赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第十六話:迫り来る悪意

 

「──今日も会いに行くのかい? 真守くん」

「はい」

 

 地下室を出る扉を開ける直前、室戸先生に声をかけられた。

 

「……キミのことだ、待ち合わせの時間に余裕は持たせているんだろう? 少し、話をしようか」

 

 外周区でティナと会った日から、今日でちょうど一週間。あれから毎日のように、彼女と会っていたから……そろそろ何か言われるだろうなとは、思っていたが。

 

「いいかい、真守くん。多くの呪われた子供たちにとって、キミは()()だ」

 

 ……言いたいことは分かる。『依存させてしまうぞ』という警告だ。

 

「使い方を間違えなければいい話です」

「ペーパーテストと違って、優しさの分量に正解はない。仮に今回上手くいっても、いつか必ず間違えるぞ」

「そんなもの、今できることをやらない理由にはなりません」

「……キミを育て上げたご両親を見てみたいよ、全く」

 

 オレも、できることなら……先生に両親を紹介したかった。

 

「もう、行っていいぞ」

「はい、行ってきます」

 

 元々、覚悟はしていた。その上で、先生の警告を受けて……気を引き締め直したつもりだった。

 ……あぁ、そうだ。()()()だったのだ。

 傲慢にも、オレは──()()()()()()()()()()のことを、何も考えていなかった……

 

 

 

 *

 

 

 

「……、…………」

 

 昼下がりの国定公園には眩い陽光が降り注ぎ、小さな人工滝と風に揺れる植木が、爽やかな空気を生み出していた。

 そんな園内のベンチに、新書を読み耽る少女が一人。タイトルを見るに、『伝える力』を養う教育本らしいが。それよりも目を引くのは──日輪の下で輝く、金糸の髪。

 

「お待たせ、ティナ。何読んでるの?」

「──あっ、真守さん!」

 

 背後からの声に、少女は喜色を(あらわ)にして振り返った。それからいそいそと栞を取り出し、閉じた本の表紙を見せる。

 

「……教え方の本?」

「はい。……私将来、護身術を教える先生になろうと思うんです」

「おぉ、良いじゃん!」

 

 彼女は、エイン・ランドから逃げられない。だがもし、前線を退くことができたなら……その時彼女は、目の前の同胞が『生き抜くための技術』を与える教官となるだろう。

 

(それが、間接的に人を殺すのだとしても……私は、私にできる範囲で人を守りたい。胸を張って、貴方と顔を合わせられる人間になりたい)

 

 彼女がこうして悲壮な決意を固めているとは(つゆ)知らず、真守はティナの隣に回って──

 

「えっ」

「……どこか、変でしょうか?」

 

 緑を基調とした、ワンピースタイプのドレス。後ろから見た時は、ベンチの背もたれに隠れて見えなかったが……隣から見ると、背中や胸元が大きく露出していてとても扇状的な装いであることが分かる。また、不安と期待の入り混じったような表情で小首を傾げ、頬を染めている様子は、とても──

 

「──綺麗、だよ。全然、変じゃない……」

「〜〜っ、嬉しいです。気合いを入れて着飾ってみた甲斐がありました」

 

(うん、変ではない。凄く綺麗。可愛い。

 だけどさ────エッッ!?!? 何それ、嫁入り前に見せちゃっていいヤツなの!?!?)

 

 真守くんは、健全な肉体に健全な精神を宿しているタイプの男の子である。そして彼は、決して鈍感ではない。

 

「──あっ、あんなとこにタコ焼き屋の屋台が! たしかタコって日本以外じゃ珍しい食べ物だったよね!?」

「……? そうですね。アメリカではあまり見かけな──」

「よし、買ってくる!!」

「??」

 

 いたたまれず、彼は動揺を隠せないまま足速に撤退した。

 

(すみません室戸先生……! オレ、既にやらかしてたかもしれません……!!)

