赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
──室戸研究室にて。
真守の診察を終えた菫は、深い溜め息を吐いた。
「同時狙撃を頭蓋骨の超硬化と、心臓の局所バリアで凌ごうとしたな? バカな真似を」
「むぅ、バカとはなんですか。あの状況で咄嗟に致命傷を避けるなんて、我ながら凄いと思ってたんですけど……」
「……やはり気付いていなかったか。夏世ちゃんに感謝したまえよ、キミ。あの子が来なければ死んでいたぞ」
「えっ?」
いつものふざけた様子は鳴りを潜め、彼女はまっすぐに真守を見つめていた。
「ケーキが入った紙箱を落としたら、ケーキと箱はグチャグチャになる。ではケーキを金庫に入れて落としたらどうなる?」
「……金庫は無事でも、ケーキはグチャグチャになります」
「それが、キミの頭で起こった事象だよ」
頭蓋骨が無事でも、
「まぁ、そっちは
「……どうなっていたんですか?」
「
「……すみません、もう一度お願いします」
聞き間違いだと思いたかったのだろう。しかし彼女は無慈悲にもう一度真実を告げた。
「動いている心臓にAEDをぶち込むと止まるって、聞いたことないかい? キミはそれをやっちゃったんだよ。するとどうなる?」
「……血流が止まります」
「そうだな。すると血液にしか存在できないガストレアウイルスは、全身を巡ることができない。そうなると、各自持っていた分のエネルギーを使い切ったらお終いだ」
「……そしてオレは、そんな状態で貴重な血液をぶち撒けた。肝心の心臓も、バリアのせいで動かすことすらできない」
「その通り。だからね、キミは一度死んでいる」
──そして、千寿夏世の手で蘇生された。
「再生レベルⅢ以上のガストレア及び呪われた子供は、細胞同士が磁石のように引き合うんだ。キミもその領域に足を踏み込んでいる」
「それと相棒に何の関係が?」
「分からないかい? 夏世ちゃんの身体には
「──どういう、ことですか」
「そう不思議な話じゃない。再生に必要なエネルギーを、彼女が負担してくれたのさ。磁石と磁石がくっつくためには、磁界の範囲までそれらを近付ける人間が必要なのと同じで──」
「そうじゃなくてッ! どうして夏世にオレの血が流れてるんですか!?」
「彼女には定期的に、キミの血を輸血していた。勿論同意の上でね」
「何のためにッ! いくらオレの侵食率が零だからって、ガストレアの血を輸血なんてしたらどうなるか……!」
怒りのあまり、真守は菫に掴みかかろうとして──彼女のキョトンとした顔が目に入り、毒気を抜かれる。
「……意外だな。キミ、もしかして侵食率の計測方法知らないのかい?」
「え? えぇ、はい……」
「まずステージⅠガストレアの血液を採取する。次に同量の血液をイニシエーターから採取する。そして可能な限り同条件のモルモットを用意して──」
「──ガストレア化するまでの時間差から百分率を割り出す、と。胸糞悪いですね」
「医学なんてそんなもんだよ。まぁこの計測方法は最初期のものだから、今はもうやってないけど──これでキミの『侵食率零』という状態がどういうものか、理解できただろう?」
「……
「そういうことだが、より正確に言うと──キミの血に触れたガストレアウイルスは侵食活動を停止する」
「──それって、つまり」
「あぁ。キミの血そのものが、侵食浄化剤として作用し得る」
「それで、夏世の体内侵食率は……?」
「輸血前は27%だったのが、今は18%まで下がっているよ」
「良かった……」
「……ああ」
夏世は既に、真守と同じ体質になりつつある。それは良いことばかりではないが……今言うのは無粋と判断し、口をつぐんだ。
「……あれ? でもそれなら、態々浄化剤なんて作らなくても良かったんじゃ」
「キミ、血液型AB+だろう。そのままだと、使える人間が限られてしまう」
『なるほど』と、彼は首肯した。
彼は知らないことだが、誰よりも寿命が近い延珠に輸血がされていない理由がコレだ。
「──あぁそうだ。帰ったら夏世ちゃんにも診察を受けるよう言っておいてくれないか」
「はい」
「ついでに購買でお菓子でも買って帰るといい。いつも頭脳労働をしている彼女は、常に甘味を必要としているぞ」
「……いや、駅でお高めのものを買っていきます」
「それと、最後に一つ」
「はい?」
立ち止まった彼に歩み寄り、菫は注射器の束を手渡した。
「──
「……肝に銘じておきます」
「できれば渡したくなかった。これを手にしたキミが、どんな無茶をするか分からなかったからね……だけど」
菫は、真守を優しく抱擁した。
「キミが死にかけたと聞いて、私がどれだけ動揺したと思っている? 私は後悔したよ。こんなことになるなら、初めからコレを渡しておくべきだったとね」
「……すみません」
「真守くん、キミはもっと自分の価値を自覚するべきだ。私はキミと東京エリアの人間全てを天秤にかけても、迷わずキミの命を取るだろう」
「……命の価値は皆等価、なんて言う気はありませんが……少なくとも聖天子様は、オレなんかより価値のあるお方です」
「キミがそう言うのなら、私は依頼を降りろとは言わない。だが、一つだけ約束してくれ」
「……なんでしょう」
「そのアンプルは、絶対に二つ以上同時に使うな。できれば連続使用も避けろ。キミの血も完璧ではない。本来十歳児であるキミが今こうして大人の身体を手にしている時点で分かると思うが、一度に許容限界を超えるガストレアウイルスを注入されれば、いくらキミとて肉体への影響が出る」
「……分かりました。約束します」
「……うん。ならいい」
菫は真守を解放し、赤くなった顔を逸らした。
「まぁ、その、なんだ──勝てよ、真守くん」
「無論です。もうオレは、誰にも負けません」
*
「──見つけた。あの運転手には感謝しなければなるまいなぁ」
聖天子付護衛官保脇卓人は、とある遊園地の防犯カメラに映った映像を観てほくそ笑んだ。
「ククク、これで守屋真護は終わりだ……!」