麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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祝50話到達


(50) むせ返るほど美味しい、オレンジワインラーメン

 

 

 ホカホカの体、つい長湯ではないが、しっかりと汗を流して綺麗さっぱりと仕上がる体、こんなにも落ち着いてシャワーを堪能するのも久しぶりだ。

 

 時刻の針は、現在9時、あと一時間でタイムリミットである

 

 

「……スン、こいつは」

 

 

 時計を見て焦るより、頭は、というか鼻はうまそうな匂いに気がそれてしまった。

 

 部屋の、キッチンの前に立つケイティ。その手元には見慣れたラーメンボウルがあって、匂いの元はそこだと理解する。

 

 

「出来上がりです。そこ、机の前で座って待っててください」

 

 

 言って指し示す先。この部屋には食事をとるようなテーブルとイスもない。あるのは灰皿や酒とつまみを置くだけの小さな机一つ、それをきれいにしてベッドの前に置いている。

 

 

「……ささ、どうぞどうぞ」

 

 

「お、おぅ」

 

 

 流されるまま、座って目の前に興じられたいっぱいのラーメンと対峙。そこにはチキンのグリルが四切れほど乗って、そして刻まれた薬味の緑

 

 スープは、濃いめの琥珀色で美しい

 

 見た目は上々、食欲をそそるうまそうな一杯がそこにはある。だが、それよりも

 

 

「……おま、これ」

 

「ふふふ、まずは一口飲んでからです」

 

 自身気に、いつの間にか体面に段ボール箱を椅子代わりにして座っているケイティ。食べる姿をまじまじと見る姿に多少うっとうしさを感じるが

 

 今は、この疑問を取り払う一口が優先される。

 

 

……ズズ

 

 

「……うまい」

 

「それはなにより」

 

「うまい、うまいんだがよぉ……こいつは、酒か」

 

「ご名答」

 

 

 おもむろに取り出してみせてきた。ケイティが机に置いたボトル、それは秘蔵の

 

 

「お、俺のワイン……おま、勝手に」

 

「ええ使いましたとも。持ち込みの食材だけじゃあ面白みがなくて、掃除中に漁ってみたらいいものを見つけましたので」

 

「……それ、一本何ドルか、いやもういいわ。あぁ、お前さんに常識で語るのは疲れる」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

   

 

 

 ワインと聞いて思いつくのは銘柄よりも先に白か赤か、だが世界にはこの二色に加えてもう一つ、オレンジ色のワインというものがある

 それがジョージアの約千年前からはぐくまれてきた伝統的なワイン、ルカツティリである。

 

 ルカツティリの製法は白ブドウを原料に、赤ワインと同じように皮も種も使って発酵させて精製させる作り方を取る。その上土に埋め込んだ甕で長期熟成させることで強いうまみと風味を持つのがこのワインの個性、そしてその大きな特徴にワインで在りながらアジアの料理とも親和性が高いという面白いものがある。

 

 輸入物で、まだ世の中には知れ渡っていないこともあり使ってみたいとは思うも叶わなかったものだった。けどアブレーゴさんの秘蔵酒の中から見つけ出した時僕はピンと来てしまった。よし、これでラーメンを作ろうと

 

 

「……というわけで、作ってみたわけなんです」

 

「なにが、というわけだこの野郎」

 

「え、でも美味しく作ったでしょ」

 

「……否定しねえ」

 

 自慢げにノックアウト、実際作ったケイティ自身も関心の出来であった。

 

 スープの食材に魚介を使いはしたが、実際のところベースであるオレンジワインがこのラーメンのベースである。

 

 

……うまみの強いワイン、合わせるのは主張の強い魚介の乾物。それと濃い味噌味をベースに、パクチーでさらにアジア色を強めて。うん、はっきり言って

 

 

「美味しいですけど、人は選びますよね。ちなみに僕は三口で限界でした」

 

 自分で言って自分で笑う、そんなケイティにアブレーゴは呆れてしまう

 

「おま、作っておいてそれかよ……てか、この酒こんな度数強かったか。煮込んじまったらアルコール飛ぶだろうに」

 

「そこは調整ですよ。このラーメン、三日間食材を漬け込んだワインにじっくりこっくり火を通して、アルコールを飛ばさないように作るんです」

 

「あ、そりゃおかしいだろ。三日って、お前これ一晩で」

 

「はい、時間がなかったですからね。ですから火は強めで煮込んで出汁を取りました。アルコールは飛びましたから、その分は別のお酒で、スピリタスで調整してます」

 

