赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第十一話:その名は

 

 午前4時10分。

 蓮太郎と延珠が夏世と別れた10分後、彼らは影胤ペアを発見した。

 

「影胤……ケースは、どこだッ」

「待ちくたびれたよ、里見くん。君達以外では、暇潰しにもならなくてね」

 

 そう言って彼は、足元に転がっている生首を蹴った。蓮太郎達が夏世と行動していた、ほんの10分前まで生きていたソレを……つまらなそうに、(もてあそ)んだ。

 

 ──バラバラにされた29人の亡骸が、屍山血河を作っていた。

 

「……コレは全部、貴様らがやったってことでいいんだよな?」

「神聖な教会を、血で汚したくはなかったからね」

 

 相変わらずのどこか噛み合っていない返答に、蓮太郎は眉を(しか)める。

 

「それはいいことを聞いたな。その教会にお前の血をぶち撒ければ、儀式が破綻するのか?」

「さて、どうだろうね」

 

 影胤が二挺のベレッタ(銃剣)を構え、蓮太郎は義眼を解放する。

 

「里見くん、理解しているのかい? 百番台に挑むことの意味を」

「テメェこそ分かってんだろうな? たった1日でも、俺は最新機器で治療を受けてる。対しテメェはロクに休憩もできねぇ環境に居た」

 

 そして何よりパートナーのコンディションは、より差がハッキリしている。延珠は全快であるのに対し、小比奈はバラニウムの磁場を纏った蹴りで未だボロボロだ。

 

「──その程度のハンデが何か?」

「…………」

 

 蓮太郎は、無言で攻防一体の構えを取った。

 

(……あぁ、分かってるさ)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、影胤は蓮太郎より強い。勝率は、4割あるかないか程度だろう。

 

 ──そして、4時35分。

 

「君の負けだ」

 

 蓮太郎は、いくつかの勝ち筋を用意していた。

 個人兵装を用いた正面突破、延珠との立ち位置交代(スイッチ)による王手(チェック)特殊音響閃光手榴弾(フラッシュバン)、斥力フィールドを突破せずとも窒息により影胤を打倒し得る水中戦、そして使()()()()()()()()()()()()──だが、それでも勝てなかった。

 影胤は頑丈だった。斥力フィールドを抜きにしても尚、異常なタフネスを見せつけた。前回と今回で、それぞれ一回は蓮太郎の右拳を受けているにも関わらず……彼は堪えた様子もなく、海を割って水中から脱出。蓮太郎に斥力フィールドの槍を叩き込んだ。

 

「ぁ、が……」

 

 丸い型抜きで切り取ったように、蓮太郎の横腹が消えていた。間違いなく致命傷。延珠が懸命に身体を揺するが、無情にも命はこぼれていく。

 ──影胤が、静かに銃剣の照準を合わせた。

 

ちょっとパパ、延珠は殺しちゃダメだからね!? 延珠、()()()()()()! あの状態の延珠に勝たないと……!

我が娘よ、こればかりは我儘を聞いてやれない。前回戦った時の状態になられたら危険過ぎる

ダメだってば!! これだけは譲らないんだからッ!

 

 蛭子親子が、何か言い争っている。

 

血がっ、血が止まらない……!

 

 その間に延珠が、何か叫んでいる。

 

(ごめん延珠……何も……なにも、聞こえ──)

 

ヤダッ、やだよぅ。死なないで蓮太郎──妾を一人にしないで」

 

 どういった運命の悪戯か、その言葉だけは()にハッキリと届いた。

 

「「──ッヅ、ああああああああッッッ!!!」」

 

 今の蓮太郎には、延珠以外の声が届かない。今の延珠には、蓮太郎しか眼中にない。だから、()()に気付かない。()()()()()()()()()ことに、気付かない。

 

「んなっ!?」

(……え?)

 

 義眼の演算が、影胤の視線を解析する。そして初めて、蓮太郎は背後から猛進してくるソレに気付いた。

 

『──人型のガストレア!?』

 

 4人が一斉に、驚愕の声を上げた。

 

 

 

 *

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

 

「──ッヅ」

「……どうしたんですか?」

 

 身体が熱い。全身を駆け巡る衝動が、本格的に『役目を果たせ』と告げている。

 ……心配そうにコチラを見る同胞へ、心からの感謝を。彼女が連れて来てくれた此処が、この身の目的地であったのだ。

 

「アリガトウ。ゴメン。オレ、先行ク」

「えっ」

 

 走るのだ。一瞬でも早く。救うのだ。声の主を。きっとオレは、そのために此処へ来た。

 

 そして、姿が見えて

 

「妾を一人にしないで」

 

 ──頭が沸騰するほどの、怒りを覚えた。

 

 何故、これほど怒りが湧くのだろう。

 そうだ、『一人にする』のはいけないことだ。彼女を連れ帰って、(いもうと)と引き合わせなければ。

 ……誰だ? 分からない。でも、考えている場合じゃない。

 

「──アアアアアアアアッッ!!」

 

 その場に居た4人が、ギョッとした顔でコチラを見た。

 そうだ、それでいい。こっちを見ろ。彼女に手を出すな。

 

「ネームレス・リーパーッ!」

 

 突然、オレの右足が千切れ飛んだ。踏み出す足が無い。

 仮面の男にやられた? 銃も剣も使わずどうやって? バカな、奴は人間じゃないのか?

