麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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久しく投稿、時系列的にはタケナカのお話が始まってます。一方その頃で、的な展開です


(70) 悪い娘ケイティ

 

 

 

 

 開店まであと数時間、仕込みの準備で駆られる頃合いケイティは厨房で鍋の前で立つ。今日のラーメンに使うスープは比較的ベーシックな代物だ。

 

 

「そろそろ、良い感じかな」

 

 ぐつぐつと煮ているのは鶏ガラと豚骨のスープ、そしてそこに今カツオ節と煮干しを投入、そして火を緩める。

 

 動物系の食材は煮出すのに時間がかかるから昨夜の営業時間中から火入れして、味が落ちないように急速冷却して鍋ごと冷凍庫に収めていたものを、今こうして火にかけて沸騰させている。

 昨夜と今日でたっぷりと骨のうまみを引き出して、そこへ魚介系のうま味を足す。動物系の食材と違い、魚介系食材は味を出し切るのに時間はかからない。だから当日に仕込む際にスープへ入れるようにしているのだ。

 火を入れて小一時間も立てば、厨房はラーメンスープの良い匂いで充満していくだろう。

 

 ラーメン屋の香りというものは魚介の風味と肉の風味が混ざった匂いだ。この匂いこそが基本的な味わい、ベーシックなラーメンらしい風味がアイデアを巡らせる頭に活を入れてくる。

 

 

「あっさりか、こってりか……ふむ」

 

 

 シンプルにあっさり醤油ラーメンか、それとも濃厚な醤油ラーメンか

 

 ここから強く煮込めば濃厚なラーメン、背脂を浮かべて野菜炒めなんかも載せてガッツリな二郎風のタンメンにしてもいい。あっさりで仕上げるなら上品で複雑な香味油なんかを浮かべてみてもいいし、やれることはたくさんある。

 

 そろそろ今日のラーメンを決めてしまわないと。だけど、だけど決め切らないままこの時間まで来てしまった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 鍋に火をかけたまま、ケイティは厨房を離れた。向かった先は部屋の一角、固定電話を置いてある場所。

 

 厨房に目をかけながら、ケイティはまた電話をかけるのだ。これで、今日何回目になることやら

 

 

 

 

……ぷるぷるぷるぷる、つー、つーつー

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 

 

 通算五回目のコール。時間を空けてかけてみたが、一向に出る気配が無い。

 

 かける先は三合会の事務所だ。

 

 

「やっぱり、かからないなぁ……無理かな、もう」

 

 いったいどうしたものかとため息を吐いて、そして視線は大量にあるそれらに向けられる。

 いつも変わらぬ仕込みの作業中、ラーメンのアイデアを練っている僕は、そろそろこれらをどうするか考えなければならない。

 

 仕込みをしながら何度も電話をかけたりしたが、結局返答は無し。置き電からの折り返しもない。

 

 繋がらない。三合会の事務所に電話がつながらないのだ。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 今日のロアナプラ亭は少し問題を抱えているのだ。といっても、別に人死にがどうとかこうとか、激しい問題は起きる様子はない。

 

 ちょっとした、商品の誤発送が起きているのだ。

 

 

「どうしよう、せっかくいい食材なのに……悪くなっちゃうなぁ、勿体ない」

 

 

 冷蔵庫の中で大量に鎮座している、各種夏野菜の数々。

 

 青々しい大地の色合いをしていて、まだ朝露をその表面に残していて新鮮この上ない見た目をしている。

 本当にとっても美味しそうなお野菜だ。ドレッシングなんて要らない、丸かじりするだけで全身の毒気が消え去りさわやかな気分になれること間違いなし。

 

 それほどに良い野菜が、無駄にその鮮度をすり減らしている。ここには、野菜の新鮮さを補完できる繊細な保冷機械は無いし。出来ることと言えば雑に冷蔵庫に保管するだけ。

 普通の野菜ならそれだけでいいかもだけど、せっかくの夏野菜がその新鮮な味わいを台無しにしてしまう。刻一刻と、味を損ねていくのは料理人として中々に辛いものがある。

 