「……ッ」

 

 スピリタス、その言葉で目が見開いて、そして食べている最中だったからかむせた。アルコールが入っているからむせるのも無理もない

 

 

「身構えなくても大丈夫です。計算して入れてますから、だいたいその一杯に度数は15~6%ぐらいです」

 

 

 スピリタス、純度ほぼ百パーセントのアルコールであるこのお酒はまともな神経なら一気飲みしたりしない。はっきり言って危険なお酒、だけどその高純度な強い火の気はカクテルなどで味を薄めずに度数を足すなどで利用ができる。

 一晩で一気に煮出して作るオレンジワインラーメン、正直アルコールは完全に飛ばしても美味しいし、なんならそっちの方が食べやすくていいまである。でも

 

 

 せっかくお酒を使うラーメンなのに、酔えないラーメンなんて面白くない 

 

 

 

「……ごっほげほ、ずるる……ぐっふ、あぁ……うまいはうまいな、えっほ」

 

 

 

 

 ずるる、麺をすすりスープを飲む。むせる声も交えながら、箸とレンゲは止まらない。癖の強いオレンジワインの深いうまみ、濃厚で主張の激しい魚介のうまみとぶつかり合っても負けるどころか引き立て合う。こってり感は鶏油で演出、パクチーのさっぱり感で朝から食べても美味しくはできたつもりだ

 

 

「……替え玉、あるか?」

 

 

「はい、今用意しますからね~」

 

 

 顔に生気が戻っている。美味しいと思ってくれたことにケイティはご機嫌だ

 

 

「……」

 

 

 楽しく明るくふるまうケイティの姿をアブレーゴは見ている。こんな状況、時期に処刑が始まるのにもかかわらず、なぜか心は穏やかになる

 

 この、酔いしれる美味なラーメンがそうするのか、それともケイティのせいか

 

 

……ロアナプラを忘れられる

 

 

ふと、思い返したのはマルワシラーメンを食べた夜のこと、こいつなら別にいいかと本音をこぼして、そして今も自分の情けない姿を全てばらしてしまっている

 

ロアナプラらしからぬふるまい、いでたち、うまい飯を人に食わせたいだけでどこまでもまっすぐ素直に生き続けてしまっている。そんな奇妙な相手に心を許してしまった

 

だから、こんなにも

 

……満足だな、もう十分

 

 

 時計の針を見る。もうタイムリミットまで一時間を切っていた。

 

 最後の晩酌は、実にうまい酒であり、ラーメンであった

 

 

「……ケイティよぉ、お前さんもう帰れ」

 

「え、もう替え玉茹でちゃってます……それに」

 

「もういいさ、説得に来たんだろうが俺はもう……もう、疲れたんだ」

 

「……なんですか、それ」

 

 

 

 遠い、もう遠い過去のことになる。アブレーゴは思い出した。

 

 逃げる選択肢をとってきた自分を唯一勇めたのは、母親代わりに飯を食わしてくれた使用人の老婆、ロザリアを手にマリア様の言葉で語りかけていた彼女、幼いアブレーゴはマリアそのものと感じ取っていた。

 もう、今となっては彼女の言葉も朧気、だが青年期を生きていく間ずっと彼女の言葉が、マリアの教えがあったからここまで来れてきたはずだった。

 

 逃げることを諫める言葉、そしてもう一つ、それが何だったか

 

 

……思い出せねえ、けど見えはしたんだよな

 

 

 そう、自分のために料理を作るケイティ、その後ろ姿にどこかマリアを感じていた。

 

 男を相手にそんなことを思う自分はなんと愚かか、キリスト的価値観から見てもやはり自分はおろか、何者になれない、マフィアにもなり切れなかった愚か者であった

 

 だが、その最後は、せめてうまい酒と飯で飾られた。

 

 

「やっと終わりにできる。おれはよぉ、もう疲れたんだ……時間も時間だ、さっさと帰れ」

 

  

 時刻の長針は真下を指し示す。律儀にタイムリミットを守るとは限らない、お気に入りとはいえ、本物のマフィアである火傷顔は信用しきれない

 

「おめえは俺にいい思いをさせてくれた。死んでほしくねえんだ……おら、もう行ってしまえ。部下の件は、心から謝罪する。補償は俺の骸から拾ってくれ」

 

 

 吐き出す言葉は下を向いて後ろ暗い。しかし、言い切る本人の顔はつきものが取れて安らいでいる。

 

 

 

「……アブレーゴさん」

 

 

「行けよ、行っちまえ……最高の料理人」

 

