赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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 一月の平穏編は、閑話集として随時更新します。こちらは本編二巻(第二章)となります。


狙撃兵の見た景色
第十三話:『護衛』


 

「──延珠ちゃんたちの新しい学校、まだ見つからないの?」

「ああ……」

 

 木更の問いに、蓮太郎は肯定を返す。

 通学路に漂う新緑の匂いも、今は彼らの気分を晴らす材料になり得なかった。

 

(本当なら、延珠も今ここを歩いていたハズなのに……)

 

 彼らの親密さを見ると忘れがちだが、彼らはまだ()()()()()()()である。延珠はまだ、四季折々の登下校を知らない。

 

(虫を捕まえて歩くことも、紅葉を見ることも、雪を投げることも、一人でだってできるさ。だけど、それを友達と共有する楽しみは──)

 

「ちょっと里見くん、一人で抱え込まないでよ。社員である延珠ちゃんのことは、社長である私のことでもあるんだからね?」

「……そうだな」

「だから私考えたんだけど……この際、外周区の学校はどう?」

「あの壁も天井も無い青空教室にか? 授業のレベルも低過ぎるし、話にならねぇだろ」

「でも、一番重要なのは延珠ちゃんの『居心地』でしょ?」

 

 蓮太郎は立ち止まると、バツが悪そうに頭をガシガシと掻いた。

 

「……その方向も、考えておく」

「──うん、吹っ切れた顔になった。頭の中が延珠ちゃんで一杯なのね、里見くんは」

「おいおい勘弁してくれッ、木更さんまで俺をロリコン扱いするのかよ!?」

「違うの?」

「断じて違う!!」

 

 木更はクスクスと笑った後、少しだけ真剣な顔をして本題を切り出した。

 

「里見くん、何事にも先立つものは必要よね? たとえばそう、学費のための、高額依頼とか」

「……面倒くさいのは嫌だぞ」

「そこはどちらとも言えないわね。なにせ今回の依頼主は──」

 

 

 

 *

 

 

 

 電車に揺られながら、蓮太郎は『どうして俺が』という疑問を振り切れずにいた。

 向かう先は東京エリア第一区、聖居前。つまり依頼主は、聖天子である。

 蓮太郎は一月前、彼自身の叙勲(じょくん)式を滅茶苦茶にしている。聖天子からすれば、もう関わりたくない相手となっていてもおかしくはないのだが……

 

「どう思う? ()()

「うーん、別におかしな話じゃないと思いますが。裏があるなら、社長が先に警告を出しているのでは?」

 

 そう、この依頼には真守も呼ばれている。任務内容が『護衛』であることを考えると、影胤(序列134位)を相手に『勝負』が成立したこの二人を呼ぶこと自体は不思議じゃない。蓮太郎は、自分をそう納得させた。

 

「よーし、頑張るぞ……!」

(……まだ、依頼を受けるって決めたワケじゃねぇんだがなぁ)

 

 聖天子への謁見を前に、真守が珍しく年相応にはしゃいでいる様子を見て……『水を差すのも悪いか』と思ったこともあるらしい。

 そんなこんなで二人は聖居前で列車を降り、数分歩くと目的地が見えた。

 二人が守衛に名前と来意を告げると、記者会見室に通される。壇上(だんじょう)では、聖天子が演説練習をしていた。真守は純粋に演説内容へ耳を傾け、政治家となるべく英才教育を受けていた蓮太郎は、彼女の高度な技術の片鱗を感じ取り、聞き入った。

 

「──ごきげんよう里見さん、()()さん。時間通りですね」

 

 練習がひと段落つくと、聖天子は人払いをして壇上を降り、二人の元にやってきた。

 真守の名前については、戸籍等の問題で偽名を使っている。

 

「おう……その、この前は悪かったな」

「気にしていません」

 

 声色や表情からは、本当に気にしていないことが分かる。『見た目だけじゃなく性格までいいのか』と、蓮太郎は内心舌を巻いた。

 

「それはありがたいけど、よ……それを差し引いてもやっぱり解らねぇ。民警を……それも俺と真守(コイツ)をアンタの近くに置くなんて、菊之丞(ジジイ)が許すとは思えない」

 

 天童菊之丞は、呪われた子供たちを追い込むためなら自らが統治したエリアの大絶滅すら『良し』とした、筋金入りの差別主義者だ。イニシエーターを連れている民警は、それだけで彼にとって憎悪の対象となる。中でも『ステージ識別不能ガストレア』たる真守と、個人的な因縁のある蓮太郎は、尚更だ。

 

「今、東京エリアに菊之丞さんは居ませんよ。なので私の独断です」

「……そういえば、中国だかロシアだかに訪問してるんだったか。帰ってきた後が怖えな」

「お二人に迷惑はかけませんのでご安心ください」

「いや、そういう問題じゃなくてよ……というかそもそも、アンタにゃ専属の護衛がいるだろ」

「えぇ。ですので、詳しい説明は彼らと一緒に受けて頂きます」

 

 聖天子が手招きすると、一糸乱れぬ軍靴(ぐんか)の音と共に、六人の男が彼女の元へ参上し、整列した。彼らが専属護衛──聖天子付護衛官である。

 

