赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第十二話:逃げない

 

「──ァ゛ッ」

 

『お前は生きろよ、真守』

 

 その言葉に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 

「ア、あぁ……!」

 

 そうだ、思い出した。オレの名前は『真守』だ。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「大丈夫……大丈夫だよ……ぅぐっ。ちょっとフラフラするだけ」

「……!」

(さっきまでの片言と違って、流暢な返答……! もしや名前が呼び水になって、記憶が戻った?)

 

 あー、千寿さんが凄いビクビクしながらこっち見てるのキツいな……いや、うん。さっきまで完全にバーサーカーだったからしょうがないんだけどさ。

 

「……あなたの、名字は?」

「神崎。生年月日とか住所とかも、ちゃんと覚えてる。というか思い出した、か。まぁとにかく、もう『人を襲ってガストレアにしてやる』なんて思ってないから、安心して」

「…………」

「『これだけ知性があるなら騙し討ちの線もあるか……?』って顔だね……」

「……すみません。助けて貰った恩は忘れていませんが……第一発見者として、浅慮な扱いは避けなければいけませんので」

「まだ人間と敵対する意思があるなら、蓮太郎さんの忠告に従って、今の内に逃げてるよ」

「……そうですね」

 

 と言いつつ思考を止めないそのスタイル、嫌いじゃないぜ。ただいかにも『警戒してますよ私っ』な顔は止めてくれ……その視線はオレに効く。

 

「……逃げないんですか?」

「逃げないよ。今逃げたら、蓮太郎さんの立場がヤバいでしょ」

「それが、里見さんの望みに反することでも?」

「おっ、もしかして心配してくれてる?」

 

 茶化して言ったそれに、彼女は涙目になるほど怒ってくれた。

 

「──当たり前じゃないですか。()()()()は、命の恩人なんですから」

 

 そして彼女は、オレを海に突き落とした。

 

「そのまま、逃げちゃってください」

「……そしたら、千寿さんもマズいでしょ」

 

「──今ならもう分かってますよね!? 私はっ、こうなると解ってて貴方を連れて来たんです!!」

 

「……だろうね」

 

 恥じることじゃない。彼女は当然の判断をした。

 

「分かっているなら、どうして怒らないんですか……? どうして、逃げてくれないんですか……?」

「んー、何か勘違いしてるみたいだけど──オレ、死ぬ気は毛頭ないぜ?」

「……え?」

 

 せっかく生き延びたんだ。投げ捨てるのは勿体無い。

 

「妹に謝らないとだし、玉樹さんと弓月ちゃんには生存報告したいし、グークルさんにお礼言わないとだし……何はともあれ、一回帰らないと」

「……そう、ですか」

「さっきから千寿さん、様子が変じゃない? 何かあった?」

 

 なんだか、凄いネガティブ。戦いに勝った直後のテンションじゃない。むしろ何かに負けて、『いっそ全部終わらせたい』って顔だ。

 

「……ここに来る途中で、将監さんの……相棒の、死体を見ました」

「……、…………。そう……」

 

 あぁ、なるほど。それは確かに、最悪の気分にもなる。

 

「将監さんが亡くなっていて、呆然として。里見さんも死んでるんじゃないかって、ハッとして……走り出す頃には、結構な時間が経っていました」

「……無理もないよ」

「本当に、心配していたんです。胸が苦しかったんです。なのに私──里見さんが生きている姿を見て、『どうして』と思ったんです」

「…………」

 

 それは……かける言葉が、見つからない。きっとどんな慰めも、響かないだろうから。

 

「あの人はどうしようもない悪人で、ロクでなしで……それでも、私の理解者でした。そして私も──彼と同じ、ロクでなしでした」

「……ロクでなしは、言葉を喋るだけの化物を……人間扱いなんて、しないよ」

「──本物の化物は、赤い目をそんな優しい形にはできませんよ。

 私と違って、貴方にはやるべきことがあるのでしょう? なら、こんなところで終わってはいけません」

「千寿さん、でもオレ……」

「さぁ、行ってください。政府に補足される前に」

「千寿さん……!」

「何をしているんですかッ、早く!」

 

「いやオレ、ガストレアだから自力だとたぶんモノリス越えられねぇと思うのっ!!」

 

「あっ」

 

 どうやらそのことを完全に忘れていたらしい彼女は、今だけモデルユデダコのイニシエーターになっていた。

 

 ちなみにこの後、戻ってきた延珠ちゃんに『やっぱり逃げてなかったなこの阿呆!!』と言われ、出会い頭にドロップキックでまた海に落とされた。もう一回この説明をすることになって、ユデダコが二人に増えた。


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