 

 うつむいて目をつぶり、気取った言葉で手を振る。そんなアブレーゴに、ケイティは

 

 

 

「アブレーゴさん……あなたって人は」

 

「……ッ」

 

 

 あしらおうとするその手をつかんで、無理矢理にその顔を引っ張り上げた。

 

 サングラスもかけてない、不健康そうなおじさんの顔

 

 まっすぐに相貌を睨んで。そして

 

「本気なんですか、本気でもう死んでいいなんて……言ってるんですか」

 

 悲しい目で、慈しみをもって両手を重ねた。アブレーゴの手を取り、隣に膝をついて寄り添うように近づく。

 

「……未練は無い。俺はもう疲れたんだ」

 

「でも、そんな風にあきらめてしまったら」

 

「お前にはわからねえよ。俺がどんなに神経すり減らして生きてきたか、女を抱いても酒を飲んでも、結局は周りに振り回されて貧乏くじだ。今回だって仮に乗り越えられたとしても、次は絶対来る。俺はもう疲れたんだ、ただそれだけだ」

 

「そんな、悲観的になるのはあなたらしいけど……でも、命をあきらめるのは」

 

「なら、お前さんが支えてくれるってか? は、できねえだろうが」

 

「できますよ。それぐらい」

 

「……死ぬ前に、お前を抱かせろって言ってもか」

 

「!」

 

 突然の言葉、面食らうケイティにアブレーゴは悪く笑みをこぼす

 

「ほら見ろ、できもしねえこと言うんじゃねえ。それに、今更抱こうがナニしようがあきらめは取り下げねえ。俺はよぉ、未練はねえんだ」

 

 お前のおかげでな、その言葉だけはあえて言わずに

 

 さあ、もういいだろ、そう言ってのけてアブレーゴはベッドを立つ。立ち歩いて、閉じ切った窓を開いた。日の光が燦々と部屋を照らし出す。

 

 

……終いだな

 

 

 窓際の傍に、無造作に置いてある灰皿置き、そしてそのそばにタバコと空き瓶と、そして拳銃。一服は余韻を殺すから選ばない。アブレーゴは拳銃を手に取り、薬きょうをシリンダーに込める

 

 未練を残さず、綺麗に現世を去る最後の儀式だ

 

 時刻の針は40分を告げる

 

 

「……本気、なんですね」

 

「言ったろ。未練はねえってな」

 

「…………じゃあ、未練があればどうなんです」

 

「?」

 

 振り返り見る。自分の影の先に立つ、ケイティは徐に首と腰に巻いた紐をほどき、エプロンを外した。

 

 昨日と変わらない。ブルーの扇情的なドレスの装いで、恥じらい顔を浮かべてしなをつくる

 

 

「オッケーですよ。抱きたいなら、どうぞ」

 

「……冗談、だよな」

 

 

 耳を疑うセリフ、だが撤回する様子もない。

 

 

「知りませんか。僕はもともと娼婦になるべくしてここに来たんです……できないなんて、それはあなたの決めつけです」

 

 

 もとより高い音域の声色、だが今は余計に艶っぽく性別の実態が揺らいでいく

 

 ケイティはアブレーゴ影を踏む。一歩、半歩、その足先はアブレーゴの姿の、ちょうど下半身の中央をやさしく、なでるように踏みつけた

 

 

「未練がないなら、ぼくが作ってあげます。できること、ちゃんとありますから……ねえ、もう一度だけ来た時の言葉、言ってあげますね」

 

 

 にまり、口角を釣り上げて余裕の笑みを構える。恥じらいでおののく姿はどこにもない。それは、まぎれもなく男を食らう側、媚びず従わず、威風堂々とした娼婦の覇気であった

 

 

 

「……デリバリーです」

 

 

「!」

 

 

 あっけにとられ、思わず銃を手から離した。セーフティーはかかったまま、だが安心する暇は与えてくれない

 

 

 

「座ってください、そして目をつぶって待っていてください」

 

 

「は、いや……おま、本気で言ってんのかよケイティ、俺は」

 

 

「言ったじゃないですか。そして僕も言いました。未練は、僕が作ってあげます……だって」

 

 

 

 

 

……デリバリー、ですから

 

 

 

 

次回に続く




ケイティとアブレーゴのターンはまだ続きます。な~んか変な流れですねぇ。さあ、次回どうなるやら、デリバリーとはいかに


昼間見たらランキング乗ってました。あそこに名前乗ると嬉しい、モチベ上がって励みになります


次回は明後日ぐらいに
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