麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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冷やし中華はゴマダレ派閥


(66) 冷やし中華?

 

 ロアナプラ亭の入り口に張り紙が付いた。現地民ではまず読めない一文で、冷やし中華始めました、と

 

 

 

「またなんぞ変なもんでも作ったんじゃねえだろうな」

 

 

 ボヤくレヴィ、その言葉に他もうなずく。美味なるラーメンを作るケイティではあるが、以前その味でとんだパニックを起こした原因の一つになったことは、まだ忘れられそうにない

 

 とくに、レヴィは原液でドーピングスープを飲み干したわけであり、彼女の手足にはまだ拘束用のバンドの痣と傷が残っていたりする。早々に帰宅したロベルタと違いレヴィは彼女以上にスパイスを煽ったのだから、その後遺症は長く続いていた

 

 

「警官共が目線を外しやがる。まあ悪いことはしちまったがな、警察病院じゃ何人か素手で顎カチ割ったしな」

 

「4~5人は総入れ歯って聞いた。痛み止めにヘロインを買ってるポリスを見かけたよ」

 

「ほぅ、まじか……悪いことしちまったな」

 

 

 さらっと語る会話にケイティは冷や汗を浮かべる。非常時で仕方がなかったとはいえ、原因の一端である故

 

 

「えぇ、ごほん……ほら、もうその話は止めよう。飯を食うんだ、まずい流動食を想起させないでくれ」

 

 気を使ってかロックが話題を変える。ちょうど調理も大きく動き出していた

 

 日本の夏の風物詩、冷やし中華の味、それはもうずいぶんと味わっていなかった。格別な高級料理でもない、安い一皿、だがロアナプラであろうと日本流の涼みを味わえること、それがロックには格別であった

 

 

「冷やし中華だし、変なものは作らないはず、だよね?」

 

 

 言いながら、少し不安になってしまった。望むのは、シンプルな冷やし中華

 

 冷たい麺にさっぱりした醤油ダレ、錦糸卵とキュウリにハムもしくわ焼き豚

 

 ついでにそこへ冷たいビールでも加われば、このうっとうしい猛暑の粘つきも綺麗さっぱり洗われるだろう 

 

 

 

「冷やし中華4人前、あ、注文前に」

 

「?」

 

 身を乗り出し、4人に問いかける。屈託ない商売スマイルで、端正な黒髪美少女は、艶ある唇をこんな具合に震わした

 

 

 

「ロックさんは大丈夫かと思いますけど、お三方……生魚は大丈夫ですか?」

 

 

 

 

「…………な、生?」

 

 

 

 

 間の抜けた声が出る、そんなロックを置いて

 

 

「腐った魚を出す店じゃないのは確かだ、ここロアナプラで生の魚……まあ信じてみるよ」

 

「ベニーが食うなら俺も構わねえ。物は試しだ」

 

「……ま、あたしもいいぜ。けどまずかったら顎カチ割るからな」

 

「あはは、さっきの話聞いたら冗談になりませんよ。怖い」

 

 

 

 返すケイティの言葉、冗談を交えながらその手に持つ刃物が皆の注目を集める。包丁だ、それも日本の、和食の為の包丁

 

 

「サムライソードみたいだ、綺麗な刃物だね。細いし」

 

「柳葉です。刺身を引く時はこれじゃないと……ね」

 

 

 引く、その言葉通りにケイティはまな板の上で長方形にそろえられた魚の身を薄く揃えていく。白身魚が3種、赤いのはおそらくカツオか

 

 ロックは刺身が出来上がっていくのを眺めていた。本物のすし職人もかくやとばかりに、ケイティはおつくりを仕上げていく

 どれも新鮮な、角が立った刺身。サイドメニューか、そう尋ねようとした

 

 

「なあ、これは」

 

 

 

 

『ダン!!』

 

 

 

 

 

「……なんだ?」

 

 

 尋ねる、疑問符をつけて。しかし疑問の対象は刺身から変更された

 

 ケイティが取り出したのは、ナニカの道具。それはなんともコミカルでキュートで、そう

 

 

 

……ぺ、ペンギン?

