麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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ロアナプラで最強のケツ持ちです。最強過ぎていつケツの皮がはぎとられてもおかしくない点はご愛敬

うらやましい?それとも不幸?


(5) 姉御なる人

 

 うだるような暑さ、日本よりも赤道に近くモンスーンの恩恵もないこの土地で生活するならエアコンは必須、何をおいても必須だ。

 電気代はバカにできないけど、外をたっぷり歩いて帰った日ぐらい昼間から点けても罰は当たるまい。エアコンを、そうエアコンを効かせた部屋で伸びをしたい。昼飯を終えたらジンジャーエールとバニラアイスで腹の底からキンキンに冷やしてやるんだ、そんな不健康的な欲望を頼りにこの炎天下の遊歩を耐えしのぐ。

 

「……溶ける、というかもう溶けてる」

 

 いつも移動に使うバイク、その調子が悪かったのが、今日ついに天寿を全うした。なので歩きで市場に行って、半分溶けかけた体を押して僕は帰路をめざす。食材を入れたバックには保冷剤代わりの氷が、けどその氷も溶けて液体になってちゃぷちゃぷと音を鳴らす。暑い、本当にたまらなく暑い。

 

 陽炎立つアスファルトが目障りで仕方ない。反射する熱が僕に幻覚を見せてぐるぐるとまわして殺しかねない。今だって、目の前の先に屈強な男達が立ちふさがっていて、中央にはひときわ目立つワインレッドのスーツを着た大層麗しい女性が。

 

 意識も濁々とした状態、もしやお出迎えの天使だろうか。だとすれば、なんとも殺伐とした天使なものだ。天使の輪っかの代わりに軍帽を、そしてその手には強力なソ連製兵器。

 

 天国を見せてくれる?いやありえない、彼女の率いる軍が見せるのは地獄、徹底した地獄のみ。煉獄も無く直に縦穴を開けて髪一本たりとも現世に残すまい。落とす、文字通り地獄に落とすのだ。

 

 あぁ、なぜ。いったいどんな赴きで、厄介事でないことを望む

 

 

 

「…………あの、どんなご用件でせうか」

 

「用向きが無かったら駄目なの? あなたのお店はアポイントメンツと正装が必須だなんて、私知らなかったわ」

 

 ふざけたことを仰られるものだ。いったい何時僕のお店に星がついたのやら、しかしそれにしたって今日のバラライカさんは妙に上機嫌だ。

 

「……別に、そうは言ってませんよ。ロアナプラにミシュランが来たなんて初耳です。……バラライカさん、どうして遊撃隊と一緒に僕の店へきたのですか?」

 

 また、あの時の様なことが起こるのか、そうではないと信じたい。

 

「別に、あなたの店にボカチンかますわけじゃないの。まあ、ちょっとした私用よ」

 

「……私用、ですか」

 

 私用、はたしてこの人の言う私的な用事とはいったいどのようなものか。

 

 そう言えば、買い出しの帰りの時どこかで爆音が聞こえた。あの爆音は、きっとその私用なるものと関係はあるのだろうか。いや。考えるまでもない。あるに決まってる。

 

 この人たちはミュージシャンだ。そこらのロックやメタルよりもずっと過激なビートを、このロアナプラで何度も披露してみせた。どうせまた、この人たちが愉快痛快にセッションをしたに違いない

 

 

「……随分とクレイジーな曲選でしたね。ヨルダンまで誰かが吹き飛ばされでもしないとあんな音はしないですよ」

 

「そう、愉快痛快な名曲よ。あなたは好かないかもだけど」

 

「好きませんよ、僕はただのラーメン屋です」

 

「じゃあ、そのラーメン屋にお願いをしようかしら」

 

「願い……ぁ」

 

 

 

 

 

……ピタ

 

 

 

 

 

「ほんと、綺麗な肌ね……性別を疑うぐらいに」

 

 

 

……ピタ……ツツー

 

 

 

「!?」

 

 不意に、バラライカさんが近づき、僕の顔に触れた。持ち前の高身長、そしてヒールも合わさってこの人の目線はずっと僕よりも高い。そんな彼女が、逆光で暗くなる顔を近づけ何をするかと思えば、優しく丁寧に僕の顔を拭っているのだ。

 取り出したのはハンカチ、汗に濡れた額を噴き、まるで男が少女をかどわすように、顎を持ち上げる指の感触だけで魅了にかかってしまいそうだ。

 

