赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第二十話:『真の守護者』

 

 ──痛い、痛い、痛い。

 一定以上の痛みは熱の錯覚を起こすとか、そんな話を聞いたことがあるけれど……自分の場合は、()()()そうでもないらしい。

 

 恐る恐る、目を開ける。

 ……強く打ち付けられた右足は肉が見えて、血がダラダラ流れている。しかし熱は感じず、ただひたすらに痛いだけだった。

 

『──起きちゃった? ごめんね。痛いよね。うまく運べなくて、ごめんね』

 

 ぐらぐら、ぐらぐら、激しく揺られていた。オレは、自分と同じくらいの女の子に運ばれていた。

 

 ……どうして、こうなったんだっけ?

 あぁそうだ、思い出した。

 

『……ねぇキミ、あの子……オレの近くにいた、子犬……あの子は……?』

『……ごめんね。私一人じゃ、キミかワンちゃんのどっちかしか、運べなかったから』

 

 あの子犬。怪我をしていた子犬。

 助けようと近付いて、その近くに猪が居たことに気付かなくて、突進されて、こうなった。

 

 ……あぁそうだ、()()()()()。この日のことを、オレは忘れちゃいけない。

 

『ごめんね、もう少し頑張ってね。ほら、もう病院が見えたから──』

 

 そうしてオレは、すぐに治療を受けた。

 そうしてオレは、愚かな質問をした。

 

『……ねぇ先生、あの子……オレと一緒に来た、女の子は……?』

 

 猪を追い払うために戦ったのか、オレなんかよりよほど酷い怪我をしていた。だから心配になって……本当に、バカなことを聞いてしまった。

 

『あぁ、安心して。赤目は放っておいたらすぐ治っちゃうから──』

 

 そうだ、ガストレアウィルスに守られた生物の傷は治る。だから、

 

『ちゃんと再生する前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも』

『…………は?』

 

 治らないようにするためには、バラニウムが有効だ。バラニウムがあれば、力の強い『子供たち』も、たちまち普通の子供以下。

 

 ──そして彼女は、殺された。オレのせいで、殺された。

 

 呆然として、それ以降のことは何も覚えていない。

 ただ、退院する日に病院の窓ガラスを叩き割れるだけ叩き割ったことは覚えている。……反省はしているが、後悔はない。

 

 それが原因で仙台エリアに居づらくなったオレのために、両親は東京エリアの家を買い、移住することにしてくれた。小一の夏に起こった、最悪の思い出。

 あの頃はまだ、大戦の記憶が今より色濃く残っていて。同時にオレ達『無垢の世代』は、『子供たち』がどれだけ恨まれているのか実感がなかった頃だったから。彼女も、オレも、警戒が足りなかったのだ。

 それでも東京エリアなら、先代の聖天子様も『子供たち』に厳しくはなかったから……殺されることは、なかったかもしれないけど。仮定に意味は無い。彼女はもう死んだ。オレのせいで。

 

『──それは違うぞ、真守』

 

 あぁ、わかってるよ……父さん。

 

『人間にはな、二つの命があるんだ』

 

 人は二回死ぬ。一回目は生物として。二回目は、記憶として。

 だからオレが生きる限り、あの子に二度目の死は訪れないのだと。その言葉に従って、今まで頑張ってきた。

 

『──お前は、真に人を守れる男になれ』

 

 そして、繋ぐのだと。

 オレが誰かを守ったその時には、彼女の存在を語ってきた。『キミを助けたのは、オレじゃない』と。『オレを守った彼女が、キミを守ったのだ』と。

 そしてその誰かが、更に人を守って。善意が回っていく。誰もが互いを守り合う、平和な世界を──なんていう、荒唐無稽な理想を掲げて。それが父とオレが目指した、『真の守護者』の正体。

 

『じゃあどうして、キミはティナちゃんにその話をしなかったの?』

 

 あの子は、ボロボロだった。あんな、あんなに『下手』と表現するしかない泣き方をする子を初めて見た。

 声のトーンが外れていて、泣くと呼吸が乱れるということすら知らない様子だった。後から知ったが、彼女はオレ達『普通の子供』が無意識に参考としている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 とても、これ以上の()()を背負わせることなんてできなかった。

 

『……ごめんね。やっぱり私は、キミの重荷だったか』

 

 いいや。おかげで退屈知らずの人生を送れてるよ。キミには感謝しかない。

 

『本当に? 今日までずっと頑張り続けて、疲れてない?』

 

 ……正直、ちょっとね。

 

『なら、こっちに来て。休んでいこ?』

 

 ……あぁ、うん。

 オレ、頑張ったよな。少しくらい、休んでも──

 

 

