赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第一部最終章:テセウスの船出
プロローグ


 

 東京エリア第39区第三仮設小学校にて。

 

「……今日からお前らの先生をやることになった、里見蓮太郎だ。趣味は昆虫観察。よろしくな」

 

 里見蓮太郎は、死んだ目で簡潔な自己紹介をした。

 

「…………」

「…………。……何か、質問のある奴は」

 

『ハイハイハイハイハイ!!!』

 

「お、おぅ……」

 

 自己紹介には全くの無反応だったにも関わらず、子供たちは質問タイムに入るや否や、一斉に手を上げ元気に声を上げた。あまりに急なテンションのアップダウンに、蓮太郎はすっかり気圧されている。

 

(どうしてこうなった……)

 

 途方に暮れて天を仰げば、青い空に白い雲。そして真夏の太陽が燦々(さんさん)と存在を主張している。蓮太郎はいつもの真っ黒な制服を着て来た己を恨みつつ、ワイシャツのボタンを開けてネクタイを緩めた。

 

 ──あれから一ヶ月。真守の記憶はまだ戻っていない。そして同様に、目の色も。

 となると仕事ができないどころの話ではなく、外を出歩くこと自体がほぼ不可能だ。買い物はおろか、おちおち洗濯物を干すことすらできない。ふと窓を見て誰かと目が合ってもいけないので、家のカーテンは全て日中でも完全閉鎖だ。

 それは流石に精神衛生上よろしくないので、蓮太郎は『ある人物』を頼った。

 

 彼が奇異の目で見られない外周区に拠点を構えていて、ある程度の社会的地位と資金力を持ち、差別主義者ではないと、蓮太郎が信頼できる大人。そう──

 

「里見先生〜! 頑張ってくださーい!」

 

 松崎さんである。

 彼はマンホールチルドレンの保護者を買って出ていて、半ボランティアで『第三仮設小学校(青空教室)』の先生もやっている。そして蓮太郎の相談を受け、転入先に困っていた延珠共々面倒を見てくれることになった。ついでに舞、夏世、ティナの三人も。

 蓮太郎にとってはありがたい話だったが……流石に負担が大き過ぎやしないかと心配して、それを口に出したのが運の尽き。

 

『そうですね。ちょっとだけ大変かもしれません──なので少し、手を貸して頂けませんか?』

 

 そう言われてしまっては断ることもできず、あれよあれよと話が進み──気付けば彼は、教壇に立っていた。

 

(まぁ、やるからにはキッチリやらねぇとな……)

 

 見た目に反して面倒見のいい蓮太郎は、覚悟を決めて腹から声を出した。

 

「じゃあまずそこッ」

「先生、延珠ちゃんと結婚を前提に同棲(どーせー)してるって本当ですか!?」

「んなワケねぇだろ居候だよ! ハイ次ッ」

 

「夏世ちゃんと二股かけてるって本当ですか!?」

「大嘘だよ勘弁してくれ!! 次ッ!」

 

「先生の一番好きな人って結局誰なんですかー?」

「黙秘するッッ!!! そっち系以外の質問ある奴いねぇのか!?」

 

「先生のこと、なんて呼べばいいですか?」

「──……お、おう。そうだな……」

 

 どうせ次もマトモな質問なんて来やしないだろうと半分諦めていた蓮太郎は、余分に詰め込んでいた空気を吐きつつ返答した。

 

「里見先生か、蓮太郎先生か……まぁ俺と分かる呼び方なら、なんでもいいぞ」

「ロリコン!」「変態!」「不幸面!」

「ぶっ飛ばすぞテメェら!?」

 

 どうやら他にめぼしい質問はなかった様子なので、蓮太郎は一緒に来ていた木更と交代した。戦いを終えた蓮太郎だけでなく、見ていただけな筈の木更まで、心なしかゲッソリしていた。

 

「て、天童木更です。できれば木更先生って呼んでくれると嬉しい、かな」

『木更先生、質問いいですか!?』

「は、はい! じゃあそこ!」

「どうやったら先生みたいなおっぱいエリートになれますか!?」

「おっぱいエリートって何よ!? 知らないから次ッ」

 

「その大きさだと足元見えませんよね? 階段で転んだりしませんか?」

「見えてますっ! だから転びません!! 次ッッ」

 

「お二人は付き合ってるんですか? 結婚するんですか?」

「付き合ってません! 結婚もしません!!!」

 

 延珠と夏世がガッツポーズを取り、蓮太郎は心に深い傷を負った。

 そんな彼らを尻目に、木更はぜぇぜぇと肩で息をしながら解答作業を続行する。

 

「他に、質問のある子は……?」

「ハイ先生! 木更先生の通ってる学校ってどこですか!?」

「…………あぁ、私の学校?」

 

