赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
──柔らかい感触と、身体を包む温もり。小さな違和感。
薬の匂いに、静かな電子音。……ここはどこだ?
目を開くと、白い天井。どうやらオレは、病室に寝かされていたらしい。
「──あ、やっと起きましたね。おはようございます」
「……? おはよう、ございます……?」
声のした方を見ると、金髪の女の子が微笑んだ。眩しい笑顔にドキリとして、目を逸らす。
……しかし、
「……私が誰だか、分かりますか?」
「…………ごめん、分からないや。どこかで会ったことある?」
こんなに可愛い娘、一度会ったら忘れないと思うのだけど……彼女はオレの返答を聞くと、凄く悲しそうな顔をした。とても申し訳ない。
「……はい。聖居前の公園で」
「聖居前の、公園……」
駄目だ、思い出せない。いつ何のためにそこへ行ったのか。それに、公園の名前も、風景も……全く、これっぽっちも出てこない。
「……やっぱり、何もかも忘れちゃったんですね」
『何もかも』って、そんな大袈裟な。それじゃあまるで、オレが記憶喪失みたいじゃないか。
此処がどこなのかは知らないが、オレは──
…………オレは、誰だ?
自覚すると同時に、息を呑んだ。『ひゅっ』という音と、心拍の増加。体温の上昇を感じる。
どういうことだ、何故オレは何も覚えていない? なんで何も思い出せない……!?
「──落ち着いてください。大丈夫です、私がついてます」
「ぁ……」
身体が柔らかな感触と温度に包まれる。
すると、驚くほどに心が落ち着いて。呼吸が安定するようになって──彼女から、
『ごぼふっ』
──瞬間、脳裏に彼女が血を吐く姿が映った。
「そうだ怪我はッ!?」
「ひゃっ」
彼女を寝台へ押し倒すように寝かせ、患部を確認するため服に手をかけ──ふと我に返って固まる。
反射的にやってしまったが、女の子の服を無理矢理脱がすのは完全にアウトだろ。オレの人生終わった……おまわりさん私です。
……いやまだだ、まだギリギリ未遂だ。今から許可を取れば大丈夫、かもしれない……!
「……ぁ、えっと、その……今更で凄く申し訳ないんですけど……お腹、見ても大丈夫でしょうか……?」
「…………どうぞ」
ですよねそりゃダメに決まって──ん??
予想外の返答でオレが固まっている間に、彼女は自ら服をはだけて……見惚れるほど綺麗な肌が、
あぁ、傷跡が残ってなくて良かっ──
「……許可なんて、いりませんから」
──エッ、なんて??
「全身どこでも、見ていいです。触れていいです」
な、なんだって? どこでも好きなところを見て触れていい、だと……?
自然と視線が、服と肌の境界線──その少し上の膨らみに移動したのが分かる。記憶が吹き飛んでも尚、魂が覚えているのだ。そこに、『男』の求めるものが在ると。
……手が震える。
本当にいいのか? 信じられない。
しかし実際、オレがこの手を数cm動かせば『見えてしまう』状況にも関わらず、彼女から抵抗の意志を一切感じない。
ということは……OK、なのか?
ゴクリと生唾を飲んで、覚悟を決めた。
「じゃ、じゃあ失礼して──」
「勿論
「ですよねすみません調子乗りましたッッ!!」
すぐさま距離を取り、両拳を床に突いて頭を下げた。
つまりさっきのは『またどこか怪我したら、そこがどんな部位であれ応急処置のために見ていいし触れていい』ってことを事前に伝えたかったのだろう。
────紛らわしいわコンチクショウ!!!
男の純情を
「ふふっ、これで
「え、何。どゆこと……?」
「これは『仕返し』なので、悪く思わないでくださいね? ということです。早く全部思い出して、反省してください」
……つまり、マジで全部オレが悪かったと。一体何やらかしやがったんだ……?
「……というか、さ。そもそもなんでオレ記憶喪失になってんの?」
さっき彼女は『やっぱり』と言っていた。原因を知っている筈だ。
「……詳しいことは、私にも分かりません。ただ……貴方は一度形象崩壊を起こし、ガストレアになって……人に戻りました」
「…………」
……は??
