赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
すみません、明るい話オンリーは、もう少し先です……
「おや、可愛らしいお客さまだね」
『あぁ、この娘は、ダメだな』
室戸菫は一目見た瞬間、彼女の心が限界に達していることを察した。
彼女は簡潔に名前だけの自己紹介をした後、これまた簡潔に用件を伝えた。
「私は兄に……神崎真守に、会いに来ました」
「そうかい、
真守と舞の接触を避けるよう、菫は政府から命令を受けている。しかし彼女は躊躇なく、命令を無視することにした。
(どうせ政府の連中は、この程度の身勝手をしたくらいじゃ私に手出しできんからな──それはそれとして
菫の頭脳を以ってすれば、彼女を此処へ連れてきたのが誰なのかはすぐに分かった。
「今電話で呼ぶから、適当な椅子に座って待っててくれ」
「?? はい」
(電話で、呼ぶ……?)
想像と違った対応に首を傾げつつも、舞は素直に椅子へ腰掛けた。
『──はい、もしもし』
「夏世ちゃん、急用だ。二人で急いで戻って来てくれないか」
『承知しました。すぐ戻ります』
(……あぁ、生きたガストレアと会うんだもんね。護衛の民警さんを呼ばなくちゃいけないから……)
「……お手数を、おかけします」
「なに、気にするな。子供の内はもっとワガママを言って、大人を困らせるくらいが丁度いいというものだ」
そう言うと菫は戸棚まで行き、コーヒーの準備を始めた。
「よければ待ってる間、コーヒーでも飲みながら話さないかね?」
「……話、ですか?」
「あぁ。ただの世間話さ。趣味の話とかね」
「……室戸先生は……休日、何を?」
「コーヒーを飲みながら、本を読んでいることが多いね」
──『あとエロゲー』という言葉は、流石に自重したらしい。
そして菫は、コーヒー豆の入った瓶を舞に手渡した。
「瓶を開けて、匂いを嗅いでみるといい」
言われた通り、彼女が瓶に鼻を近付けると──
(……何これ、凄い)
「気分が落ち着いただろう?」
「……はい」
「私は『食事』という行為があまり好きではないのだがね、そうと知りながら、私が難しい顔をしていると、コレをしつこく勧めてきた男がいたんだ……」
菫はロケットを撫でながら、どこか懐かしそうに呟いた。
「『コーヒーにはリラックス効果がある』だなんて、言われなくても知ってるのにね……だが実際やってみて驚いた。何せ、人生最悪の気分もマシになるくらいだったからね」
話の流れから、舞は彼女の悲劇を察した。
「ある日、私の大切な人が死んだ。将来、家族になろうと誓い合った相手だ」
「……心中、お察しします」
「あぁ、私もキミの気持ちが分かるよ。家族の死は、とても辛い」
「……えぇ」
「だがそれでも、我々は生きている。それは、まだやるべきことが残っているからじゃないのかい?」
舞は俯いて、暫く答えを返さなかった。
「…………先程室戸先生は、ワガママを言っていいと……大人を困らせていいと、仰いましたね」
「あぁ、言ったね」
「じゃあ言わせてもらいますが──綺麗事なんて聞きたくありません。もう話しかけないでください」
「ハッハッハ! それは困ったな」
菫は黙ってマグカップにコーヒーを注ぎ、スティックシュガーとコーヒーフレッシュそれぞれ三つと共に、舞の前に置いた。
「…………」
舞は数秒何か葛藤するような視線でカップを見つめた後、ブラックのコーヒーを口に運んだ。
「──ぇほっ、ケホッ!」
「コレは独り言だが、私はコーヒーの匂いは好きでも味はそうでもなくてね。砂糖二つにミルク二つを入れなければ、飲めたもんじゃない」
「…………独り言も言わないでください」
完全に口を封じられて肩をすくめる菫を尻目に、舞は砂糖とミルクを二つずつ使った。
再び口をつけると、今度はむせずに飲み込んでいた。菫がニヤニヤしながら手話で何かを言っている。
「……いや、全く分からないです」
『トン・ガリ・トン、トン・トン・トン、ガリ・トン・トン・トン──』
かろうじて、モールス信号だろうということだけは分かったが……舞が覚えているモールスはSOSだけだ。いや、それでも充分優秀なのだが。
「あの、モールスも分からないです……もう普通に喋ってください……」
「残念。まだ何種類もあったのに」
「ホントですか……?」
「本当だとも。シンプルに筆談もアリだし、多少面倒だが、メッセージ性の強いレコードを流したり……ね。世界は広いぞ」
「……室戸先生、世界を知るのは、楽しいですか? 私は、世界を知れば知るほど壊したくなります」
「あぁ、知れば知るほど胸糞悪いね。でも、それだけじゃない」
「でも、腐ってないのは極一部です。そして不可解なことに、いつも腐ってない部分から崩れ落ちていく」
「ふむ。じゃあ聞くが──キミは世界を滅ぼす力を与えられたら、この世を壊し尽くすかい?」
「……いいえ」
「ふむ、どうして?」
「本当にどうしようもないなら、どうせ勝手に滅びますから。それに……」
「それに?」
「両親と兄は、この世に絶望してはいませんでした。私も、まだ諦めたくないんです。
……なんて、カッコつけ過ぎですね。『世界を滅ぼす力』なんて、ただの仮定なのに」
(……ただの仮定なら、良かったんだがね)
彼女は真守にとって、双子の妹である。彼の細胞を、拒絶反応なく受け入れる可能性が高い。彼女は第二のテセウスと化し、
「ククク、いやはや。
「……人間だった頃の兄のことも、知ってるんですか?」
「おや? 何か勘違いしているらしいが──そろそろ時間だ」
「え? 勘違いって何の」
言い終わる前に、『コココッ』という三連続のノック音。緊急時だろうと馬鹿正直に礼儀を忘れない、どこかの誰かによく似た行動。
「さて、お邪魔虫はここで退散するとしよう」
「えっ、え?」
混乱の最中、ドアが開かれて。
「先生! 急ぎと聞きましたが、大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ問題ない」
「全く。だから心配性だと言っているんですよ──
「──ぇ?」
そこに居た彼の声は、彼女の父によく似ていて。かの兄が成長すれば、きっとこうなるというイメージのままで。
「……は? なんでここに」
その姿は、変わり果てていたけれど。面影もあって。
「おにい、ちゃん?」
「……舞」
「……!」
理屈なんてどうでもよかった。彼女にとって、重要な点はそこじゃない。
「ごめんっ、ごめん真守! 謝るから……! もう、私の前から消えないで……!」
「……オレこそごめん。すぐに帰れなくて、ごめん。誰に何と言われようが、お前を迎えに行くべきだった……!」
この瞬間、一つの細い世界線が生まれた。
それは本当に細い、小さな小さな分岐点。
その先はきっと──まるで別世界と感じるような、『修羅の道』
──室戸菫により√B:『バケモノの守護者』への分岐点が追加されました。