麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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映画のトゥエンティーフォーにちなんだタイトルをつけるべきか悩んだ。


(51) しっかりしなさい、アブレーゴ!

 24時間、そのタイムリミットは刻々と過ぎていく。自身の終わりを告げる鐘の音がなるのだ、無視している瞬間は無かった。

 

 現に、一時間を切り残り20分と少しの今も時計から意識はなさないでいた。はずだった

 

 しかし、今目の前にある垂涎の美の前に、もはや数分程度のしがらみは不要ではないかと判断が下される。下したのは紛れもなく本能だ、理性ではない

 

 理性が働いているのなら当然選ばない選択だ。アブレーゴは重々、その点は理解していた。だが

 

 

「さ、目をつぶっていてください」

 

「……お、おぅ」

 

 

 現に、理性でないがゆえにきっと流されてしまっている。性別以前に自分の半分と少ししか生きていない小僧相手に、こうも振り回されてしまっているのならこれはもう本能故の過ちだ。

 

 自分は悪くない、そう結論付けることにためらいはない

 

 いい思いをして終われる。その点にだけ焦点を置いて、まずは優しく甘い唇にでもすがりつこうか、そう期待から思案してしまっている。

 

 それもすべて、本能ゆえの過ち。だから、致し方ない

 

 

……まあ、悪くはねえか、ナリだけはそこらの女よりもずっといいしな

 

 

「……アブレーゴさん」

 

「お、おう」

 

 

 近づいてくる。声色が震えて、そしてなにより色気で湿りがある。

 

 呼気と呼気が混ざり合う距離、焦らすようにゆっくりと

 

 

「……はぁ、ぬッ」

 

 

 

 精一杯振りかぶり、思いのたけを込めて

  

 

 

「なあ、もうそろそろベーゼの一つでも『バチンッ』をぶるぅあぁああああああああッ!!!?!!?

 

 

 

 

「………………バカッ」

 

 

 

 思いを込めた、重い一撃が、アブレーゴの頬を打ち抜き顎をガクつかせた。

 

 ケイティ渾身のビンタ、無抵抗なアブレーゴはベッドから転げ落ちてその辺に積み重ねたゴミ袋へ突入。ストライクである

 

 

「バカ、変態、痴漢……ひっく」

 

「お、おま……なにしやがる、てか酔ってんのか」

 

「……酔って、なんかいない」

 

 否、それは酔っている人間の常套句であった。

 

 ふらつく足取り、そしておぼつかない視線の先。色香を放っていたのは正気ではなかった故。ナチュラルに魅力をまき散らすケイティにとって泥酔とは色気のリミッター解除も同然であったりする。

 

 なのでケイティは心を許す相手以外の前では滅多に酔っ払うことはしない。しないのだが、ラーメンの調理にスピリタスを用いたのが失敗。ほぼ100%がアルコールの飲料、封を開けるだけでその酒気にやられてしまう。実際、部屋自体もどこか消毒液のような臭気に満ちていた。 

 酒に慣れたアブレーゴには何も感じないが、すでにケイティが酔っぱらう条件は整い過ぎていたのだ。

 

 酒に弱いケイティ、酔う時は決まって気持ちよく酔うタイプではあるが。

 

 時に、ケイティが俗に言う悪酔いをするタイミングがある。それは他人を心配し、必要以上にお節介を焼くとき、そうまさしく今である

 

 

「正座、アブレーゴさんそこに正座……正座ッ!」

 

 

「てめ、調子乗って何命令して「正座!」……あ、はい」

 

 

 語気の強い口調。先ほどよりもさらに酔いが回っている。叫んだせいか、のどの渇きでもいやそうとしたのか、その手には見慣れたボトルが一本。調理で使ったオレンジワイン、空いたそれを直にラッパ飲み、ふひーと息を吐き散らし、そしてギっとにらんで一喝

 

「お説教です、僕はあなたに言いたいことがある……だから、だから正座、正座でしゅッ!!」

 

「いや、もう正座」

 

「してますか、ならいいです。偉いですよアブレーゴさん、花丸あげちゃいます……えっぷ」

 

