赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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 彼が死ぬ時、今日のことを『最も辛かった日の記憶』として思い出すだろう。


第二十七話:走馬灯・冬の記憶

 

「…………寝れねぇ」

 

 モノリス内に戻った時には、既に日が落ちていた。聖天子様へ任務達成の報を送った後は、軽い湯浴みと食事だけ済ませて寝ることにしたのだが……

 寝袋に入って横になり、体感で二時間ほど経過している。これならばクラスメイト兼同居人の皆に、要望通り武勇伝を語ってやった方が良かったかもしれない。

 

「……ハッ。語ってどうすんだよ、バカが」

 

 頭を振って、愚かな考えを払い捨てる。

 ──だって、言える訳がないだろう。同居人達の中には『神崎舞』がいる。オレが殺した彼の、妹がいる。真実は絶対に明かせない。かと言って、こんな精神状態で上手く嘘を貫けるとも思えない。だから、何も語るべきではない。

 

「……夜風にでも当たってくるかね」

 

 寝袋から這い出て、玄関代わりのマンホールを押し上げる。

 臭いし暑苦しい下水道の空気から解放され、気分もいくらかマシに──

 

「……ならねぇなぁ」

 

 地べたに寝転がって、星を眺めてみる。

 ……暗いままだ。空も、心も。

 分かりきっていた事実に、苦笑い。おそらくこの先一生、本当の意味で心が晴れることはないだろう。

 

 ……ずっと、考えている。

 『他の道はなかったのか』と。『話し合いはできなかったのか』と。

 ……その度に、同じ答えを叩き出す。

 『これしかなかったのだ』と。『話し合う余地はなかったのだ』と。

 

 だって、アルデバランはモノリスを攻撃した。軍団を集めていた。これは弁明しようのない、明確過ぎる敵対行為だ。

 そしてアイツは、アルデバランを助けようとした。アルデバランも、アイツを助けようとした。……二人は、仲間だった。

 

「そうやって誰かを思いやれるなら、どうして……ッ!!」

 

 ……いや、愚問か。言葉が通じるというだけで戦争が回避できるなら、この世には警察も軍隊も必要ない。あの二人は、殺すしかなかった。

 

 だけど、どうしても……分からないことがある。

 この東京エリアには、舞ちゃんがいる。延珠ちゃんと蓮太郎さん、聖天子様だって。

 ……彼らのことを思い浮かべると、胸が温かい。この先の戦いで死んでしまうかもなんて、考えたくもない。

 借り物の記憶の、残り火しか持たないオレでさえこうなのに……アイツは何故、戦争を選んだのか。そこには何か誤解があって、もしかしたら説得の余地があったのでは──と、思ってしまうのだ。だから同じ自問自答が、繰り返されていく。

 

「──こんな時間にどうしたんですか? お兄さん」

「……ティナ?」

 

 不意に声をかけられ、我に帰る。

 上体を起こすと、軽く手を振る彼女の姿。『そっちこそどうして』という言葉が喉元まで出かかるが、寸前で彼女が極度の夜型だったことを思い出す。散歩でもしていたのだろう。

 

「……なんだか、目が冴えちゃってね」

「奇遇ですね、私もです」

 

 そして彼女はオレの隣まで歩いてきて、問うた。

 

「隣、いいですか?」

「……服、汚れるよ?」

「お兄さんもでしょう?」

「いやオレは服の隙間から尻尾出して隙間作ってる」

「えっ」

 

 証拠に『みょーん』と言いながら、蠍の尻尾を見せてやる。

 

「ほら、外周区(こっち)だと服も貴重だし。大事に使わないと」

 

 巨大化した時に一着分壊しちゃったから、尚更ね。

 

「…………」

「……話、聞いてた?」

 

 彼女は躊躇せず、五体を母なる大地へ投げ出した。

 

「誰も気にしませんよ、このくらい」

「……それもそっか」

 

 オレも割り切って、普通に寝転がることにした。

 

「……明日、蓮太郎さんが内地を案内してくれる予定になってるんです」

「ふぅん? 良いじゃない」

「……お兄さんも、一緒にどうですか?」

「オレは駄目だなぁ。目の色が、(あか)(まっか)しかないからね……」

「それなら大丈夫ですよ。Dr.室戸から、カラーコンタクトを貰っています」

「おぉう、用意周到」

外周区(ここ)の居心地が悪いとは言いませんが、ずっと同じ場所から出れないのでは、気が滅入るでしょう?」

「……そうだね」

 

 正直、既に滅入っている。と言っても、彼女の考えているような理由ではないのだが。

 

