赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
──第二回会談当日、護送車内にて。
車が発進してすぐ、聖天子は蓮太郎と真守に頭を下げた。
「おい、どうしたんだよ急に」
「……先日、天童民間警備会社が襲撃を受けたとの情報を耳にしました。……私の責任です」
「その件で誰かが死んだってワケでもねぇんだ。アンタが気にする事なんてなにもねぇよ。まぁビルは穴だらけにされちまったけど、そこは保険も降りそうだしな」
「しかし、天童社長が病院に搬送されたと……」
「あぁ、それは全く無関係の別件だからマジで気にすんな。怪我の重さで言ったら、社長より夏世の方が酷かったって話だぜ?」
「そうなのですか?」
聖天子はつい先程『リベンジです!!』と息巻きながら車に乗り込む彼女の姿を確認している。イニシエーターの回復力は人間と比較にならないので、実際どの程度の怪我だったのかは分からないが……ひとまず胸を撫で下ろした。
尚、微妙に様子がおかしい夏世については、延珠が『やけにやる気だな』と聞いたところ──『
聖天子は真守の方を一瞥すると、意を決して口火を切った。
「真守さん。何か悩み事があるのでしたら、是非仰ってください」
「……いえ、大丈夫です」
「立場は違えど、お互い何をするにも足枷がつく身です。言葉一つでさえ、私達は自由とは言い難い。ですがこの場には、たった四人の身内だけ。実家だと思って、話してみるだけでも……楽になるかもしれませんよ?」
「…………」
長い沈黙。真守は何度も『言うべきか』『言わざるべきか』と葛藤し、口を開閉させる。
そして──彼は、言うことにした。
「聖天子様、貴女は……自分を殺そうとした相手を、許せますか?」
『ふむ』と、彼女は一呼吸置いて。それから……
「許しましょう。貴方がそれを望むなら」
『……!』
その場に居た全員が、驚愕に目を見開いた。この場でそれを言うことの意味を、理解していたから。
「狙撃手を助けたいのですね? お知り合いですか?」
「なっ、な……!?」
「何故も何も、分かりますよ。
「──神様だ。蓮太郎さん見て、神様がいる」
「落ち着け。ソレは人間だ」
「ふふっ。現人神の如き力を持つ貴方が、それを言いますか?」
「……アラビト神?」
「この世に人の姿を借りて現れた神のことです」
「……オレはそんな、大それた奴じゃないです。今回も、たった一人を説得することすらできなかった。オレはまだ、あの頃と──クラスメイト一人を前に啖呵を切れなかった、無力なクソガキの時と……何も変わってない」
「えぇ、貴方はただの人間です。私と同じ人間です。未熟者同士、一緒に成長しましょう」
「……はい」
真守はこの時、彼女を一生守り抜くと誓ったという。
──それからしばらくして、聖天子たちを乗せた
(……無事で何より)
先に着いていたリムジンが無事であることを視認し、蓮太郎は安堵の息を吐く。運転手の護衛に延珠と夏世は付けていたが、何もなかったのならそれでいい。
蓮太郎はスライドドアを引くと、聖天子の方に手を伸ばす。
「さ、お姫様。行くぜ」
聖天子は恥ずかしそうに俯くと、黙って蓮太郎が差し出した手を取った。
今回の会談は前回と違い、料亭で行われることとなっていた。敷地面積は広く、外塀がかなり高い場所だ。中に入ってさえしまえば狙撃は難しい。
──故に、蓮太郎は顔を
「……里見くん、これはどういうことかな?」
「……保脇」
「何故聖天子様をこのような車に?」
「リムジンじゃ危険だと判断した」
「では私に報告が通っていない理由は?」
「ギリギリで思い付いたことだったからな。悪かったとは思ってる」
──嘘である。
蓮太郎は、彼を信用していない。依頼前の一件で見せたあの姿が、どうにも彼の本性に思えてならないのだ。だから蓮太郎は、敢えて彼に報告しなかった。
「ただアンタだって、前回の護送計画を一部俺らに送んなかったろ。コレでチャラにしてくれ」
「…………分かった。これで手打ちにしよう」
そして話が決着し、蓮太郎が再び足を踏み出さんとしたその時だった。
視界の端に映る巨大ビル屋上で、光の明滅──
「ハアアアアァァァッ!」
真っ先に反応したのは延珠。
「相棒! 場所は──」
「大丈夫、オレも見えてた!」
「なら行ってください! こっちはお任せを!」
「ありがとう、任せた!!」
そして彼は、人目を避けるべく近くの地下駐車場へ入り込み──力を解放。全身を黒い甲殻が包み、少年を戦士へと変化させる。
(──また光った!)