人はガストレア化すると、精神的にも肉体的にも、完全に『別の生物』になる。まあ端的に言って『死ぬ』ワケなので、記憶もそりゃ吹っ飛ぶのも分かるけど……
「信じられませんよね、こんな話。私も目の前で起こったことでなければ、鼻で笑ったでしょうし」
「……まあでも現状、キミ以外に頼れる人もいないワケだしなぁ。ひとまず信じてみるよ」
「……良かった。では、こちらをご覧ください」
そう言って彼女が取り出したのは、スマートフォン。
パシャリという音がして、写真を撮られたのだと分かる。
「……これが貴方です」
「わぁお」
真っ赤な目をした少年の姿。どうやら本当に、オレはガストレアウイルスのキャリアらしい。
「これまた今更だけど、キミはオレが恐くないの?」
すると彼女はキョトンとした後、声を出して笑い始めた。
「ぷっ、ふふ。あははっ! それ、貴方が言うんですか……!?」
「えぇ……?」
「じゃあ私の目、見ててください」
「……ん、見た」
「私が、恐いですか?」
「いや、全然。だってオレ、キミらと違ってガチのガストレアっぽいし?」
「あぁ……やっぱり変わりませんね、貴方は」
「……お、おう」
あまりにトロンとした
てかこんな美少女相手に『恐い』とか言う奴、目と性根が腐ってるだろ。
「……それで、いい加減気になってるんだけどさ……キミとオレってどういう関係?」
記憶喪失でも流石に分かる。これは『ただの友達』って距離感じゃない。
「──ティナです。私のことはティナと呼んでください、
「……じゃあ
「はい!」
妹……そうか、妹か。
──妹を
「なっ、突然何を……?」
「兄としての心構えを、叩き込んでた」
「そういうところも、変わってませんね──
ふむ。どうやらオレは、記憶の有無で性格が変わるタイプじゃあないらしい。安心した。
……ただ、その……
「マモル……? それが、オレの名前?」
「はい。何か、思い出しましたか?」
「いや……」
嘘だ。一つ、思い出したことがある。
「……お兄さんは、『真の守護者』と書いて『
「……そう」
──嘘だ。思い出したから分かる……オレは、
「私は、貴方にふさわしい……素晴らしい名前だと思っています」
「……じゃあ早く、この名に恥じないオレに戻らないとだね」
……嘘だ。頭が警鐘を鳴らしている。
『止めろ』『思い出すな』『戻ってはいけない』と、そう叫んでいる。
「──うそつき」
「え?」
ティナはオレの顔を両手で挟んで、真っ直ぐこちらを見て言った。
「……急がなくていいんですよ。ゆっくり、ゆっくりでいいので……自分を、許してあげてください」
「……えっと、ごめん。意味が、よく分からない……」
「気付いてないんですか? お兄さん……名前の話をしてから、凄く苦しそうです」
「……そんな、ことは」
「嘘を見抜くのは得意なのに、嘘を吐くのは下手なんですね。
……察してましたよ。貴方は自分を『偽守』と呼んで卑下することがありましたから」
「あ、あぁ……!」
そうだ、思い出した。オレは『偽守』だ。『真守』という名を、父を裏切った男だ。
だって、だって……! あの時オレは、
そんなことをしたら、真っ先に外周区の『子供たち』が、すぐ近くにいたティナが、犠牲になるのに。守るべき存在を、攻撃しようとした。
──それ以上に、人間が憎くなっていたから。
最後の理性でオレは、記憶をリセットして。憎悪を、『無かったこと』にした。
「ぐ、ァ……今、何か……」
「……ごめんなさい。私の方こそ、急いでしまっていたみたいです」
「いや、待って。もう一回、もう一回思い出すから……!」
「いいんです。もうすぐ、お兄さんをよく知る人が迎えに来てくれますから。思い出すのは、その後でも」
「……正直頭も痛いし、そうしようかな」
寝台に移動して、横になる。
「……まさか、また起きたらリセットとかないよね?」
「どうでしょうね。ないとは思いますが……もし、そうなるのだとしたら」
ティナは寝台の横まで来ると、オレの耳元で囁いた。
『──私が毎晩
「んー、じゃあ(夜伽が何かは知らないけど)その時はよろしく……」
*
「…………そういうところは変わっててくださいよ、ニブチン」