麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
たぶん今回の話、どこのブラックラグーン二次創作でも見られないものだと自負してます。まあ普通書かないでしょうね、改竄きつくと思う方にはあらかじめ言っておきます、ごめんなさい
感想評価多くいただいています。また、誤字訂正のお知らせもいっぱい頂いて、お恥ずかしい限りです。指摘いただいたことこの場で感謝を申し上げます
長々と喋ってしまいました。それではどうぞ、バラライカ可愛いよバラライカ
夜はまだ明けきらない。街の色は朝と夜の間で揺れ動いている。喧騒と静寂が入り混じる合間の世界、静寂が勝り完全に静まり返るまでもう少し、けどそれまでは日が昇りきるまで遠くの喧騒はまだ続く
だけど、この部屋において僕は誰よりも先に静寂を感じきってしまっている。
音を消し去ったのは、扉の先にいる彼女の第一声からだ
「失礼、まだいいかしら……寝ているのなら後にするわ」
「…………ッ」
扉越しに聞こえる声、バラライカさんの声を聴いて僕の意識は100%を超えて目覚めきってしまう。この世で最も性能の高い目覚まし機能だ
そんな冗談めいた思考をしてしまう。せわしない驚きを見せるべきか、でも感情は一周回って逆に落ち着いてしまうのだ
「……大丈夫です、どうぞ」
冷静に落ち着いて返事をする。了承を得るやすぐに
……ガチャ
扉が開く、けどその音は僕が言いきってすぐ。どのみち許可なんてもらわなくても、この人は押し切って開ける腹つもりだったのだろう。
「あら、それはどうも」
「……ッ」
丁寧に言ってくれる。どのみち拒否権は無いのだから、仮に拒んでも踏み入っていただろう。
僕がベッドに戻り腰掛けると、バラライカさんは一人分スペースを開けてその隣に座ってくる。バスローブ姿の僕に対して、この人はワインレッドのスーツ姿に軍服のジャケットを羽織った出で立ち。つまり、夜の間ずっと仕事に駆られていたのだろう。
身に纏う香りは煙草の苦みと香水の甘み、特に苦みは強い。眠気覚ましの兼ね合いなのだろうか
漂う匂いは僕の意思に反して感じ取れてしまう。人よりもいささか機敏に働いてしまう僕の嗅覚、普段のバラライカさんの匂いと比べて、今はそう
血と硝煙の、鼻を突くようなスパイシーな刺激が混じり合っている。
「……」
「ケイティ……あら、フフ」
不敵に笑う。少しかがんで、下からのぞき込むような視線で、頬の端を吊り上げた
「……匂い、嗅いでいるのね」
「!」
「図星ね、鼻先が動くからすぐわかるわ……ケイティ、失礼な子ね」
指摘されて顔が真っ赤になる。これでも料理人、匂いには常に敏感になってしまうのだ。特に、存在感の大きい人は、それだけ情報に機微になる。意を酌み、失礼をしないように必死になるのだ。
匂いを嗅ぐのは女性相手に良くは無い。でもそうしないとこの人に対して先手は取れない
「……怒っています?」
聞いてみる。だが、その答えは聞くまでもない
「ノーよ。だから怯えなくていいわ」
「……だと思ってました」
強がって返す。背筋を常に曲げるぐらいの虚勢が無ければ、誰もこの人を前で発言権を得られないのだ
「へえ、言うじゃない」
「……まぁ」
「嫌な匂いかしら、ごめんなさいね……シャワー、浴びて欲しいならそうするわ」
「それは……お好きに、僕は何も気にしてないです。匂いはその、癖なので、するーしてください。するーです、するー」
言っていて恥ずかしくなる。堂々と人の匂いを嗅ぐ癖があると自白するのは中々に羞恥ものだ
けど、こればっかしは仕方ないのだ。
