赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
聖居の二人
聖居の一室にて、男女が静かに言い争っていた。
「即刻、テセウスを処分するべきです」
「なりません」
男──菊之丞は妻をガストレアに殺された結果、ガストレアと同じ目を持つ『子供たち』までをも恨むようになった、典型的な差別主義者である。
女──聖天子は『子供たち』の基本的人権確立を目指す、異端的な理想主義者である。
故に、互いの意見が対立するは日常茶飯事。主従関係にある二人だが、こういった時ばかりは『対等の敵』として互いの主張をぶつけ合う。
……と言いつつ、なんだかんだで菊之丞が落とし所を見つけて矛をおさめるのが恒例なのだが……
「聖天子様、これは私怨を抜きにした上での忠言です! このまま奴を放置すれば、東京エリアはおろか日本全体、最悪世界が滅びますぞ!?」
聖天子狙撃事件は、
他者のDNAを汚染しない血を持つ特異個体であった彼は、人としての形と意思を持っていた。だが、今の彼は……
「……
ガストレアウィルスのキャリアであることを証明する、赤く光る目。
小さくなった彼の虹彩は、『呪われた子供たち』と同じ輝きを放ち続けているという。
彼女らが目を発光させるのは、感情が昂った時と力を解放する時の二通り。そのどちらにしても、四六時中となれば尋常ではない。
「……保脇は、奴らに殺されました」
「殺された?
「精神崩壊した今の
「ですが死んではいません」
そう、保脇は生きていた。ティナの攻撃は間違いなく致命傷であったけれども、真守が垂らした傷薬のおこぼれで命を拾っていたのだ。
……ただしその過程で当然、彼もティナと同じく神経再接続による痛みを味わっている。人体への使用が禁止されている
結果、彼の精神は壊れた。それは別に、彼が軟弱だったからではない。人間は静電気で指を痛めればドアノブを触る手が緊張するし、砂浜を走って足にガラスが刺されば裸足では歩けなくなるものだ。何ならもっと些細な痛みでも、人はトラウマを刻むことができる。対戦車弾が直撃して正気を保っていられる、延珠や真守の方がオカシイのだ。
「……仮に、奴が現状我々に敵意を持っていないのだとしてもです。放置するには、あまりにも危険過ぎます……!」
「彼の何が危険だと言うのですか」
「貴女ほどのお方が、解らない筈もないでしょうに……バラニウムの再生阻害すら押し返す薬効を、ノーリスクでばら撒く能力。これが危険以外のなんだと仰るのか? 敵に回れば災厄。身内に抱き込んでも、魅力が過ぎる力は余計な争いの火種となりましょう」
聖天子とて、それは解っている。菊之丞は間違っていない。
だが、それでも──
「菊之丞さんこそ、解っている筈です。このままでは、人類に未来がないということを」
「人類の未来は、人類の手で切り開くべきです!」
「彼も、『子供たち』も、人間です!!」
「この際『子供たち』は見逃しましょう! しかし奴の存在は、どうあっても看過できない!!」
「どうして……いえ、もういいです」
どういった形であれ、菊之丞は今『子供たち』を『人間』として認めた。これは彼にとって最大限を超えた異例の譲歩である。この瞬間を逃す聖天子ではない。
「分かりました。テセウスは処分しましょう」
「!?」
彼女からも、最大限以上の譲歩。これにより平行線という名の拮抗状態は崩れ、話は急速に終結へと向かう。
「それで、どう処分しましょうか?」
無論、聖天子は真守を見捨てたワケではない。彼の生存力に全幅の信頼を寄せて、『やれるものならやってみろ。協力は惜しまないぞ? その上で、どうせ殺せやしないだろう』と言っているのだ。
……しかし、彼女の想定は甘かったとしか言いようがない。
「
「……はい?」
「自衛隊は論外。民警を使うにも、序列98位が
「ですが、菊之丞さんの身に何かあれば──」
「ええ、政務に致命的な支障が出るでしょうな」
だからそれは、彼女にとっての『想定外』
聖天子は、菊之丞の覚悟を読み違えた。対する菊之丞は、聖天子の
故に、聖天子は手を抜けない。菊之丞が敗北し、死亡するような事態は、万が一にもあってはならないのだ。
(ですが、神崎さんを喪うワケには……ッ!)
これで聖天子は、真守と菊之丞の両名が『勝利』しても『敗北』してもいけない両天秤をかけることとなった。
それから二人は政務の合間を縫って、腹の中で別々の終着点を思い描きつつも計画を練る日々が続くだろう。
*
──金牛はとうに息絶え、骸は腐敗した。
世界を震撼させた畏怖は忘れ去られ、消えていく。そして人知れず、真っ赤な目が腐り落ちた。
目玉はコロコロコロコロ転がって、通った印に『赤』を残して、今日も転がっていく。
────東京エリア到着まで、あと一月。