 そんな、とっても上質なお野菜が、箱いっぱいに届いたのだ。

 

 

「……勿体ないよね、いやほんと」

 

 

 中身を確認せずに受け取ってしまった僕も悪い。伝票を見れば新鮮野菜、都市部のレストランであろう宛先が書いてあったし、ミスなのは誰が見ても明らかだ。

 

「何度も電話したし、かからないから……うん、これは仕方ない。業者の連絡先はもってないし、うん……うんうん、やっぱり仕方ないよね」

 

 連絡を入れて返品すればいいんだろうけど、実はそう簡単に事は行かない。食材の業者と依然問題があってから僕は直接連絡を取らないようにしている、業者はあくまで三合会の依頼で商品を指定の場所に置くだけ。

 間違っても、またあの時みたいな、張さんと掃除屋ソーヤさんによる特性ミートローフは作らせてはいけない。

 

 とまあ、一応理由としてはそんなところ。とにかく、商品の搬送ミスという問題が起これば、それを解決するために三合会とお電話をしないといけないのに、ないのにだ。

 

 繋がらない。もしかして大変なことでも起きているのかも?

 

 

 

……朝から街も騒がしかったし、何かあったのかな?

 

 

 

 三合会の事務所に行ってみるかとも考えた。けど場所を知らないし、もし忙しい時に訪問すれば迷惑をかけるかも。

 

 そうこう悩んでいるうちに、仕込みの準備を急がないといけない時間にまでなってしまった。

 

 繋がらない電話、駄目になっていく良い食材。

 

 

 

 

 

「……ごくり」

 

 

 

 

 

 いよいよ、ケイティに悪魔がささやく。

 

 

 

 

「はあぁ、ラーメンを作らないといけないし、野菜を腐らせるのはもったいないし~(棒読み)」

 

 

 

 じろじろと野菜を入れた冷蔵庫を見る。

 

 

 

「あぁもう、本当に勿体ないなぁ(棒読み)……でも、勝手に使ったら駄目だよねぇ(棒読み)」

 

 

 ケイティ以外誰もいない店内で、いったい誰に向けての弁明なのか

 

 独り言は続く。

 

 

「うん、やっぱり良くないよ……新鮮なお野菜、お野菜たちの声が僕には聞こえる!美味しいうちに調理して欲しいって叫んでいる声が、料理人の僕には聞こえる、気がするッ(棒読み)

 

 

 勢いよく冷蔵庫を開く。

 

 ドンっと、料理場に置いた箱から各種野菜を取り出す。

 

 

「うんうん、仕方ないことだなぁ……こんなに美味しそうで新鮮な野菜、腐らせるぐらいならいっそラーメンの食材にしてしまっても、仕方のないことだよねー(超棒読み)」

 

 

 トマト、セロリ、アスパラ、ズッキーニ、ソラマメ

 

 軽快なリズムで適当なサイズに切っていく。そして取り出してしまったミキサーへ、放り込んではペーストに変えていく。

 

 濃厚な野菜のうま味、甘み、苦味、渋み、果肉も繊維もドロドロにしてスープの中へ投じていく。

 

 濃厚×野菜の濃厚。今日のラーメンはこってり野菜ラーメンだ。

 

 

「いやぁ!もう本当にこれは不慮の事故だなぁ!(棒読み&笑顔)」

 

 

 テンション爆上げ、日本産の生鮮食品、それもとびっきり新鮮な食材の数々。値段の高さから手が届かず諦めていたケイティはちょっとおかしい高テンションで調理に勤しんでいく。

 

 悪徳の都ロアナプラ、ケイティもまた欲望渦巻く街の空気に飲まれて悪事に手を出してしまったのだ。

 悪い子ケイティ、なんてイケない子なんだケイティ。

 