 疲れ切る一歩前のタイミングになると、マトモな質問が出るのは……狙っているのか、単なる偶然か……蓮太郎は訝しんだ。

 

「第一区の方にある、美和女学院ってところよ」

「やっぱり!」

 

「え、第一区……?」

「木更先生、凄い人なの……?」

 

 子供たちの反応に気を良くしたのか、木更はパッと髪を掻き上げて笑った。

 

「えぇ、美和女学院の学生は中央でも一目置かれる存在よ。何せ我が校は、聖天子様も在籍なさる名門中の名門校だもの」

 

 周囲から感嘆の声が上がる中、生徒の一人がおずおずと手を上げた。

 

「……私、聖天子様見たことない」

「あら……」

 

 その直後、延珠が立ち上がって指を差した。

 

「聖天子様とはあんな奴だぞ!」

 

 木更と蓮太郎の二人がギョッとして振り返ると──草原の向こうに、あまりにも場違いな車(リムジン)が停められているのが分かる。そして延珠の言う通り、聖天子が今まさにこちらへ向かって来ているところだった。

 

「ごきげんよう、みなさん。突然で大変申し訳ありませんが、里見先生と天童先生を、今日一日お借りしますね」

 

 生徒たちは、もれなく口を半開きにして固まっていた。

 

「──天童民間警備会社に、依頼があります」

 

 

 

 *

 

 

 

 ──ハッピービルディング三階、天童民間警備会社事務所内。

 蓮太郎と木更は今、聖天子からの依頼説明を聞き終えたところだ。

 

「……聖天子様、確認させてくれ。このままだと6日後に()()()()()()()()()、2000体のガストレアがエリアに乗り込んでくる、と……そう言ったのか?」

「はい」

「対策は現在制作中の代替モノリス。32号倒壊から、これが完成するまでの3日間……侵入を試みる敵性ガストレアを全て迎撃する。これが依頼内容」

「はい」

 

 蓮太郎は、大きく溜め息を吐いた。

 

「分かった。()()()()()()()受ける。ただもう一つの方は、お断りだ」

 

 もう一つの依頼とは、真守個人に出された『アルデバランの暗殺』である。

 アルデバランが生きている限り、何度でもモノリスは破壊される。だから最初に、そこを叩く。その必要性を理解した上で、蓮太郎は依頼を『論外』と判断した。

 

「アルデバランがご丁寧に敵を一箇所に纏めてくれてんなら、そこにミサイルでも撃てばいい。ウチの社員を危険に晒す必要性を感じられない」

 

 しかし聖天子は、首を横に振る。

 

()()()()()。もう撃ったんですよ、里見さん」

「……で、どうなったんだ」

「どこにも着弾することなく、反応が消失しました。その後戦闘機を飛ばして追撃を試みましたが……こちらも途中でパイロットと連絡が取れなくなり……それきりです」

 

「……だったら尚更、行かせられねぇよ。危険過ぎる」

()()()()()、この依頼は……神崎さんのためでも、あるんです……!」

「……どういうことだ?」

 

 聖天子は悔しげに、ドレスの裾を握った。

 

「……菊之丞さんは、彼を殺す気でいます」

「「────」」

 

 木更の目に殺気が宿り、蓮太郎は不快そうに眉を顰めた。

 

「私は、表立って彼を助けることができません。できるのは、こうして警告を出すことくらいです。神崎さんには、自力で助かってもらうしかありません」

「…………ジジイが持ってるガストレアへの憎悪以上に、真守を『使える存在』だと認識させようって腹か?」

「私達は国家の首脳として、最大多数の最大幸福こそを重視します。そこに個人的な感情は挟みません。

 ──どうか彼が『脅威』ではなく『希望』なのだと、証明してみせてください」

 

 かつてバンの中で彼女自身が語ったように、『聖天子』は言動に枷が付いている。面倒な言い回しに、聖天子も蓮太郎も辟易とするが……真意は伝わった。

 

「……受けるかどうかは、本人に決めてもらう。返事は後日だ。それでいいな?」

「勿論。ただ、時間が無いのでお早めにお願いします」

「分かってんよ」

 

 それを聞くと聖天子は立ち上がって一礼し、事務所を後にした。政務が山積みなのだろう、立ち去る姿はいつも通り優雅であったが、心なしか焦りが見えていた。

 

「……ほとんどオレが決めちまったが、これでよかったか? 社長」

「駄目だったら途中でストップかけてるわよ、おバカ。

 里見くんは今すぐ真守くんに連絡取って。私はその間にアジュバントの勧誘リスト作っておくから、帰ったら目を通しておいてね」

「へいへい……」

「もっとシャキッとする! お互い今日から、休んでる暇なんて無いわよ?」

「わーってんよ。

 …………懲りずに子供の命賭けさせんだ。俺達が手抜きなんてできねぇだろ……」

 

 ──電子音が、事務所内に木霊した。

 

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