麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
~数日後~
店にロケランをぶち込まれても営業は翌日になれば再開。
前日の騒動が嘘のように、何事も無くロアナプラ亭は千客万来、絶え間なく客が足を運ぶ。
久留米ラーメン、濃厚なトンコツラーメンを食べにリピーターが後を絶たない。
24時間竈をフル活動でスープを作らなければ供給が追い付かない程だ。
……ほんとに忙しい、忙しい
紅ショウガ、チャーシュー、ネギ、きくらげ、ゴマを添えて提供。濃厚でありながら匂いは減らし癖も削った味わい。
細麺と良く絡むスープは替え玉をしたくても空っぽになってしまう。もはやパスタソース並みに麺と絡むどろどろ濃厚な味に客達はまさに中毒状態。売り上げは増すばかり。流石ローグタウン、ジャンキーはじめジャンキー候補はいくらでもいるというわけだ、とエダさんは飽きれてぼやいていた。
トンコツラーメン、かくも魅力的で中毒になる味わいは他にない。特に、改良した今の久留米ラーメンには。
魅力的なトンコツラーメンを作る、それを正しく行えるようになった今が、ここしばらくのトンコツラーメンと比べて圧倒的に客足が違う。
それもこれも、師匠の教訓のおかげだ。
あの時殴られた意味は、決して八つ当たりや気まぐれではない。あの痛みは、師匠から向ける弟子への叱責だったのだ。
〇
「……傲慢だった、また懺悔室で散々聞いた言葉だなそりゃ」
湯気の立つスープ、二杯のラーメンが卓上に置かれている。店も客が引いた丑三つ時の頃合い。
騒動が起きててんやわんやになったけども、元をたどればこれはタケナカさんの為に満足してもらえるトンコツラーメンを作るという話だ。
もうタケナカさんには食べてもらった後。ことは終わって店も大繁盛、でも説明の責務はある。
「散々試食に駆り出されたんだ……なあケイティ、ちゃんと説明しろ」
「してます、傲慢だったんです……ぼくは」
「抽象的に説明してかっこつけんじゃねえ馬鹿、ちゃんと説明しねえと優しくしてやんねえぞ……噛みながらしゃぶられたくなきゃちゃんと言え」
「……うぅ、セクハラはダメ……もう、本当に恥ずかしい話なんですッ」
そう、結論を言うとこれは僕が一人空回りして恥ずかしい思いをした話なんだ。
師匠に殴られたのも仕方ないこと。
僕は、タケナカさんに美味しいラーメンを食べさせることしか考えてなかった。タケナカさんが食べたかったトンコツラーメンをちゃんと作らず、ただタケナカさんを満足させる、舌を屈服させる料理をしてしまった。
「……味は、僕の方が美味しい。でも、師匠の作った方が正しいッ」
そう、卓上に置かれているのは僕のラーメンと師匠が作っておいておいたラーメンだ。
馬鹿の為に用意した正解と書かれた紙が貼ってあった容器が冷凍庫にしまってあった。そして、それを解凍して今僕のラーメンと一緒に合わせて供じた。
具無し、麺だけ。
僕が作った久留米風トンコツラーメンに対して、師匠がタケナカさんに作ったのは煮込み時間は僕よりも短い。
ドロドロではない、サラサラとトロトロの中間ほど。
つまり、普通のトンコツラーメン、ただし味は
「はっきり言ってマズい……臭いなこりゃ」
「ですよね、下処理が足りない……煮込み時間も、タレも化学調味料と安い醤油、昆布も低い等級。僕の方が圧倒的に美味しい。万人が食べても、きっとこっちが美味しいと指をさします」
出来上がっているのは明らかに差がある一杯。
だけど、だけどッ
「タケナカさんが食べたかった……いえ、もう一度食べてみたいと過去を思い出し憂いていた味は、まぎれもなくこのまずいトンコツラーメンだった」
……ズルルル
箸で掬う麺は、存外悪くない。
醤油ダレも、材料は安いけど丁寧に仕込まれている。
つまり、スープだけが未発達。
でも、それが本来のトンコツラーメンだ。時代と共に洗練された味ではかすりもしない。
「……なあ、気にすることじゃねえって言っても……ダメか」
「えぇ、恥ずかしいです……僕、タケナカさんに大見栄切っちゃった」
そう、見栄を切ったのは感情的になったから。
師匠から受け継いだロアナプラ亭の号、これまで多くのお客さんを満足させ続けた。それが、知らぬうちに傲慢につながっていた。
自分なら、誰であろうと満足させる逸品が作れると。美味しいを突き詰めて、美味しいを突き付ければそれでいいと
でも、そうじゃない
美味しいだけじゃ満たされないこともある。
「タケナカさん、言ったんです……俺の求めた味は幻想だった。と」
僕が振舞う前にタケナカさんは師匠が作ったラーメンを食べた。タケナカさんが当時食べたのであろう、未発達で、未成熟で、けど挑戦心に溢れて遠い九州の地で食べられるラーメンを東京で作らんとした店主の情熱を再現した。
タケナカさんは一つ、過去のしこりを消して気分が良くなったと言った。その上で、最後は僕の作った今のトンコツラーメンを満足して食べてくれた。
タケナカさんは満足してこの街を去る。目的は無事達成できている、でもこれもすべて
「師匠のおかげ……師匠の、おかげで」
未熟、そう未熟。
ただ美味しく作るだけが料理じゃない。
時に欠点すら料理の魅力になる。
「…………ぁ、まああれだ……精進の機会にはなったんじゃねえか」
「です、そうです……でも、ずっと脳裏で師匠のどや顔と馬鹿にする声が消えないッ」
……ばーか!ばーか!お前のラーメン独りよがり~!!
