麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
「デリバリーです」
月夜の光も入らない窓の閉じられた部屋。薄暗いブラウン管の灰色ノイズが照らす部屋。ドアを開けて入ってきたケイティは見目麗しい装いで、そして色気を醸すしぐさと共に、その言葉を言ってのけた。
厳密には、彼女もとい彼の足元には何らかの食材が入っているクーラーボックスがあるのだが、そんなものはアブレーゴには見えていない。
「お、おま……ぁ、ぬぅ」
生気の抜けきったアブレーゴの体に力が巡る。目の前の獲物に対して、体がむくむくと反応して、ご機嫌に
「……なんて、そんな風に言っちゃうと紛らわしいですね。食事を運びに来ましたよ、大変そうだって聞きましたから」
「け、けけ、ケイティ」
「そうです、ケイティですよ。何でここにいるかって聞きたそうな感じですね」
※ 否、貞操の危機一髪である
「ある人たちの計らいです。ここに入るまでは、一応そういう設定で身分を偽りました。これ、さっき部屋に来るまでかぶってた金髪のカツラです。カルテルの人たちにはデリバリーの嬢だと嘘ついて来たんですよ。やっぱり、僕ってこういうのは得意みたいで」
説明と言いながら愚痴をこぼすかたわら、ケイティの言葉なんてまったく耳に入っていないアブレーゴ、その目がだんだんとケダモノのそれに、もとよりシャツにパンツとだらしない恰好。局部を押さえつけて隠すには頼りない出で立ちだ。加えてすぐ全裸になれるのも、今は良くない要素である
猫背の態勢からむくりと背を伸ばす。どうせ死ぬのだから、だったらさいごぐらい女を抱いて死んでやろう、そんな思考が能ではなく下半身の副脳によって強制奮起
A.ケイティの性別はいったいどっち?♂OR♀
Q.「問題ねえ、イケるッ!!」
結論はイエスでありそしてゴーであった。
目の色を変え黒いオーラ―をはなつアブレーゴが両手を上げてケイティに覆いかぶさろうとした。視線をそらしていたケイティだが、大声に振り向いてその真っ黒な威圧を見るやすぐ
「キャ! おっきなゴキブリッ!?」
その手に取るは護身用に持たされていた魔法のアイテム、引き金一つで人間の体にサンダガを叩き込むお手軽な、そう俗に言うテーザー銃であった
……パシュン
間の抜けた音、碌に銃も撃たない習慣のケイティが放つそれは的外れのエイム、だがこうも至近距離では外す方がおかしい。命中した。
至近距離が幸いして、さらに心臓よりも遠い体の場所に針は刺さったから命に影響はない。
影響はない、はずだが
……グサ
今後の性生活に多少の後遺症は出るかもしれない場所に命中してしまった
「ぬ、なんか刺s……『カチ』アババァバババババババァアアアア」
「わ、アブレーゴさんだった……あれ、勢いで撃っちゃった。どうしよ、あぁスイッチどこだっけ、エダさんのメモは」
おどおどあわあわ、のんきに貰った取扱説明書を見ながら丁寧に30秒ぐらいかけてテーザー銃の電源を切るケイティ、暴力協会提供の改造テーザー銃は見事アブレーゴに炸裂。さながらブレイクダンスを踊るような激しいのたうち回りで感電による衝撃を見事演出してみせたのだった。
ぷすりぷすりとコミカルに煙を噴くアブレーゴ、プルプル震える姿を見て若干申し訳なさそうにするケイティ。
「えっと、とりあえずベッドに運ぼう……口から泡吹いてるけど、まあビール大好きな人だし大丈夫だよね。うん。しらんけど……しらんけどってほんと便利な言葉だなぁ」
関西人の万能フレーズで事を簡単に流してしまうケイティ、しかしこれにて不貞を働きかけた件は帳消し、責められる理由を言いふらすつもりはないので口を紡ぐことにした。
「もう夜も遅いし、まあ寝かせたほうがいいよね。とりあえず、目覚ましは6時にセットして……よし」
