麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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締めくくりはいつもの


(88) 世は事も無し、いつも通りの日々に感謝

 

 

 火を落としたキッチン、部屋の隅に作られた低い段差を上がり、畳に敷かれた布団へと腰かける。

 

 イグサの匂い、絹の手触りは清潔な干したての布団だから余計に心地よい。

 

 身を包んで、暖かくして眠りに落ちる。

 

「随分と、この感覚を忘れていたわ……貴方は本当に暖かいわね」

 

「……」

 

 

……むぎゅ

 

 

「…………——」

 

 

 不遜な行為を、僕だけには許している。

 

 異性に甘える。こびへつらい寵愛を求める。鉛玉で返事をされかねないそんな行いに、貴方は優しい口づけで応じた。

 

 額にするキスは祈り。

 

 子が悪夢を見ないようにと、母の優しさで押される烙印だ。暖かな人肌の熱で肌を焼き、消えない心地よさで眠りへの道しるべを立てるのだ。

 

 

「……バユシキバユ」

 

 

 子守歌を調べながら、何度も背中を撫でる。

 

 眠りに落ちそう。

 

けど、頭がそれを拒む。

 

 重くなる瞼の不可に耐えて、僕はかぶりを振って正気を戻した。

 

 

「あら、破廉恥ね」

 

 

「ごめんなさい……痛かったですか?」

 

 

「そうね、気持ちよかったと言ったら……貴方は嬉しいわよね」

 

 

「……寝れなくなる」

 

 

「くす……寝れなくしてあげましょうか?ケイティ、貴方が望むなら」

 

 

「……優しい」

 

 

「そうよ、私は慈悲深いの……敵には特にね」

 

 

「冗談……怖い」

 

 

「あら、そう」

 

 

「流さないで……言ってください。どんな気紛れですか?」  

 

 

「……」

 

 

「待ちますよ。ボク、夜更かししますから……」

 

 

 心地よさで寝落ちしたい衝動はずっとある。

 

バラライカさんの無償の施しにダメになりたい欲もある。でも、それでも僕は貴方に負担を強いたい。

 

不遜であることを承知で、僕は踏み込むことを選んだ。

 

 

「……寂しかった、です」

 

 

 野菜ラーメンの時にもぽろっとこぼした本音、それをもう一度この場で吐いてみる。

 

 顔は見えない。部屋の明かりは消したまま、微かに眼球が光を吸って視線を教えてくれている。

 

 その目は僕を見ている。もう、目をそらしはしない。

 

 

「どうして、距離を……」

 

 

 言いながら、聞くまでも無いと感じた。

 

 騒動があったから。

 

 バラライカさんは自分のような人物と関わればそれだけ危険が及ぶと考えた。

 

 心配して故に離した。代わりにエダさんを置いて

 

 でも、そんなことに意味は無い。それが、今回のことで理解できた。僕は幸運と悪運の上に成り立っている。そのことに今更変わりはない。

 

 

「……」

 

 

 ただ、その上でも理屈より、貴方は感情を優先した。

 

 そうするべきと、思い至って突き放した。なのに、それを止めた。

 

 心境の変化があったとすれば

 

 

「……師匠と、何を話したのですか?」

 

 

「————ッ」

 

 

 背中を抱きしめるバラライカさんの手に、一瞬だけ震えが走った。

 

 図星であるのだと、わかった。けど、同時に今の僕の問いかけは、バラライカさんにとって聞かれたくないことなんだと悟った。

 

 何を知ったのか。

 

 気紛れを起こすほどの何か

 

 師匠と接して、知ったこと。

 

 

 

 

「これは、感ですけど……バラライカさんが聞いたことって、師匠がしていた僕への隠し事なんじゃ」

 

 

 疑問符を付けて尋ねる。

 

 背中に回る掌が、爪を立てて僕に痛みを与えた。

 

 

「!」

 

 

「……ッ……すまない……あぁ、痛かっただろうな。ケイティ、大丈夫よ……ごめんなさいね、ほんとうに……ごめんなさい、大丈夫だから」

 