 面倒くさいダルがらみ。しかし抵抗する気も言い返す気も起こさない、有無を言わさぬダルがらみ。

 

 それは以前自分が絡んだ時の報復か、しかしすでに時刻は、のこり15分を切っている

 

 無駄なこと、早く帰れと言いたい。だが

 

 

「未練たらたら、これから安らかに死ぬ人がエッチな誘いに流されたりしますか? ハードボイルドを気取っているあなたなら、どうして最後までかっこつけないんですか?」

 

「は、いや何言って」

 

「だーかーらーッ……ぼくは、あなたに死んでほしくないって言っているんですッ!早くバラライカさんに電話して、ごめんなさいをいいましょう!!」

 

 自分の膝をバンバンと叩きながら声高に叫ぶ「ほら、携帯」投げ渡すように手に握らせた携帯電話を、その着信先には飼い主と名がある番号が 

 

「……もう、いい」

 

 しかし、そのようなことを願われてもと、強情にアブレーゴはノーを突き付ける。あきらめの境地でプライドがひりつく、結局自分がどうしたいか、これでは揺らいでしまう。

 

 

……やめてくれ、もうあきらめさせろ、うんざりなんだ、俺は疲れたんだッ

 

 

 マフィアのボスでいることに疲弊してしまった。とはいえ今更カタギにも戻れないところまで自分はいる。

 望むべくして死刑台に立った。だが、ケイティはそんなアブレーゴに未練を引き出そうとする

 

 いばらの道を歩んででも生きろと

 

「やめろ、おれは……もう」

 

「死にたい、ですか?」

 

「そう言ってんだろ、俺はこんな所に立つべき人間じゃねえ。器足らず、分不相応」

 

「……いや、嘘ですね」

 

「嘘なんざ言ってねえ」

 

「じゃあ、聞きますけど……」

 

「……!」

 

 ほほに触れたぬくもり。下を向いていた視線が正面に引っ張り上げられる。

 

 目が合った。焦点が合ってない酔った瞳、だがどうも直視ができない。まばゆい光、まっすぐな思い、自分に向けられた情や悲哀がこれでもかと入ってくる。

 

 

……やめろ、それ以上は

 

 

「嘘です、確かにあなたは情けない不憫な人だ。でも、気づいてないかもだけど、すっごく前向きな人なんです」

 

「だから、そんなわけが」

 

「しぶとく生きてきた、執念たらたら。あのね、言わせてもらいますけど逃げるって簡単じゃないですからね! 自分を過小評価しないでください!あなたがやっていることは、すでにその辺のチンピラじゃあできないデカいことなんです!」

 

「……やめ、おまやめろ、まじに」

 

 

 両頬を掴むケイティの手、視線をそらそうとするアブレーゴを逃がそうとしない。

 

 向かい合って正座で向き合う態勢から、ケイティは膝立ちに、そして立ち上がって首をもたげさせた。見下ろす視線で、陰の中にアブレーゴを包んでしまいこむ

 

「おっさんの癖して恥ずかしがっちゃって……あぁ、きっとちゃんと目を見てほめられたことがないから内気なんでしょうね。それか、もう忘れてしまっているか」

 

「!」

 

 強気で不遜なケイティの言葉、だが異を唱える言葉はかすりも出ない。

 

 アブレーゴの中で、抑えていた何かがあふれ出す。湖底に沈めた要石が、何かのはずみでずれてしまったかのように

 

 泡が一つ、二つ、水面へと昇って波が乱れる。

 

「だから僕が言ってやります…………すぅ」

 

 

 息継ぎ、深く深く、そして吐き出す。呼吸を整えて、両手で包んだ照準に

 

 

「すごいすごい、あなたはえらい!!とってもがんばり屋さん、アブレーゴさんは頑張ってる、すごくがんばってる!!」

 

「……ッ」

 

 波が揺らぐ、沸き立つ泡で湖面がかき回され、さながら大海のごとく

 

「や、やめろ……もうやめろ、それ以上はまず……よく、ねえぞ、おまッ」

 