……腕自慢でのぼせやがって、てめえのおつむは何のためについてんだっての!玉もねえなら頭も無いのかっつの!!ギャハハハハッ!!
……女とイチャコラする暇あんなら腕磨け、チ〇ポばっか磨いてんじゃねえぞピーナッツ!!サックマイボールッ!!ふぁっく!??アタシの存在しないキンタマ舐めやがれ頭アナル野郎!!!クソしか詰まってねえから痛い勘違いすんだよファッキンティーンエイジャー!!!
「……ぅ、んわぁあ……ぅ、ぐすんッ」
「ぁ、よしよし……おら、泣くな……あとで抱きしめてやるから、元気出せ……な」
「うぅ……悔しい、言い返せないから余計に悔しい。人間出来てない化け物に馬鹿にされるなんて」
「口悪いなお前」
「恩も情もあります、でも同じぐらい恨みつらみもあります」
悔しい、タケナカさんをもてなせなくて空回りした、その事実だけでも悔しい。けど、そのほかにおまけでさらにもう一つ
「……エダさん、二杯とも口にしましたよね」
「ぁ、まあ口にしたな……臭いし、んだこれ、まじでこれでノスタルジーに浸ったのかよ」
「……じゃあ、これをどうぞ」
そう言い、今の今まで話をしながら仕上げていたラーメンを出した。
三杯目のラーメンだ
「は?」
「試してください」
「……ぁ、あぁ」
訝しみながらも、エダさんはレンゲを手にスープを一口。
乳白色の茶色がかすかにかかったスープ。豚骨の匂いが強く漂うそれを、口に、今
今、入れ
入れ、ようとして
「……く……ぁ、あぁ……なあ、ケイティよ……これ、食わなきゃダメなのか?」
「無理なら無理でどうぞ」
「……ッ」
三杯目のラーメンに、エダさんは箸もレンゲもつけない。でも、それも無理のない話だ。
このラーメンは美味しくない、絶対に美味しくない味だ。
でも、これが本当の正解。百パーセント、正しく当時タケナカさんが食べた味だ。
「ひどい味です、今の味を知ってる僕たちには絶対美味しく感じない。それは、今のタケナカさんにも言えること」
油臭く、獣臭く、そしてなにより生臭い。
下茹で無し、血もとりきれていない。本当に劣悪な味だ。劣悪にできたトンコツラーメンだ。
未発達な時代、丁寧に美味しく作る術はどこにもない。金を稼ぐために、雑多に作られたひどい飯。不安定な時代が色濃く浮き出た味だ。
「……タケナカさんが食べた味は本当にひどかった。でも、ラーメン自体が未発達な時代、臭みの残るスープに胡椒をかけて食べるのが当たり前だった頃にこの味はさほど珍しくない。普通の醤油ラーメンですら皆胡椒をかけまくって食べていた時代です。だから、そんな時代に生まれたばかりのトンコツラーメンは、きっとこれぐらいひどかった。もしかしたらもっとまずいかもしれません」
出来立ての下処理不足なトンコツラーメンでこれだ。作り置きで酸化させたりすればもっとひどい匂いになるだろう。ごまかすためにニンニク?胡椒?それこそ洗剤でも投じないと食えたものじゃないレベルだったかもしれない。
「じゃ……じゃあ、お前さんの師匠が作ったのは何だったんだ?」
「…………おもてなしの味です、きっと」
タケナカさんの為に、その思いで作ったのは同じ。
僕は、タケナカさんを満足させるというテーマで、自分が思う最高に美味しいトンコツラーメンを作り上げた。それが久留米ラーメン、傲慢な美味だ。
けど、師匠が作ったのはタケナカさんを納得させるラーメン。だけど、そのまま提供することをせず、ほんの少し手を加えた。
ノスタルジーはそのままに、過去をストレートに食べさせるんじゃなく程よい濃度に希釈して、そして現代の美味しさで裏付けする。
たった一度、思い出して、噛みしめながら完食する。
もう食べられない味、食べることはないと腹をくくった味。
長い、長い人生の中で再度得た機会。かかった年月の分だけ、ほんの少し味を足した。