 

『──おかえり、()()

 

『今日の献立、奮発したんだからね? これ、()()()()()()()()?』

 

『えぇ……言わなきゃダメ……? もう、分かった。分かったから押さないで──っ。

 ……心配したんだから。()()()()()()()()()()()()()()ないかって──』

 

 

 舞ちゃんがそんなことを言う度に、心臓がズタズタに引き裂かれるような心地がした。

 

『やめてくれ、オレは真守じゃない』

 

『キミが作ったその料理を、好きと言ったのはオレじゃない』

 

『キミの兄は二度と帰ってこない。何故なら、オレが殺してしまったから──』

 

 そんなことは、言えなかった。

 オレは今まで通り、()()()()()『兄』として振る舞うことを決めた。

 

 ──ヤツが『裏切り者』なら、オレは『盗人(ぬすっと)』だった。

 

 ……オレは彼女に、合わせる顔がない。

 一時的にでも、距離を置く理由があるなら……

 

「お言葉に甘えても良いかな?」

「勿論!」

 

 外に出ても、連れ添う相手にも『演技』をする必要があったら意味がないワケだが……ティナだけは、オレを『真守』と呼ばないでくれる。オレがその名を嫌っていることを、知っている。それがとても、ありがたい。

 

「あ、言い忘れてたんですけど……明日は夏世も来ます。──()()()()()()、ですね♪」

「……義理とはいえ、オレ達兄妹でしょ?」

 

「あれ? お兄さんは()()()()()()()()()()()ですか?」

 

「──へっ?」

 

「ふふっ、そんなにキョトンとするくらい──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そういう組み合わせが、よっぽど予想外だったんですね」

 

 言われた意味に気付いた瞬間、顔から火が出るかと思った。

 

「ちっ、違うわアホ! 授業中、夏世が蓮太郎さんを熱っぽい視線で見てるから、それで……!」

「なんだ、気付いてたんですか。もうちょっと揶揄(からか)えると思ったのに……残念です」

 

 ……どうやら、上手く誤魔化せたらしい。

 

「流石に寝ますね。これ以上は明日に響きそうですし」

「そうだねウン。流石にそろそろ寝よう」

「──楽しみにしてます」

「お、おう」

 

 ティナがマンホールの中に入っていくのを見送り、もう一回地べたに五体を投げる。

 

「……デート、ねぇ」

 

 偽物のオレに、恋愛なんて許されるのだろうか。

 百億歩ほど譲って、許されるのだとして……オレはどうする気だ?

 

「良い断り文句、考えとかねぇとな……」

 

 犬の鼻は、感情を嗅ぎ分ける。ガストレアウイルスは、生物の特性を強化する。

 

 ……ティナからは、強い『好意』の匂いがする。

 だから近くにいると、とても心地いいのだ。ずっと側に置いておきたいと──『ほしい』と、思ってしまう。

 

「フンッ!!」

 

 全力で、自分の右頬を殴った。

 ()()()()()()()()()の男が、一体何を考えているのか。

 

 ──『神崎真守』は、いずれ人類の敵になる。

 

 ヤツがそうなった以上、ヤツの半身だったオレもそうなるのは確実。だからその前に、オレは()()()()()()()。ヤツの集めた軍勢が滅ぶ瞬間を見届けて、そこで終いだ。

 

 ……ティナは、可愛い。将来、一目一声で人を魅了する美女に育つだろう。きっと、世界中の男が放っておかない。気立ての良さもあるから、本気で付き合えばどんな奴でも堕とせる筈だ。彼女が一人になることはない。喜ばしいことだ。

 

()()なぁ」

 

 あぁ、嫌な男だ……本当に。

 自分が『盗人』であるなら、開き直って『盗んでしまおうか』という思考がちらつく。

 戦いの後、彼女を攫って未踏査領域で暮らす。そんな選択肢が……

 

「──死ね」

 

 立つ鳥跡を濁さず。『神崎真守』は『真の守護者』を目指した少年として、綺麗な思い出のまま終わる。人類の敵となったアイツは初めから存在しないし、偽物のオレはただの夢。だから潔く、死に果てろ。

 

 

「…………嫌だ、怖い。死にたくない……誰か、だれか……」

 




 
「……そこまできて、どうして『助けて』と言えないんですかね?」
「言いたいことは分かってるんです。なら、後は実行するだけでしょう──助けますよ、私達で」
「それこそ言われるまでもありませんね、鳥頭」
「足を引っ張らないでくださいよ、頭でっかち」
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