赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
規則的な機械音が、病室の静寂を埋めていた。
「……何やってんだよ、木更さん」
蓮太郎と木更は、襲撃が来ると分かっていた。
……正確には夏世と菫が事前に想定し、心構えをさせていた。故に日常生活においても、常に二人以上で行動するよう徹底していた筈なのだ。
にも関わらず、木更が部屋に一人だったのは……蓮太郎との喧嘩が原因である。当初夏世と行動していた彼女は、『蓮太郎と二人で話したい』と言って、夏世に席を外してもらっていた。その結果がコレだ。
……まぁ蓮太郎が呆れているのは、彼女が今ここにいる理由が
「事務所が襲撃されたって連絡のすぐ後に、アンタが病院に搬送されたって聞いたから、急いで来てみりゃ……心配させやがって」
「……悪かったわね」
『ぷいっ』という効果音が付きそうな膨れっ面で、木更は
彼女が搬送された理由は、戦闘による負傷ではない。腎臓の機能が停止している木更は、定期的に血液の透析治療を行わなければならないのだが……彼女はそれをサボっていたのである。
「……でも今は私のことより、真守くんの方を心配してあげて」
「……そうは言ってもよ、どう声をかければいいってんだ──」
襲撃犯が知り合いだった時の慰め方なんて、俺は知らねえぞ
*
──ティナだった。
木更さんの首を絞めていたあのイニシエーターは、間違いなくティナだった。タオルで顔を一部隠していたが、知り合いなら一発で分かる。事務所に帽子が落ちていたから、本来それと合わせて目元以外を隠していたのだろうが……
「……ティナの匂いだ」
結果的に、正体を隠すための帽子が『見間違い』という線も潰してしまっている。確実に、あの娘が犯人だ。
「〜〜っ、どうすりゃいいんだよ……!」
司馬重工の未織さん曰く、聖天子様を撃った狙撃手の技量は『実在を疑うレベル』らしい。
だが、オレは知っている。あの娘の因子──フクロウの眼なら、夜という不利はほぼ無効。動体視力も、申し分ない。
「敵が何人いるのか分かんねぇけど、ティナは多分……」
あの狙撃手と、同一人物だろう。
だとすると、生きて拘束したとして……死刑を免れることは、できるのか?
「駄目だ……! オレにはできねぇ……!」
──なら、護衛を降りるか?
「それも駄目だ……! それは、絶対に……!」
あの狙撃は、蓮太郎さんと延珠ちゃんの二人レベルでもギリギリだ。聖天子様だけじゃなく、二人共殺されたっておかしくない。
……なら、取るべき行動は一つじゃないか。
「……覚悟を決めろ、オレ」
*
──深夜。
「こんな時間に、珍しいですね──真守さん」
『……うん。大事な話があってさ。ティナがしっかり起きてる時に、話しておきたくて』
「……なんでしょう?」
『ねぇティナ──オレの養子にならない?』
「…………え?」
彼の口から発されたのは、全く予想していた言葉ではなかった。
……しかしまだ、安心できない。
「経済面なら大丈夫ですよ。私これでも、高給取りなので」
『……仕事なんて辞めちゃってさ。まだ子供なんだし、命懸けてまで働かなくてもいいでしょ』
「そうはいきません。私が辞めたら、相棒が困ったことになるので」
そうしたら彼はきっと──貴方のことも殺すだろう。
『……困らせておけばいいじゃん。大人なんだから、子供に頼らず自力でなんとかしやがれって話だよ』
「ハハッ。それ、プロモーター全般に当て嵌まっちゃいますよ?」
『──ティナ!!』
初めて、彼が怒鳴る声を聞いた。
『……ごめん、怒鳴っちゃって……でも、お願い。真面目な話なんだ……茶化さず答えてほしい。ティナは……今の仕事、楽しいの?』
「……楽しくはありませんよ」
『──だったらッ!』
「
『どうして……!』
彼の焦りように、私は……『最悪の想定』が当たってしまったことを悟る。
「『どうして』ですか。こちらの台詞ですが──いいでしょう。言い当ててあげます。アナタが急にこんなことを言い出した、そのワケを」
残念なことに、今は夜。人々は眠り、私は夢から覚める時間。
「──
『……!』
彼は息を呑み、絶句する。沈黙は肯定であり、私はその肯定を嗤った。
「恐怖で言葉も出ませんか? フフッ、言ってましたもんねぇ。『快楽殺人鬼じゃないなら恐がらない』って──逆に言うと、快楽殺人鬼は恐いってことですもんねぇ?」
『違っ、そういうことじゃ……!』
「いいんですよもう、取り繕わないで──アナタの作戦はこうです。私の正体に気付いていないフリをしながら、私を電話で
『ちっ、違う! 誤解だ!!』
あぁ、知っている。貴方は優しいから……こんな私を、本気で助けようとしてくれたのだ。
「──ウソツキ。でも恥じることじゃありません。私もアナタに嘘を吐きました」
『話を聞いてくれティナッ、オレは本当に……!』
「私ホントは殺すのダイスキですし、アナタみたいな兄貴ヅラした偽善者がダイキライなんです。だからもう、殺したくて仕方なかった」
『────』
嘘です。今言ったこと、全部嘘です。
そう言ってしまえたら、どれだけ楽になれるか。
「次に会ったら殺します。命が惜しければ、もう私に関わらないでください」
それだけ一方的に言い捨て、電話を切った。そしてすぐさま、彼の番号を『着信拒否』に設定する。
────これでいい。これで。
「ぅ、あぁああ……! あ゛ァあああ……!」
バレた原因は分かっている。アパートに帰ってすぐ、紛失したことに気付いたあの帽子──部屋中探し回ったが、元から狭い上に物も少ないからすぐに分かった。私はアレを、戦闘中に落としたのだ。そして『鎧』に、素顔を見られた。
「忘れててくださいよ……! なんで覚えてるんですか……!?」
たった一度会っただけの相手。しかも顔の下半分は隠れていて、粉塵で視界も悪かったろうに。お門違いの怒りと分かっていても、文句を言わずにはいられない。
「──ころしてやる」
そうだ、ころしてしまえばいい。私を苦しめた分、苦しめて殺せばいい。
「殺してやる……!」
元よりその予定だったが、俄然やる気が湧いてきた。かつてない程のモチベーション。
──耳元で、再び『止めろ』という警鐘。
「うるさいですね……」
幽鬼のような足取りで、印刷した第二回会談の護送ルートを取り出しに向かう。アイデアは全て書き込まなければ。確実に、逃がさないように、奴の命を刈り取るために。
──人生最大の絶望は、もうすぐそこに。
曇らせタグが、アップを始めたようです。