 

「……」

 

 

 つくろうように、震えた言葉が密にささやかれる。

 

 痛いほどに抱きしめられて、背中を撫でられ胸に顔は埋まってしまった。

 

 足も絡んで、隔てる空間は無いに等しい。

 

 

「……苦しい、です……でも、ちょっと嬉しい」

 

 

 痛みも、苦しさも、ずっと無かったから。

 

 動揺しているバラライカさんが一体何で葛藤して、そして今何を抱えているのか、僕にはわからない。どうしようもない。

 

 なのに、ただこうして今感じている肉体的接触が心地よくて、一方的に安心してしまっている。

 

 

「…………いいです、痛くしても……苦しくても」

 

 

 僕は受け入れている。自分の運命を、この街で生きることを。

 

 元から死んでしまった者。死んだ身でそれなりに楽しくおかしく、二本の足で歩いている。

 

 それだけでいい。

 

 もとより、平常な世界になんて居場所はない。

 

 僕の居場所はここだ。

 

 このロアナプラで、危険に快適に、楽しく悲惨に、自分の人生を全うする。だから

 

 

「……僕は貴方に傷をつけられた……傷つけた責任から逃げるなんて、格好悪い大人のすることです」

 

 

「————……ケイティ、あなた」

 

 

 生意気に、身勝手に

 

 この人生を楽しむのだ。

 

 ロアナプラで生きる、平凡で異常なラーメンや店主の日々、そこに貴方がいないなんて僕の身勝手が許さない。

 

 

「生意気になったモノね……あの女のせいかしら」

 

 

「おねえ……エダさんからはいろいろ教わってます。」

 

 

「ろくでもないことばかりでしょうね。どうせ、くだらないベガスのジョークなんかでしょ……若いカップルがベガスで初夜を行ったら、男のナニ……ケイティ、胸がくすぐったいわ。」

 

 

「くす、んぷぷ……それ、ダメ……ツボなんですッ」

 

 

「……ベビーシッター役を間違えたようね」

 

 

 いつかにお風呂で聞いたジョークで思い出し笑い。

 

 結婚前を控えたカップルが互いにコンプレックスを打ち明ける。彼女は胸が小さいこと、男は性器が赤ん坊サイズだったこと。

 ラスベガスに行ったカップルが色々相談して、満を持して初夜を迎えたら、彼女が見たものは……まあつまりは下ネタである。

 

 最初は理解できなくて、数秒してオチを理解してすごく笑ってしまった。危うく息が出来なくなるぐらい、くだらないジョークに弱いと気づいた瞬間だった。

 

 

「くす、あはは……バラライカさん、そういえばエダさんがこの前」

 

 

「聞きたくないわ」

 

 

「え~、でも……これ、すっごく面白くて……エダさん上手だから、すごく笑っちゃって」

 

 

「……ケイティ」

 

 

「え、あれ……どうしたんですか?……あの、なんだか抱擁が強く、て」

 

 

 悪い予感を得た。

 

 今、もしかしなくても僕は、虎の尾を踏むようなことをしてしまったんでは?

 

 

「えっと、くだらない話は止めます……はい、えっと……あ、この前エダさんと一緒に出掛けて」

 

 

「ケイティ、目を閉じなさい……口を開けて」

 

 

「な、なんで……ぎにゃ————ッ!??」

 

 

 

 会わない期間のせいで、僕は目の前の麗人がひどく独占欲の強い人であったことを、神経を焼き焦がすほどに強い刺激と一緒に思い出した。

 

 

 そうそう、これこれ

 

 

 うん、助けて。誰か助けて、ほんと助けておねがい助けて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

~翌朝~

 

 

 砂煙をまいて、軍用トラックがロアナプラ亭の前を去っていく。

 

 乗客のロシア人を見たのは二名、お隣の風俗店で店主をやっている男と、シスター服を着た金髪の美人様。

 

 

「おいおい、ありゃフライフェイスか……なんか、にやにやしてなかったか」

 

 

「だな……おっかねえな、奴さんが笑えばそれだけで人が死んじまうぜ」

 