「──挨拶を」

「はい。護衛隊長を務めております、保脇(やすわき)卓人(たくと)です。天童民間警備会社のお噂はかねがね。任務中、もしもの時はよろしくお願いしますよ、お二方」

「「…………」」

 

 蓮太郎は視線から、真守は臭いから、保脇の敵意を感じ取った。*1

 

「……えぇ、命に替えてもお守りします」

「フフ、それは頼もしい」

 

 言葉とは裏腹に、敵意が増した。

 聖天子はそれに気付かず話を進め──

 

「説明は以上となります。依頼を受けて頂ける場合、こちらの書類に必要事項を記入して、私にご連絡ください」

 

 それだけ伝えると、彼女は『予定が押していますので、失礼します』と言って立ち去った。護衛官達も、その後に続く。

 

「──あっ、あー……真守、来た道覚えてるか?」

「げぇ、蓮太郎さんも覚えてない感じです……?」

 

 それでも二人は『迷路じゃないんだし、適当に歩けば出れるだろ』と判断して会議室を出るが……聖居は無駄に複雑な構造となっているらしく、完全なる迷子と化した。

 見覚えのないレッドカーペットが広がる廊下へ出た頃には、出口よりも道案内をしてくれる人を探す段階に移っていたが──突如、二人は背後から腕を捻られた。

 

「喚くな」

 

 蓮太郎の耳元で押し殺した声が囁かれ、下手人が近くの男子トイレに彼を押し込もうとしたその時だった。

 

「──テメェがな」

 

 二連続の重低音とくぐもった悲鳴が響き、蓮太郎の腕が解放される。

 ……関節技というのは、一定以上の筋力差があると意味を成さない。只人が生身一つで真守を拘束するなぞ、トイレットペーパーでゴリラを捕獲しようとするようなものだ。

 

「さっき見た顔? 聖天子付護衛官の人じゃないですか」

 

「──両手を上げろ」

 

 殴って気絶させた襲撃犯の正体を看破するや否や、『カチリ』という銃の撃鉄を起こす音。

 二人がゆっくり振り返ると、保脇と三人の部下が拳銃を抜いていた。

 

「一度だけ言う──依頼を断れ。さもないと撃つ」

 

(……消音器(サイレンサー)ついてるし、全員躊躇してない。実際呼吸音が落ち着いてるし、わざわざオレと蓮太郎さんが人目につきにくいトイレの近くに移動するまで待ってから行動したこともあるし……()()()()よなぁ……)

 

 コレは本当に撃ってくるかもしれない……と、真守は呆れるしかなかった。

 

「ライフリングってご存知です? 撃ってもいいですけど、すぐにバレますよ」

「心配するな、英雄の腰巾着。幾らでも誤魔化しようはある」

「あ〜、そうですかそうですか。じゃあ面倒なんで撃ってください」

「……正気か貴様?」

「え? もしかして撃てないんですかぁ? やーいやーい! 口だけ! 弱味噌! アホ眼鏡〜!」

 

 罵倒は得てして、難しい言葉でこねくり回すより、単純な内容で一方的に騒がれる方が耐え難いものである。(単純に真守の場合、罵倒の仕方が年相応なだけだが)

 煽り耐性/ZEROなスーパーエリート(笑)の保脇は、『分からせてやる』と言わんばかりに肩口を狙って引き金を引き──

 

「はいコレ、見えますか? 今アナタが撃った銃弾です」

「なっ、なぁ……!?」

「こんなのも防げない雑魚が、聖天子様に呼ばれるとでも? 蓮太郎さんはもっと凄いですよ」

 

 真守の場合、強化された五感と身体強度に加え、一瞬だけ発電魚の因子を発現して磁力で弾を手に引き寄せるというタネありきの手品だが、蓮太郎の場合は純粋な思考加速のみで同じことができる。(無論、義腕の強度ありきではあるが)

 そこで『力技は無謀』と悟った保脇は、方針を変えることにした。

 

「──いやはや素晴らしい! 噂は通常誇張されて広まるものですが、天童民間警備会社は噂以上ですね!」

「……はい?」

「一連の無礼を、どうかお許しください。これは、私の独断によるテストだったのです」

 

 曰く、『不意打ちに対応できるかどうか』『数の不利がある状況でも、戦えるのか』『脅しに屈したりはしないか』を確かめたかっただけで、悪意は無かったと。『部下は自分の命令に従っただけ』だというらしい。

 

(……いやいや。フィクションじゃねぇんだぞ? 白々しいにも程が──)

「そ、そうだったんですか。知らなかったとはいえ、色々すみません……」

(おい嘘だろ、信じやがった……)

 

 真守くんは、純粋だった。

 

「いえ、当然の反応ですよ」

「そう仰って頂けるのならありがたいです」

「そういえば、道に迷っていたのでしょう? 案内しますね」

「あっ、ご親切にどうも」

(……まぁ、出れるならいいか)

 

 保脇の先導で聖居を出る時には、蓮太郎は依頼を受けると決めていた。彼としても、ガストレア新法が潰れては困る。保脇では、到底菊之丞不在の穴を埋められるとは思えなかった。

 

 ──身内の癌が暗躍する護衛任務編、開幕。

*1
某炭売りの鬼狩りほどではないが、現実の犬も臭いである程度感情を把握できるという。

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