赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

10 / 49
未踏査領域にて(2)

 

「……じゃあ、何か。お前は本当に、自分の意思でここに居る……と?」

「えぇ、はい」

「どうしてそんなバカなことを……」

 

 どうにかこうにか根強く説明することで、ようやくオレは誤解を解くことに成功した。続けて、オレがここに来た経緯を説明する。

 

「だって今日は、世界が終わる日ですから。何もしないでじっと待つなんて、できませんよ」

「バカだなボーイ。どこでそれを知ったのか知らんが……そういうのは、オレっちみたいな大人に任せときゃいいんだ」

「じゃあそこの妹さんはどうなんです?」

「…………」

「私はいいのよ。戦う力があるんだから」

 

 お兄さん自身は、本音を言えば『妹を戦わせたくない』という反応だった。しかし妹さんの方は、自らの強い意思で戦場に立っているらしい。

 

 ──なんとなく、この娘は延珠ちゃんと気が合いそうだなと思った。

 

「オレだって戦えます。実際、さっきガストレアを仕留めたのはオレですし」

「アンタねぇ……」

「いいから帰んな。今ヘリを呼んでやるから、ここで大人しく──」

 

 ──それはダメだ。オレはまだ帰れない……!

 

「友達がここで戦ってるんです!」

「……何?」

「『何かあったら守ってあげる』って、約束したんですよ……! なのにオレは、助けてあげられなかった! 守れなかった! それどころか、知らないところで助けられてた……! 守られてたのは、オレの方だったッ」

「お前……」

「なのにあの娘はっ、学校から追い出された……! 助けた相手に裏切られて、その直後に今こうして殺し合いをさせられてる!」

 

 どうして、延珠ちゃんばかりがこうも苦難にぶち当たる。

 

「おかしいだろ!? みんな頭がどうかしてるッ! 救われるべきは、一番助けが必要なのは──ッ」

「もういい、黙れ」

「黙らない! オレに戦わせろッ、守らなきゃいけないんだ。オレが、この手で──!」

「分かった、分かったから! お前の気持ちは充分伝わったから! 少し静かにしろ……! 夜行性のガストレアが起きちまう……!」

「……ぁ」

 

 すっかり熱くなって、とんでもない愚行をしていた。自覚すると同時に、血の気が引いていく。

 

「頭は冷えたみてぇだなボーイ」

「あ、ぁ……ごめんなさ──」

「怒ってねぇよ。幸い、今ので起きた奴はいないっぽいからな」

 

 良かった……

 深く溜め息を吐き、身体の緊張を(ほぐ)していく。

 

「……弓月(ゆづき)、コイツの糸を解いてやってくれ」

「ちょっ、まさか兄貴……コイツ連れてく気?」

「男には、退けねえ状況ってのがあんだよ。コイツにとっちゃあ、今がそうだ」

「〜〜〜っ。兄貴のそういうとこ嫌いじゃないけどさ……どうなっても知らないからね?」

 

 手首に絡まっていた糸が、一瞬で千切れたのが分かる。凄まじい力だ……流石はイニシエーター。

 

「さて、そういえば自己紹介がまだだったな。

 オレっちは片桐(かたぎり)玉樹(たまき)。こっちは妹兼相棒の──」

「モデルスパイダー、片桐弓月よ。IP序列は1850位」

「せっ!?」

 

 驚愕でまたうっかり出た大声を、自由になった両手で慌てて塞ぐ。

 だが仕方ないだろう。約24万ペア存在する民警の中で千番台と言えば、余裕で上位コンマパーセントに入る超エリートだ。今まで顔を合わせた中で一番高い。オレを密航させてくれたペアも、序列1万と5千台の上位陣だったが……これならば、先の圧倒も不思議じゃない。

 

「フン、驚くことじゃないでしょ。蛭子ペアはもっと上なんだから」

「えっ、そうなの?」

「……そこは知らなかったのね。奴らの序列は134位よ」

「百、番台……? う、嘘でしょ? だって蓮太郎さん(あの娘)の序列は12万位のミドルゾーンで……」

 

 そこまで言って、自分で気付く。

 

