赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
前回の話で重要な真相が明かされているので、必ずそちらを先にご覧ください。
今回は番外編ですが、前回の話を読んだ前提になっております。注意してください。
以下事故的なネタバレ対策のため、空行を入れておきます。
それではどうぞ!
弓月ちゃんの背中が小さくなって、やがて見えなくなるまでの様子を見届け──目蓋を閉じる。
泣きそうな顔で振り返った彼女の顔が、『助けなきゃ』と叫んだ声が、塗り潰されてしまう前に。
痛みは無かったから、独り言を言う余裕はある。以前にも一度だけ、肉が抉れる大怪我をしたことがあるけれど……その時も、痛かったのは最初だけだったことを覚えている。ただ今回は、前回よりも痛みの麻痺が早い。好都合だ。
「──やっってみろよガストレア! オレを異形にしてみせろ!
お前らがオレの遺伝子を書き換えようと、父さんと母さんの血は
弓月ちゃん達を追っていたガストレアの群れが、足を止める。確実に捕食できる、ウイルスの苗床が落ちている場所へ、向かって来る。
「んゴボっ、ァアぁ゛あ……!」
もう、言葉を発することもできない。
口を満たし、溢れるこの液体が何なのかは……知らない方が良いだろう。鉄の味も混じっているので、オイシイ。
──違う。自分の血だと思った方が、精神衛生上ヨクナイ。治レ。
「──ォエ゛エェェ! 痛い痛い痛いイタイッ!!」
神経が修復され、激痛が復活する。思わず患部を見ようと目を開き──すぐさま後悔に襲われる。
視界一杯に
あまりの衝撃に、気を失うかと思った。
その様子に
……あぁ、そうか。
オレは、もう既に──
「──まダだ、まだ終わってナい……!!」
そうだ、既に手遅れなのだとしても……最期まで、抗うンだ。
腕は動く。腹に乗った蟲共には手が届く。なら、払い落とせばいい。
「ギィィィィイイ!!」
足が無クとも、這ッて動け。せめて
そしてこノ自我ガ残ってイル限リ、
「殺ス……殺ス……!!」
追ってきた蟲を、叩いて殺す。落ちてきた蛭を、握り潰して殺す。走っている鹿は、飛び乗り首を噛んで殺す。殺して殺して殺して──
「…………どうしてオレ、自我が残ってるんだ?」
もう足も生えて、しばらく経つ。なのに意識は薄まるどころか、鮮明になっていく。
──それはある意味で、正気を失うよりも苦しい拷問だった。
最初は羞恥心。文明人の意識を持ちながら、一糸纏わぬ姿で外を闊歩するのは、少々恥ずかしかった──そんなもの、すぐにどうでもよくなるのだが。
次の問題は、もっと切実だった。空腹だ。
人間は、『動物』は従属栄養生物である。食事によって五大栄養素+αを摂取しなければ生きていけない。……それは、ガストレアの身となっても同じことだ。目下の課題は……
「オエエエエェェッ!! ゲェッ、ゲエェ! ク゛ソッ、マズい゛……!!」
……タンパク質。『肉体』という文字の通り、身体は大部分が肉で出来ている。五大栄養素の中でも、特にここは外せない。
摂取する方法は簡単──栄養学の基礎、『同物同治』の考えに則れば自明の理。動物の肉を食えばいい。
だが無論火もなければ調味料もないので、生で食う他ない。一応こうすればビタミンも取れるという利点はあるが……絶望的にマズい。辛い。でも、
「死にたく、ない……!!」
生きるためには、こうするしかないのだ。
ガストレアウイルスの恩恵で、食中毒や寄生虫などの心配がほぼ不要というのは幸運だが。
……果たして本当に、幸運なのだろうか。ひょっとしたら、この生き地獄は死ぬよりも……
「違う、違う違う違う……!」
オレは生きるのだ。あの強がりな宣言が、現実になったのだから。この命には意味があるハズなのだ。
……たとえ、ここに来た意味が……もう既に、ないのだとしても。
冷たくなった焚き火の跡を見た。散らばった空薬莢を見た。
そして──何人もの、死体を見た。
ガストレア化していなければ、歯型なんかもない死体。……人間の手で殺された、人間の死体だった。
……オレが意識を取り戻す前に、戦いは終わっていたのだ。
延珠ちゃんも、蓮太郎さんも、弓月ちゃんも玉樹さんも……生きているかすら、分からない。