聖天子に死んで欲しくない。蓮太郎、延珠、夏世に傷付いて欲しくない。それを為すのがティナであることに、彼は耐えられない。
「──ティィナァァァ!!!」
ビルからビルへ飛び移り、彼は遂に敵地へ到達する。そしてすぐに狙撃銃を発見し、移動の勢いそのままに蹴り砕いた。
──直後、前方ビルから
(……スポッターとフランカーか)
大抵、狙撃手には一人か二人護衛が付いているものである。真守は特に驚くことなく二つの弾丸を弾き飛ばし、
「────は?」
まず大前提として、自然界に対戦車弾を弾ける生物はいないし、銃弾の軌道を捻じ曲げるような磁力を発生させる生物もいない。
彼がそれらをやってのけるには、ガストレアウイルスの『特性強化機能』を『拳一点』に集中させる必要がある。
そして磁力の要である発電魚は、
つまり彼は──死角からの狙撃には無力なのだ。
首と、胸と、右膝。真守の身体には、鎧を貫通した三つの大穴が空いていた。
「──ッッテェなぁ、オイ……!」
それでも尚、彼は立っていた。只人だった頃から持ち合わせていた異常な精神力と、異形の耐久力が、彼に戦闘続行を可能とさせた。
(こちとら一度は身体半分千切れて無くなっとんじゃい! この程度で倒れるオレじゃ──)
再び、五ヶ所から
(──あっ、流石に無理)
痛みの許容限界を一口に含む米粒の数ほど乱雑に叩き込まれ、真守は意識を手放す他なかった。
*
「しぶとい奴でしたね」
泥酔した酔っ払いのように、制御に失敗した糸繰り人形のように、無数の鉛弾で不恰好なダンスを披露してくれた『鎧』は──遂に彼自身が作った血の海に沈んだ。
やはり、私の『処刑場』は最強だ。誰も私に勝利できない。
「……首でも取っておきましょうか」
今回の一発目は、赤髪のイニシエーターに防がれた。二発目以降も、事務所で戦ったあのイニシエーターと、腕利きのプロモーターに邪魔された。しかしどの相手も、『鎧』ほど化物染みた動きはなかったから……彼の首を見て、戦意喪失してくれれば楽になるのだが。
──だからそう、これは天罰なのだろう。
「……鎧が、ない?」
『処刑場』のビルまで辿り着き、違和感に気付いて。
「────ぇ?」
仰向けに倒れた『彼』の顔を見て、呼吸が止まった。見間違いだと信じて、バカみたいに
フラフラしながら近くに寄って、見間違いじゃないんだと確信して、『彼』に覆い被さるような形でくずおれる。
「あぁ、あぁあああ……!」
飛び散った内臓、砕けた骨片、多量の出血。暗殺者としての経験が、どれ一つ取っても『致命傷』だと太鼓判を押している。
あまりの衝撃に、視界がグルグルと回転するような──
「──貴ッッ様ァァァ!!!」
……あぁ、違う。コレは……実際に転がっているのか、私が……蹴り飛ばされたんだ。
「ウッ──ェほっ、ゲホっ……! ぅ、うぅ……!! こんな、こんな酷い傷……妾でも、治るかどうか……ッ!」
……赤髪の、イニシエーター。『彼』の仲間が、吐き気を堪えて口元を押さえ、震えながら慟哭する。
あぁそうだ。
だからそう、これは天罰。
この惨状が『悲惨』なのだと思い出させるための生贄に、世界は私の最愛を蹂躙した。
「──Kill me……」
「……ぁ?」
「殺して、ください……」
もう、充分思い出せた。もう、充分苦しんだ。きっと来世も、今生で悪行を積んだ分酷い死に方をするだろう。だからもう、終わらせてくれたっていいだろう。
「私、こんなつもりじゃなかった……『鎧』の中身が『彼』だと知ってたら、こんな……」
「…………あぁ、そういうことか」
彼女が何に納得したかは知らないが、どうでもいい。何もかも。
「──甘ったれるな」
彼女はズンズンと私に近付くと、胸ぐらを掴み上げて頬を張った。
「死ぬくらいなら、暗殺稼業なんて辞めて罪を償え」
「……私は、これ以外の生き方を知りません」
「『甘ったれるな』と、そう言ったッ! お主はこの先、自分のしたことを後悔しながら生きるのだ! それが贖罪にもなるだろう」
「……厳しいですね」
「フン、何度同じことを言わせる気だ?」
彼女は私から手を離すと、『彼』の遺体を抱きかかえた。
「……今私を殺さないと、後悔しますよ」
「そんなに死にたいなら──お主が『罪を償い切った』と思えるようになった時、天童民間警備会社を訪れろ。妾が此奴に──真守に会わせてやる」
「……あぁ、それなら……頑張らないとですね」
「分かったならいい」
そう言って、彼女は引き返していった。
「……ごめんなさい」
あぁ、彼女の言った通りだ。私は罪を償う義務がある。
だけど──
「それでも聖天子は、殺します」
私にはやっぱり、殺すしか能がないのだ。
だから私は、エイン・ランドの殺害を贖罪としよう。そのためには、
──個人兵装、BMI使用。狙撃銃に仕込んだ自爆機能を発動。証拠隠滅完了。
「さようなら──真守さん」
私は、彼女が垂らしてくれた蜘蛛の糸を引き千切る。だから、貴方にはもう会えない。
「待っててください──プロフェッサー・ランド」
私は、私を外道へ堕とした男と共に──地獄の底まで、堕ちていこう。