赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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閑話:歪な進化

 

 ──時は数日巻き戻る。

 これは、天童民間警備会社が襲撃を受けた日のこと。その時現場へ現れなかった、里見ペアの話。

 

「延珠、気を付けろ」

「む、何にだ?」

 

 襲撃が起こる少し前、蓮太郎と延珠は菫に呼ばれ、勾田大学病院を訪れていた。

 

「……先生が延珠(お前)まで呼ぶ理由が分からない」

「だからって、警戒する必要があるのか? 妾は菫と会うのは久しぶりだし、楽しみだぞ」

「……まぁ、それならそれでいいか」

 

 楽しそうに拳を上下させる延珠を見て、蓮太郎は嘆息しながら扉を開ける。

 すると『パリンパリン』という、ガラスの割れる音。

 何事かと二人が音の方に視線をやると、菫がテーブルの上で笑い転げていた。ガラスの音は、テーブルから落ちた試験管やビーカーの音だった。

 

「……何やってんだよ、先生。たしかアンタの使ってる試験管って、高いやつだよな?」

「あぁ、来たのか蓮太郎くん。試験管のことは気にするな。通販で買える程度の代物だ。一本五千円くらいだったかな」

「…………」

 

 五千円は、充分高い。

 

「ハッハッハ、そんな顔をするな。ただでさえ見ていられない面が更に酷くなる」

「帰るぞオイ」

「あぁ待て、スマンスマン。今日は大事な話があるんだ。おふざけはこのくらいにしておこう」

 

 菫はテーブルから降りると、ビーカーにコーヒーを注いで持ってきた。

 

「蓮太郎くん、延珠ちゃん、遅れたけど千位への昇格おめでとう」

「うむ!」

「……おう」

「だが残念なことに、高位序列者になれば良いこと尽くめとはいかん。だから、君達に警告がある」

 

 二人は居住まいを正し、傾聴の姿勢に入った。

 

「まずは蓮太郎くん、君のことから話そうか」

「はい」

「君は、本格的に自分の出自を追うと決めたそうだね」

 

 蓮太郎は首肯する。

 

「ならば君は近い将来、再び機械化兵士と対峙することとなるだろう。さてここで一つ問題だが、私はどうして影胤のスペックを君に伝えなかったと思う?」

「……そういえば、どうしてだ?」

 

 彼女は新人類創造計画の元最高責任者である。そして影胤は、新人類創造計画の機械化兵士。ならば彼女は元々、彼の能力をある程度知っていた筈なのだ。

 

「答えはね、単に()()()()()()んだよ。彼は()()()()()()()()()()()()()()()だったからね」

「先生以外にも、機械化兵士を作れる奴がいたのか?」

「あぁ。私の知る限りでは三人。私は『四賢人』と呼ばれた者の一人に過ぎない」

 

 そうして彼女の口から語られた、三人の存在。

 オーストラリアのアーサー・ザナック。

 アメリカのエイン・ランド。

 ドイツのアルブレヒト・グリューネワルト。

 中でもグリューネワルト翁は、菫含む他三人より天才としての格が上だという。

 

「気を付けるといい、彼らの能力は我々の想像を超えた進化を遂げているかもしれないぞ」

 

 聞き終わり、蓮太郎の頬を冷や汗が伝う。それを見て取った菫は、安心させるように笑った。

 

「蓮太郎くん、そう悲観するな。君は既に、グリューネワルト翁の機械化兵士、蛭子影胤を撃破している」

「……でもアレは」

「AGV試験薬の全投入と、真守くんの参戦。二つの奇跡があったからこそ、かい?」

「あぁ。正直に言って、俺は勝ったと思ってねぇよ」

「それでも君は勝利した。そして朗報だ。君はね、個人兵装のスペックを引き出し切れていない」

「そうなのかッ?」

「あぁ。特にその眼。あまり回転数を上げすぎると脳が焼けちゃうからリミッターを付けてるんだが、それでも最大で二千倍──現実での一秒を三十分くらいまで引き伸ばせる」

「そ、そんなにか……」

 

 蓮太郎は影胤との最終決戦にて、最大でも五十倍程度の思考加速しかできていない。二千倍なぞ遥か先だ。

 

「精進したまえ。君はまだまだ強くなれる」

「……おう。ありがとな、先生。おかげで目標ができた」

 

 蓮太郎の返答に、菫は満足そうに頷いた。

 

「さて次は延珠ちゃん、君だ」

「うむ、妾か」

「聞いての通り、蓮太郎くんには先がある。それを話した後に、この話をするのは残酷だが──」

 

 延珠は言葉の先を察し、手でそれを制した。

 

「言うな、菫。言われずとも分かっておる……()()()()()()()()()()のだろう? 妾は」

「……あぁ、その通りだ」

 