「じゃあいいんですね、もうラーメン食べられなくて! うそおっしゃいな!! 毎回毎回スープ一滴残さないほど満足げに完食して、本当に満足してないとあんな幸せそうな顔をしないでしょうに……縋りつくものがない、そんなわけないッ!!」

 

 ダン、手を離したと思えばそのままアブレーゴの両肩を叩く。次弾を放つ、今度は目線を合わせて膝立ちで肩をつかみ、決して逃がさぬように 

 

 

 

「美味しいものに感動出来て、そのうえお礼も言える人間が駄目なわけない!!あなたはすごい人だ、偉い人だ、大きな人間だ!! なのに、死にたいなんて言っちゃダメ、おばか!!」

 

 

 

「生きがいが無いなら僕のラーメンにしてしまえばいい!!心が辛くて落ち込んだらいっぱいほめてあげるからッ!! えらいえらい、アブレーゴさんはえらい!! かっこいい!かっこいい!!アブレーゴさんかっこいい!!」

 

 

 

「がんばれがんばれ! がんばれがんばれがんばれがんばれッ!! えらい子すごい子元気な子、アブレーゴさんはとってもえらい子ッ!!!」

 

 

 

 息継ぎ、速射砲のごとく畳みかける言葉の薬。幼稚で、感情的で、大の大人に向けるものとしては不適格もいいところ

 

 だが、どうしてか、アブレーゴは何も言い返せなくなってしまった。

 

 

「……マリア」

 

 

 言ってしまった、口にしてしまった。それは、かつて同じように、誰にも関心もなく見放された幼少期に、たった一人自分を戒める言葉を、暖かさをくれた女性の名前だった。

 

 シスター名、マリアと、その先が思い出せない。だが、経験だけは明確に今呼び覚まされていく。

 誰かに認められ、肯定され、背中を押されることの喜び。ついぞ忘れてきたが、今、ようやく

 

 

「だから下なんて向かない、ちゃんと前を向きなさい! あなたはマフィアのボスなんだから」

 

 

 

「しっかりしなさい、アブレーゴ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~AM 10:05

 

 

 

 

 

 ホテルモスクワが勧告したタイムリミット、その時刻は過ぎている。なのに、銃声は何も聞こえない。

 

 周辺の通り、建物からは民間人たちはさっそうと立ち去り、そこには火事場泥棒の一人もいやしなかった。始まる闘争の規模を恐れて戒厳令が敷かれたがごとき有様であった

 

 そんな沈黙の時間、だが沈黙が続いていることにおかしいと気付きだす者もちらほら。試しに通りに出てみれば、そこには黒塗りの車も装甲車も無く、ただ閑散としているカルテルの本部周辺の様子があるだけ。

 

 

 

……ホテルモスクワは手を引いた、ってことでいいのか?

 

 

 

……ミスター・アブレーゴがうまくやったってことか。さすが、カルテルを率いるだけはあるんだな

 

 

 

……カルテルがロシア人たちに跪いただけだ、泣きながらべそかいてな。賭けてもいいぜおれは

 

 

 騒動が起きたのにもかかわらず何もとばっちりの来なかったイエローフラッグにて、そんな噂話がちらほらと聞こえてくる。カードは圧倒的に不利、賭けにもならない事態であったが、どうしてかこれが綺麗に収まってしまった不思議は、皆の想像の及ぶところではない。

 

 すべては世はこともなし。神も後ろ髪も見せるこの不浄の地にて、いったいどのような奇跡が起こったか。真相を知る者はごく少数。

 

 たった一人のへべれけが一人の男の心を打ち、結果下を向き続けた男はこの街で強く生きようと気分を変えたことも

 

 しぶとくあがいて泥臭く這いずって、それでも前を向こうと決断するにたるに至った経緯なんてものは、誰も知りえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ローワンジャックポッドピジョンズ、店前~

 

 

 

 

 

 

 

 店前に停められた黒塗りの車、そこより姿を現した黒服の紳士は、これまた紳士にお似合いな可憐極まる少女をお姫様抱っこで抱え、そして入口より迎えの二人は顔を出す。

 