 知らずにやっているが、それら食材の本来の発送先は

 

 

 

 ホテルモスクワがフロント企業として経営している高級ホテルに配送予定の食材だったのだ。

 

 

 

 

「いやぁ、いいよね?……す、少しだけ……少しだけだから、うん……ちょっとぐらいならいいよね~!……お客さんに喜んでもらうためなんだし……アハハハハ」

 

 悪い子ケイティ、少しずつ調子に乗っていく。それは些事ではあるが悪事に手を染めた背徳感から来るのだろう。

 初めて手にしたパソコンでポルノサイトを検索して閲覧するような、そんな子供の無垢な背徳感。次第にそれは増長させ、ケイティの頭の中を有頂天に変えていく。

 

 

「い、いいよね……ふふ、ふふふふ……や、やっりぃ!……いやぁ、こんなラッキー乗らない手はないよね!きゃっほーい!!」

 

 厨房で左右にゆらゆらと、足踏みしてだらしない笑みを浮かべて、その場で陽気に小躍りしたり、小動物の兎が元気よく振る舞っている様な光景だ。

 

 

 そして、何を思い立ったか今度は厨房を飛び出した。ルンルンとした足取りで向かう先は部屋の固定電話の置き場所。

 

 電話の相手は大好きな姉のいる教会だ。

 

 

「ヨランダおばあちゃん、お久しぶりです……はい、えへへ……うん、また遊びにいきますね……え、新しい服、また女の子の服ですか?……もう、どうして……え、ゴディバのチョコ?……いいの、やった!……行きます行きます!!」

 

 

 出た相手は暴力協会の顔役、シスターヨランダである。ここ最近、エダと一緒にいる時間が増えたからか、教会に訪れるやヨランダと話をしたり趣味の相手にされたりと交流が増えた。その結果、ヨランダおばあちゃんという、なんとも耳を疑う言葉が飛び交っている。

 

 

「はい、はいはい……わかりました、じゃあそれはまた今度に……あ、切らないで、エダさんに取り次いでくれませんか?……うん、ありがとうおばあちゃん……えへへ、ヨランダおばあちゃんとっても優しいから大好きですよ……もう、お世辞じゃないよ……うん、また遊びに行くね」

 

 すっかり呼び方が定着してしまった。おばあちゃんと呼ばれた眼帯の老婆は優しく言葉をかける。

 

 電話越しとはいえなんとも危険な会話をしているが、これが全く問題にならないのだから不思議なことだ。だがケイティだから、ケイティなら仕方ない事。

 

 このロアナプラで彼女にフランクな接し方、それもおばあちゃんだのと呼んでいいのは後にも先にもケイティだけである。ケイティだから仕方ない、大抵の驚きはこれで説明できてしまう。

 

 

「あ、もしもしエダさん、すみません急に電話して……あ、いえ……そんなに大変なことじゃなくて、ちょっとしたお誘いです」

 

 

 通話先の声は急になんだと呆れている模様、しかし楽し気に語るケイティに憎み切れない感じで佳巌始める。

 

「今日の夕食にラーメンはいかがですか?……ん、はいはい……実はとってもラッキーなことがありまして……ん?」

 

 

 少し声色を下げて、エダは率直に問うてきた。

 

 

「何ですか変な予感って……もう、何もありませんって……あはは、ちょっと浮かれてるからって変な前触れを疑わないでください。何も起きませんよ、僕は美味しいラーメンを作っただけです」

 

 

 この時点で色々と突っ込んでおけば、後の結末は変わっていたかもしれない。

 

 

「美味しくてヘルシーなラーメン、エダさんが好きそうなラーメン作りましたから、是非来てください……じゃあ、また夜に」

 

 

 

 

 

 丁寧に、そう丁寧にフラグを踏んでいくケイティであった。

 

 

 

 

 

次回に続く

 




次回飯テロ予定。といってもヘルシーラーメンなのであまりかもですが


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