赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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 連日投稿です。
 前回の話で重要な真相が明かされているので、必ずそちらを先にご覧ください。
 今回は番外編ですが、前回の話を読んだ前提になっております。注意してください。
 以下事故的なネタバレ対策のため、空行を入れておきます。



















 それではどうぞ!


第九話裏:Boy meets girl

 

 弓月ちゃんの背中が小さくなって、やがて見えなくなるまでの様子を見届け──目蓋を閉じる。

 泣きそうな顔で振り返った彼女の顔が、『助けなきゃ』と叫んだ声が、塗り潰されてしまう前に。

 

 痛みは無かったから、独り言を言う余裕はある。以前にも一度だけ、肉が抉れる大怪我をしたことがあるけれど……その時も、痛かったのは最初だけだったことを覚えている。ただ今回は、前回よりも痛みの麻痺が早い。好都合だ。

 

「──やっってみろよガストレア! オレを異形にしてみせろ!

 お前らがオレの遺伝子を書き換えようと、父さんと母さんの血は()が繋いでくれる! そして在り方()は、このオレが引き継ぐッ! ガストレアになったくらいで、オレは変わらない!!」

 

 弓月ちゃん達を追っていたガストレアの群れが、足を止める。確実に捕食できる、ウイルスの苗床が落ちている場所へ、向かって来る。

 

「んゴボっ、ァアぁ゛あ……!」

 

 もう、言葉を発することもできない。

 口を満たし、溢れるこの液体が何なのかは……知らない方が良いだろう。鉄の味も混じっているので、オイシイ。

 ──違う。自分の血だと思った方が、精神衛生上ヨクナイ。治レ。

 

「──ォエ゛エェェ! 痛い痛い痛いイタイッ!!」

 

 神経が修復され、激痛が復活する。思わず患部を見ようと目を開き──すぐさま後悔に襲われる。

 

 視界一杯に(ひしめ)く蟲蟲蟲──それらが我先にと、口から管を出してオレの身体を貫いていた。

 

 あまりの衝撃に、気を失うかと思った。

 

 その様子に()()()()()()()()()()自分がいて、死ぬほど驚いた。

 

 ……あぁ、そうか。

 

 オレは、もう既に──

 

 

「──まダだ、まだ終わってナい……!!」

 

 

 そうだ、既に手遅れなのだとしても……最期まで、抗うンだ。

 腕は動く。腹に乗った蟲共には手が届く。なら、払い落とせばいい。

 

「ギィィィィイイ!!」

 

 足が無クとも、這ッて動け。せめて片桐兄妹たち(弓月ちゃんと玉樹さん)とは、反対方向に。

 そしてこノ自我ガ残ってイル限リ、同胞(ガストレア)を殺セ。

 

「殺ス……殺ス……!!」

 

 追ってきた蟲を、叩いて殺す。落ちてきた蛭を、握り潰して殺す。走っている鹿は、飛び乗り首を噛んで殺す。殺して殺して殺して──

 

「…………どうしてオレ、自我が残ってるんだ?」

 

 もう足も生えて、しばらく経つ。なのに意識は薄まるどころか、鮮明になっていく。

 

 ──それはある意味で、正気を失うよりも苦しい拷問だった。

 

 最初は羞恥心。文明人の意識を持ちながら、一糸纏わぬ姿で外を闊歩するのは、少々恥ずかしかった──そんなもの、すぐにどうでもよくなるのだが。

 次の問題は、もっと切実だった。空腹だ。

 人間は、『動物』は従属栄養生物である。食事によって五大栄養素+αを摂取しなければ生きていけない。……それは、ガストレアの身となっても同じことだ。目下の課題は……

 

「オエエエエェェッ!! ゲェッ、ゲエェ! ク゛ソッ、マズい゛……!!」

 

 ……タンパク質。『肉体』という文字の通り、身体は大部分が肉で出来ている。五大栄養素の中でも、特にここは外せない。

 摂取する方法は簡単──栄養学の基礎、『同物同治』の考えに則れば自明の理。動物の肉を食えばいい。

 だが無論火もなければ調味料もないので、生で食う他ない。一応こうすればビタミンも取れるという利点はあるが……絶望的にマズい。辛い。でも、

 

「死にたく、ない……!!」

 

 生きるためには、こうするしかないのだ。

 ガストレアウイルスの恩恵で、食中毒や寄生虫などの心配がほぼ不要というのは幸運だが。

 ……果たして本当に、幸運なのだろうか。ひょっとしたら、この生き地獄は死ぬよりも……

 

「違う、違う違う違う……!」

 

 オレは生きるのだ。あの強がりな宣言が、現実になったのだから。この命には意味があるハズなのだ。

 

 ……たとえ、ここに来た意味が……もう既に、ないのだとしても。

 

 冷たくなった焚き火の跡を見た。散らばった空薬莢を見た。

 

 そして──何人もの、死体を見た。

 ガストレア化していなければ、歯型なんかもない死体。……人間の手で殺された、人間の死体だった。

 

 ……オレが意識を取り戻す前に、戦いは終わっていたのだ。

 延珠ちゃんも、蓮太郎さんも、弓月ちゃんも玉樹さんも……生きているかすら、分からない。

 ……いいや、分かっている。一人一人埋葬しつつ探しても、死体こそ見つからなかったが……あれだけの人数が惨殺されていたのだ。民警軍団は、負けたのだ。

 

 ……延珠ちゃんは、おそらく……死んだ。

 