匂い、濃い匂いに交る人の感情の機微というのも、それを僕は感じてしまう。眼があるなら目をこらすし、耳があるなら耳は常に立てるもの、であれば鼻も同じだ。僕の意思に関係ない
「……匂い好き、ジャパニーズにはこんな言葉があったわね。HENTAI……ねえ、ケイティはヘンタイなのかしら?」
「バラライカさん……どうかそれだけはやめてください」
「あら、別に不快になったりしないわ」
「駄目です、どうか……じゃないと僕泣きますから」
認めたくない。この鼻が変態的な性癖ゆえだなんて死んでも嫌だ
まあ、本当にそんな意地の悪い呼び方なんてこの人はしないはずだけど、今もけらけら笑ってペしぺし僕の頭をはたいてくるけど、この人は敵でなければ悪い人……いや、悪い人だ、だめだ。この人を前に悪くないなんて表現は天地がひっくり返ってもあり得ない
この人は悪い人、でも良い悪い人だ。
「……私はな、人を泣かせるのは嫌いじゃない」
「う、冗談はやめてください……あなたは、悪い人じゃない、とは言えないけど、良い悪い人ですから」
「良い?悪い人で、良い、か…………クク、はははッ……あぁ、まったくお前は、Вы забавный человек」
「あの、言葉……いえ、やっぱり英語に直さなくてもいいです」
時たまに出る流ちょうなロシア語、何度も聞けば単語の一つや二つは覚える。滑稽だと謗られた。
この人にそんな言葉を吐かれれば、後に来るのは弾丸か弾丸か、それとも弾丸か
けど、一向に懐の銃は僕に向けられることは無い。あの日以来、もうずっと遠くなった銃口だ。代わりに来るのは、その大きく感じてしまう手の平の感触だ。ポンポンと叩くその手、どんな意図があってしているか、僕はその背景を感じられる。
仕事を終えて高揚した気分をリラックスさせたい、そんな心境、つまりこの手は愛玩動物を撫でるようなもの
「……僕で、アニマルセラピーするのは」
「駄目よ。拒否権は無いわ」
「…………」
食い気味に否定、意に逆らうことは決して許さない。それがたとえどんな上機嫌な時でも
「……随分機嫌がいいようで、仕事は終わりなんですか。聞きそびれましたけど」
「あら、そう言えば肝心な話なのに……まあ、仕方ないわね。仕事は、まだ残党の掃除が残っているから明日の夜まではかかる予定よ……だから、まだアナタはココ」
ポンポンと、まるでペットに言い聞かせるように。ここはさしずめケージの中か
「……でも、これ以上は時間を要さないわ。明後日の朝に帰りなさい」
「!」
「あら、何よその顔……別にさらったつもりは無いのよ」
あまりね、と最後に意味深な付け加え。さらりと髪を撫でてバラライカさんは優しく見つめてくる。
目が合って、ドキドキすればいいのか少し悩んでしまう。今寄り添ってくれるこの人は本当に美人で、火傷で削れた肌を差し引いても、その美貌は逆に磨きがかかって彼女という人物を形容している。傷だらけの美しさ、その美しさゆえに人は彼女を恐れ、そして引かれもする。
「……バラライカさん、あの」
……シュル……スシュ……ル
「あ、ありがとうござ……ん、ぁ」
…………クシュ……クシャリ
「あら、話の最中に駄目ね……もうおねむなのかしら」
「……だって……ん、あの」
「ケイティ、いけない子ね……お仕置き、されたいのかしら」
「……————ッ」
仕置き、そんなもの拒みたいに決まっている。でも、うまく喋れない。声の、力が抜けていく
それは何故か、理由は明解だ。
悪戯をされている。その手は、後ろから回って、僕を
「ほら、もう少し近づきなさい……なに、取って食ったりはしないわよ」
…………ススッ……シュル
「…………ぁ」
部屋の音は静かなまま、けど僕の耳には大きいノイズが響く。自分の髪がこすれあって音が鳴り、耳はその小さな音を拾ってしまう。