 

 彼の耳に『即落ち2コマか、キミは』という幻声が届いた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……どこも、おかしくないですよね」

 

 彼がタコ焼きを買いに行っている間に、手鏡を使って自力で確かめられるところは確かめた。自分の美的感覚がそもそもおかしい、という線もない筈だ。……判断材料が色仕掛け(honey trap)の授業内容、というのは気にしないことにする。

 

 ──ということは、つまり。

 

「……照れてくれた、ということでしょうか」

 

 だとしたら、嬉しいのだけれど。

 

「……()()()()

 

 仮に何かの奇跡が起こって、彼が私を異性として見てくれるようになったとして……私と彼が、結ばれることはない。彼を裏の世界に巻き込みたくはないし、私が任務を投げ出しても……追手が来て、二人纏めて殺される。

 だから私は一人でアメリカに帰って、彼は日本で恋人を作って──

 

「本当に私、()()()ですね……」

 

 そんなことを考えると、胸が痛い。何もかも告白して、楽になってしまいたい。

 でもダメだ。彼の幸せを考えるなら、これ以上深く私と関わるようなことは避けなければ。

 

「買ってきたよ〜!」

「──あっ、ありがとうございま──」

 

 彼が戻ってきて、声が聞こえた次の瞬間。無機質な着信音が響いた。

 ……マスターからの、通信だ。

 

「……ごめんなさい。今日は、ダメみたいです」

「……プロモーターさん?」

「はい」

 

 私に保護者がいないと知っている彼は、私の収入についても気にしてくれた。だから、当たり障りのない範囲で仕事やマスターのことも話している。

 

「では、()()()()()

「──っ、()()()()()()。そんで次、タコ焼きを食おう」

「……楽しみにしています」

 

 一礼をして、今度は私が足速に去る。

 充分に距離を取り、マスターへ折り返しの電話をかける。

 

『遅いぞ』

「すみませんマスター、どうしても電話を取れない状況にありました」

『意識を、会話ができるまで覚醒させよ』

 

 ──既に、会話可能な状態へ調整済みですが。アナタのためにやったワケじゃありませんがね。

 

 ……流石にそんなことは言えないので、いつもの錠剤をいくつか口に放り込み、音が出るよう噛み砕く。

 

「それで?」

『次の警護計画書が流れてきた』

「……マスターを疑うワケではありませんが、確かな情報筋でしょうか?」

 

 国家元首の近衛が、二度も同じ失敗をする無能とは思えない。

 

『勿論だとも。聖居の職員に、目の前でガストレアに子供を食われた者がいてな……非常に協力的で助かっている』

 

 …………なるほど、納得だ。

 

『その職員から、例の『鎧』が籍を置いている会社の情報も届いている』

「……! 拝聴します」

 

 今回の仕事における最難関を攻略するための情報だ。聞き逃してはならない。

 

『天童民間警備会社。どうやったのかは知らんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()会社らしい』

「……、…………。それが本当だとすると……」

『案ずるな、流石にそんなバケモノを倒せとは言わん』

「『鎧』は無視して構わない、と?」

『ああ。お前が望むのであれば、アイリーンかルイーズ辺りを増援に送って直接叩くのでもいいが……』

「遠慮しておきます」

 

 そこでリタの名前が出ない時点で、本気ではないのだろうが……誰が送られて来ても、無用な屍が増えるだけだ。

 

『ククッ、だろうな。まぁ要は、奴が依頼を降りたくなる状況を作ってやればいい』

「……具体的には、どうすれば」

『次の会合まで、まだ日数があるからな。奴が依頼を降りるまで──』

 

 

会社の人間を毎日一人殺せ

 

 

「……分かりました」

 

 通話を切り、直後に唾を吐いた。気分が悪い。

 

「……『鎧』さんが、一日でも早く折れてくれることを祈りましょう」

 

 まず最初は社長──天童木更からだ。

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