麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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望んだ展開ではないかもです。悪しからず


(72) 不器用者のシャルウィーダンス

 

 

 

 

 ホテルモスクワのフロント企業、タイの富裕層が住まうハイエンドなリゾート区に築かれたホテルの数々、そこへ卸すための食材の一部が誤配送されてしまった。

 

 誰かの思惑があるわけでもなく、たんに、ほんの少し帳面に書く数字やら小文字が汚いせいで読み違えてしまった。

 アルファベットの小文字のdがαに読まれてしまった、その程度の偶発的な事象。

 

 ただ、それでもあの子の店に流れつき。

 

 そして、その食材が無断で使われてしまったことが報告に上がれば、足を運ばざるを得ない。

 

 ここ、ロアナプラにおけるバラライカという人間と、ケイティの結んだ契約上、行わなくてはならないこと

 

 

 

 私が、あの子に顔を見せることを避けると決めた。なのに、結局こうして顔を見に来てしまった。

 

 

 

 荒くれ者の慣例、そんなものを建前に、結局抗えず顔を見せに来てしまった。

 

 

 

 柔らかくなった魂の強度に嘆く。随分と、余分なものを背負うことに慣れてしまっていたみたいだ。

 

 

 

 離れている期間が多くなれば、それは如実にわかる、わかりすぎて、渇きが喉を障らせる。

 

 

 

 

…………ケイティ

 

 

 

 

 

    ×     ×     ×

 

 

 

 

 

 誤配送だった。そして、それがホテルモスクワの運営する系列のホテルに納品予定の物だと聞かされた。

 

 聞けば聞くほど、うん、僕は普通に良くないことをしてしまった。

 

 この街の悪に染まって来たななんて、子供みたい浮かれていた自分が情けないし恥ずかしい。

 

 というか、普通に犯罪だ。うん、それこそ今更な概念だけど

 

 

 

「……ケイティ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 身構える、僕は今厨房から出て、カウンターの椅子を反転させて座るバラライカさんの前で正座中だ。

 

 僕は悪いことをしました。そんな紙を首からぶら下げて、絶賛お叱りを受けている。

 

 ケツモチ関係であるマフィア様に対して、こんなことをすれば首が飛んでもおかしくない。法外な賠償を吹っ掛けられても文句は言えない。

 

 言われていることは、全部正しい。

 

 正しいけど、でも、それこそ今更だ

 

 

 なぜ、バラライカさんがそんなことを僕に言うのか

 

 

 

 それが、謎だ

 

 

 

 

……悪いことをしたのはわかる。だけど、いつもなら

 

 

 

 

 

 遡る記憶

 

 アブレーゴさんに連れられて、ホテルのラウンジで夜飲みをした際は

 

 

 

 

『……これ、恥ずかしすぎて死んじゃうッ』

 

 

 

 裸で宙づり、その状態でいっぱい、色々と、うん

 

 

 

『ケイティ、返事はワンよ』

 

 

『ワン、ワンワンッ(許してください、お願いしますッ)』

 

 

『適応が早いわね、いいわ……いい子よ、痣を残すのは止めてあげるわね』

 

 

『キャウゥンンッ!?!?』

 

 

 

 敏感な場所に、そっと指先と、後色々と、気持ちよくて死にそうになるのに、意識を消すことも許されない、そんな特別なマッサージをされた。

 

 犬になったり猫になったり兎になったり

 

 散々な目に合わされてきた。

 

 だから、今回もそのはず、その系統のはずだと思いたい。だけど

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 謝罪、その一言

 

 それだけで、バラライカさん

 

 あなたは、僕の頬を、そっと撫でた。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 包み込む両の手、誘うように僕を立ち上がらせて、顔の位置があなたの胸にとどく。

 

 平坦な感情、機微すら起こさない鉄皮の面で、僕一瞥。それだけだ、それだけをして、そっと優しく

 

 いや、無機質に頭を撫でてくれた。

 

