赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
「……じゃあ、何か。お前は本当に、自分の意思でここに居る……と?」
「えぇ、はい」
「どうしてそんなバカなことを……」
どうにかこうにか根強く説明することで、ようやくオレは誤解を解くことに成功した。続けて、オレがここに来た経緯を説明する。
「だって今日は、世界が終わる日ですから。何もしないでじっと待つなんて、できませんよ」
「バカだなボーイ。どこでそれを知ったのか知らんが……そういうのは、オレっちみたいな大人に任せときゃいいんだ」
「じゃあそこの妹さんはどうなんです?」
「…………」
「私はいいのよ。戦う力があるんだから」
お兄さん自身は、本音を言えば『妹を戦わせたくない』という反応だった。しかし妹さんの方は、自らの強い意思で戦場に立っているらしい。
──なんとなく、この娘は延珠ちゃんと気が合いそうだなと思った。
「オレだって戦えます。実際、さっきガストレアを仕留めたのはオレですし」
「アンタねぇ……」
「いいから帰んな。今ヘリを呼んでやるから、ここで大人しく──」
──それはダメだ。オレはまだ帰れない……!
「友達がここで戦ってるんです!」
「……何?」
「『何かあったら守ってあげる』って、約束したんですよ……! なのにオレは、助けてあげられなかった! 守れなかった! それどころか、知らないところで助けられてた……! 守られてたのは、オレの方だったッ」
「お前……」
「なのにあの娘はっ、学校から追い出された……! 助けた相手に裏切られて、その直後に今こうして殺し合いをさせられてる!」
どうして、延珠ちゃんばかりがこうも苦難にぶち当たる。
「おかしいだろ!? みんな頭がどうかしてるッ! 救われるべきは、一番助けが必要なのは──ッ」
「もういい、黙れ」
「黙らない! オレに戦わせろッ、守らなきゃいけないんだ。オレが、この手で──!」
「分かった、分かったから! お前の気持ちは充分伝わったから! 少し静かにしろ……! 夜行性のガストレアが起きちまう……!」
「……ぁ」
すっかり熱くなって、とんでもない愚行をしていた。自覚すると同時に、血の気が引いていく。
「頭は冷えたみてぇだなボーイ」
「あ、ぁ……ごめんなさ──」
「怒ってねぇよ。幸い、今ので起きた奴はいないっぽいからな」
良かった……
深く溜め息を吐き、身体の緊張を
「……
「ちょっ、まさか兄貴……コイツ連れてく気?」
「男には、退けねえ状況ってのがあんだよ。コイツにとっちゃあ、今がそうだ」
「〜〜〜っ。兄貴のそういうとこ嫌いじゃないけどさ……どうなっても知らないからね?」
手首に絡まっていた糸が、一瞬で千切れたのが分かる。凄まじい力だ……流石はイニシエーター。
「さて、そういえば自己紹介がまだだったな。
オレっちは
「モデルスパイダー、片桐弓月よ。IP序列は1850位」
「せっ!?」
驚愕でまたうっかり出た大声を、自由になった両手で慌てて塞ぐ。
だが仕方ないだろう。約24万ペア存在する民警の中で千番台と言えば、余裕で上位コンマパーセントに入る超エリートだ。今まで顔を合わせた中で一番高い。オレを密航させてくれたペアも、序列1万と5千台の上位陣だったが……これならば、先の圧倒も不思議じゃない。
「フン、驚くことじゃないでしょ。蛭子ペアはもっと上なんだから」
「えっ、そうなの?」
「……そこは知らなかったのね。奴らの序列は134位よ」
「百、番台……? う、嘘でしょ? だって
そこまで言って、自分で気付く。
「世界が終わるって時に、そんなの言ってらんないでしょ。ここにアンタが来た理由だって、そうだったじゃない」
そうだ、オレの私情なんて関係ない。今はゾディアックが出るかどうかの瀬戸際。政府が少しでも頭数を確保するべく、広範囲に募集をかけることは想像に難くない──と、そこまで考えたところで
──周囲が赤い光で満たされる。
「いっ、嫌ぁああああ!!!
