……あぁ、うまいな」
感嘆の息が漏れる。昨日と今日、俺はこのいっぱいに感動を与えられているのだ。
「あ、ありがとうございます……」
「……いや、お礼なんか。ご馳走してもらってる立場なんだし」
「でも、やっぱり残り物なので申し訳ないですね。チャーシューぐらいあれば、でもまだ仕込み中で」
謙遜からそのように申してくる。確かに、どんぶりにあるのはスープと麺、そして薬味のネギに、糸唐辛子。これはこれで品の良い見栄えはしているが、確かに具材はあるに越したことはない。
「いや、それでも本当にうまいよ。東京にいた頃を思い出す味だね、けど鶏がらもトンコツも使ってないのは何かこだわりかな?」
ロックが問う、すると少し考えこむ様子で、ケイは間をおいて口を開く
「こだわり、そう聞かれればこだわりですね。肉の出汁は日本じゃなくてもありますけど、カツオや煮干しといった、魚介の鮮烈な風味は島国の日本らしいものでしょう。だから、東京です……東京、あなたの故郷の味となります」
「……故郷、か」
故郷、そう故郷だ。遠く離れた日本は、今の俺にはもう遠い場所。
だけど、そう思ってしまうのは、ただ故郷に対する思い、捨てきれないノスタルジーを胸中の奥底に押し沈めているだけではないのだろうか、そう考えてしまうと怖くなる。
飲む場所と、バッティングセンターがあれば世は事も無し、そんなすべてがどうでもよくなったはずなのに、おれのあの時のセリフはただあいつに対する反発だけだったのかと足元が危うく思えてしまった。
「……本当に、旨いラーメンだ。こいつは、確かに東京の味だよ」
俺が育った故郷の味、そうぼやくとケイは少し顔を俯かせた。
顔立ちに目も大きく、明るい風貌の顔は感情を色濃く映してしまう
「あ、すまない……君に対してあてつけたわけじゃない。」
「……でも、やっぱり悪いことをしましたよね。」
だから、ごめんなさいと、食べかけのどんぶりを下げようとする手に、ロックは待ったをかけた。驚いた様子で、こっちを見るケイにロックは和やかに笑ってみせる。気を使う必要はない、ロックは本心から言葉を送る
「このラーメンは美味しかった。それと、どうしてか俺はそこまでセンチにもなっていない……おかしいな、故郷の香りをふんだんに乗せたラーメンに、俺の目は水一滴も浮かべたりしないんだ」
「!」
「俺に、郷里を思い出させてしまうかも、そう心配させていたなら、それは杞憂だ……今日は、それが言いたくて」
「……ロックさん」
席を立つ、迷惑をかけたと告げその場を去ろうとする。
迷いは未だ心に消えきらない。
「……待って」
「?」
扉に手をかける刹那、先にケイの手がロックの服の端をつまんだ。別れを惜しむ少女の様に、ケイはロックに言葉をかける。ただし、それは引き留める情けない懇願ではなく
「杞憂だなんて……そんな言葉で、自分を納得させないでくださいッ!曖昧なままにしないでくださいッ!!」
心からの心配を、同郷でありこの異邦の地に来た仲間に、ケイは書けるべき言葉を、いらぬ世話を施すのだ。見返りは得られない、だが既に得たものはある。
自分のラーメンを旨いといった客であるなら、また次もこの店に来てもらいたい。それが、料理人の求むる最上の願いだから。
「ロックさん、ラーメンとはなんですか、その定義とはッ」
「え、それは……急に、言われても」
「ええ、そうですよ。僕だってわかりません」
「?」
「あの、別にとち狂ってるわけじゃないですから……でも、それぐらい難解なんです。カツオや煮干しを使い、チャーシューの煮ダレでタレを作って、醤油の香りをさせて、かん水でぷつりとした触感を出せば、それはラーメンだと……でも、そうじゃなくてもラーメンは作れる。単純じゃないですよ、ラーメンは」
一口に、料理というものはカテゴライズされるもの。ある程度の定義をもつ、定義されてこそ語られる品になる。だが、ラーメンをラーメンたらしめるモノ、それは作り手の技術でも材料や味付けにもよらない。だが、ラーメンというものは確かに存在する。
では、ラーメンをラーメンたらしめる要素は
「定義なんて無いんです。ラーメンをたらしめるもの、それは作り手の意思です。曖昧で、偽物まがいの料理を真実にする。いわば、フェイクから真実を創り出す情熱そのもの。だから、どんな場所で、どんな材料で創ろうとラーメンはラーメン…………本質は、変わらない」
「本質……ッ」
気づけば、まくしたてるようなその言葉に聞き入ってしまった。ケイは、そんなロックの手に自分の手を重ねて、今度は落ち着いた声で優しく語りかける。
かつて、自分も故郷への想いで悩んだ身、そんなケイからすればロックの出で立ちは大変危うげにみえてしまったのだろう。だからこそ、このやさしさであった
首を掲げ、目を見て、ケイはロックに語り掛ける
「寂しがらなくてもいいですよ。あなたは、ロアナプラという場所にきて、少しだけ変わっただけなんです。でも。何もかもが変わったりはしない。岡島緑郎がロックになっても、あなたはあなただ」
「……ッ!?」
まさか、自分よりも年下から貰うと思わない励ましの言葉、驚き面食らったロックに、ケイは少し面白がったようで微笑みかける。
「その、生意気かもですけど。先輩として助言的なものです。すみません、本当に生意気を……でも、僕にはもう日本人の知り合いはいなくて、だから友達になってくれたら、その…………うれしかりけり」