師匠はクズ人間だし暴力的だ。でも、そんな師匠にも好意を寄せる人は多くいる。師匠が好きで、久々の帰還を歓迎する人もいる。
ミス・セリザワ、彼女はどうしようもないくせに、人として粋な計らいを身に着けている。
その証拠に、タケナカさんはとてもいい顔でこの街を去ったのだから。ほんとに、あの人はいい仕事をした。
「まずいことには変わらない……でも不思議と、師匠が作ったラーメンは食べられる味です。スープの濃度と粘度に対して良く絡む麺、醤油ダレの出来がいいからか臭みのあるスープと噛み合う……悔しいことに、ただまずいものを作る中にあの人は技術を込めている。ここに関しては、タケナカさんよりも僕に見せつける意図が強い」
「……技術、か……なるほど」
納得して、再度エダさんは師匠の作った器を手に取る。
スープは普通。食べられないことはないけれど、今の旨味たっぷりな豚骨スープに比べたら劣る。だけど、不思議と食べられてしまった。実際エダさんもズルズルと麺をすすっていた。麺と食べることができる、つまりラーメンとしての完成度は高い。だから、意外にも二口三口と進んでしまう。
スープの濃度とタレの濃さ。臭みは強いけどそこに慣れが起これば個性的な風味となる。臭いけれども病みつきになる味、それこそがとんこつスープなのだとこのラーメンは問うてくる。
だから思う、ノスタルジーを売りにして博多で屋台を引きながらこの強烈な豚骨臭をばらまけば、存外客は集まるかもしれない。
口直しに紅ショウガ、ゴマ、高菜、臭い中に確かにある豚骨のうま味。臭さの中にある病みつきになる香り。
このラーメンはまずいと最初は述べたけど、果たして本当にまずい味なのか?
「……悪くねえ」
「えぇ、そうなんです……臭いのに、悪くないんです」
「……臭い、か」
「えぇ、師匠のラーメンと僕のラーメンにある違い……それが決定的な違いです」
豚骨スープは臭い。そこは絶対否定しきれない要素だ。
僕は徹底してにおいを消した。雑味も消して、上品に濃厚に作らんとして試行錯誤した。
そんな作り方は、はっきり言って矛盾していた。
本当にトンコツラーメンを楽しむのなら、臭みのある風味も含めてトンコツラーメンの魅力なんだと押し出すべきだった。
僕は、トンコツラーメンの魅力を引き出そうとする一方で、トンコツラーメンの魅力を無視していたのだ。
「ここしばらく出してるラーメン、あえて臭みを取りきっていません。香味野菜も過剰に入れ過ぎていた、あれじゃあ甘みと野菜の風味でスープがブレる」
臭みも美味さも、等しく良いものとして客に提供する。
病みつきになる臭みと、強烈なうま味。シンプルで芯のある料理、だからこそトンコツラーメンは良いモノなんだ。
「……こってり味、あまり好かねえアタシでも……なんとなくわかっちまう」
「えぇ、僕のラーメンは歪だった……傲慢で、独りよがりな味だった」
実際、店に連日足を運ぶ客たちが物語る。
強烈な味わい、病みつきになる臭み。
万人は納得しない。けど、万人の内の何千人はこの味を喜んでくれる。
そして、そうやって理解してくれた人から伝播して、この味は理解を得ていく。臭みを悪くないものだと考えてくれる。
「……精進が足りない」
作るべきは、臭くなくておいしいトンコツラーメンじゃなく、臭いけど美味しくて堪らないラーメン、それがトンコツラーメンだと人々に示す説得力のある逸品。
日々是精進、驕ることなくあらゆる可能性にも目を向けるべし。ぼくはまだ修行の途中、まだ師匠に敵わない。でも、いつかは越えたい。
「今から、寝ずに試作です……今度は師匠をうならせるッ」
「寝ろばか、今何時だと」
「試食、付き合って下さいねエダさん……とりあえず今から10時間後に……へぶッ」
「寝ろばか!働き過ぎだジャパニーズ!!」
以上、長く引っ張りましたが以上で答え合わせとなります。理屈めいた話になって申し訳ない。
次回も明日には投稿予定、飯テロ期待!