麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
ジャケットを脱いだ。ワイシャツにタイトなスカート、その上からエプロンを身につけている。
二人で、キッチンの前に並んだ。目線には、バラライカさんの胸があってエプロンが覆い隠しきれていないのが良く伝わる。目の毒で、指示を出そうにも顔を隣に向けられない。
それにしても、少しかがまないといけないのはやりづらそうだ。キッチンは背が低い僕が使いやすいように出来ているから仕方ないことだけど。
「これでいいかしら?」
「……ぁ、えっと」
「ケイティ、包丁を持っているのよ。注意しなさい、……ボケッとして今度は手を切っちゃうつもり?……ダメよ」
「……はい……すみません、ちょっと困惑して」
気を取り直す、つもりではいるけど中々に落ち着かない。そもそも、バラライカさんに家事をさせるなんて、マフィアの頭目なのに
「……こんな感じでいいかしら」
「そう、ですね。多少ばらつきはありますけど、この程度なら問題ないです。」
「キッチンナイフだと慣れないわね。アーミーナイフのようにはいかないわ」
「いっそのこと、逆手に握ってみますか?……その方が切れるかもですよ」
「くす、そうね。そっちの方が力も入りやすいでしょうね。けど、それで切れるのは人間だけよ」
物騒な談笑を交えながら、僕らは粉にまみれつつ手を動かす。細かい作業だけど、二人でやるとちょっと楽しい。
「……さあ、次のオーダーを頂戴。」
「あ、もう十分ですよ……後の調理は」
「ダメよ、そろそろ座りなさい。足、痛いの我慢してるでしょ」
「……」
「だから、私にオーダーを頂戴……いいわ、貴方の足に、手に、今だけなってあげるわ」
「……恐れ多いです」
不敬罪で首を落とされないか、そんな不安は消えてくれない。
でも、同時に嬉しさと楽しさ、そして我慢していない笑ってしまいそうな可笑しさが、ずっと腹の中で呻いている。
「いいのよ……久しく、構ってなかったのだから。ほら、オーダーは?……美味しい料理を私に作らせなさい。これは、命令よ。」
「……ッ」
命令、そう言われると安心してしまう。
「じゃあ……次は、スープを……ラーメンスープのストックがあるから、それを解凍してください。鍋ごと凍らしてるから、そのままコンロに……あとは、えっと」
指示を出す。椅子に座って、バラライカさんの背中を見ている。てきぱきと、無駄なく動いて、そして次第に部屋に良い匂いが流れていく。
小麦粉がついたエプロン姿のバラライカさんが僕の指示に従って動いているのだ。ありえないことが起きている。
「……」
過保護に扱われている。
痛い傷を負ったけど、別に何もできないわけじゃない。こんな傷、撃たれた傷に比べれば
……傷、足
「……ッ」
「これでいいわね。ケイティ、次の指示を言いなさい……ケイティ?」
「あぁ、だから……」
「?」
「あ、いえ、なんでも。」
気づいたことは、今は放置。
料理に専念する。口だけしか動かしていなくても、僕は料理人だから。
〇
ロシア料理のペリメニ、あれが好きだ。
もう前の話になる。バラライカさんに拉致……エスコートされて、目が覚めたらディナーの席に座っていて一緒に美味しい時間を過ごした時のこと。
供されたロシア料理がおいしくて、その中でバターと香草の香りが効いたペリメニ、いわゆる餃子、世界どこでもある包み料理、ロシアのダンプリングに舌が唸った思い出がある。
あの時の具材は豚肉と海老、通常は別々だけど、あのペリメニは一緒に良く叩いて練り合わされたものが入っていた。
豚の甘みと油で海老柔らかくまろやかに調味されていて実に美味しかった。海老だけでは食感やうま味が強く主張されてしまうから、豚肉が混ざることで柔らかい皮とも馴染んで実に良かった。
今日のディナーは、あの時を意識して僕なりに作ってみた。都合よく海老はあるし、二人で一緒に豚肉と海老のミンチを詰めたペリメニを作った。
そして、ペリメニ、具材を小麦の皮で包んだもの、となれば作るのは一つ。ワンタンメン、いやペリメニメンだ。うん、語感があれだな。訂正、ロシア風ペリメニ塩バターラーメン、これも長いか……まあ、いいや。店では出さないお家ラーメンなんだから。
「……いただきます」
「いただきます」
遅れて僕も手を合わせて、食事の作法を済ます。そしてまずはスープを一口、蓮華ですくったスープからは実に食欲をそそるいい匂いがする。
漂う匂いはバター、そして少しの香辛料。乾燥ハーブ、スパイス、数種類の塩を独自にブレンドした自家製のソルトだ。
肉のいい匂いが漂うスープ、そして溶けたバターの濃い芳香が混ざる。
「……ッ……ん……っく」
「どうかしら……貴方みたいに、私は上手く作れたかしら?」
