麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
トンコツラーメンの日だ。
豚の大腿骨、ガラ、そこに香味野菜を入れて寸胴をカンカンに煮立たせる。作り方はシンプル極まりない。
味の決め手は薄口しょうゆに昆布、ザラメ。九州の醤油が甘めだからそれを意識してザラメでスープの甘みを調整する。
師匠から習った本場の豚骨スープに近付ける。
厨房も店内も、美味しそうなラーメンスープの匂いで充満してきた。良い匂いだ、臭みを極限まで取って、うま味と風味だけを綺麗に抽出したスープ。正直作っている自分もお腹が空いてしまう。
張さんにも連絡した方が良いかな、トンコツラーメン好きなロアナプラ民は多い。二郎ほどじゃないけど、それなりに発狂して列をなす程度には人気で中毒性がある。
トンコツラーメン、かくも魅惑的な料理は他に見られない。
暖簾をかけて、さあ今日も開店だ。替え玉ラッシュでくたびれる夜が待っている。たっぷり疲労を背負った日に浸かるエダさんとのお風呂は最高だ。
〇
細麺タイプの面を茹でる、振りザルに麺を投じて数えで一分。
湯につけて暖めて置いたドンブリに醤油ダレを注ぎ、そこへ熱々の豚骨スープを注ぐ。
麺を入れてほぐし、チャーシュー、ネギ、すりごま、きくらげ、紅ショウガを添えて、完成だ。
「どうぞ、お熱いので気を付けて」
お客さん、タケナカさんと名乗った日本人のお客。
珍しい同郷の、気のいい雰囲気のおじさんは器用に箸を取り、麺を持ち上げてすすり食う気風の良い音を響かせる。
日本人だから、すすり食いがお上手だ。
「お味、いかがですか」
「ん、うまい……臭みが無くてうまいラーメンだ、何杯でも食えそうな味だな」
「そうですか、良かった」
ズルルルル、いい音が鳴る。
お腹を空かしていたのか、ちょっと鬼気迫る勢いだ。
「ん、ぐ……旨い、旨いなぁこれ。こいつはなんだ?」
「え、お客さん……トンコツラーメンですけど、知りませんか」
「お、そうか……これがか、いや長い事海外勤めでな。俺にとっちゃ普通のラーメンは煮干し鶏ガラの屋台のラーメンだな。こういうのは、慣れてねえな」
「そうですか」
「だがよ、トンコツラーメン自体は知ってるぞ、いつか食おうと思っていたが……期せずして叶っちまったな」
「……国に帰る予定は無いのですね」
「あぁ、当分な……なあ嬢ちゃん」
「あの、僕男です」
「そうかい、なら嬢ちゃんよ」
「だから男……まあ、いいや」
この人は失礼だな、初対面のお客さんに心の壁が一枚隔てられた。
「お前さんのこともこの店のことも、人から聞いたんだ……旨いラーメンを食える店ならそこに行けってさ」
常連さんか誰かが教えたのか
ロアナプラ亭、なんだかんだ騒ぎもあったりしてこの店はそれなりに名が通っている。外からくるお客に知られているならそれは誇らしい。
「なら、お客さんはラッキーでしたね」
「?」
「美味いトンコツラーメンを食べられた、ウチは日替わりですけどトンコツラーメンはとくに人気なんです。」
自慢の逸品だ、我ながら師匠の作るラーメンの中で、このシンプルなトンコツラーメン程完成度の高いものはない。
といっても、トンコツラーメン自体がシンプルな作り方だから、丁寧にミスなく、そして同じ味を提供するのが大事なわけで、味の完成度はほぼ据え置きだ。
いい品質の豚の骨を注文しているけど、豚骨の髄の質は割って煮てみないとわからないことが多い。うま味たっぷりでも次の日はうま味が少なかったり匂いがきつかったりする日もある。
だから基本的に豚骨スープは複数用意して、都度作るたびに味を平均化している。
「……トンコツラーメン、もっと匂いのキツイもんだろうに。これは、そんな匂いがしないな」
「はい、下処理は念入りにしてますから。血抜きはもちろん、状態を見て悪い骨は覗いたりしてますし、なによりウチはスープを平均化してますから……スープへの注意はお墨付きです」
「平均化?」
「一度に三つ仕込むんです。説明するのは大変ですけど、味のブレを防ぐための処理と思ってください」
トンコツラーメンを提供するうえで味の平均化は大事なポイントだ。
割った骨を入れてただガンガンに火を焚いて煮ればいいわけじゃない。博多風のトンコツラーメンは反響があるから一週間は同じで提供することにしている。
だから、今こうして提供している今も鍋では豚骨を煮込んでいる。
鍋は三つ、煮込みながら鍋のスープの材料を入れ替える。三つ並ぶ寸胴鍋の中で豚骨は左から右に移動している。
さらにはスープも左から右に移動して、そうやって何週かすると味は平均化されるのだ。
一週間、完全に平均化とはいかないけど、これで安定してブレない味を提供できる。臭みの少ない、上品ともとれる食べやすいトンコツスープが出来上がる。
「スープに気を使っているからこそ、ここまで臭みのないトンコツスープになるんです。管理がずさんだと臭くて酷い代物になっちゃいますからね」
とにかく、作り慣れてるから自慢の品ですよと言いたい。自慢しているかと聞かれれば肯定だ。
思えば、ロアナプラ亭の窮地を救ったのもトンコツラーメンだ。
基本のスープで豚骨は多用するし、トンコツラーメンは日替わりロアナプラ亭の中で頻度が多い。
トンコツスープが自慢の店、そんな肩書を付けても問題はない。うん、ちょっと傲慢かな?
