麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
電話の相手はバラライカさんの番号、だけど受話器を持つ手には不安がよぎる。
昨日の今日で、いったいどんな用事があって、しかもこんな夜中に
……まさか、エッチな誘いとか
すでに、言い訳のできないぐらいに、関係は至ってしまっている故に、うん、あるかもしれない。
恋のcまで達成した手前、期待じみた思いを抱いてしまうのは致し方のないこと。僕からねだることはないけど、バラライカさんから誘われてしまえば、きっと断ることなんてできない。
無下にするのは、失礼だから、うん、一般論として、世間的な常識として断るのは、良くない、から
「…………」
……ガチャリ
「ケイティ、ケイティか?」
もしもしを言うよりも先に荒々しい声が聞こえてきた。
心が躍る。そんな熱烈な誘いをする相手は、そう、野太い声の、聞き覚えのある男の
「……ボリスさん」
「ああ、そうだ……すまない、急な連絡を入れてしまって悪いが、君にどうしてもしてもらいたいことがあるのだ」
「…………うん」
「ぁ、なんだ……大尉の電話を使ってかけたから、誤解を生んだのだな。すまない、謝罪する」
察するに容易だったようだ、浅はかな期待を見抜かれたのが恥ずかしい
「いえ、別に期待だなんて、はは……」
悲しくない。ただ、空回りした自分ほど思い返すたびに痛々しくなるものはない。早急に忘れるべき記憶だ、お酒を飲む予定を立てないと
「はは…………ぁ、それで、いったいどうしてまた」
用件、冷静になって考えてボリスさんがわざわざ僕を呼び立てるなんて、確かに店の電話はまだ工事中だし、僕個人に連絡しようものなら携帯電話番号を控えているバラライカさんの携帯しかない。
どうして、ボリスさんはいったいぜんたい、僕に何をさせるつもりなのか
「……その、なんですか? その、僕を呼び出す用件なんて、いったい?」
〇
時間は戻る。
ケイティが日中に工事関係者にラーメンを振る舞い、そして日が暮れてバラライカはバーラウンジで飲み明かさんとし、そこへさらにエダが相席ついでに喧嘩を売った。
二人がストレートでウォッカの飲み比べをはじめ出して小一時間経過、何事かと様子を見るボリスはのっぴきならない二人の凄みを確認
何かが起こる、一触即発の危険地帯。火を収めるための何かを思案して、打ち出した策は、二人にとって共通の弱みともいえる存在
……丸投げしてすまない、戦闘のプロである我らとて、手を出せない戦場はある
……米ソ、二ヶ国の間を取り持ってくれたのは君の故郷だ。荷が重いかもしれんが、期待しているよ
口々にそんな言葉を浴びせられた。バーラウンジへと続く扉の前で、遊撃隊の皆さんが僕を待っていて、そして状況を提示してくれて、うん、ちょっと呆れた
どうして僕を呼ぶのか、なんだか理不尽に思えた。けど
「気持ちはわかる。だが、大尉とシスターの会話は君のことなんだ。我らはな、大尉の戦場には望んで赴く。だが、プライベートは不可侵なのだ。それだけ、君の立つ場所は他の者にとって触れがたい禁足地ということだ」
「いや、だからって……ぼくをメッカやエルサレム扱いしないでください」
「するともさ。君が懇意にしている女性がどんなに大物か、自覚しているのか?」
「……それは、確かに普通じゃない」
「そういうことだ。この扉の先はもはや聖櫃、目を開けて灰になるのはレイダーズの作品の中だけでいい……触れていいのは君だけだ。この扉も、二人の関係にも、な」
申し訳ない、心の底からと額に汗を載せてボリスさんは頭を下げる。意外とフィルム好きなのか例えに軽さを感じるけど、そんな言い方をしないと気が休まらないのか、余裕が無いほどにのっぴきならないのか、有無を言わさない調子に僕は唾を飲み込んでしまった。飲み込まざるを得ない、そんな状況に自分がいることも理解できてしまった
扉の先では、特に騒がしい様子はない。だからといって、聖櫃の置かれた間へと続く扉は触れがたい
用意がいる。そして、都合のいいことにここは、このホテルはスタークレイドル、僕とバラライカさんが閨を共にしたホテルだ
装備がいる。屈強な兵士に充実した近代兵装がいるように、僕にも適切な装備が必要だ
「……ドレスコードが必要です」
〇
AM 02:34
「……――――ク、グっく……あぁッ!!」
……ガシャン
「……ァ」
「どうし、た……なに、を」
「いやなに、ヒック……数字の列がよぉ、ゼロで始まってんのにぃ……イチ、イチだけ無ぇんだ、壊れてんだ……直さねえ、と」
「……そ、うか……あぁ、それは、名案だ……ッ」
……ガシャン、パリンッ!!