引きずり、粗大ゴミを扱う気軽さでアブレーゴをベッドにゴロン。一応布団をかぶせてあげて、そして自分の方はと、ケイティは持ってきたクーラーボックスに注意を向ける。
……やることやらないと、一応ロアナプラの未来がかかっているらしいし
エダ、CIAの捜査官であるとは知らないが少なからず現状のロアナプラが抱える危機をケイティは車内で説明された。ロアナプラの存続を危ぶむカルテルの革命軍がこの地で幅を利かせることを避けるため、アブレーゴにはバラライカとの対話を望ませること。
そも、抗争を仕掛けたカルテル相手に、バラライカが許す道理もあるかどうか怪しいものだが、一部の数名はケイティであればと突破口が開くと信じるに足る根拠を確信している。
やり方次第ではあるが、ケイティがアブレーゴを助けられると信じて、そんな後押しがあってケイティは今ここにいるのだ
「……キッチンあるね。じゃ、仕込みやりますか」
荷物の中よりエプロンを取り出し、ドレスの上から着用。まくる袖はないが、気持ちを切り替える感覚で腕や首を回す。食材を取り出して、そして思案
「よし、決めた」
持ってきた材料、そしてこの場にあるものを用いて、ケイティはアブレーゴのための一杯を考え出す。
残りタイムリミットは8時間、まあなんとかなるだろうと前向きに調理を始めた。
〇
~早朝~
「………………ふが」
息の詰まる声、目覚めの一声にしては気分の良いものではない。アブレーゴは体を起こし、そしてふらつく頭で時計を見る。時刻は朝の六時
……処刑まで、あと四時間か
現実を忘れることはなく、アブレーゴは静かに今を受け入れる。
このまま気持ちよく二度寝を決めようかとも思ったが、妙に体が重くかったるい。寝汗もじっとり、そして局所に謎の痛み
「思い出せねえ、酒の飲み過ぎか……む、迎え酒」
手探りに、バンバンと布団をたたきながら酒瓶を探す。だが、手元に触れる瓶の感触はなく、代わりに触れたのは
「……は?」
触れた瞬間、そのふわっとした感触に思わず腕がこわばり磁石の反発がごとく跳ねのけられた。ベッドの縁に、その黒髪はあってさらには端麗な寝顔まで見えてしまっている。
装いはエプロン、しかしドレスを着用している。そして、見る見るうちに消えかけた記憶のピースがつながり昨夜のことが思い起こされていく。
「……俺は、なにしてんだ。ホモじゃねえのに」
「ひゃ……あれ、アブレーゴさん」
「すまねえ、つい触っちまった……おはようだ、ケイティ」
「おはようです、よっと……電気付けていいですか?いいですよね。あ、シャワー先どうぞ、僕お食事の準備しますから」
告げるだけ告げて、起き抜けであるのにサクサクと動き出す。エプロン姿のまま、備え付けのろくに使ってないキッチンでコトコト何かを煮込んでいる。
……こいつはいったいなにをしてんだ?
時刻の針を見る、もうじき抗争がおっぱじまるかもしれない、そんな爆心地の最も中心にいるにもかかわらずのんびり料理までして
しかも、いつの間に部屋を片付けたのか。まとめられたごみ袋に分別された生活の名残が見えている。閉じ切った部屋なのによい香りまでして、ここが本当に自分の私室かどうかも疑わしくなってしまったアブレーゴであった
「料理しないんですね。でも調理器具はちゃんとある、意外」
「……」
「会話してくださいよ。黙々と料理作るだけなんて、僕は家政婦か女中ですか?お給金取っちゃいますよ」
なんて、けらけら楽しそうに笑うケイティ、状況が状況であるのになんだそれは、と本来なら罵詈雑言や八つ当たりの暴力でも飛ぶのが正しい行動、ごく自然な流れなのだろう。
しかし、処刑まで時間を切っているこの状況なのに、どうしてか昨日のような絶望感がない。ことこと鍋が湧く音に、包丁の音、そして料理をする後ろ姿、それで心が安らいでしまっている。
なぜか、わからない、かぶりを振って思考を巡らす。
「……ッ」
鼻歌交じり、平常運転なその後ろ姿は
「じっくりことこと、こと……ん、んにゃ」