「……真ん中です。ハイスコアですよ」
「ふふ、嬉しい御世辞ね。」
世辞ではない。本当に美味しいと感じた。
その証拠に、バラライカさんの顔も心なしか柔らかくなっている。満足して、一口二口、そして箸で麺を取り、すすり、咀嚼した。
スープは飲むだけじゃ真価は伝わらない。麺と共に食してこそ、立体感のあるものを噛み砕き舌に乗せて、そして喉に落とす。
胃に溜まるその瞬間も含めて、ようやくスープのおいしさの輪郭を理解できる。
「……ぁ……いいわね、これは……ん、ん……っ……ぁ、上出来ね」
「えぇ、すごく……最高に……上出来です」
「くす、ふふふ……お世辞じゃないって言いたいのね。ケイティ、素直な子……素敵よ」
「……ッ」
撫でられていないけど、頭を撫でられた心地になる。
料理の熱ではない、別の熱が灯されてしまう。いけない、水を飲んで僕は麺をすすった。
「…………ん」
麺、手打ちにした細い麺は麦の風味が効いている。ザクザクと食感の良い麺を食べて、今度は柔らかい麦の触感に舌鼓。
ちゅるんと滑る食感。スープに入れたバターの油脂も相まって口に容易に滑り込む。
スープの味を吸ったペリメニからは豚と海老のうま味が零れ出て、スープとも混ざって実に深い味が口内に溢れかえり、息を吐けば美味しさの余韻に浸り官能的な息が繰り返す。
……思ったよりも美味しい、思い付きなのに
スープはシンプルだ。濁らない程度の時間と火力で煮出した清湯スープ。その具材は豚骨と鶏ガラ、昆布、そして水で戻した干し海老。
干し海老を使っているけど、やっていることは煮干しや鰹節といった魚介食材が干し海老に置き換わっているだけ。
でも、これ以上に無いバランスを見極めて、調整して仕上げたスープはまさに美味しいラーメンスープだ。じんわりと、海老のうま味を感じさせながら豚骨と鶏ガラの動物系食材のうま味が面に押し出されて感じられる。
海老を使って、海老無しでは成立しない美味しさ有したあっさりラーメンスープ。
淡麗でありながらがっちりと組み込まれた味は多少の調味ではブレない柱となる。だから、アレンジだってできる。
「……バターに香草、なのにスープと合っている。不思議ね、ロシア料理のペリメニを感じるのに……ちゃんと、貴方が作るラーメンの味がするわ。」
……ちゅるん
…………っく
……ずる、ずるる
ペリメニを食して、麺をすする。
味わいも、食事満足度も上がる。食が進んで仕方ない。
皮の厚いペリメニはバターを効かせて食べる料理、けどこのペリメニは一度スープで煮立たせている分、味も風味も馴染んでいる。
干し海老を使った清湯スープでペリメニを煮込み、程よく柔らかくなったところで調味。ペリメニ入りスープに塩味を利かせ、そこにバターも落とす。
よく味をなじませ、皮が柔らかくなる頃には麺も茹で上がりどんぶりによそう。
バター、塩味、スープのうま味、三つが染みこんだペリメニはロシア料理でありながらラーメンの一部でもある。
共に食して別々の料理と感じさせない。ラーメンとペリメニ、豚と海老のうま味、全てひとまとめにして美味しいラーメンが出来上がっている。
これだけでも、この料理は十分すぎるほどに出来ている。
だけど、別の付加価値もある。それが余計に美味しく感じさせるのだろう。
「……スープまで飲み干してしまったわ」
「えぇ、僕もです……血を流したせいですかね」
「それもあるでしょうね……でも、そうね」
「……なにか、他に」
「いいえ、私にだって恥じらいはあるわ……顔が熱くて言えません。貴方も同じじゃないかしら、ケイティ」
「……ッ」
共に作って、共に食べた。
久しく体験していなかった、お預けを食らっていた。
バラライカさんと過ごす時間を、今急速に取り戻している。
「……美味しかったです、すごく、すごく」
「そうね、貴方と過ごす時間は……とても美味しいわ」
「……」
「ねえ……ケイティ。」
「…………」
「待たせて、ごめんなさい……今からでも、時間を取り返せるかしら?」
「……ッ……今からでも、出来ますッ」
お腹は満たされた。
幸せだって感じている。
なのに、どうして震えが止まらない?
どうして、くしゃくしゃになって、前が見えない。
「……いいのよ……オーダーを頂戴」
「————ッ」
ハスキーな声だけが、輪郭を帯びて内にとどまる。声だけしか頼れない今が、一番心地よくて、安心して、でも余計に前が見えない。
足は痛いまま。
きっと歩けない、だから頼らないと
幸い、僕は軽いらしい。持ち上げるのも簡単だって、バラライカさんは言ってくれた。
なら、愁いは無い。躊躇いも捨てて、僕は
次回に続く
遠ざけるのはもう終わり、後悔しない日々を過ごしたい。想いは伝えないと
次回もお楽しみに