 間に合わなかった自分が憎くて、素手で何個も穴を掘りながら、ずっと泣いていた。

 泣いて、泣いて、泣いて──全員を埋葬する頃には、前に進もうという気力も、少しだけ戻っていた。

 

「…………帰ろう」

 

 東京エリアには聖天子様がいる。妹もいる。もしかしたら、人間として最低限の尊厳を持った生活に、戻れるかもしれない。

 

 …………あぁ、だけど。受け入れられなくてもいい。いや、()()()()()()()()()

 

「仇を、取らなきゃ……」

 

 彼女も、こんな死に方は無念だろう。

 ならばせめて……

 

「あいつらみんな、ころしてやる……」

 

 あの学校の奴ら、全員。

 生徒も先生も、その親兄弟も等しく鏖殺しよう。

 

 だから歩く。昼夜を問わず歩く。東京エリアを目指して……

 ガストレア達はどういった理屈か分からないが、明確に人間を優先して襲う。そしてモノリス内に人間が居るということを理解していて、常にそちらの方に向かっては結界に弾かれ返ってくる。……たまに諦めず進行して死んだり、侵入に成功したりする奴もいるが……とにかく奴らを殺しつつ、同じ方向に進めばいい。

 だから今日もガストレアを追って、殺して──

 

「あれ……? なんでオレ、ガストレアを殺さなきゃいけないんだっけ……?」

 

 ……ガストレアが減っても、喜ぶのは人間だけだ。延珠ちゃんを追いやったアイツらだけだ。

 

「違う、違う……食べなきゃ、死んじゃうから……死んだら、復讐できないから……」

 

 そうやってオレは、今日も生き血を啜る。

 あぁ……今思えばかつてのオレは、甘過ぎた。言葉だけで、行動が足りていなかった。

 衣食住の全てが、人間として最低限の尊厳を満たす水準に到達していないこの状況──それは外周区の『子供たち』にとって、当たり前のことなのだ。

 

「こんなに、苦しいんだな……知らなかった……」

 

 彼女らの苦しみを実体験せず、何が『真の守護者』か。滑稽にも程がある。

 

「そうだ……全員殺したら、あの学校……『子供たち』に、あげよう……」

 

 そして次は、日本純血会の支部。とにかくまずは住まいを確保しなければ……衣服も食糧も、すぐダメになる。

 

「ハハハ……! なんだ、やらなきゃいけないことは沢山あるじゃん……!」

 

 目標ができたら、足取りが軽くなってきた。

 ただそれはそれとして、食事は必要なワケだが……

 

「……最近、『波』が二つあるよな」

 

 モノリスの方へ向かう『波』とは別に、オレの知らない『どこか』を目指す『波』がある。

 

「……行ってみるか」

 

 多少遠回りになる気配があるものの、正直妙に心を惹かれる。

 何故だろうか……匂いとはまた別種の、心地良い空気のようなものがあるのだ。

 

 ──そしてそこで、オレは出会った。

 

 雄大な体躯、溢れる威厳、落ち着いた呼吸と所作からは、野生動物とは思えぬ知性さえ感じる、そのガストレアに。

 実際その感覚は間違っていなかったと、すぐに証明された。

 

「……! ■■■■■■!?」

「……!?」

 

 そのガストレアはオレを見るや否や、興奮した様子で何かを問うた。

 意味は理解できなかったが──間違いなく人間の声だった。

 

「〜〜! ──っ。

 …………あなた、英語話せる(Can you speak English)?」

 

 今思うと、最初は母国語を話していたのだろう。そしてオレがそれを理解していないと判断し、即座に世界共通語(英語)へ切り替えた。

 当時のオレは驚愕で息を呑みつつ、肯定という形で返答した。

 

「──うん(Yes)でも(But)……少し(little)

おぉ(Oh)……! まさかだわ(Oh yeah)! 私もよ(Me too)! 私いま、すっごく嬉しい(I’m happy so now)!!」

 

 見た目に反し可愛らしい声で、彼女は率直に喜びを表現した。

 そして今度は、オレから問いかけた。

 

「……キミ、名前は(What’s your name)?」

「──アルデバラン(Aldebaran)意味はね(It’s mean)……あー、(ah…)二番目の星かな(maybe the second star)

 

 アルデバラン……タウルスと共に行動していた、バラニウム侵食能力を持つというガストレア。生きていたのか。

 

そういうキミは(What’s your name)?」

「……オレの名前は神崎真守(My name is Mamoru Kanzaki)意味は(It’s mean)──守護者(Guardian)

分かった(OK)! じゃあガーディって呼んでいい(Can I call you Guardi)?」

「……いいよ(OK)じゃあオレはアルって呼んでいい(Can I call you Al)?」

 

 マモルは少し、発音しにくかったのだろう。

 

いいよ(OK)! よろしくね、ガーディ(Nice to meet you Guardi)!」

こちらこそよろしく、アル(Nice to meet you too Al)

 

 挨拶を返すと、アルはゆっくり頭を近付けてきて、オレの髪に軽い口付けをした。

 ……口付けを返すのは小っ恥ずかしかったので、代わりに彼女の頭を軽く抱擁しておいた。

 アルは満足そうに息を吐いて、居住まいを正し──

 

質問があるわ(I have a question)

「OK」

 

 まぁ、大体何を言われるかは察している。

 

人間が、憎い(Do you hate humans)?」

「──勿論(Of course)

 

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