 

 前のめりに倒れる。ダメだ、止まったら彼女が危ない。

 『ならば』と両手で着地、すかさず背中の羽を展開。腕と羽の力で前進を継続し、仮面の男へ頭突きをかますが……

 

「マキシマム・ペイン」

 

 攻撃が当たる前に、透明な空間の揺らぎが出現・膨張し、オレの身体は吹き飛ばされた。

 ただし幸い、奴の注意は完全にコチラへ向いた。

 

「フーッ、フゥウヴゥゥ……!!」

 

 急いで足を再生させながら、威嚇。次の手を考える。

 ただ突進するだけではダメだ。さっきの雑魚共と違い、それで勝てる相手じゃない。ならばどうする?

 

「フーッ、フゥゥゥ……」

 

 足が再生したなら『()()』を取れ。呼吸を整えろ。

 

「アハッ、何あの再生速度……! ずっと斬ってられるじゃん……!」

「…………は? おい待て、それは」

 

 合理的な動作を以て、肉体の膂力を最大限引き出せ。オレはその(すべ)を知っていた筈だ。

 

「天童式、戦闘術……?」

 

 そうだ、コレは『天童流』だ。原理不明のよくわからないチカラ──勁力を用いた不殺の武術。人は敵だが殺しちゃいけない。同胞に迎える。

 

 ──ただし仮面野郎、貴様は別だ。ただぶちのめすだけでいい。

 

「ソコ、動クナ」

「なんとっ、人語を解するか! 面白い、望み通り受けて立とう!」

 

 天童式戦闘術 一の型八番──

 

「ス──ハァアアッ!」

「イマジナリー・ギミック!」

 

 拳が青白い力場に触れ、破裂音と共にお互いを押し離す。

 ……地面が陥没したせいで踏ん張りが効かなかった。力が逃げる。コレでもまだ、足りない。もっと、もっとチカラが必要だ……!

 

「パパッ」

「クヒっ! その体躯で、これほどのパワー……! あぁっ、試したい! 実験したい! ()()()()()()()()()()()()()()ことをしてみたい!」

 

 つまり、『既に呪われた子供で何かしらの実験を行った後』ということ。いつかどこかで同胞が、コイツに傷付けられていたということ。

 理解したくないソレを理解し、黙祷を捧げる(一瞬目を閉じる)。その行為に込められた意味は思い出せないが、そうするべきだと思ったから。

 

「──外道ガァアアッッ!!」

 

 怒りを力に変えろ。ただし、思考を止めるな。

 全身の力を使った一撃は、地面が耐えられなかった。ならば次は、主に上体の力を使えばいい。

 

 天童式戦闘術 一の型三番──

 

「やらせないッ」

「妾の台詞だッ」

 

 捻りを加えた拳が届く前に、二人の同胞が激突していた。一人はきっと、千寿と名乗った同胞の言っていた裏切り者。それを止めてくれた彼女に、視線で礼を言う。

 

「フゥゥッ!!」

「エンドレス・スクリームッ」

 

 透明な槍が、オレの腕を斬り裂いた。

 大丈夫。まだ、左腕が残って──

 

「下がれッ!」

 

 反射的に、左後方へ飛び退く。

 血塗れの青年が、爆速でコチラに向かって来ていた。

 

「何!?」

「加速できるのが腕だけとは言ってねぇ!」

 

 完全に意表を突いたらしい青年は、驚異的な速度で掬い上げの拳を繰り出す。先手を取ったからこその、力強い大振り。

 

(コレをやるために、今まで温存してたからなッ)

 

雲嶺毘湖(うねびこ)鯉鮒(りゅう)!!」

 

 インパクトのギリギリ直前、青白い燐光が走った。しかしそれでも尚、彼の黒い拳は仮面の男を上空へ打ち上げた。そして彼は追撃を行うべく、空へ跳んだ。

 ……この青年も、奴とは別方向に人間離れしているらしい。

 

「あぁ、これは……ぬかった、ね……」

 

 乾坤一擲(けんこんいってき)

 

隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)三点撃(バースト)ッ!!」

 

 爆発音と共にオーバーヘッドキックが放たれ、再び張られたバリアを突き抜け仮面の男に直撃。人体が砲弾のように打ち出され海面に激突、巨大な水柱を作成し、続けて大波と疑似的な雨を発生させた。

 轟音と不自然な雨により決着を察知した同胞二人もコチラを見て── 一人はくずおれ一人は泣き笑いした。

 

「れんたろぉぉぉ!!!」

 

 自分で放った蹴りの威力を殺せず体勢が崩れた彼は、そのままだと背中から落ちていただろう。

 そうならないように、ツインテールの少女は彼を素早く抱きとめ着地した。

 