バラライカさんの手、引き金を引き銃を構えるその指は、今僕の髪をやさしく漉いている。
こめかみを撫で、後頭部を撫でて首部分に降りる。肌の分部を優しく撫でて、指先と手の平は頬を包む。硬くなった皮膚の皮、こびりついた葉巻の香り
だけど、伝わる熱は砂糖漬けの様に甘くて、そして何よりも人肌なのだ
「……よく、ない……ですよ」
「それは、私が決めることだ……それに、ここにはお前と私だけだ」
「……ぁ、ん」
髪を漉く音、頬を撫でて、顔の形をなぞって調べるように、徹底して触られる。手の平を通じて、バラライカさんの体温が僕の中に入ってくる。
うつらうつらと、冷めた意識に眠りがまた戻る。熱を帯びて、夜の暗さに意識が溶けていく。
「…………ごめん、なさい」
「いいわ、私が好きでしてることなのだから」
優しく、バラライカさんの声が耳を撫でる。僕の体の軸はとうに溶けてしまっている。人一人分のスペースは、倒れたことでその距離を消してしまった。
顔を預けるのは柔らかい枕、恐れ多くも僕は優しく抱きしめれている。僕の額はバラライカさんの頬とくっついて、彼女の手で何度も何度も優しく撫でられ続ける。会話は次第に解けて消えて、ただ互いの体温を共有する時間が流れていくのだ。
匂いを感じてしまう。彼女の匂い、あとから着けた香料の匂いに隠れた、彼女の精神の匂いだ。荒く燃え滾る心の波も今この時だけは見えやしない。バラライカなる彼女の心が、静かな森の湖畔の様に穏やかな波を見せる時
誰も知らない、誰にも見せない、いわばこれは彼女のオフショットだ。そんなシーンを、あろうことかなんでもないただの料理人が傍で見て、触れて、感じてしまっている。
これは幸福か、それとも身に余る不幸か、実の親のいない僕にはこの時間を不遜にも受け入れてしまいたいと思う。あぁ、本当に身に余る幸福だ
ミス・バラライカ、危険で恐ろしい彼女はいわば夾竹桃のような、美しくも触れるすべてを毒で殺す危険な毒花のようなものだ。その身を置く土壌ですら己の毒で染め上げる、本当に恐ろしい花だ
されど、その花は美しく、死を見てもその先の美しさは変わらない。死を見るか美しさを望むか、踏み込んだ僕はなんとも愚かな僕だ。
「バラライカさん……ありがとう、ございます…………あたたかく、してくれて」
「…………」
ふわりと、体の重さの間隔が消える。意識が半分眠りに落ちたような、一層僕の体は彼女の方へ傾く。
耳に響いた音、何かが倒れた音、けどすぐに静謐な暗闇が何事もなく続いていく。顔に触れる布は硬くごわごわとしているけど、その奥にある弾力は果てしなく柔らかくて、心地が良い
「……ケイティ、目を閉じなさい」
「もう、閉じて……ます」
「そう、ならいい子ね……目を閉じたまま、朝まで眠りなさい。それまでは、そばにいてあげるわ」
可愛い子、そう口にした、英語ではなくロシア語で
後頭部に感じる手の感触、優しく撫でる手の上下は二拍子のテンポで継続する。
「……ァ」
息を吸った。バラライカさんの呼吸を感じた。
話す会話はもうない。だから、今から発するのは、否
『…………Спи, младенец мой прекрасный』
奏でるのは、彼女の遠い記憶から引き出すメロディ。ハスキーな美声に乗せて、溶ける温度で歌を送る
入ってくる。彼女の温度が、歌声に乗って僕を満たし、そこから心地よく熱してくれる。
眠れ、私の綺麗な子、愛する子に送る母性満ちた言の葉。どうしてそんな言葉を僕に送るのか、どうして聞くことが叶うだろうか。
これは、与えられる施しか? いや、違う、そうじゃない。甘い心地も、溶ける夢も、全部ただの一方的なものなのだ