 

「これに懲りたら、もう気を付けなさい」

 

 

「……ぇ」

 

 

 

 お仕置き、バラライカさんが僕に行う、愛玩動物とのふれあいの様なひと時。

 

 痛いことは無い。あるのは、しつけ程度の刺激。そして、与えすぎるほどの甘い体験。

 

 らしくない、味気なさすぎる。

 

 

「バラライカさん……」

 

 

 

 やはり、律している。

 

 理由も聞かさず、ただ一方的にエダさんに託して、それから連絡を怠ったまま。

 

 不自然なぐらいに、バラライカさんは凪の心で迫っている。

 

 

 

 触れられる距離だ。今すぐ抱きしめることができる距離

 

 

 

 

 なのに、遠い。遠く突き放す貴方が、今飛び込む僕を受け止めてくれるか、自信を持てない。

 

 

 

「連絡はできたはずよ、今後同じことは無いようにしなさい」

 

「……はい」

 

「キリル文字を読めなんて無茶難題は言わないわ。けど、伝票のロシア語を見て…………ホテルモスクワの事務所に一報を入れるぐらいは、するべきだった。今度からは、そうしなさい」

 

「…………」

 

 無機質な会話、途切れさせて、バラライカさんは僕の隣に一歩を踏み出した。

 

 通り抜ける。去ろうとしている。

 

 卓上には百ドル札が一枚置かれていた。

 

 

 

「……あ、あの」

 

 

 

 追った。玄関口の扉に手をかけた、バラライカさんの後ろ姿を、その服を掴んだ。

 

 払い過ぎたお金、それを返す。それだけの言葉を言う為に、何もかも衝動的に動いてしまった。建前だと、踏み出した数歩目で気づきながら、止めなかった。

 

 この勢いが必要だから

 

 

 

「…………寂しい、です」

 

 

 

「!」

 

 

 

 間違えた。故意に間違えて、本音を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロベルタさんの事件、あの件は完全に僕の危うさが起爆剤になって、終始かき回した事件だ。というかやらかし案件だ

 

 巻き込まれてしまっただけに飽き足らず、能動的に動いてマフィア間の争いの中心に降り立ったりもした。アブレーゴさんを助けるために、勝手に単身乗り込んで、庇護から離れたりして、心労をかけたことはひどく反省している。

 

 僕は街のしがない料理人でしかないのに、踏み込む必要のない危険地に踏み込んでしまった。

 

 怒りを受けるのは、もっともだ。

 

 バラライカさんの言わんとすること、関係をフラットにして以前よりも平坦な距離を置いた理由も理解している。僕だって馬鹿じゃない。

 想う故に、遠ざけたことは、間違っていない。それを否定すれば、バラライカさんの優しさを否定してしまうから。

 

 僕を守ってくれるからこそ、バラライカさんは手元に置かないようにした。行動を諫めた。

 

 それを、どうして否定できようか

 

 

 

……寂しい

 

 

 

 きっと正しい。現実問題、バラライカさんが足を運ばなくなって、ただその力の影響だけを誇示するようになってからだ、僕の周りで起きるトラブルは幾分か減った。

 

 バラライカさんの力の影響は何も良い風に働くわけじゃないし、深く繋がりを知れ渡らせることで僕をバラライカさんの急所と見て狙う人もいた。だから、これは間違っていない。

 

 敵を作りやすいバラライカさんが、過度に僕と接触しないことに、意味はある。理解しろと言われて、納得せざるを得ない正論がそこにはあるのだ。

 

 だから、僕は

 

 

 

…………寂しい

 

 

 

 

 求めてはいけない。頭では理解しているから、だけど……「……バカ妹、おいッ」

 

 

 

 

 

――――ザバァアアアンッ!!?!?