「世界が終わるって時に、そんなの言ってらんないでしょ。ここにアンタが来た理由だって、そうだったじゃない」

 

 そうだ、オレの私情なんて関係ない。今はゾディアックが出るかどうかの瀬戸際。政府が少しでも頭数を確保するべく、広範囲に募集をかけることは想像に難くない──と、そこまで考えたところで

 

 

静謐(せいひつ)な未踏査領域に、

爆 音 が 轟 い た。

 

 ──周囲が赤い光で満たされる。

 

「いっ、嫌ぁああああ!!! (ほど)いて! 早く私の(コレ)解いてっ!! 逃げらんなくて死んじゃうから!! ねぇ早く取ってよぉぉぉ!!!」

「ちょっ、言われなくても取ったげるから暴れないでよ! 解きにくくなるでしょう!?」

 

 一瞬で、イニシエーターの二人はパニックになった。弓月ちゃんもだ。表情には不安が滲み出ていたし、拘束されたままだったペアを解放する手付きが、小刻みに震えていた。

 

「ねっ、ねぇ。どうしよう兄貴──」

「まぁまぁ、そう焦んなよマイスウィートシスター」

「分かってるけど……!」

 

 そう言って、彼女はオレを見た。

 ──まぁ、そうだよな。

 

「弓月ちゃん、玉樹さんを背負って逃げてくれないかな」

「えっ……?」

「分かってるよ。オレが足手纏いだってことくらい」

「笑えねぇジョークだなボーイ。そして侮辱だ──オレっちと弓月なら、たった三人ぽっち守りながらの行軍程度ワケねぇんだよ」

 

 ナックルダスターと拳銃を掲げ、玉樹さんはニヤリと笑ってみせるが……オレを安心させるための強がりだ。弓月ちゃんは遅れてその意図に気付き、胸を張った。

 

「そうね! 私と兄貴が、三人纏めて面倒見てあげるわよ!」

「……()()、と言いましたね? なら、オレの代わりに助けて欲しい人がいます」

「何言ってんの、そんな諦めた顔しないで──」

 

「周囲の大合唱。コレ全部、仲間を呼ぶ交信だよ?」

 

「──っ!?」

 

 弓月ちゃんがギョッとした顔で玉樹さんを見る。彼は苦虫を噛み潰したような顔で『だろうな』と言った。

 

「現状の数だけでもマズいのに、そんな……!」

「フェロモンを使った無音の招集もされてるだろうな。足手纏いを庇う余裕なんてねぇ」

「……テメェ、何が言いたい」

 

「──コイツをここに置いて行こう。何割かはコッチに残る筈だ」

 

 聞き終わるや否や、玉樹さんは彼を殴り飛ばした。

 

「じゃあテメェが残れよ、ゴミクズ」

「止めてください玉樹さん。元々そういう約束で連れて来て貰ったんです」

「だからってなぁ……!」

「……もう時間がねぇぞ。早く移動しないと囲まれて全滅だ」

「──チッ、分かってんだよクソファッキン! 行くぞ!」

 

 玉樹さんの号令で、弓月ちゃんはオレを抱えて走った。他の皆は自力で走ってるのに、オレだけが文字通りの荷物だった。

 

「弓月ちゃん、もういい。放して」

「嫌よ。死ぬ気でしょアンタ」

「このまま逃げても死ぬよ。その場合は、オレ以外も」

「死なないわ。死なせない」

「最大戦力のキミが、両腕を封じられた状態で?」

「えぇ、朝飯前よ!」

 

 ……あぁ、本当は分かっている。彼女だって。

 

「じゃあ言い方を変えようか──」

 

 

玉樹さん(お兄ちゃん)が、死ぬよ

 

 

 オレを背負う手に、万力のような力が入った。痛い。ひたすらに痛い。痣とか結構慣れっこだけど、そんなもんじゃない。

 

「──()ッ、いよ。そのまま、折ればいい……!」

「それ以上バカなこと言うと、ホントに折るからね」

「構わない。構わないから……! 一つだけ、約束して」

「……何?」

「藍原延珠っていう、赤髪ツインテールの子を見つけたら……助けてあげて」

「……嫌よ。自分で助けてあげなさい」

「厳しいなぁ──」

 