二人だけのバーカウンター、店主はすでに裏から姿を消していない。カウンターの席には大量の、未開封と開封済みのウォッカやウイスキーが並んでおり、そして突っ伏す様に酩酊している二人が、もはや正常な判断もできず奇行に走っていた。
卓上に飾られていたモダンな置時計をエダがつかんで床に叩き落とし、そこへバラライカがこれまた卓上のデザイングラス、およそ数十万はする調度品を片手で持ち上げ叩きつけてご満悦な顔をしている。
酔っている、すでにかなりの本数を開けている二人、しかしそんな二人に酒で苦しくなる様子も無ければ、未だ
……とぷぷ、ダンッ!!
「ぁ……何杯目だっけ、こいつで」
「知らんな、20を超えてから数えるのはやめた……で、どうする、貴様は、私に勝ちを譲るつもりか?」
焚きつける言葉、エダはというとサングラスをかけなおし、ふらつく上体でなおもショットグラスを受け取った
なみなみに注がれたグラス、少しこぼしながらも、酒に唇をつけて一気に喉奥へと流し込んだ。リップのグロスも剥がれてしまった、口をつけたグラスは勢いよく机で挑戦の音を鳴らし続ける
「グリンゴにしてはガッツが、ある……ぁあ、はあぁ、ぐ、っく……く、あ”ぁッ!! もう、一杯ッ」
「ひひ、ひゃはは……あたしはよぉ、あいつにとって、最高の姉貴なんだぜ? なら、これぐらい屁でもねえさ……あいつの為なら、あたしは……あたし、はぁ」
言葉にならない言葉、明瞭な言葉で己の意思表明をしているつもりだが、実際その言葉はほとんど相手に届いていない
引かぬ思いを前に差し出して、二人はなおも己の肝臓を傷めつける。
強靭なロアナプラの女ではあるが、そんな彼女たちとは言えこれ以上はレッドシグナル、いやすでに信号は点滅を超えて常時点灯してしまっていてもおかしくない
手の施しようがない、そんな事態に陥ってしまっては元も子もない。ヴィクターフランケンの手にかかってまで治さなくてはいけない事態はもってのほかだ
レフェリーが必要だ。この事態を止めることができる存在が
故に、なにが言いたいかといえば
……ガシャ
「ひゃ、なんか踏んじゃった……ガラス??」
ボリスの編み出した打開策は、まさしく的確な采配であった。
そう、現に
「……――――ぁ、あぁ」
「ヒック、くぷ……ぉ、おぉ」
うつろな視線、しかし二人の顔は彼の姿を認識して捉えている。
扉を開け放って、堂々と足を踏み入れた彼の姿。その服は、ケイティの一張羅ともいえる青のドレスコード
ぴっちりと張り付くことで浮き出るくびれとヒップ、平らな胸板から除く綺麗な美肌は幼さとあどけなさを醸す、開花前の触れがたい少女の花を匂わせる
チェイサーの一滴も入れずに続けた飲み比べ、今初めて、二人はアルコール以外の液体を、自分たちの生唾という形で喉奥へ流し込んだ
「あ、あぶない……と、あの、二人とも何をしているのですか。いくらなんでも、これは羽目を外し過ぎです!!」
一喝、砕けたガラス片を避けて、パンプスを履いた足が飛び石をまたぐように跳ねて、二人の背後へと周り、近づいた
「お二人ともいい加減にしてください! 外で心配している方々のことも考えてあげ……うわ、もう散らかして、やりたい放題だよもうッ! お店を持つ者としてこれは抗議案件です!怒ります!!」
「「…………」」
「いいですか、僕は今お二人に説教をしてます! ドレス姿で締まらないですが、こんな光景見せられたら黙ってられないよッ! エダさんも、バラライカさんも! 少しは壊される店側の気持ちを考えなさい! この……えっと、その……うぅ、おバカッ!!」