「……あの、なにを」

 

「動くな、目をつぶしてしまう」

 

「……はい」

 

 はいと言うしかない。こんなに身近で、火傷痕の目立つその美貌を拝むこの状況、言った僕は何を想い何を返せばいいのか、怯えるにしてはその振る舞いは魅惑的であるし、ただ鼻を伸ばすには彼女の顔の右側が許しはしない。

 ただ受け入れるしかできない。余計なことを考えないように、僕はこのハンカチのクリーニング代をどうするべきかに思考をひとまず置くことにする。

 

 バラライカさんとはもう知らない間ではないけど、この人の底は未だ知ることは無いし、これからもできる自信はない。

 

 

「……ケイティ、バイクはどうした。なぜ歩いたりする」

 

 強い口調、逃げ場の無い僕にバラライカさんの圧が襲いかかる。精神をなぶる、恐れを込めた低い声を用いて

 

 目をそらすと、その手が頬を撫でる。弄らしい触りかた、まるでそこに操作ボタンがあると信じてしまう様に僕の視線が操作されてしまう。

 

 逃げ場はない。嫌が応でも向き合わなければならない。タバコと香水の苦くも甘い匂いは、僕の判断能力を底から奪ってくるのだ。

 

 

「ケイティ…………答えろ」

 

「……それは、故障して」

 

「ならん。危険にあってもお前の足ではすぐに逃げられんからな、すぐに直せ」

 

「……は、はひ」

 

 逃がすまいとしているのか、後頭部と頬を触れる指に力が入っている。

 

「最近は物騒だ。我々を軽んじたバカが場所もわきまえずクソをばらまいている……お前が聞いた爆音はそいつらのモノだ。穢れた匂いが移る前に、大事なモノは別の場所へしまわねばならんなぁ」

 

「……あ、あの……なんだか話が見えてきたんですけど」

 

「察しが良いな。察しが良いのは美徳だ……ケイティ、10分で身支度を済ませろ。ことが片付くまで、ホテルモスクワが貴公を保管する」

 

 保護ではなく保管、ものであるなら意志の確認は不要、つまり拒否権はない。

 

「は、はい……ぁ」

 

 頬を包む指の感触が少し恋しくて、つい声が漏れてしまった。これだけ身勝手にされていても、僕はどうしてかこの人を拒みきれない。

 酒に酔った様な心地になって、惚けたもやもやを振り払うように僕は顔をはたく

 

 そんな僕を見て、バラライカさんは和やかに笑ってみせた。嘲笑を込めた恐ろしい笑みとは違う、完全オフショットの笑顔だ。

 

 

 

「…………なによ、可愛がられたくて鳴いてるのかしら……我慢しなさい……мой милый питомец(私の可愛いペット)

 

  

 

「……ッ!?」

 

 

 流暢なロシア語、その意は理解こそできないものの、僕の心臓にひときわ大きい高鳴りを打たせるには十分すぎる。

 あぁ、本当に底の知れない人だ。人に恐怖を覚えさせる要素をこれでもかと詰め込んでいるのに、こんなにも胸と頬を熱くさせて酩酊させる魅力も併せ持っているなんて。

 

 敵と見ればこの世のだれよりも恐ろしい、だけどその腕の内にあれば、これほど安心できる場所があろうか。

 

 ミス・バラライカ、僕はこの人の武力に守られてこの街で生きている。遊撃隊率いる彼女の威を借りてしまったのは、今思い返してもひどく頭を痛ませる出会いからだ。

 

 そう、それは遡れば数ヵ月前、今日のように激しく爆音が絶えない、そんな今とたいして変わらない日々に起こった

 

 

 とても、とても運の悪い日のことだ。

 

 

 

 そう、なにせその日、僕は生まれてはじめて銃に撃たれて死にかけたのだから。

 

 それも他ならぬ、この、

 

 

 

「さ、急いで準備よ……軍曹、手を貸してあげなさい。高い物を落として首を折らないように、過保護に守ってあげてね」

 

 

 

 この世で最も恐ろしく美しい女性、ミス・バラライカに僕は銃口を向けられたのだから。

 

 

 

次回に続く

 

 

 




短めですが今回はここまで、ですがインパクトのある内容かと

バラライカを相手におねショタをするオリ主でした。うらやましいと思います?それとも同情しちゃう?


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