 コウモリのガストレアが、左右から同時に4体出現。片桐ペアは玉樹さんが2体、残りはもう一組のペアがそれぞれ仕留めていた。

 

「……仕掛けてきたよ。怪我をする前に、意地は捨てた方がいい」

「嫌よ」

 

 それから一分するかしないかくらいで、今度はハイエナのガストレア。今度は左右それぞれに6、7匹くらい居る。

 ……背負われながらで不安定ではあるが、オレも加勢するか。

 

「弓月ちゃん、反動に備えて」

「……了解」

 

 まず一発──狙いとは違う奴に当たった。失速していったから結果オーライ。

 二発目──外した。三発目──掠っただけ。

 四発目──撃つ前に向かってきた。

 

「撃たないで。しっかりつかまってなさい」

「え? ──うぉっ!?」

 

 急激なGの増加と視界の反転。

 ──ムーンサルトか。

 内臓が潰れるかと思ったが、その甲斐あって一体は倒したらしい。

 

「アンタ、いい腕してるわよ! そのまま援護射撃よろしく!」

「よっしゃ、ノってきた!」

 

 撃って、回って、警戒を呼びかけて、また撃って。

 ……そうやって次々現れるガストレアを処理しながら、どれだけ時間が経ったのか。どれだけの距離を走ったのか、分からない。

 

 ──ただ、分かることが二つ。

 

「皆さん、見てください! 炎が見えます! もう少しで味方と合流できますよ!」

 

 一つは左手に見える崖下に、複数の人の痕跡があったこと。もう一つは──

 

「ホントだ、良かっ「弓月右!!!」──え」

 

 警戒が薄れるのを待っていたのか、音もなく飛んで来たフクロウの鉤爪が──弓月ちゃんの首筋に向かっていたこと。

 だから、オレは

 

 

 

 *

 

 

 

 横合いからの強い衝撃に、私は不覚にも転倒した。

 すぐさま両手で受け身を取って起き上がり、敵を──え、()()

 

「……ぁ」

 

 気付いた時には、手遅れだった。

 フクロウのガストレアは、既に銃で撃たれ絶命していて。

 

「そんな……」

 

 ──同様に、私を庇った少年も……胴体が千切れて転がっていた。

 

「……っ、ぁ゛」

 

 驚くべきことに、彼がまだ生きていることに気付いていたのが私だけだったのか……誰もが走り続けていた。

 

「待って兄貴! この子まだ息がある! 助けなきゃ!」

「──無理だ、助けられねぇ!!」

「でも!!」

「お前が死んだらソイツは犬死にだぞ!!!」

「──っっっ」

 

 遅れて私も走った。全力で走った。

 

「……ゅ……っ゛、き……ぁ……」

 

 かすかに聞こえた声に振り返ると──彼は笑っていた。

 『無事で良かった』『それでいい』『逃げて』と、その目が告げていた。

 

 ──私達4人は無様にも、無傷で生き残った。

 

「……うっ、うぅう……兄貴ぃぃぃ……」

「……おう、泣け泣け弓月。民警やってりゃよくあることだが……涙を枯らしちまったら……人間としてお終いだ」

「なんで、なんで私なんか庇うのよあのバカ……! バケモノの私ならあのくらい平気だったのにっ、なんでッ!」

「……お前は、バケモノじゃねぇ」

「バケモノよ!! いつか私達は形象崩壊する! 文字通りの『化物』じゃない! だからどの道、長くは生きられないのに……!」

「……それでもお前は、人間だ」

 

 だけどそんなものは、少数派の考え方で。

 それでもあの子は、兄貴と同じで。

 

「なんでっ、なんで……! どうして良い人から死んじゃうのよぉぉ……!」

「……あぁ、なんでだろうな。本当に腹が立つ」

 

 あの子は、延珠を友達だと言った。彼女の身に降りかかった理不尽に、憤ってくれた。

 

 あぁ、きっと彼なら──私の友達になってくれると、思ったのに。

 

「こんな世界っ、クソ喰らえよ……!」

「……チクショウ。この腐った世界に、救いはねぇのか……?」

 

 この涙がせめて、誰よりも優しかった彼への鎮魂となりますように────

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。