『──うそつき』

 

 

 ドクンと、心臓が跳ねた。

 

『私より先に死なないって、約束したじゃないですか……!』

 

 ……あぁ、ごめん。

 オレは、まだそっちに行けないんだった。

 

『……そっか、残念』

『なら速やかに帰りなさい、愚息』

 

 一瞬天国のような場所と懐かしい顔が見えたが、次の瞬間オレの意識は殴り起こされた。

 

 

 

 *

 

 

 

「息子さんと話していかなくてよかったんですか?」

「真守は放っておいても大丈夫よ。どこまで堕ちても、いつか自力で理性を取り戻せるって信じてる。だってあの子、父親似だもの──

 ……私のケアが必要なのは、舞の方よ。あの娘は、私に似ちゃったから」

「……だったら」

「今すぐは無理。現状で接触が取れるのは、真守以外だと……うん。やっぱり夏世ちゃんでギリギリ。他の娘はまだ駄目ね」

「いや、伝言とかでもよかったんじゃ……と」

「…………次よ次! どうせウチのバカ息子は、また近い内に来るだろうし」

「……ポンコツ。そんなだから格下相手に殺されるんですよ」

「それは本体の話でしょ。なんでゾーンでもない雑魚に殺されたかは知らないわ」

「(どう考えても、相手が子供だと本気を出せない性格が原因ですよね。真守くんもそれで負けたようなものですし)」

「思念、漏れてるわよ」

「おっと、失礼しました」

「……まぁ、そこは大目に見てもらいたいわね。私も、真守も、()()()になれば誰相手でも勝ってみせるけど……性分はどうにもならないから。

 ──というか、アナタの死因だって人のこと言えないでしょうに」

「……若気の至りです」

「……死後含めても九歳でしょ、アナタ」

 

 

 

 *

 

 

 

 目の前に、肉塊が置かれている。

 

「…………すまぬ。助けられなかった」

 

 ソレを置いた少女は、長い沈黙の末に、それだけ言って。元々俯いていた頭を更に下げた。

 

「は……?」

 

 彼女が何を言っているのか、何故そんなことをしているのか、分からない。

 助けられなかった? 誰が、誰を?

 

「何言ってるんですか、延珠さん。相棒が死ぬワケないでしょう?」

 

 なんたって、彼は蛭子影胤との戦いで()()()()()()()()()()。これは再生レベルIII以降でなければ不可能な芸当であり、このレベルにもなると、首を斬っても細胞同士が呼び合い復活するという。だから、銃で蜂の巣にされたくらいで彼が死ぬワケがない。

 

「ほら相棒、いつまで死んだフリしてるんですか? 早く起きてくださいよ。延珠さん、完全に信じちゃってるじゃないですか」

『────』

 

 場が静寂に包まれ、憐れむような視線が私に集中するのが肌で分かる。

 

「あの、もういいですって。本当に……私が恥ずかしくなるじゃないですか」

 

 痺れを切らし、彼の肩を揺すってみる。

 ぐらぐら、ぐらぐら、何度も何度も、揺すってみる。それでも彼は、反応してくれない。

 

「夏世、もう止めてやれ……分かるだろ……? ソイツはもう、息をしていない……」

「里見さんまで何を言い出すんですか。呼吸くらい止められますよ。一緒に海の中で戦った時は、たしか──」

「夏世!!」

 

 延珠さんの怒鳴り声に驚いて、言葉を切った。

 彼女は大粒の涙を溢しながら、こちらを見ていた。……現実を、見ていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。真守はもう、死んでいる……!」

「──ッッ」

 

 あぁ、またこれか……

 

「嘘吐き……!」

 

 私の相棒は、またしても……

 

「私より先に死なないって、約束したじゃないですか……!」

 

 彼に覆い被さるようにくずおれ、慟哭し──心臓に激痛。

 

「──うん。だから帰ってきたぜ、相棒」

「ぇ」

 

 背中に手が回り、包容を返される。その力加減も、その声も、彼のもので。

 

「〜〜っ、起きるのが遅いんですよッ、バカぁぁぁ……!」

「夏世と比べたら、誰だってバカでしょ」

「そういう意味じゃないですよっ、バカ……!」

 

 心臓の痛みは、もう引いていた。

 

『やっぱ侵食率上がっちゃうわよねぇ……まぁ()()()()()()()()()()()()()()()からそこは良しにしても……』

 

 ……代わりに、耳鳴りがするようになったけれど……

 

『そこはどうしようもないから勘弁してほしいわぁ』

 

 まぁ、悪いものではない気がするので良しとしよう。

 相棒が、明日からも変わらず私の側に居てくれる。私は、その事実さえあれば充分だ──

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