 

 

 

 どこからどう見てもペンギン、ペンギンを模したデザインのそれは何か。疑問は浮かび、そして答えが出て、また疑問になる

 

 胴体のあたりにどんぶりが入るぐらいの空間があり、そして頭の上にハンドルがある。夏の風物詩、実家の物置にもまだ残っていただろうか

 

 

 

「か、かき氷機……だよね、それ」

 

 

 そう、かき氷機。だが、何故のかき氷機か

 

 

「え、それ以外何があります?」

 

 素の反応。どこかがずれている

 

「もう、冷やし中華なんですから当たり前じゃないですか……ほら、そろそろ出来ますから、待っててくださいね~♪」

 

 ドンブリを手に、冷やした麺を入れて上から醤油ダレと思われるものをかけまわす。麺の上に刺身とこれまた冷やした茹でアスパラにくし切りにしたトマト。

 

 冷やし中華ができる。楽し気に歌いながら、ケイティは当たり前のようにどんぶりをかき氷機の下にセット

 

 

「冷やし中華、随分と面白い料理だね。変な名前の割には随分と楽しいものじゃないか」

 

「えへへ、そうでしょうそうでしょう。日本の夏はこれが風物詩ですからね、師匠から聞きました」

 

「…………師匠?」

 

 

 

 意味深な、最後の言葉が引っかかる

 

 

 

 

『ガリ、ガリガリ!!』

 

 

 

 

「師匠から教えてもらったんです。日本の夏は冷やし中華に始まり冷やし中華で終わる、なんでも平安時代から、つまり1000年近く前から受け継がれた伝統ある夏の麺料理ですって。当時にもかき氷機なんてあったのですかね?」

 

「ヘイアン、もしかしてオンミョウジとかいう日本の魔法使いがいた時代の話かな。昔掲示板で聞いたけど、不思議な術で氷を削ったのかもね。札を張ったら死体も動き出すみたいだし」

 

「へえ、すごい時代があったのですね……まるで映画見たい」

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 

 そんなわけがない、あるはずがない。もはやどこから突っ込んでいいのかわからず腕組頭から煙を噴かす。

 会話が盛り上がる中、ケイティは次々と氷を削っていき、気が付けば4人分のどんぶりには山盛りのかき氷が積みあがった。薄く茶色い色のついた氷が山とかかった冷やし中華、らしき逸品

 

 

 

「ふぅ、一苦労だなぁこれ……はい、お待ちどうさまです。よく氷と絡めてご賞味あれです」

 

 

 

 

 いただきますは言わない。受け取った端から皆々箸を突き立てかき氷と麺を口に運ぶ

 

 そんな光景を横目に、ロックはまじまじとその淡い茶色をした雪山を見る

 

 

 

 

「……ぇ、冷やし中華、なんだよね」

 

 

「溶けちゃいますよ」

 

 

「あ、うん……それもそうか、じゃあ」

 

 

 意を決して、箸を付き入れた。これまでも美味なラーメンを作り続けてきたケイティの腕前を思えばこれはおかしな料理であってもまずいものであるはずがない。そう思えば、あとは口にするだけ

 

 

「……いただきます」

 

 

 麺を持ち上げ、かき氷と共にかッ食らう。冷たい氷が口の中でさっと溶けて、まず感じたのは複雑な魚介の風味とうまみ

 ずるると、イキな音を立てて麺をすする。咀嚼し、飲み干し、余韻に浸る

 

 

 

……うまい、これはすごくいい

 

 

 

 山と盛られた氷はやはり凍らせた出汁を削ったものだった。カツオ節、煮干し、アジ節、他にもきっとあるのだろうが、ざっとわかるのはその三つ

 

 乾物特有の魚介風味が鼻を抜けるのがたまらない。溶けたうま味が醤油ダレと絡んで口の中で味が多層的に広がっていく。

 

 

「ずる、ずるるる……ぐ、っく」

 

 

 清涼感ある味わいに強烈な魚介の味。醤油ダレにはオイスターソースを使ったのか牡蠣のうま味がこれまた出汁氷とよく合う。しゃっきり新鮮な刺身に瑞々しい野菜の触感も実にうれしい

 

 夏の暑さでよどんだ膿が一気に洗い流されていくこの感覚、まさに快感を覚えると言ってもいいぐらいだ

 

 

 

……うまい、確かにうまい、うまいけれど

 

 

 

 

「ケイティ、こいつはいけるな……生の魚ってのも、案外悪くねえ」

 

「それはどうも、というかダッチさんもう空っぽですか。頭痛くなりません?」

 

「……ああくそ、誰かアルミホイル持ってねえか。頭に巻かねえと、ッく……ああくそったれ。ヘロインジャンキーの電波が移ったみてえだ」

 

「レヴィ、それはアイスクリーム症候群だ。安心して欲しい、君は正常だ」

 

 

 

 

「……」

 

 

 皆楽し気に、この冷やし中華を気に入って、そして満足している。冷やし中華だと思って、だ

 

 

 確かに美味しい。暑い日に食べる麺としてはうってつけの品、斬新で味もいい。だけど、だけども

 

 

「ふふ、ロックさんはどうでした?」

 

「……うまかった」

 

「それはなによりで」

 

「けど、これ冷やし中華じゃない」

 