「良かったッ、死んだかと思ったぞこの大バカ者ぉぉぉ……!!」

「イ゛ッ!? ちょっ、止めろバカ! 俺まだ病み上がりだぞ!?」

「あぁっ、すまぬ!」

 

 生きていたことが、余程嬉しかったのだろう。彼女は力を解放したまま、腕の中の彼に頬擦りした。

 

「そんな……パパァ、パパァァァ……」

 

 三人で声のした方を見ると、呆然とした表情のままフラフラと海に入っていく少女の姿があった。

 ……父の遺体を、探しているらしい。それが裏切り者と敵であっても、『父の死』という響きは……何故か心を、ズタズタにされるような心地がした。

 あれだけの勢いで海に落ちたのだ。打撃は肋骨を粉砕して内臓をグチャグチャに壊しているだろうし、すぐに血の匂いで肉食海獣のガストレアが寄ってくる。見つかるかどうかは、分からない。

 

「……チッ」

 

 海に飛び込み、『探す』と強く念じる。

 ──ガストレア因子がオレの望みに応えて肉体を再構築し、本能にその手段を提示してくれる。

 

「ハ────」

 

 知識によると、コレは……『反響定位』なる技法らしい。ついさっきまでできなかったことができるようになるのは、なんだか少し変なカンジだ──まぁいい。見つけた。

 潜って仮面男を引き上げ、裏切り者の少女に預けた。

 

「──え?」

「……持ッテ行ケ」

「…………礼は、言わないから」

 

 当然だ。何せオレも、彼と戦った。オレが殺したようなものだ。

 

 ……海から上がると、三人がオレを見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……なぁ、蓮太郎。アイツは……何者なのだ?」

 

 海に飛び込んだ赤目の男を見て、延珠は問うた。

 ……その『答え』を察することができる存在は、おそらくこの世に俺しかいない。

 だがこの『答え』を、延珠に伝えていいのか? 二人を傷付けるだけにならないか?

 そうやって自問自答している内に──着信音。こんな時に……いや、こんな時だからこそか。

 

 …………相手は木更さんだった。ステージⅤ召喚は、止められなかったらしい。

 

『人型ガストレアのことは気になるけど、今は放置。すぐに天の梯子に向かって』

「……なぁ、木更さん。ステージⅤが上陸するまで、あとどれくらいだ? 少しアイツと話がしたい」

『はぁ!? 今はそんな場合じゃ……!』

「知り合い、かもしれねぇんだ……」

『──っ、2分よ。猶予はそれだけ。それ以上は待てない』

「分かった」

 

 通話を切り、延珠に視線の高さを合わせた。

 

「──延珠、いいか? よく聞け」

 

 コレが最後になるかもしれないなら、知らないことの方が残酷だ。

 

「アイツは、ガストレアだ」

「……うむ。やはり、そうだよな……」

「だけどアイツは、人間だった頃の強い意志が残ってる」

「……うむ。とても……とても優しい人だったのだろうな」

 

 敵だった少女に、彼はささやかな救済を施した。その様子を、延珠は口を真一文字に結んで見ていた。

 

「こういう時、どういう顔をすればいいのだろうな」

「分からない。何せ、こんなことは人類史上初だからな」

「……あぁ」

 

「……延珠、気をしっかり持てよ。俺達は、アイツを知ってる」

 

 目を最大限に見開いて、延珠は俺を見た。

 

「アイツは……」

 

「──里見さんっ!」

 

 答えを言う前に、知っている声が聞こえた。

 

「「えっ!?」」

 

 夏世だ。彼女はガストレアの足止めをしていた筈。まさか、全部倒したというのか?

 

「お主、あれだけの数をどうやって……」

「……『通りすがりの方』に、助けて頂きました。コチラに向かった筈なのですが」

「──っ、お前もアイツに助けられたのか」

「ふぅ……えぇ、良かったです」

 

 何となく、その『良かった』にはいろんな意味が含まれている気がした。

 

 ……そしてアイツが陸に上がって来て、目が合った。

 既に一分近く経っている。手早く済ませなければ。

 

「──ここは空から監視されてる。お前は逃げろ。海か森か、とにかく上に遮るものがある場所にだ」

「里見さん、何を!?」

 

 俺は政府から、裏切り者として断罪されるだろう。だが、それでもいい。

 

「来てくれてありがとう。お前は生きろよ──真守」

「──ぇ」

 

 硬直した延珠の手を引いて、俺は走った。個人兵装を使い切る勢いで、全速力を出した。

 

「まっ、待て! 待て蓮太郎!! 戻らせてくれッ!」

「駄目だ」

「なんでッ! どうして真守がガストレアにっ」

「……分かるだろ」

「分かるものか!! だって、あり得ぬではないか! 状況証拠だけ見たら──妾なんかのために、命を捨てたとしか……!」

「……真守にとってお前は、そうするだけの価値があったんだ。俺も同じ立場なら、きっとそうしてた」

「──っっ! 愚か者……! 真守のおろかものぉぉ……!!」

 

 延珠は目を真っ赤にして、俺を抱えて走った。東京エリアを終わらせないために。

 

 ──もう一度、あのバカと話をするために。

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