麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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サブタイとは真反対、健全な内容です。健全ですとも


(59) 気持ちのいい夜

 

 

 

 

 

 たくさん食べた、お酒も飲んだ。気分がよくなっていくのはいい、だけど体の火照りが少々辛い。忘れた頃に熱帯の暑さを思い出す

 

 プールサイドのカップル用ベンチで二人並んで夜景を眺めていた。たわいもない話をしながらお酒を舐める、そんなひと時にふと、泳ぎましょうかとあなたがささやいた

 

 深紅の水着を身にまとって、傷跡が優美に惑わす艶やかな姿で僕を誘う。光の中へと、手を取って連れていかれてしまう

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 

「深いわよ、気を付けて、そう」

 

 

 

 忠告の通り、急に傾斜が来て水位が上がった。昼間泳ぐとき、奥まで伸ばしたりしなかった。僕は泳げないから、沿で適当に力を抜いて体を浮かせるだけ。

 

 

「大丈夫よ、私がいるのだから溺れるなんて心配は」

 

 

「……足がつかなくなったら怖いです」

 

 

「ならこっちへ来なさいな。抱きしめていれば、そんな心配もないでしょうに」

 

 

「……じゃあ」

 

 

 遠慮せず、省略した言葉を飲み込み、ぐっと足の親指へ力を入れて前へと飛んだ。

 

 ふわりと、水の抵抗を受けながら、深い場所へと、足の先は水の中で浮いて底につかなくなった。

 

 

……柔らかい、やっぱり安心する

 

 

 

 受け止められて、支えられて、顔の置き所はいつもここになってしまう。恥ずかしいけど、定位置になってしまったことは嫌じゃない。実際、どんな枕よりも低反発なのだから。

 

 

「気持ちいいわね、夜の暑さを忘れられるわ」

 

 

「……ッ」

 

 

「あら、顔に水がかかるかしら」

 

 

「……はい」

 

 

 深くて、おぼつかない足取り。そんな僕を支えるように、バラライカさんは腋下に腕を差し込み持ち上げてくれた。

 

 

「子供みたいですね、というか赤ちゃん」

 

 

「それは悪いことをしたわ……なら、もう少し浅い所へ移動しましょうか」

 

 

「は、はい」

 

 

 抱きかかえられて、顔の位置は変わらず柔らかい場所に。ゆっくりと水に波紋を作りながら僕たちは移動する。

 

 バラライカさんにつかまって、後ろ歩きで牽引される形で水を這う。胸に預けた顔で、横目に水面の光を見るとお腹の奥がじんわりと暖かくなる心地がした。

 

 

「綺麗な夜、ですね」

 

 

「ええ、綺麗な夜ね」

 

 

 月のない、曇り空の重い空、ここにいれば暗さは輝きで遠く彼方だ。

 

 光の中が気持ちよくて、足がつくはずなのに僕の体は浮いてしまう。されるがまま、運ばれるまま、僕はバラライカさんの鎖骨に額を預けて、不敬ながら豊かな柔らかさに頬をくっつける。これは、とっても贅沢なことだ。

 

 肌を見るのは数度、水着を見るのは今夜が初めて。下着姿と変わらない布面積なのに、その感動は全く違う。どちらかが上とかはない、ただどちらも心が崩れるほどに鮮烈で蠱惑的なのだ

 

 

……綺麗なのは、夜よりも、あなたが

 

 

 

 傷跡が残る肌、美白と痕のコントラストはどんな肌よりも美しく気高だ。素直にそんな感想を何度も抱いてしまう。水着のあなたも本当に素敵だから

 

 役得というべきなのだろうか、水着のバラライカさんはほんとうに綺麗だ。深紅の水着で支えられた胸元は、意思とは反して視線が固定されて逃がさないなにかがある

 

 見ることはとうに許可された。触ることも、良くないことをするのもバラライカさんはとうに許してくれた。なのに、未だ僕の心は慣れない、叶わない

 

 リードされるまま、それがずっと心地よいから。 

 

 

 

「ここなら、ちょうどいい深さね。ケイティ、ほら」

 

 

「……」

 

 

「離れたくない、そう言いたいのね?」

 

 

「…………ッ」

 

 

 頷く、それだけでバラライカさんは納得したと呆れの溜息を吐いて。そして、揺らぐ僕の体を保ったまま、バラライカさんもまた力を抜いていく。 

 