精一杯の罵倒、二人を前にして要らぬ生真面目さを発揮したケイティは妙なスイッチが作動
状況こそ聞いたが、二人がなぜ今こうして荒れてしまっているか、その経緯を知らぬまま、ケイティの調子、ケイティ節は止まらない
「バオさんとたまに愚痴を言い合って、それでいつも思うわけです。壊すのは簡単だけど、壊して困るのは誰だって……お酒やご飯、それらを供してくれる相手に敬意をですね! 武器商人もマフィアの頭目もその点は同じです、ちゃんと理解してください!!」
金切り声で、ぴーぴー吠えるケイティの説法。
二人はというと、椅子に座したまま回転椅子を後ろに、振り替えってそのままケイティをじっと見続けて
ただ、それだけである
「まったくほんと……けほ、ごほ……ちょっとお水、目の前にあるのに、お二人も飲んだ方が良いですよ。酔いを冷まさないと」
「「————」」
二人の間に割っては入るように前へ、卓上のミネラルウォーター瓶を手に水を一杯、注いで飲み干す。
二人の間で、ケイティは水を飲み終えて
「…………ケイ」
「ケイティ…………ぁ」
虚ろな瞳、二人の思考は未だ麻痺しているも同然
手を伸ばすまでもなく触れられる距離に立つケイティ、添い寝で知った肌の滑らかさと女のような高めの人肌、酩酊した思考ではあるが彼女達の体は確かに反応を示す
愛しい感覚、ケイティを直に感じることでしか得られない感覚、次第に体は動きを見せる
のんきに水を飲むケイティに、二人の母性愛の手は着実に距離を積めていた
「ふぅ、これ以上飲んだらおトイレ近くなっちゃう。それにしてもおいしい水、さすが高級バー」
「「…………」」
「美味しいお酒も飲みたいですけど、もう今日はお開きですね。バラライカさん、エダさん……今日はもう終わりです。二人とも、もうおやすみの時間ですよ」
「「…………ッ」」
部屋に行く、その言葉に二人は明らかな反応を示す。
片や、その言葉は最上階のスウィートルームでの、キングサイズのベッドで添い寝の記憶を思い出し、ケイティの手を掴む
そして、もう片方は、潮騒の音が心地良い教会の立つ丘の上、日陰の涼やかな草のベッドで肌を擦り合わせながらシエスタの時を過ごす、その記憶を思い出し、これまたケイティの手を掴む
……ガタッ×2
「わ、お二人とも……急にいったい?」
席を同時に立つ夢遊病患者二名、共にケイティの手首をつかんで、さながらその光景はエイリアンを捕縛するモノクロの写真のようだ
うろめくケイティ、しかしそんな反応も知らず
二人は、二人のなかにいる夢想のケイティを見ていた
「え、あの……ちょっと、なんで二人とも立って、僕は火星人じゃありませんよ。インディペンデンスデイでもありませんから……え、ちょっと、ひっぱらないで!僕は宇宙人じゃありませんって!!」
無言、うつろな瞳、しかし触れて感じる二人の握力やら筋力やら、二人とも逆方向へと引っ張ってこれでは牛裂き、レイジングオックスだ
……ダンダン
『ケイティ、いったいどうした、何が起こっている!!』
「!?」
遠く、扉を隔てた先から聞こえてくる声、しかしのっぴきならない状況、両の手がスポンと体から引っこ抜かれてしまいかねないというのに
「え、エダさんッ」
「……部屋に、行くんだろ……一緒に寝てやる、ただしあんたもアタシもオールヌードだ。あの火傷顔の匂いを上書きしてやる」
本人を前にして、やはりどうも見えてないというか理解しきってない。これが素面同士で言い合ったセリフなら一触即発すら飛び越して引き金だ。冷や冷やする言葉に尿意が危うくなってしまう
「……ケイティ、アタシはな……あんたを、なあ……こっちに、来いッ!!」