「…………へ」

 

 

 申し訳なさそうに、ロックが申し出るとケイティは素の反応見せる

 

 いやまさかと、だがロックはうそをついていない

 

 

 

「……えっと、ローカルな違い」

 

「それもない、ゴマダレと醤油ダレぐらいだよ。これは、もはや根底から違う」

 

「…………まじですか」

 

「うん、まじなんだよ」

 

 

 間の抜けた空気が流れる。

 

 

「でも、師匠はこれが」

 

 

「冷やし中華ではない、ね」

 

 

「……じゃあ、これっていったい」

 

 

 

 なんなのだ、そう言って、返す言葉にロックは悩む。悩んだ結果、箸を置いた

 

 

 

「ごちそうさま、じゃ」

 

 

 

「……ま、まいど、おおきに」

 

 

 答えに詰まった者同士、先に逃げるロックにすら投げつける言葉も無く。茫然とケイティはドル札を手にする、妙な京都弁をつぶやいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は経過する。冷やし中華の一日を終えて、すっかり日付をまたいだ時間にケイティは入浴していた。それも長い入浴だ。考え事をしたままに、時間だけが過ぎていきすっかり温くなった湯で足を伸ばしていた

 これは、そんな夜更けの時間に起きたこと

 

 

 

 

 

 

 

~ケイティの部屋~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……コン、コン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックを二回、ただし鍵が締まっていなかった

 

 不用心だと愚痴をこぼす。しかし、これ幸いと忍び込むように体を滑り込ませた。音を立てないように、慎重に扉を閉めて、慎重に歩を進める

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

……ガラララ

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 

 

「よっす、なに湿気た顔して湯につかってんだおまえさんは」

 

 

 

 

 無作法に、音もたてずにいたエダは浴室のドアを勢いよく開け放った。

 

 改装でおおきくなり、湯船が取り付けれた日本製の家用お風呂がそこにはある。そして、湯船につかっているのは、当然家主の彼、ケイティ

 

 

 

 

 

「……エダさん」

 

 

 

「なんだよ、まさか昨日のことで落ち込んで……ってのはねえな。お前さんに褒美みてえなもんだし。で、なんでまた電気消して浸かってんだ……え?

 

 

 

「あぁ、特にその……なんでしょうね?」

 

 

 

「聞いてんのはこっちだっての……たく」

 

 

 

「……」

 

 

 

 押しかけてきた私服姿のエダ。ケイティは湯船につかっているとはいえ裸を晒している。だが、以前のように動じることも無く、またボケっと物思いの時間に戻る

 

 どうにも考えが纏まらない。そんな思考がいっぱいで、恥じる反応やその思考まで意識が向かず

 

 そんな、そんな反応に

 

 

 

 

「……てめえ、なんだよバカたれが、失恋でもしたってのか?ええ? ああくそ」

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 煮え切らない反応、そんな様子を見てエダは何もせず扉を閉めるほど人間出来ていない奴ではなかった。

 

 故に、服を脱ぎ捨てるまでの判断に時間はほぼなかった

 

 

 

 

「……あ、あの」

 

 

 

 

 パタンと、浴室の扉が閉まり、明かりが消えた。わずかに扉の曇りガラスからは明るさが入る者の、それは窓から部屋へと入る月明かりがどうにか届いている程度

 

 姿は見えない。見えない分、音と気配で存在感は感じられてしまう

 

 

 

「ちょっと湯を借りるよ。あたしも汗かいてんだ、どっかのバカ妹が心配かけやがるからだぜ」

 

 

 

 ピシャリと、肌を叩く音が浴室で反射した。裸のエダが自分のすぐ目の前にいる、その事実はさしもの考え事に耽るケイティにも無視することは叶わず。ただ、赤面した顔でシルエット姿のエダを夢中で見続けていた

 揺れる陰の大きな二つ、泡起つ肌は想像力で色が灯され鮮明にシルエットを暴く。暴いてしまう

 

 

 

「……で、出てって!」

 

 

 

「今更過ぎるっつの……ほら、もうどっちも裸なんだぜ。観念してアタシの体洗うの手伝いな。じゃないと昨日の続き、ここでやろうか?」

 

 

 

「……う、うぅ」

 

 

 

 拒めず、昨夜のことはあまり思い出したくないケイティであった。ほんとう、昨夜はいったいナニをされたというのか

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、冷やし中華じゃない料理でした。そして流れるように入浴シーンへ

日常回ですがちょっとしたシリアスパートです。今まで触れてこなかった師匠について、そろそろ明かしていきたい。冷やし中華はきっかけに



感想・評価等あれば幸い。モチベ上がって日々健康に過ごせます






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