……いいや、分かっている。一人一人埋葬しつつ探しても、死体こそ見つからなかったが……あれだけの人数が惨殺されていたのだ。民警軍団は、負けたのだ。
……延珠ちゃんは、おそらく……死んだ。
間に合わなかった自分が憎くて、素手で何個も穴を掘りながら、ずっと泣いていた。
泣いて、泣いて、泣いて──全員を埋葬する頃には、前に進もうという気力も、少しだけ戻っていた。
「…………帰ろう」
東京エリアには聖天子様がいる。妹もいる。もしかしたら、人間として最低限の尊厳を持った生活に、戻れるかもしれない。
…………あぁ、だけど。受け入れられなくてもいい。いや、
「仇を、取らなきゃ……」
彼女も、こんな死に方は無念だろう。
ならばせめて……
「あいつらみんな、ころしてやる……」
あの学校の奴ら、全員。
生徒も先生も、その親兄弟も等しく鏖殺しよう。
だから歩く。昼夜を問わず歩く。東京エリアを目指して……
ガストレア達はどういった理屈か分からないが、明確に人間を優先して襲う。そしてモノリス内に人間が居るということを理解していて、常にそちらの方に向かっては結界に弾かれ返ってくる。……たまに諦めず進行して死んだり、侵入に成功したりする奴もいるが……とにかく奴らを殺しつつ、同じ方向に進めばいい。
だから今日もガストレアを追って、殺して──
「あれ……? なんでオレ、ガストレアを殺さなきゃいけないんだっけ……?」
……ガストレアが減っても、喜ぶのは人間だけだ。延珠ちゃんを追いやったアイツらだけだ。
「違う、違う……食べなきゃ、死んじゃうから……死んだら、復讐できないから……」
そうやってオレは、今日も生き血を啜る。
あぁ……今思えばかつてのオレは、甘過ぎた。言葉だけで、行動が足りていなかった。
衣食住の全てが、人間として最低限の尊厳を満たす水準に到達していないこの状況──それは外周区の『子供たち』にとって、当たり前のことなのだ。
「こんなに、苦しいんだな……知らなかった……」
彼女らの苦しみを実体験せず、何が『真の守護者』か。滑稽にも程がある。
「そうだ……全員殺したら、あの学校……『子供たち』に、あげよう……」
そして次は、日本純血会の支部。とにかくまずは住まいを確保しなければ……衣服も食糧も、すぐダメになる。
「ハハハ……! なんだ、やらなきゃいけないことは沢山あるじゃん……!」
目標ができたら、足取りが軽くなってきた。
ただそれはそれとして、食事は必要なワケだが……
「……最近、『波』が二つあるよな」
モノリスの方へ向かう『波』とは別に、オレの知らない『どこか』を目指す『波』がある。
「……行ってみるか」
多少遠回りになる気配があるものの、正直妙に心を惹かれる。
何故だろうか……匂いとはまた別種の、心地良い空気のようなものがあるのだ。
──そしてそこで、オレは出会った。
雄大な体躯、溢れる威厳、落ち着いた呼吸と所作からは、野生動物とは思えぬ知性さえ感じる、そのガストレアに。
実際その感覚は間違っていなかったと、すぐに証明された。
「……! ■■■■■■!?」
「……!?」
そのガストレアはオレを見るや否や、興奮した様子で何かを問うた。
意味は理解できなかったが──間違いなく人間の声だった。
「〜〜! ──っ。
…………
今思うと、最初は母国語を話していたのだろう。そしてオレがそれを理解していないと判断し、即座に
当時のオレは驚愕で息を呑みつつ、肯定という形で返答した。
「──
「
見た目に反し可愛らしい声で、彼女は率直に喜びを表現した。
そして今度は、オレから問いかけた。
「……
「──
アルデバラン……タウルスと共に行動していた、バラニウム侵食能力を持つというガストレア。生きていたのか。
「
「……
「
「……
マモルは少し、発音しにくかったのだろう。
「
「
挨拶を返すと、アルはゆっくり頭を近付けてきて、オレの髪に軽い口付けをした。
……口付けを返すのは小っ恥ずかしかったので、代わりに彼女の頭を軽く抱擁しておいた。
アルは満足そうに息を吐いて、居住まいを正し──
「
「OK」
まぁ、大体何を言われるかは察している。
「
「──