「い、イタッ……ぁ、ストップストップ!! ……って、バラライカさんも引っ張らないで、裂けちゃうからッ!!」
「ケイティ、あなたの泣き声を聞かせなさい……さあ、大丈夫よ……いま、引っ張ってあげるから」
……ギリ、ギリリ
「い、いたたッ!!どっちも引っ張らないでッ!!?」
つかむ手の痛み、そして引っ張られる力で肩が猛烈に痺れてきた。酔っているから全力じゃないのだろうけど、それでも振りほどけないし、なんなら徐々に力が強く
……怖い、僕これ以上もたないッ
グイングインと、右に左に引っ張られ振り回され、たまに拮抗すれば引き裂けそうな痛みで脳に電撃が走る
助けを求める声を出したい。今すぐボリスさんを呼びたい、けどその場合
……エダさん、まずいよね
……ぼく以外、味方がいないのに
二人の喧嘩を見て、余計にこじれる事態は避けたい。だから必死に訴えるしかない。幸い、こっちを見てくれている。認識しているのだ
訴えかけないと、起こさないと
『どうした、大尉に何があったのか!ケイティ!!』
「な、何も! 遊んでいるだけです!!ちょっとアグレッシブな遊びに興じているだけです!!」
『……普通じゃない声で叫んでいたではないか、悪いが押し入らせてもらうぞ!』
「ち、ちがいます……こ、これはその、あれです!!」
『あ、あれとはなんだッ!?』
「…………ッ」
問われて、早々に返答を返せなくて悩む。今いうべきこと、この状況で踏み入らせない言い訳、嘘、建前
僕とバラライカさん、僕とエダさん、この関係を、ボリスさんがプライベートに踏み入るのを避けると言わせきった僕らの関係
それ故に、使えるワイルドカード
それは!!
「あれとは、あれですッ……あれとは、つまり、えっちなことッ!!なんですッ!!? だから、その、邪魔しないで! 今、まさに、エッチなことの真っ最中なんですからッ!!!」
『——————ッ』
押し黙るボリスさんの声、そのまま畳みかけるように、僕は嘘を、証拠に基づく嘘を並べていく
日々のセクハラ体験、エッチなことをされるのは僕の日常だから、きっと信じてもらえる、かもしれない
「いま、その……あれです、エッチなことをしているんですてばッ!! とてもエッチなことを、今三人ですごくエッチなことをしているから!! とにかく、エッチだから!!だから、開けたらだめです!!?」
エッチだから!エッチだから!! 顔が熱くなってきた
喉を枯らす勢いで、体が熱くなる羞恥に悶えながら恥ずかしいセリフをポンポンと張り上げる。轟く声で一瞬二人までもぴたりと止まってしまった。
というか、扉をだんだんと叩く音も止んで、シーンと静まり返ってさっきまでの喧騒が嘘のようで、望んでいない静謐の中神妙に反応を待つ
……通じたかな
返答を待つ。気丈なボリスさんは、果たして僕の魂からの叫びを解釈してくれたのだろうか
『……ケイティ、君』
「は、はい!」
『…………そんなわけが、あるか』
「————ッ」
賢明な判断と自信を感じられたと思った矢先、その当たり前すぎる理性的な返答に僕は何も言えなくなってしまった。嘘をつくならもっとましな嘘をつけ、言ってないけど言葉が続いていたならそんなお叱りを受けていたに違いない。
つまるところ、おバカは誰ですかというと、うん、僕でした。はい、最終学歴小学校低学年ですとも、おつむは弱い方です
『……悪いが、開けさせてもらう』
「————ッ!?」
次回に続く
エッチなことをしている、このセリフが言わせたくて
飯テロ、エッチ、おふざけ、この三要素でブラックラグーンを表現していきたい。読了お疲れ様です