「なんで古語?」
「は、恥ずかしいんです……あぁ、触ったりして、ごめんなさい」
元来、さほどコミュニケーションに手慣れた正確ではないケイ、和やかにしていた顔はあわあわと羞恥で悶える感情をそのままに大解放。しっとりした空気は非常に軽くさっぱりした味に変わる。詰まった息がするりと抜けて、ロックは自然と表情筋を緩めてしまった。
そっと、自分の頬に触れる。安堵から浮かべた笑み、頬には一滴たりとも涙腺は伝っていない。
ノスタルジー、それはかくも甘くかぐわしい味。しかし、食すものをどん底までひきずるほどに蠱惑的な味。だれしも、好んで味わいたいものではない。特に、今いる自分に多大な影響を及ぼすものであれば
「……ハハ」
だが、現にそんな心配はどうだろうか。少なくとも、自分にとってラーメンはラーメン。どこで食べようと、それが致命的な味にはならない。むしろ、ロアナプラで食べるモノこそ、今の自分にとって本当のラーメン、そう思えることだってできる。ノスタルジーに恐れる必要はなし、岡島禄郎はロックに変わって、これが覆ることはきっとない。今なら、そう確信をもって胸に抱ける
レヴィに吐いたあの自分は、間違いなく本物の自分だ。シガーキスを交わした夕刻の車内、俺は何も間違っちゃいない
……俺は、俺が立っている所にいる。それ以外の何でもない
「……あぁ、まったくもってその通りだ」
「へ、あの……もしかして怒っていたり」
「はは、かもね……あぁ、いやすまない、冗談だからそんな泣き顔を見せないでくれ、ぶったりしないよ、ね」
「……うぅ」
泣き顔、罪悪感に駆られてしまう前にロックはティッシュを数枚プレゼントする。
いじめられた愛玩動物の様に震える様、本当にどうやってこの街に適応しているのか、まったくもって不可思議だとしか思えない。確かにローワンの店の隣で、比較的繁華街で表よりの場所に店があるとはいえだ。この街には平気で強盗も殺しに発展する喧嘩もそう珍しくない。なのに、この店には銃弾の痕も血痕一滴も見つからない
「!」
見つからない、そう思いまわりを見渡していれば、その文言に目が触れてしまった。それも写真付きで
『食い逃げ、恐喝、店内で営業を阻害する行為等が見られた場合、以下の組織が適切な対応を施してしまいます。僕の意思に関係なく』
そして、ケイが名だたる有名人達と共に肩を組んでいる。いや、組まされている写真がずらりと、まるで店に訪れたアイドル、芸人とのショットを自慢するように
だが、その写真を見て覚える感想は、可哀想にが大半だ
「…………君、本当にナニモノ?」
「ぼく、僕は……」
視線の先、ロックが驚く理由を察して、ケイは苦笑いを浮かべた。これが異様なものであるとの自覚はあるらしい
「そうですね、僕は…………ただの、ラーメン屋の店主です。麺処、ロアナプラ亭の二代目店主、ケイ・セリザワ……ただ、それだけです」
最後は笑顔でそう言いきった。こんな果ての街で、真っ当な商売で生きる君は、いったいどんな生き方を歩んできたのか
俺と同じ場所で、何が違って何を選んだのか、それを知るためにはもう少し関係を進めるしかない。
……また、今日の夜にでも
「しばらく、夕飯はラーメンか」
「?」
気になることは徹底的に、それが自分にも関わり得るものならなおさらだ。都合のいいことに、彼女のラーメンは日替わりだし、何より旨い。
飲めるところと、バッティングセンターが無くても、世はことも無し。だが
世界の果てで旨いラーメン屋に出会えることは、素直に喜んで受け入れてもいいだろう。
~fin~
……ロックさん、良い人だよね
立ち去った後、一人仕込みを始めてしばらく、ふと思い起こす。
手を掴んで、説教じみたことを言って、失礼をしてしまったと思えどあの人はただ紳士に振舞うばかり。自分にはない年を重ねた結果、あのような振る舞いが出来るのか。
レヴィさん達は軽く見ているけど、僕にはあのロックさんがただものじゃないように感じられる。
この悪徳の都で、人のめぐりと天運が無ければとっくにくたばっているだろう僕と比べて、ずっとかっこよく鮮烈に思える。
また会ってみたい。友達として、仲のいい同郷の友になれることを望む。
だが、ただ一点
「……あの人、絶対勘違いしてる」
去り際にも
……さん付けは嫌なのかい?
……でも、ケイちゃんだなんて馴れ馴れしい呼び方は、でもミスを付けても気味が悪いな
……君が良いなら、僕もあだ名呼びでいいかな。ケイティ、これから君のことはケイティと呼ぶよ。でも、さん付けになるのは許して欲しいな
「……タイミング、見失ったッ」
女の子と勘違いされたまま、妙なことにならなければいいが
「……髪、いっそ染めてみようかな?」
安易な考え、しかしそう簡単にその中性的で整った顔立ちは覆ることはしない。ローワンをはじめ、店の嬢たちからもその点はお墨付きである
以上、ロックとオリ主の出会いでした。次回よりはまた違うゲストを招いて物語を勧めます。
今作のラーメン知識、自分は料理マンガをそれなりに多く読んでいまして、知っている人は少ないかもですがネットで人気な通称ラーメンハゲが出てくる漫画に影響されています。実際にあるわけではないですが、自分なりにこんなラーメンもあるかもしれない、そう思えるようなものを創作していきます。
感想・評価頂き大変ありがたく思います。投稿は気ままで遅いですが、地道に続けていければと
追記:最新話を12時に更新します