この人は、ただ満たされたいだけ、なのだから
『Спи, мой ангел, тихо, сладко………………Баюшки-баю』
口ずさむメロディ、施す快感を味わいながら、この人は僕を優しく包み込む。贖罪は建前、ただ与えるだけ
この人は戦争を求める狂人。けど、人は生きている限り息継ぎなしには進めない。戦闘という血生臭い荒波を超える合間に、一服の煙草を求める程度のことだ
「バユシキバユ……コサックの子守歌」
「…………あぁ、そうだ。よく知っているな」
繰り返すコサック子守歌、眠りなさい我が子よと、私の天使よと、静かで甘い眠りの幸せに居続けなさい……私の、私のバユシキバユ
彼女は何度も僕を寝かしつける。遠い彼方の優しいビートは、何故か僕の心を掴んでしまうのだ
あぁ、たまらない。この心地よさは、耐えがたく、幸せだ。
けど、忘れてはいけない。今の行為は、この人の本心と捉えきることはできない
興が乗った、きまぐれで、そんな枕詞なしでは、今のバラライカさんを説明できない。それを無しで言い切れば、彼女は一息に僕の息の根を止めてしまうから
「……ッ」
少しだけ、歯を強く嚙合わせる。浮かれないように、自分を戒めるのだ。
この関係は一方的だ。バラライカさんにとって僕は趣向品。気に入られていても、その価値は煙草やブリオリと変わらない。
彼女が真に求めるもの、それはこの静寂ではない。彼女の求めるものは、この静寂だけでは決して満たせられない。
……僕は、あなたを満たせられない
あなたの心は、ずっと戦場の篝火のそばだ。僕はただの趣向品、この時間は戯れでしかない
日が昇れば、彼女はバラライカに戻る。なら、求めてはいけない。彼女の気まぐれを、僕は真に受けてはいけない
「……辛い、か」
「————ッ」
「嫌なら、拒めばいい……お前には、いつだって選択肢を与えている」
あの時から、ずっと変わらない。そう口にする
「……そう、でしたね……あぁ、そうだった」
得心が行く。思えばあの時から僕とこの人の奇妙な関係は出来てしまった。今思い返しても、どうしてこうなったのだろうかと頭が痛くなる出会いだ。ちょうどいいことに、その出会いはあの夢の続きの先に
「…………ァ」
ぷつんと、意識を繋ぐ糸が切れたのを感じる。意識は冷めていても、もうすぐに消えてしまう残り火。
落ちていく夢の闇へ、僕は優しくバラライカさんの胸に抱かれて、眠りの闇に落ちていく。
眠りに落ちる意識、もしさっきの夢をまた再生できるのなら、それはなんとも苦い夢になりそうだ。まだ店を開いて一ヶ月もしないうちに、あの運の悪い日に、僕は
× × ×
……トン…………トン
淡い音が等間隔に、60のbpmで優しく繰り返される。
口ずさむ言葉、そこに力強さは無い。彼女の声は、今果てしなく弱弱しい音色になっている。
「…………バユシキバユ」
…………トン…………トン
「いい子ね……いい子、バユシキバユ」
……トン…………トン…………スルル…………トントン
「……いい子ね、バユシキバユ……子守歌なんて、どうして思い出してしまうのかしらね。バユシキバユ、あなたのせいよケイティ…………ケイティ、勇敢な子」
バユシキバユ、繰り返す言葉。バラライカの静かな夜、果たしてそれは彼女の心の何を示すか
表には出ない、聡い敵方も同胞もここにはいない。彼女の本意は、誰の目にもとどまらない
今回はここまで、料理で日常の話のはずが何を書いてんだ、そう思われても仕方ない。
次回から過去編、本格的なバラライカとの出会いに移行します。いい加減進めないとラーメン描写が、料理テーマなのにラーメン要素が不足してしまう問題