赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
朝が嫌いだった。日に日に
夜も嫌いだった。仕事の時間になると、人を殺さなきゃいけないから、嫌いだった。
でも本当は、どちらも嫌いではなかったのだ。
美しい夕陽を眺め、感嘆の息を吐く。空模様をマトモに楽しめたのは、いつ以来だったか。
私は元々比較的夜型の人間だったから、夜が好きだった。昔はよく、星空を眺めていたことを覚えている。
その頃の朝は、目覚めると母がピザを焼いてくれていて。父と共に、匂いに釣られて起きていた記憶がある。
──
「──、フ──」
深呼吸を一つ。力を解放。
そして
「……お願いですから、来ないでください
マスターからの通信後、自力で『天童民間警備会社』と『英雄』について調べてみた結果──会社情報から分かったのは所属ペア二組の超少数精鋭であることと、社長の名前のみ。だが同時に検索候補として浮上した『東京エリアの英雄』の名前は、私の心をグチャグチャに掻き乱した。
『彼』に電話をかける時、いつも目に入る名前──『里見蓮太郎』
あの日彼と一緒に居た青年こそが、『鎧』の中身と目される『英雄』だった。同姓同名という線は、希望的観測に過ぎる。
もし、蓮太郎さんに私の正体がバレたら。
私の正体が、『彼』に伝わるようなことになったら。
「嫌……! それだけはっ、それだけは……!」
仮定するだけで、悪寒と震えが止まらなくなる。その先どうすればいいのか、ちっとも思考が進んでくれないのだ。だから、絶対にバレないようやるしかない。
「ハ──、フ──」
もう一度落ち着くまで深呼吸を繰り返し、覚悟を決める。
ビルはメンテナンス費削減のためかエレベーターが設置されておらず、地道に階段で上るしかないらしい。
一階は対面式のバーだった。店名はドイツ語で『立ち入り禁止区域』を意味する『シュペールゲビート』
二階はフランス語で『私の愛しい人』を意味する『マ・シェリ』という店だったが……どう見ても、風俗である。これだけで人避けになりそうなものだが……会社は本当にこの場所で良かったのだろうか。
……まぁ、気にしても仕方ない。何故だか他人事ではない気がして止まないが、気にしない。
──次が三階。敵地、『天童民間警備会社』だ。
一階と二階は営業時間外だったので、あまり下を気にしなくていいのは助かる話。
扉を開けると、黒髪の女性が肩を怒らせながら書き物をしていた。
「あなたが、天童木更ですね?」
「え? そうだけど──ッ!?」
肯定を確認するや否や、室内を蜂の巣にする。
天童木更は、私が武器を持っていることを視認した瞬間身を伏せ、机を盾にしたが……ガトリングの前では紙切れ同然。むしろ破壊されて飛び散った破片が二次被害を生み出す分、紙切れの方がマシまである。
「……
十字を切って、彼女の冥福を祈る。
そして私が踵を返そうとした、その時──強烈な殺気。反射で斜めに飛び退くと、背後で轟音。横目で見ると、壁が大きく断裂していた。
ギョッとして社内に視線を向け直すと、刀を持った修羅の姿があった。
「……私いま、機嫌が悪いの。子供だからって、手加減してあげないんだから」
「──上等です……!」
射程距離のある斬撃には驚かされたが、それでも所詮は人間。格の違いを見せてやろう。
銃は『構える』『狙う』『撃つ』の三工程で行う、
まず『狙い』を完了させないよう、走り出す。そしてすぐに、壁際へ到達する。
(悪手ね。移動先が潰れれば、こっちのもの──)
──とでも、思っていたのだろうか。
三角跳びの要領で、私は天井へ向かうと同時にガトリングを乱射。狙いを付けていないので当然命中はしないが、特殊な歩法と組み合わせれば……!
「え、ちょっ──ウソでしょ!?」
防御は不可能。文字通りの『銃弾の雨』から、天童木更は逃げるしかない。だがそれも、いつまで持つか見もの──と、慢心していたのがいけなかった。
腕に衝撃。患部を見ると、注射針。
新手の存在を悟ると同時、イニシエーター相手に麻酔銃なんてものを使った愚かさを嗤ってやろうと思ったが……すぐにそんな余裕はなくなった。突如、私の『力』が
ガトリングの制御が効かなくなり、手元から離れてロスト。私は重力に従って、床へ叩きつけられた。受け身は取ったが、無傷とはいかない。絶体絶命の窮地。
(──AGV試験薬V2。イニシエーターの体内浸食率を下げる浄化薬の研究途中で生まれた、
……しかし、勝ち誇った表情で向かってくる新手は……なんだか無性に、気に食わない。
────ハイブリットを舐めるな。
私には、まだ機械化兵士としての力が残っている。
念力──『Brain-machine Interface』を使って、シェンフィールドを操作。無防備に向かってくる敵イニシエーターの眼前で自爆させる。爆風が彼女を壁に叩きつけ、金属片が肌を裂いた。
「カッ、は……!?」
「ぐ、うぅ……」
バラニウムを使っていない以上、死にはしないだろうが……少なくとも今日中は戦闘不能だろう。まさかシェンフィールドの予備を使わされるとは思わなかったが……これで天童木更の方も、度重なる攻撃の余波もあって充分なダメージ。後はトドメを刺すだけだ。
「力は……まだ戻りませんか……」
まぁ、それでもやりようはある。重い身体に鞭を打って、天童木更の前に立つ。
「痛み無く、というワケにはいかなくなってしまいましたね。無駄な抵抗をした、己自身を恨んでください」
「……優しいのね。あなた──人を殺すのが、怖いんでしょ」
「──ッ」
カッとなって、力の限り首を絞める。
「誰が……! 誰が好き好んで、人殺しなんてするんですかッ!?」
「ぁ、ぐ……!」
「怖いに決まってるじゃないですか……! 態々分かり切っていることを言うなら、助けてくださいよ……!」
私達を憐れむようなことを言う奴は、皆結局命乞いが目的だった。甘い言葉に騙されて、何人殺されたと思っている。
──口だけじゃなかったのは、たった一人。
「結局、何もできないくせに……!」
誰も私を救えない。『彼』ですら。
だって皆、私より弱いから。
「来てください、相棒……!」
「たすけて、里見くん……ッ、嫌ぁぁ」
呼び声に応えたかのようなタイミングで、ガラスの割れる音。怒りに震える雄叫びを上げ、鎧の男が向かってくる。
……あぁ、この人には助けてくれる
ポケットから催涙手榴弾を取り出して放り、先程落としたガトリングを回収する。
「ア゛ァァァ──ぁ?」
鎧越しの叫び声は、以前一度だけ聞いたあの声とは……随分印象が違っていて。何故か、耳に残った。
──もう力は、ある程度戻っていた。
ガトリングの重さも借りて、床を破壊して逃走する。まさか、あの二人を置いて追っては来るまい。
「……次は殺しますから」
順番を間違えたのだ。無視して別の社員を殺そうにも、結局彼が立ち塞がるというのなら──いいだろう。我が必勝の『処刑台』に招待するまで。
『止めろ』『止めろ』と誤作動を起こしている勘に蓋をして、私は撤退した。
──この警鐘を無視したことを、私はずっと後悔している。