……ずるるるるッ
麺をすする、どんぶりをもって、残ったスープも平らげた。自慢の品が完食されることに驚きはないが、それでも満たされる心地はたまらない。
傲慢とはいかなくても、自慢気になるぐらいなら罰も当たるまい。
「お、お客さん良い食べっぷり……お代わりはどうですか?」
「うれしいが遠慮させてもらう。中年親父はこのぐらいにしておくさ……腹が出ちゃいけねえ、いい女が寄り付かなくなっちまう」
「気にしなくてもいいですよ、お客さんみたいな人が好きな嬢の姉さんはいます。アンジュ姉さん、サラ姉さん、コリンネ姉さんもそうだし、他にも結構色々いますね」
「なんだ詳しいな」
「隣の店、知り合いだらけなんです……紹介しましょうか、お客さん人がよさそうだし、名前出せばサービス良くなるかもです」
「なら、今日の俺はラッキーだったわけだ……ははは、勘定置いておくよ」
満面の笑みを見せる。
満足してくれたようだ。作ったこっちも鼻が高い。
「またのご来店をお待ちしています……うちは日替わりですが、ここ一週間はトンコツラーメンウィークです」
「そうか、それは……残念だな」
「え、残念って……お客さん」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
笑っている、気のいいおじさんが手を振って去ろうとする。
いや、待て
待て待て
「また来る、今度は醤油ラーメンを食べに来るかな……おじさんも胃が弱る年頃だ」
「……ッ」
失言だった。
申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべて去る。
「待って!」
入り口で立ち止まる、タケナカさんはこっちを見る。笑っている、人のいい顔で笑っている。
タケナカさんは笑っている。
笑った顔のままだ。
「あの、満足していただけなかったのですか」
「……失言だった、忘れてくれ」
「いや、でも……何か不手際があったなら」
「そういうのじゃないんだなぁ……個人的なことだ、忘れてくれ。悪かった」
「理由、構いませんから……教えてください」
「……」
食い下がる僕に、タケナカさんの笑みが崩れる。
崩れたのだ。
人の良い笑いは、取り繕うモノだったと知った。
「美味いラーメンだ。だが、惜しいな」
麺を完食して、スープも飲みほした。
それでも、何が足りない?
「まって、待ってください」
「……ッ」
呼び止めて、厨房から出る。タケナカさんは申し訳なさそうに頭をかいていた。
「悪いな、こればっかしは俺個人の問題だ……お前さんは気にするな」
「でも……お願いです、不満があるなら教えてください」
この通りと、頭を下げて願う。
久しく、というよりもうずっと味わってなかった悔しさだ。
僕が、僕の作るラーメンが物足りないと言われた。はいそうですかと、そのまま終わらせるわけにはいかない。
「気を悪くさせちまう」
「それでもです、お願いします」
頭を下げて願う、我ながら強情なことをしている。
タケナカさんにも迷惑だ。それは重々承知だ。
それでも、何故か
……駄目だ
……この問題を放置したら駄目だ、駄目な気がする
「……まあ、ふっかけたこっちも悪かった。納得するかは保証しないが、それでもいいなら」
「構いません、どうか教えてください」
「……美味いラーメンを食いに来た。それは叶った。だが、トンコツラーメンそのものには満足できなかった」
「!」
自信のある品だからこそ、その本音は心をえぐる。
笑いを消した、作り笑いで落胆を隠していたタケナカさんの顔を見て、僕は恥ずかしさと至らなさで息ができなくなった。
〇
美味いラーメンを食べに来た、タケナカさんはそう言った。
それに対して、意気揚々と間違いなく美味いといったのは僕だ。僕の言葉だ、ロアナプラ亭の店主の言葉だ。
このまま、引けるわけがない。
「……で、毎日店開きながら研究ってか」
「はい、すみません」
時刻は夜、営業が終わった深夜。
ほぼ住んでいるぐらいのペースで家に来るエダさん。そんなエダさんと一緒に入浴をしている。
全身、泡に包まれて、いい匂いのする香油で肌を磨かれる。染みついたトンコツ臭が取れるように。丁寧に丁寧に、エダさんの手と体でだ。
明かりは付けていない。付けると見えてしまうから、だから全部手探りで事を行う。
開いた指が太ももを撫でて、立てた爪先が肌をくすぐる。点と面を背中や腰に感じて、優しく優しく滑らかな触れ合いで垢と汚れと匂いを削り落とす。湯にすすがれて、泡を塗られて、綺麗にされる。