 菫は二人に見えないよう、テーブルの下で自分の肌に爪を立てた。

 

「イニシエーターには、『成長限界』が存在するんだ。延珠ちゃんは既に、イニシエーターとして『完成』している。だから……」

「だから蓮太郎が強くなっていく様子を見ても、焦るなと?」

「……そうだ」

「──嘘だな。『成長限界』を超える方法を菫は知っている。違うか?」

 

 延珠の指摘に、菫は観念した様子で溜め息を吐いた。

 

「……やはり、既に『ゾーン』へ到達してしまった相手を誤魔化すのは、無理があるね」

「……やっぱり、アレが『ゾーン』なのだな」

「待て待て待てっ! 二人共、何の話をしてるんだッ?」

 

 一人取り残された蓮太郎は慌てて声を上げ、菫がそれに対応する。

 

「前に君が相談してきたことだよ。一度だけ、延珠ちゃんの目が()()()()()()()()()()()()()って話……してただろ?」

「──っ、アレか」

「なっ!? ちょっと待て蓮太郎! なんだそれはっ、聞いていないぞ!?」

「……お前はピンピンしてたし、原因も分からない内から無駄に不安を煽ったってしゃーねぇだろ」

「それは、うむぅ……!」

 

 呪われた子供たちはガストレアと同じ赤い目を持つが、ガストレアは眼球全体が赤く発光しているのに対し、彼女らは虹彩の部分のみが赤く発光する。その決定的な違いが消えたとあれば、誰だって不安にもなる。

 

「安心してくれ延珠ちゃん、君の身体に異常は見つからなかった。今のところ、普通の『子供たち』が能力を解放する時と本質的には変わらない現象と捉えていいだろう。無論、使用は控えてくれた方がこちらとしてもありがたいがね」

「……それなんだが、菫。ゾーンとは、()()()()()使()()()()?」

「「……何だって?」」

 

 蓮太郎と菫は、揃って首を傾げた。

 

「……使い方を、聞いたのだ。妾がゾーンに至ったのは、あの時だけ……あれ以来、どう頑張ってもあの時の力が出ないのだ。自由に使えたなら、影胤も小比奈も妾が倒していた。蓮太郎にあんな……死ぬほど酷い怪我なぞさせるものか」

「……ふむ? ちょっと、詳しく当時の状況を話してみてくれないか?」

 

 ────話を聞いて、菫は一つ頷いた。

 

「私が集めた情報によると、ゾーンとは本来自転車の乗り方や逆上がりのやり方と同じで、一回成功してしまえばもう元に戻せない、忘れられない代物らしい」

「なら、妾はどうして……」

「たぶん、足を怪我していたからじゃないか? 健常ではない時にやり方を覚えてしまったから、感覚が合わないんだろう」

「じゃあ、わざともう一回足を捻って──」

「本格的におかしな癖を定着させる気か? 止めておけ。それに、狙って全く同じ怪我なんてできるモンじゃない」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 

 蓮太郎は、密かに胸を撫で下ろした。延珠の寿命は残り僅かだ。それを更に削る技なんて、忘れていた方が良い。

 

「ファハハハハ。潔く諦めるんだな」

「だが、もしゾーンイニシエーターと戦うことになったらどうするのだ!?」

「その時は逃げろ。君の不完全なゾーンでさえ、本来同格の蛭子小比奈を圧倒したんだろう? 完全なゾーンを相手にすればどうなるか分からないほど、君はバカじゃない筈だ」

「うっ、うぅ……分かったのだ……」

 

 延珠は渋々、本当に渋々、脳内メモに『ゾーンと会ったら逃げる』と書き記した。

 

「ゾーンと会ったイニシエーターは、首筋がビリビリするらしいぞ。覚えておくといい」

「うむ」

 

 そうして話を終えた二人は、地下室から退出した。

 蓮太郎の携帯に緊急連絡が飛んできたのは、その直後のことであった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ──夜の街を、ツインテールの少女が飛び跳ねていた。

 

「……あやつは、ゾーンじゃなかった」

 

 その腕には、血塗れの青年が抱きかかえられていた。

 

「それでも奴は、真守に勝ってしまった」

 

 少女は、青年の強さを『自分以上』と認めていた。

 だが青年は、敗北した。

 

「──妾が、ゾーンに至っていれば」

 

 少女は考える。

 もし、自分がもっと強かったなら。彼女の想い人が、何度も死にかけることは無かっただろう。腕の中で眠る彼が、こうなることも無かっただろう。

 

「蓮太郎、菫……すまぬ」

 

 少女は、ここに居ない誰かへ謝罪した。

 

「妾はもう、妾の弱さに耐えられない……!」

 

 

 ──少女の眼球が、赫い明滅を繰り返した。

 

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