「ちょっ、言われなくても取ったげるから暴れないでよ! 解きにくくなるでしょう!?」
一瞬で、イニシエーターの二人はパニックになった。弓月ちゃんもだ。表情には不安が滲み出ていたし、拘束されたままだったペアを解放する手付きが、小刻みに震えていた。
「ねっ、ねぇ。どうしよう兄貴──」
「まぁまぁ、そう焦んなよマイスウィートシスター」
「分かってるけど……!」
そう言って、彼女はオレを見た。
──まぁ、そうだよな。
「弓月ちゃん、玉樹さんを背負って逃げてくれないかな」
「えっ……?」
「分かってるよ。オレが足手纏いだってことくらい」
「笑えねぇジョークだなボーイ。そして侮辱だ──オレっちと弓月なら、たった三人ぽっち守りながらの行軍程度ワケねぇんだよ」
ナックルダスターと拳銃を掲げ、玉樹さんはニヤリと笑ってみせるが……オレを安心させるための強がりだ。弓月ちゃんは遅れてその意図に気付き、胸を張った。
「そうね! 私と兄貴が、三人纏めて面倒見てあげるわよ!」
「……
「何言ってんの、そんな諦めた顔しないで──」
「周囲の大合唱。コレ全部、仲間を呼ぶ交信だよ?」
「──っ!?」
弓月ちゃんがギョッとした顔で玉樹さんを見る。彼は苦虫を噛み潰したような顔で『だろうな』と言った。
「現状の数だけでもマズいのに、そんな……!」
「フェロモンを使った無音の招集もされてるだろうな。足手纏いを庇う余裕なんてねぇ」
「……テメェ、何が言いたい」
「──コイツをここに置いて行こう。何割かはコッチに残る筈だ」
聞き終わるや否や、玉樹さんは彼を殴り飛ばした。
「じゃあテメェが残れよ、ゴミクズ」
「止めてください玉樹さん。元々そういう約束で連れて来て貰ったんです」
「だからってなぁ……!」
「……もう時間がねぇぞ。早く移動しないと囲まれて全滅だ」
「──チッ、分かってんだよクソファッキン! 行くぞ!」
玉樹さんの号令で、弓月ちゃんはオレを抱えて走った。他の皆は自力で走ってるのに、オレだけが文字通りの荷物だった。
「弓月ちゃん、もういい。放して」
「嫌よ。死ぬ気でしょアンタ」
「このまま逃げても死ぬよ。その場合は、オレ以外も」
「死なないわ。死なせない」
「最大戦力のキミが、両腕を封じられた状態で?」
「えぇ、朝飯前よ!」
……あぁ、本当は分かっている。彼女だって。
「じゃあ言い方を変えようか──」
オレを背負う手に、万力のような力が入った。痛い。ひたすらに痛い。痣とか結構慣れっこだけど、そんなもんじゃない。
「──
「それ以上バカなこと言うと、ホントに折るからね」
「構わない。構わないから……! 一つだけ、約束して」
「……何?」
「藍原延珠っていう、赤髪ツインテールの子を見つけたら……助けてあげて」
「……嫌よ。自分で助けてあげなさい」
「厳しいなぁ──」
コウモリのガストレアが、左右から同時に4体出現。片桐ペアは玉樹さんが2体、残りはもう一組のペアがそれぞれ仕留めていた。
「……仕掛けてきたよ。怪我をする前に、意地は捨てた方がいい」
「嫌よ」
それから一分するかしないかくらいで、今度はハイエナのガストレア。今度は左右それぞれに6、7匹くらい居る。
……背負われながらで不安定ではあるが、オレも加勢するか。
「弓月ちゃん、反動に備えて」
「……了解」
まず一発──狙いとは違う奴に当たった。失速していったから結果オーライ。
二発目──外した。三発目──掠っただけ。
四発目──撃つ前に向かってきた。
「撃たないで。しっかりつかまってなさい」
「え? ──うぉっ!?」
急激なGの増加と視界の反転。
──ムーンサルトか。
内臓が潰れるかと思ったが、その甲斐あって一体は倒したらしい。
「アンタ、いい腕してるわよ! そのまま援護射撃よろしく!」
「よっしゃ、ノってきた!」
撃って、回って、警戒を呼びかけて、また撃って。
……そうやって次々現れるガストレアを処理しながら、どれだけ時間が経ったのか。どれだけの距離を走ったのか、分からない。
──ただ、分かることが二つ。
「皆さん、見てください! 炎が見えます! もう少しで味方と合流できますよ!」
一つは左手に見える崖下に、複数の人の痕跡があったこと。もう一つは──
「ホントだ、良かっ「弓月右!!!」──え」
警戒が薄れるのを待っていたのか、音もなく飛んで来たフクロウの鉤爪が──弓月ちゃんの首筋に向かっていたこと。
だから、オレは
*
横合いからの強い衝撃に、私は不覚にも転倒した。
すぐさま両手で受け身を取って起き上がり、敵を──え、
「……ぁ」
気付いた時には、手遅れだった。
フクロウのガストレアは、既に銃で撃たれ絶命していて。
「そんな……」
──同様に、私を庇った少年も……胴体が千切れて転がっていた。
「……っ、ぁ゛」
驚くべきことに、彼がまだ生きていることに気付いていたのが私だけだったのか……誰もが走り続けていた。
「待って兄貴! この子まだ息がある! 助けなきゃ!」
「──無理だ、助けられねぇ!!」
「でも!!」
「お前が死んだらソイツは犬死にだぞ!!!」
「──っっっ」
遅れて私も走った。全力で走った。
「……ゅ……っ゛、き……ぁ……」
かすかに聞こえた声に振り返ると──彼は笑っていた。
『無事で良かった』『それでいい』『逃げて』と、その目が告げていた。
──私達4人は無様にも、無傷で生き残った。
「……うっ、うぅう……兄貴ぃぃぃ……」
「……おう、泣け泣け弓月。民警やってりゃよくあることだが……涙を枯らしちまったら……人間としてお終いだ」
「なんで、なんで私なんか庇うのよあのバカ……! バケモノの私ならあのくらい平気だったのにっ、なんでッ!」
「……お前は、バケモノじゃねぇ」
「バケモノよ!! いつか私達は形象崩壊する! 文字通りの『化物』じゃない! だからどの道、長くは生きられないのに……!」
「……それでもお前は、人間だ」
だけどそんなものは、少数派の考え方で。
それでもあの子は、兄貴と同じで。
「なんでっ、なんで……! どうして良い人から死んじゃうのよぉぉ……!」
「……あぁ、なんでだろうな。本当に腹が立つ」
あの子は、延珠を友達だと言った。彼女の身に降りかかった理不尽に、憤ってくれた。
あぁ、きっと彼なら──私の友達になってくれると、思ったのに。
「こんな世界っ、クソ喰らえよ……!」
「……チクショウ。この腐った世界に、救いはねぇのか……?」
この涙がせめて、誰よりも優しかった彼への鎮魂となりますように────