 示し合わせたタイミングで姿を現したのはアーシェ、すでにその服は娼婦らしい華美な装い、すでにもう一つの顔は姿を潜めている

 

「あら、張維新自らお運びだなんて、ケイティったらいい御身分ね」

 

「欲しいならいつでも抱きかかえてやる、俺の懐は広いからな」

 

「ええ、ぜひとも。でもその時は、抱きかかえるじゃなくて、抱いていただけるとうれしいわ……ミスター」

 

 リップサービス、夜の嬢らしい会話を交えながら、その手に抱きかかえられたケイティを受け取る。すやすやと、その寝顔はなんとものんきで平和的だ。まさかロアナプラの戦争を止める大きな貢献をしたとは誰も信じないだろう

 

「……ん、ぁぅ」

 

「お疲れ様、ちゃんとベッドで寝なさいよね」

 

 起き上がらず、抱えられた体はアーシェの手でまたお姫様抱っこを繰り返す。張と変わらない高身長だとしても、やはりその華奢な体つきは性別を間違えている

 

 寝顔を見れば幼く、出で立ちを見れば少女、しかしその存在は

 

 

「……薄々感じてはいたが、やはり異端だな。ケイティはこの街をかきまわす」

 

「この子は何もしてないわ。ただ」

 

「あぁそうさ、ただ当たり前のように料理をして人に尽くす。それが誰であっても、ネームドのギャングであろうと、それは異常だ、異端なんだ」

 

「……悩ましいですか?」

 

「さあ、それも今後の課題だ。近々黄金夜会も開かれるだろう」

 

 

 張維新は視線を横に切った。そこにはローワンの店と隣り合うビルが、無残な姿で今にも倒壊しそうなビルがブルーシートにイエローテープで囲まれている。

 

 店は休業を余儀なくされる。そしてその責任は

 

 

「ケツ持ちとして、当然やるべきことはする……だが、その前にはまだ一つ」

 

「ん……ゃぁ」

 

 張の指先が髪をなでる。触られて眠りを妨げられたのか、赤子の様にうなって、そのままアーシェの胸へと顔をそらす。

 アーシェの冷ややかな視線、すまないと謝罪を口に、そして間をおいて張は続ける

 

「今回の一件、振り回されて不快を負ったのは誰か、それはもちろんミス・バラライカだ。夜会が始まるまでまだ期間もある、それまでにどうにか、彼女のストレスを晴らしてもらわねば俺たちもおちおち議席に座ることもできんさ」

 

「……あの女に、ケイティに何をするか」

 

「大丈夫だ。この街で一番こいつにご熱心なのは」

 

「けど、火傷顔は何も動かなかった。ケイティのために、連絡をよこすこともしなかった……それで今更」

 

 怒気を込めて言い放つ。危険な会話、しかし気持ちは推して察せられる故に張は止めず

 

「あぁ、ひどい話だ」

 

「……ほんと」

 

「だからこそ、次は話し合う時間が必要だ。誰にも邪魔されず、二人きりで」

 

「……ッ」

 

「不快か? だが、察してやってくれ。彼女は誰よりも、ケイティを慈しむジレンマに苦しむ立場にあるんだからな。無条件に愛でられるお前たちとは違う」

 

「……それは、どういう」

 

「…………その先はシークレットだ。いやなに、俺も口は軽い方だが、これ以上は野暮だとは理解している」

 

 

 意味を問う。だがそれ以上は口が過ぎると張は止める。

 

 

 残された問題は二人の間のみ、であれば横入は馬に蹴られて首を折られるだけだと

 

 

 

 

 

「あとは当人たちの問題だ。アーシェ、ケイティには……まあ今は寝かし付ければいい。だが、起きてからは伝えておけ。ミス・バラライカに花束を贈るようにとな」

 

 

 

 

 

次回に続く




以上、これにてアブレーゴとのエピソードは終了です。いっぱい褒められてよかったね、アブレーゴ君、教育番組版ロアナプラ

次回からエピローグ、ようやくバラライカとの対峙です。さあ、ケイティはどうなるやら


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