間抜けなねこが一匹。しかし、声を発しているのは人間だ。二本足で立ってはいるが、猫が手足を伸ばすような雰囲気で、どう見ても小動物感が抜けない。
「ん、くぁ…………あぁ、ほわ……疲れたまってる、はわぅ……ねむい」
「……のんきにしやがって」
「まだ疲れが取れてない。お互い大変でしたね、色々と……全部終わったら温泉でも入りたい。でも遠出は遠出で疲れるし……また教会でお昼寝でもしよっかな」
「眠りたいってか、あと数時間で永眠ができるぜ……おめえの好きな火傷顔が丁寧にこんがり焼いてくれるってわけだ」
永眠ついでに死体の焼却も請け負ってくれる、そんなギャグだが冗談ではないことを思い、少し気がまた落ち込む
「……暗いこと言ってないで、シャワーでも浴びたらどうです」
「いや、別に……そんなことしても」
「……アブレーゴさん」
調理する手を止める。振り向き、近づいてその肩をつかみベッドから引っ張り上げる。
やせ型、だが身長のある男のアブレーゴ、非力なケイティを見てアブレーゴは仕方ないとベッドを立つ。そのせいでふらつくケイティ、ほんの少しのやり取りではあるが相変わらず危うさしか感じさせない
「っと……やっと動いた、ほらほら行ってください。部屋の掃除はしましたけどあなたを洗うことまではできませんでしたから。ちょっとは綺麗になって匂いを落としてください」
「……あぁ、そうするよ」
「マフィアのボスなんですからね、ちゃんとかっこよくしないともったいないですよ。臭いのはタバコとお酒だけにしなきゃいけないんですから」
お節介の押し売り、しかし拒む意思はどこにもない
促されるままに足が進む。
「……」
ふと、振り返ってみるケイティの姿、そこにアブレーゴは何か既視感を得てしまう。
それは、いつかに見た、だがすでに遠く昔のことか
……忘れちまったな、もう
× × ×
アブレーゴを見届けたのち、ケイティは自らの頬を叩く。眠気を叩き落として、調理に集中するため
持ってきた食材の仕込みはすでに前日の夜中にすまして、今は冷蔵庫に。
……煮干しと干し貝柱、スルメに干した鱈の切り身バカリャウ
前日の仕込みでそれらは水けを取り戻してふやけ、元の大きさとまではいかないけど大きくなっている。
それらをじっくりコトコト、弱火で時間をかけて煮詰めてじんわりとうまみを引き出していく。上品で濃密な魚介のコク、本当ならもっと時間をかけて作りたいけど一晩でやるから仕方ない
スープにつかったこの飲み物の都合上火を強めて出汁を取る調理は取れない。でもそこは創意工夫
「付け合わせは、味噌漬けにした鶏肉のソテー。薬味はパクチー……よし」
ラーメンのタレはいつも店で使う醤油ダレ、けどそこに甘めの味噌ダレを混ぜたものを使う。本当ならたまり味噌、味噌を作る過程で出来る味噌の上澄み液を使いたかったけど中々手に入らないものだから我慢。醤油ダレと味噌ダレを合わせて調整。
面は中太、ちぢれ麺で触感の良い、そしてスープが程良く絡むものを使う。
「アブレーゴさん、やっぱり落ち込んでる……無理ないや」
独り言つる。ラーメンを作るときは常に食べる相手を思って手を動かすから、そして今はたった一人のためにこの一杯を提供するから
自分のしたいこと、その思いを巡らしているうちに自然と出てしまう
「……ラーメンしか作れない。だから、僕はあなたのための最高の一杯を作るだけです。楽しみにしてくださいね、むせかえるほどおいしいラーメン、作ってあげますから」
独り言、だが扉一枚隔てただけのこの部屋で、きっとこの声は聞こえてしまうだろう。
「……さあ、仕上げだ」
次回に続く
もう少し引っ張ります、次回で実食。どんなラーメンを作るかはお楽しみに、知ってる人はすぐわかるかも
感想・評価、多く頂いて大変うれしくございます。ロベルタ騒動終結まであと少し、勢い大事、頑張って書いていきます。次の話もお楽しみに