 

 

「のぼせてんじゃねえかおいおいおいッ!?ローマ人じゃねえんだ、長風呂のし過ぎだバカタレ!!」

 

 

 

 

「……————ぇ」

 

 

 たくさんの言葉で渦巻く思考の中、急に戻った手足の感覚についていかない。

 

 裸の僕に水をかけて、タオルで包んで甲斐甲斐しく世話をしてくれているのは、エダさんだ。

 

 裸のエダさんだ。また、貰い湯でもしにきたのだろう。

 

 

 

 合鍵、渡したんだ。

 

 

 

 バラライカさんにも渡したけど、結局使ってくれていない。

 

 

「重症が、このマザコン野郎。どうせならシスコンにしておけっての」

 

 

「……」

 

 

「漏れてんだよ、思った言葉全部……壊れたジュークなんざ現実で見たくねえよ。チャッキーよりおっかねえ」

 

「……ごめん、おねえ、ちゃん」

 

「いいっての」

 

 

……ぐし、くしゃくしゃ

 

 

 

「……」

 

 

 

 乱暴な手つきで、ふわふわのバスタオルで僕をもみくちゃにする。

 

 濡れた髪を拭いて、全身を拭いて回る。裸なのに、今は恥ずかしくない。

 

 寂しい心に、親しむお姉ちゃんの乱暴さが、今は良いと感じる。

 

 

「……ッ」

 

 ずるいとは、わかっている。

 

 今の僕は、すぐエダさんに頼って、泣いて、慰めてもらいたがっている。

 

 ずるい、本当にずるい男だ。

 

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

 

 長く、お風呂で考え事をしていた。熱くして、アツアツのお湯につかって、そうやって切ない子ことを無理やり暖めようとしたから、我ながらバカなことをした。

 

 面倒をかけて申し訳ない。

 

 エダさんは、いつもいつもそばで支えてくれているのに。

 

 

「……手を焼かせるな、うじうじすんならアタシのバストでやりな」

 

 

「————……ッ」

 

 

「いいさ、都合が良くて……なあケイティ、お前は乾いてんだよ。だから、遠慮なんかしなくていい……今いない奴の分まで、アタシに求めとけ」

 

 

「……エダ、おねえちゃ、ん」

 

 

「だから、あの火傷顔が正気になったらでいいさ……気が済むまで離れて、どうせまたくっつくだろうによぉ。ケイティ、お前さん本気でこのままだと思ってんのか?」

 

 

「?」

 

 

「あの過保護女がいつまで我慢できると思ってんだ。ダイエットコーク片手に通販番組に嚙り付くデカ尻のワイフみたいなもんだよ……すぐかなぐり捨てて砂糖漬けになる」

 

 

「……言い方、悪い」

 

 

「知るか、心配かけさせる方が悪い。だから、さ……なあ、ケイティ……ケイティ…………ほら……なあ、ほら……………ケイティ」

 

「……————」

 

 

 頭の上に置かれた顎、顔は、全部柔らかいものに受け止められている。

 

 

「こうなるさ、デカいバストに埋もれてクークーしてらぁ……ケイティ、今だけだよ。あの女の胸でむせび泣く、そん時を楽しみにすりゃあいい。利子付けて取り立てんだ……思う存分絞ってやりな」

 

 

「……————はい」

 

 

 

 熱が抜けていく。

 

けど、抜ける傍から人肌の熱が注がれる。

 

時刻は、まだまだ夜の刻。朝を迎えるまで、迎えてもお腹が空いて寝ていられなくなるまで

 

 

「甘えてろ……マイ・スウィーティ」

 

 

「——————」

 

 

一緒の布団で、一緒に添い寝

 

 包まれるやさしさの中で、ずるい僕はバラライカさんに会いたい思いを募らせる。

 

 ずるいぼくと知って、優しく迎えるエダさんの優しさに甘えて、心地よい快眠を得た。

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、煽った僕も悪いですがこれが現状です。

ミス・バラライカとケイティ、二人が以前の熱を取り戻すまで、あともう少し




次回、また飯テロ予定。創作系の変わったラーメン提供します。



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