 倒れていく、水の中へと、その行為に不安になったけど、上を向いてバラライカさんの表情を見ればそれが杞憂だと知った

 

 

「溺れる心配はないと言ったでしょ。それに、抱きしめていれば、もっと大丈夫よ」

 

 

「……ッ……ぁ」

 

 

 

 向かい合って、肩や僕は見上げてあなたは僕を見下ろしている。プールサイドに持たれて、足を延ばして楽にしている。

 

 僕は浮いたまま、脇の下から腕を通されてバラライカさんに抱きしめられたまま。抱擁、あなたの豊かな優しさに顔を預けて、水がかからないように力を抜いて体を浮かせる。

 

 

「……きもちいい、です」

 

 

 水が触れる境目の肌の感覚、濡れた肌と夜の空気が心地いい

 

 肌と肌で触れあって、冷たい中で火と肌を感じて安堵を覚える。暖かくて冷たくて、矛盾した快感が神経を優しく撫でてどうにも力が抜けてしまう。

 

 

「…………料理も、酒も、全てにおいて不満はない。今日は良い仕事をしてくれたわ、ケイティ」

 

 

「……?」

 

 

 唐突な賞賛、素直にお礼の言葉を返すよりも僕は疑念の音で鳴いてしまった。

 

 

「別に、どうもそういう気分なのよ。あなたに、良いことをしてあげたい。そんな思いでいっぱいなのよ」

 

「……過保護、ですよ」

 

「知っているわ。それでも、今はね……奉仕の気持ちだなんて、ティーンの頃に丸めて捨てたはずなのにね。あらあら、いったい誰のせいなのかしら」

 

「……」

 

「あなたのせい、よね。ええ、きっとそう……」

 

「……ぁ」

 

 

 

……ちゃぷ、ぴちゃ

 

 

 

 後ろ髪の感覚。水をすくった手で髪を撫でる。押し付けるように、引き寄せてしまいこむように、何度も名で手を繰り返す

 

 

 

「……この大きいだけの胸も、あなたの為なら捧げてしまえる。恐ろしいわ、わたしはいったい、どうしてこうなったのかしらね」

 

「それ、は……ぁ、あっく、ぁ」

 

 

 吐息が漏れた。密着して、谷間の中へと不敬にも息を吹きかけてしまった。それが濡れた肌に跳ね返ってより湿り気を帯びて帰ってくる。官能的で、生々しい温度になって僕の顔を熱くする。

 

 夜のプールで二人きり、何をするでもなく、ただこうして近くで寄り添うだけ。そんな夜で甘んじるのは、どうやら僕の方だけ

 

 夜を鮮やかにすることがお望みなのか、徐々にバラライカさんに変貌が見える。抱きしめて引き寄せて、胸に埋めたのは優しさではなく、何か別の意図をもって

 

 この距離が一番心地いい。無理なく、負担のない、女性の暖かさと柔らかさに酔いしれてしまう。だから油断して、気づけば退路を失ってしまっている。バラライカさんの抱擁は甘やかしだけじゃない。何か、たまった感情を開け放つときに、僕が後ろを向かないように、獣のように四肢を封じて逃げ場をなくす方法。そんなときは、何時だって目的は一つ

 

 

 

 

「ケイティ、あなたのせいよ、私が変わったのは、何もかも全部、あなたの」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 逃げ場も無く、快楽で骨も抜かれて、そうして準備を設けてまですること、それは告解だ。そのときはいつだって暗くした時か、何も見えないほど強く深く抱き締めあった時、つまり今

 

 

 

 

 

 

「いい夜ね。あなたと過ごす夜を、私は心底欲してしまっている」

 

 

 

「…………ッ」

 

 

 かける言葉が固まらない。告解はまだまだ出し切っていない

 

 

 

「あなたを思わない日は無かった。打ち抜いてしまった日から、ずっと私はあなたに酔っている……ひどい泥酔よ。脱水を起こした船乗りが浴びるほどラム酒を飲んだぐらいに、これはひどい酔い方なのよ」

 

 

 

 抱きしめる、胸で抱き留めたあなたの腕に力がこもる。感情で起きる震えを抑え込もうとして

 

 手放したくない、そんな切実な感情をこめて、背中に爪を立てていた。

 

 