 

「お、俺も死にそうな気分だよ……セリザワの旦那が戻ってきたり出て言ったり、店の女共を宥めるので疲れちまった……アーシェとコリンネには良く働いてもらったもんだ、特にな。だから、言われた通り休みは融通してやる……けどよ、お前さんあの二人に妙に気にかけてるけど、いい加減なんでかよ……話ちゃ」

 

 

「詮索屋は嫌われるぜローワン、手前が裏でやってる違法な痩せ薬のネット通販……黙ってやるから言われたとおりにしな。いつも通り、あの二人をただの娼婦として溶け込ませておけ……私物も厳重に、オーダー通りに仕事をこなせば手前も長生きできる。おーけー?」

 

 

「……わ、わかってるぜ……なんでもねえ、言われた通りにはするさ。こっちにも利益はあるんだからな」

 

 

「利巧で助かる……手前みたいな奴でもな、あの子には大事な身内だ。出来れば殺したくない……以後、言葉には気を付けろ」

 

 

 フランクな言葉遣いは無く、その眼鏡の奥にはエージェントとしての眼光が隠れている。

 

 ロアナプラの裏を知り、裏で糸を握る者として、シスターエダは顔を複数に分けている。

 

 

「……じゃ、これ以上用がねえなら終わりにするぜ。オレに取っちゃ、お前さんもフライフェイスも似たもんだ。」

 

 

「似てねえよ……少なくとも、奴よりはジョークを理解するし、もっとフレンドリーさ。その気になったらアタシも一曲踊ってやるさ」

 

 

「そうかい、なら……ケイティにもよろしく言ってくれよ。どうせやるならカップルで頼むってな」

 

 

「ふん、言われなくても巻き込むさ」

 

 

 ふと、見上げた先はロアナプラ亭ビルの四回。

 

 車も去った。

 

 バラライカは要件を済まして、そして無事にこの先の方針を決めたようだと理解した。

 

 くだらないローワンの相手は終わり、エダはマイ・スウィーティ—の寝る部屋へと足を運んだ。

 

 

「今頃、暢気に寝てんだろうな……ベッドメイキングして、自分の残り香だけ置いてクールに去った、ってところか」

 

 

 一夜、そこで何があったかは想像に難くない。

 

 遠ざけることを止めた。そして、昨夜は遠ざけた分のお楽しみ、茶化すようにエダは笑ってドアを合鍵で開ける。

 

 

「……よっす、ケイティいるか~?……って、お前」

 

 

……ぶら……ぶらん

 

 

「……な、あいつッ」

 

 

 天井は高く、木造の梁が見えているのがこの部屋。

 

 つまり、何が言いたいかというと、あの女は吊り下げやがった。

 

 

 

「ひぐ……降ろしてくだひゃいッ……うぅ、恥ずかしいッ♡」

 

 

「————ッ」

 

 

 言葉を無くしたエダ。

 

 それはもうあられもない、お腹や胸元、鼠径部、肌色の面積がほとんどの裸吊りケイティが目の前に。

 

 

……ごくん

 

 

「え、今……なんで唾飲んだんですか!……だ、ダメ、ダメダメッ!ダメですからぁあッ!!?」

 

 

「安心しろ……AとBとCで済ましてやる」

 

 

「それ全部……ギニャァアアアアアッ!??」

 

 

 

 

 

 

 

 終わってみれば雑に日常はいつも通りへと転調する。

 

 ロアナプラ亭の店主、ケイティとバラライカのちょっとしたすれ違いは終わり、でもだからといって日々にそれほど変わりはなく。

 

 悪党たちに愛されるラーメン屋の日々は、大体こんな感じで巡り巡る。

 

 以前、問題はなく。世は事もなし。

 

 

 

 

次回に続く

 

 




読了感謝です。

地味な終わり方で味気ないかもですが、タイトル通り。世は事も無し、いつも通りの日常に戻るお話でしたとさ。めでたし

次回は日常回。イエローフラッグの店主、バオに焦点を置いたお話を予定しています。お楽しみに
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