赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第二十五話:『テセウスの船』

 

「さて──行きますか」

 

 依頼の説明はすぐに済んだ。あらかじめ蓮太郎さんから大体のことは話されていたし、作戦は実質『正面突破』の四文字に集約される程度の内容だったから。

 具体的に言うと、流石に少し長くなるが……

 

 二千体のガストレアは大きさも形も文字通りの『千差万別』だ。しかし彼らは同士討ちを始めることなく、互いを『味方』として認め、一所に集まり留まっているのが現実だ。

 勿論アルデバランが一体一体『これは味方』『これは敵』と教え込んでいるワケがないので──彼らは何かしらの手段で、それを自己判断していることになる。

 となると彼らに唯一共通している『白目まで赤く発光する眼球』が識別信号になっている、と考えるのが妥当だ。

 

 つまりあくまで仮説だが──常時赫目なオレ単騎であれば、攻撃されずに最深部まで到達できるんじゃあないかと。

 後はアルデバランの頭に一発不意打ちをかまして、全力で逃げ帰ればいい。『軍』としての統率が取れていればいるほど、頭を失った時には脆くなるから、逃走も比較的楽だろう。

 

 ……というのが、作戦の全容である。

 だからまぁ、具体的な行動の指示は特にない。ただ敵の座標を受け取って、モノリスを越えるためのヘリを手配してもらったくらいだ。

 

「実はヘリすら、いらないんだけどね……」

 

 道中、ポツリと独りごちる。

 モノリスの磁場は上空5000mでほぼ消失するため、自力でそれくらい高く飛んでしまえば関係ないのだ。

 ……まぁ飛んでる姿を誰かに見咎められても困るし、空気薄いしクソ寒いし疲れるしで、やっても良いことは何もないのだが。そのくらい、特に支援されることがない。

 爆弾一つくらいなら貰ってもよかったかもしれないが、火薬や金属の臭いで警戒される恐れがあったから却下した──聖天子様が。

 

「…………あの人、本気なのかな……? 本気だったらいいなぁ……」

 

 爆弾を持っていくという提案は、攻撃力を重視したからではない。

 アルデバランの能力は、未だ謎が多い。その統率力の源も、不明なことの一つだ。

 ということは、アルデバランの能力でオレが洗脳されて寝返る──なんてことが、ないとは言えない。

 ならば『そうなった時』に備えて、遠隔操作でオレを殺せる火力の爆弾を用意するべきだ。……そうする、『べき』だと思うのだけど。

 

 あの人は……聖天子さんは蓮太郎さんと同じく、オレを止めてくれた。

 

 ……記憶を失って、『ガストレア新法』のことを聞いた時は……全く信用できなかったけど。もし本当に、彼女が本気であるのなら……オレはかつての真守(オレ)と同じく、彼女の領地(東京エリア)そのものを守っても、いい。

 

 そんなことを考えながら平野を抜け、外周区の最奥よりもボロボロの廃墟ばかりとなった町を抜け──確信する。どうやら仮説は正しかったらしい。これだけ堂々と歩いているのに、オレは一度もガストレアに襲われていない。

 

「そしてこっからが、敵の根城ね……」

 

 ガストレアウイルスの恩恵により巨大化した生物を覆い隠す、更に巨大かつ広大な森……人間(ニンゲン)が見れば恐ろしいと感じるのかもしれないが、オレはむしろ落ち着きを感じる。

 バラニウム磁場から解放されたせいか、()()()()()()()のだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そんな錯覚さえ覚える。

 

 あぁそうだ、恐れることはない。今はまだ、警戒も緊張も厳禁だ。感覚の鋭いオレ達は、言葉以外でコミュニケーションが成立する。内心を読み解く力は、全員がオレと同等以上だと心得ろ。

 警戒すべきは、逃げる時。戦闘機やミサイルを落としたという謎のガストレアが、この任務における最大かつ唯一の脅威。

 

 ここからアルデバランがいる場所への道は、自力で探すしかないが──さほど問題はない。奴の体躯はステージⅣ基準でも規格外な50m級という情報が、既に出ている。

 

「有名過ぎるのも考えものってね……」

 

 足跡や、木々の隙間。巨大生物特有の糞便を探せば、自ずと道は決まってくる。生物マニアの蓮太郎さんには、帰ったらお礼をしなければなるまい。そら──

 

(見ぃぃつけたぁ……なんつって)

 

 鼻をつまみながら巨大な排泄物の方へ行き、近くの土に残った足跡を見る。

 ……ウン、この足のサイズは期待できそうだ。後はこれを辿って──

 

(いた……!!)

 

 目算で体長約50m。ステージⅣ基準でも規格外サイズ──カメに似た、四足のガストレア。その顔は、聖天子様が見せてくれた写真にも合致している。

 心臓がドクドクと運動し、戦闘用の血を循環させていくのが分かる。もう緊張は隠せない。

 アルデバランはモノリスに取り付いた時の疲労が抜けていないのか、グッタリしていたが──こちらに気付いたのか、おもむろに首をこちらへ向けた。

 

 構わずオレは近付いて、予定通りその首を捻じ切ってやろう──と、思ったその時だった。

 

 

「……Guardi?」

 

 

 アルデバランの口から、()()()()()()()()()()()()()

 驚きのあまり、ピタリと身体が止まる。

 

「What happened?」

 

「────ぇ」

 

 

 ──待て、待ってくれ。

 コイツ今、()()()()()()のか……?

 

 聞き違いでないのなら、コイツは今オレを……()()()()()()()()()()()()、『何かあった?』もしくは『どうしたの?』と聞いてきたことになる。

 

 

 ────気の迷いだ。

 

 

 そう判断して、オレは今度こそ奴の首に手を伸ばした。

 

 そして、そこに手が触れる直前。横合いから強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。

 

 ダメージそのものは小さかった。敵は倒すより、アルデバランとの距離を離すことを優先したらしい。

 だからオレはすぐに起き上がって、下手人を見て

 

 

 

 ──そこに、『絶望』がいた。

 

 

 

「おいおい……おいおいおいおいおいおい……どういうことだよ、なぁ? どうなってんだよ、オイ……!」

 

「……は、ぁ? 嘘だ……なんで──」

 

 

 ()()()()()()()姿()()()()()()()が、そこにいた。

 

 

「……あぁいや、そういうことか……ハハッ、胸糞悪いなぁオイ!!」

 

「誰だよ、お前……! 『そういうこと』ってなんだよ!?」

 

「見て解れよ。オレは()()()()だ。そしてお前は──」

 

 

あの時千切れた、オレの下半身だ

 

 

「……は?

 

 

 驚くほど、掠れた声。

 

 いや違う、驚くのはそこじゃない。

 

 ──本当に? いいや、気付いていたハズだ。最初から。だから驚けない。

 

()()()()()()()()()()()

 

 考えないようにしていたのだろう。

 あぁそうだ、オレの正体は──

 

 自分を神崎真守だと思い込んでいた、気狂いのガストレアだったのだ。




 

 〝テセウスの船〟
 あるものを壊して、修復してを繰り返し──全ての部品が入れ替わった時、それは最初と同じものと言えるのか? というパラドクス問題。

 これにはあまり有名ではないが、他の問題も存在する。

 あるものを二つに分解し、それぞれを以前と同じ状態に修復した時──本物はどちらか? というものだ。

 ただもし人間を上下に分けて、その両方を元の状態にできたなら。誰もがきっと──

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