「触れてしまえば、二度と離したくないと心が裂けそうになる。なのに、私はな……今回の騒動の最中、あなたを視野にも入れようとしなかった」

 

 

 

 

「……ぁ、いッ」

 

 

 

 

 強く、指先が食い込んでくる。苦しいほどに、抱きしめて、抱きしめて

 

 

……震えて、る

 

 

 静かに吐露する言葉にも、隠しようがない感情の真実が加味されてしまう

 

 

 

 

「私はな、あのメイド騒ぎの時も、アブレーゴの下へお前が踏み入った時ですら……この手には銃を握り大勢を殺すことだけを考えていた」

 

 

「ば、バラライカさん……落ち着い、て」

 

 

「落ち着けるものか、私はお前を犯したひどい女だ……八つ当たりだった」

 

「!」

 

 

 ショックだった。間違っても、そんな言葉は聞きたくなかった

 

 交わした夜の回数は、思いが通じて行われた神聖な行為だと信じたい。なのに、あなたはそれを贖罪だと言うのか

 

 だとすれば、それは

 

 

「……どうして、そんな」

 

「…………」

 

 

 突き放すわけでもなく、未だ触れ合った距離感のまま

 

 言っている言葉とは矛盾している。それが余計に混乱を生む。わからない、どうして、そんな言葉を吐こうにも気力がついていかない

 

 

「……嫌悪していた」

 

 

「!」

 

 

 言い出せない僕の声に変わって、バラライカさんは告解を続けていく

 

 

 

「事件が起きた時から収束するまで、私はな、本当に何も感じていなかったのよ。なのに、終わった後になってからそんな気丈さはボロボロと崩れ落ちたわ」

 

「……じゃ、じゃあ」

 

 

 思い出す。それは初夜を迎えたあの日のこと、激情に駆られたバラライカさんの口から発せられた言葉、それが今明瞭に記憶の前線に躍り出る。

 

 

「ケイティ、私は自分自身を嫌悪したのよ。あなたの危機に何もかもを放り捨てて、ただ感情のままに助けに行くことをしなかった、そんな合理的な判断を下す私自身を嫌悪したのよ」

 

 

「……————ッ」

 

 

 自己嫌悪、言ってしまえばそんな言葉で説明がついてしまう。だけど、そんな単純な思いに至らしめるほど、あの鉄のごとき頑強なあなたを変えてしまったのは誰か

 

 それは紛れもなく僕が戦犯であると、僕自身が即座に理解してしまった

 

 なのに、僕といえば

 

 

 

……メイド服姿で顔を出して

 

 

 

……添い寝をねだって、甘えてばかりで

 

 

 

……耳掻きや爪切り、背中をかいて貰ったり

 

 

 

 心配をかけさせた。なのに当の相手から寵愛ばかり甘んじて受けて

 

 

 

 

「……ひぐ、ばららいか、さんッ」

 

 

「…………バカね、どうしてあなたが泣くのよ」

 

 

「で、でも」

 

 

「……軍曹も言っていたでしょうに。そう、あなたはずっと、被害者の側よ」

 

 

「ぐす、ひぐ……ぁ、あぁあああッ」

 

 

「……泣くな、この愚か者」

 

 

 

 

 

 告解は、嗚咽を交えて雫を降らしながら、情けないことに打ち明ける側じゃない僕の方が感情で溺れて涙を呑んでしまう。

 

 気持ちのいい夜に、光が揺らぐ綺麗な水面なのに、僕は情けなく涙を落とす。泣くべきじゃないとは頭でわかっていても

 

 大切で、大好きな人だったからこそ、その心に負担をかけてしまったことが、とてもじゃないけど許せない

 

 

「……ぼく、僕が悪い、です……し、心配をかけちゃったから、バラライカさんは悪く、ないッ」

 

 

「そうね、けど…………って、水着取れそうなのだけど」

 

 

「————……——…………ッッ」

 

 

「駄目ね。もう、馬鹿な子ね…………ふふ」

 

 

 

 次回に続く 

 




実年齢こそ20ですが、ケイティは過去の経緯や諸々含めて精神年齢は低めです。

今更だけど、年齢言わない方が良かったかな。まあ、脱法男の娘兼ショタということで



次回の投稿は、まあできるだけ早めにできたらいいなぁ。

今後の執筆、お話回を別件でやって、落ち着いたらシンプルなラーメン回やりたい

家系っていいよね
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