すっと密着したまま、エダさんの気遣う想いを知りながら。
言わずとも、無理をしていることを察せられている。
「目ぇつぶってな……頭洗うよ」
「はい、エダさん」
「にしても、わざわざ気にする必要あるのか?……ケイティ、そいつはよぉ、お前さんの人の良さに付け込んで騙したか、それとも適当に揶揄われただけじゃねえかって、あたしは思うわけさ……汝、申し出があるなら吐き出しちまいな」
「タケナカさんはそんな人じゃない」
「初対面だろうが、このバカシスター……流すぞ、口閉じろ」
連日、トンコツラーメンの研究に駆られてしまい、エダさんの手を借りて体を綺麗にする日が続いてもう6日。
明後日だ、明後日タケナカさんは店に来る。
僕が言ったんだ、あなたが満足する最高のトンコツラーメンを食べさせると。
トンコツラーメンは師匠から授かった自慢のラーメンの一つだ。それを、満足できなかったで済ませるわけにはいかない。
あの時は夢中で張り合ったけど、結局は子供っぽい意地が理由だ。
師匠の看板に泥を塗ったままにはしておけなかったのだ。
「というわけで、僕は明日も……んぶ」
「はいはい、ラーメンの研究にえっちらほっちら明け暮れて……そんでトンコツ臭くなって帰ってくるわけかい。一緒にいるあたしも臭っちまうだろうが、レヴィ公にからかわれてんだよこっちとら」
「それは……一緒にいるからで」
「先上がる」
「や、ごめんなさい……一緒が良いです」
「……素直だ、褒めてやる」
深く、一段と強く抱きしめられる。暗いし、後ろだから見えないけど、二ヤついた笑みは何となく浮かぶ。
言葉ではこう言っているけど、悩み立ち止まっている僕のやりきれなさを理解してくれている。僕よりも、理解をしているかもしれない。
……————————ッ
湯につかって頭をフリーにしよう。
いつも通り、エダさんの上に座って、背中を寝かせて頭を乗せる。浮島の間に頬を預けて、お腹はエダさんの腕がかっちりと抑えて湯に浮かばないようにしている。ぷかぷかと湯に浮かんで体を冷やさないように。
脚の間に入って、お尻と背中と頭をエダさんにくっつけている。密着して、湯に浸かりじんわりと体を暖める。
二人だと、いつもこうだ。
湯と体温で体を暖めている。
「肩、寒くないですか?」
エダさんは座っているから、足を伸ばしていないから肩が出てしまう。
「いんや、十分満たされてる……あたしはこれでいい」
「……」
「枕が気持ちいいからって寝るなよ、寝たら聖書で頭叩いてやっからな」
本気か冗談か、まあ冗談なんだろうけど、声色が低いとどっちとも取れないからややこしい。
「……ん」
抱きかかえられて、頭を預ける柔らかい枕、目に見えないのをいいことに、少しだけ頼る。
湯の揺れる音、反響して増幅する呼吸の音。
目を閉じていると頭がクリアになる。次第に音も消えて、思考が回りだす。
タケナカさんが満足しなかった、それは僕がトンコツラーメンをうまく作れていないから、ではない気がする。きっと、本質の問題だ。
タケナカさんが満足するトンコツラーメン、真に求めているものは、もっと強く個性的な魅力を意味していたのではないか。
「……ッ」
煮込み時間、下処理、入れる骨の種類、香味野菜、醤油ダレ、これ以上出来ることは無いと思った。けど、方法はある。
お金がかかるし、都合のいい道具が見つかるとも限らない。
第一間に合うかどうか、でもそれが叶えばきっと作れるはずだ。
今よりもっと強い豚骨スープが作れる方法。それでタケナカさんにも一度挑戦してみる。次こそは、うまくいく。
その為にも、まず明日朝一から
「張さんに電話、お願いしないと」
「何か思いついたのか?」
「少し、お金はかかるかもですけど……思いつきました」
全てはラーメンの為に
「はぁ、お節介にもほどがあるねあんたって子は……たく、バカ妹」
「……バカですよ、ラーメンバカです」
やることは決まった、だからひとまず今日とう時間の残りはゆっくり休もう。
湯に浸かって、疲れを抜いて
お風呂上りは、エダさんの手で化粧水やら塗ってもらって、髪も乾かして
背中をかかれながら、抱きしめられて眠りにおちよう。つまりは、いつものことだ。
今回はここまで、次回は未定。
しばらく料理漫画みたいな展開で続きます。
双子編を書くのが楽しみ、年内に書けるかな?描いたところで書き終われるかな?不安しかない問題。
まあ、無理ないペースで書いていく定期。
次回もお楽しみに、感想や評価などあれば幸いです。