赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
彼が死ぬ時、今日のことを『最も辛かった日の記憶』として思い出すだろう。
「…………寝れねぇ」
モノリス内に戻った時には、既に日が落ちていた。聖天子様へ任務達成の報を送った後は、軽い湯浴みと食事だけ済ませて寝ることにしたのだが……
寝袋に入って横になり、体感で二時間ほど経過している。これならばクラスメイト兼同居人の皆に、要望通り武勇伝を語ってやった方が良かったかもしれない。
「……ハッ。語ってどうすんだよ、バカが」
頭を振って、愚かな考えを払い捨てる。
──だって、言える訳がないだろう。同居人達の中には『神崎舞』がいる。オレが殺した彼の、妹がいる。真実は絶対に明かせない。かと言って、こんな精神状態で上手く嘘を貫けるとも思えない。だから、何も語るべきではない。
「……夜風にでも当たってくるかね」
寝袋から這い出て、玄関代わりのマンホールを押し上げる。
臭いし暑苦しい下水道の空気から解放され、気分もいくらかマシに──
「……ならねぇなぁ」
地べたに寝転がって、星を眺めてみる。
……暗いままだ。空も、心も。
分かりきっていた事実に、苦笑い。おそらくこの先一生、本当の意味で心が晴れることはないだろう。
……ずっと、考えている。
『他の道はなかったのか』と。『話し合いはできなかったのか』と。
……その度に、同じ答えを叩き出す。
『これしかなかったのだ』と。『話し合う余地はなかったのだ』と。
だって、アルデバランはモノリスを攻撃した。軍団を集めていた。これは弁明しようのない、明確過ぎる敵対行為だ。
そしてアイツは、アルデバランを助けようとした。アルデバランも、アイツを助けようとした。……二人は、仲間だった。
「そうやって誰かを思いやれるなら、どうして……ッ!!」
……いや、愚問か。言葉が通じるというだけで戦争が回避できるなら、この世には警察も軍隊も必要ない。あの二人は、殺すしかなかった。
だけど、どうしても……分からないことがある。
この東京エリアには、舞ちゃんがいる。延珠ちゃんと蓮太郎さん、聖天子様だって。
……彼らのことを思い浮かべると、胸が温かい。この先の戦いで死んでしまうかもなんて、考えたくもない。
借り物の記憶の、残り火しか持たないオレでさえこうなのに……アイツは何故、戦争を選んだのか。そこには何か誤解があって、もしかしたら説得の余地があったのでは──と、思ってしまうのだ。だから同じ自問自答が、繰り返されていく。
「──こんな時間にどうしたんですか? お兄さん」
「……ティナ?」
不意に声をかけられ、我に帰る。
上体を起こすと、軽く手を振る彼女の姿。『そっちこそどうして』という言葉が喉元まで出かかるが、寸前で彼女が極度の夜型だったことを思い出す。散歩でもしていたのだろう。
「……なんだか、目が冴えちゃってね」
「奇遇ですね、私もです」
そして彼女はオレの隣まで歩いてきて、問うた。
「隣、いいですか?」
「……服、汚れるよ?」
「お兄さんもでしょう?」
「いやオレは服の隙間から尻尾出して隙間作ってる」
「えっ」
証拠に『みょーん』と言いながら、蠍の尻尾を見せてやる。
「ほら、
巨大化した時に一着分壊しちゃったから、尚更ね。
「…………」
「……話、聞いてた?」
彼女は躊躇せず、五体を母なる大地へ投げ出した。
「誰も気にしませんよ、このくらい」
「……それもそっか」
オレも割り切って、普通に寝転がることにした。
「……明日、蓮太郎さんが内地を案内してくれる予定になってるんです」
「ふぅん? 良いじゃない」
「……お兄さんも、一緒にどうですか?」
「オレは駄目だなぁ。目の色が、
「それなら大丈夫ですよ。Dr.室戸から、カラーコンタクトを貰っています」
「おぉう、用意周到」
「
「……そうだね」
正直、既に滅入っている。と言っても、彼女の考えているような理由ではないのだが。
『──おかえり、
『今日の献立、奮発したんだからね? これ、
『えぇ……言わなきゃダメ……? もう、分かった。分かったから押さないで──っ。
……心配したんだから。
舞ちゃんがそんなことを言う度に、心臓がズタズタに引き裂かれるような心地がした。
『やめてくれ、オレは真守じゃない』
『キミが作ったその料理を、好きと言ったのはオレじゃない』
『キミの兄は二度と帰ってこない。何故なら、オレが殺してしまったから──』
そんなことは、言えなかった。
オレは今まで通り、
──ヤツが『裏切り者』なら、オレは『
……オレは彼女に、合わせる顔がない。
一時的にでも、距離を置く理由があるなら……
「お言葉に甘えても良いかな?」
「勿論!」
外に出ても、連れ添う相手にも『演技』をする必要があったら意味がないワケだが……ティナだけは、オレを『真守』と呼ばないでくれる。オレがその名を嫌っていることを、知っている。それがとても、ありがたい。
「あ、言い忘れてたんですけど……明日は夏世も来ます。──
「……義理とはいえ、オレ達兄妹でしょ?」
「あれ? お兄さんは
「──へっ?」
「ふふっ、そんなにキョトンとするくらい──
言われた意味に気付いた瞬間、顔から火が出るかと思った。
「ちっ、違うわアホ! 授業中、夏世が蓮太郎さんを熱っぽい視線で見てるから、それで……!」
「なんだ、気付いてたんですか。もうちょっと
……どうやら、上手く誤魔化せたらしい。
「流石に寝ますね。これ以上は明日に響きそうですし」
「そうだねウン。流石にそろそろ寝よう」
「──楽しみにしてます」
「お、おう」
ティナがマンホールの中に入っていくのを見送り、もう一回地べたに五体を投げる。
「……デート、ねぇ」
偽物のオレに、恋愛なんて許されるのだろうか。
百億歩ほど譲って、許されるのだとして……オレはどうする気だ?
「良い断り文句、考えとかねぇとな……」
犬の鼻は、感情を嗅ぎ分ける。ガストレアウイルスは、生物の特性を強化する。
……ティナからは、強い『好意』の匂いがする。
だから近くにいると、とても心地いいのだ。ずっと側に置いておきたいと──『ほしい』と、思ってしまう。
「フンッ!!」
全力で、自分の右頬を殴った。
──『神崎真守』は、いずれ人類の敵になる。
ヤツがそうなった以上、ヤツの半身だったオレもそうなるのは確実。だからその前に、オレは
……ティナは、可愛い。将来、一目一声で人を魅了する美女に育つだろう。きっと、世界中の男が放っておかない。気立ての良さもあるから、本気で付き合えばどんな奴でも堕とせる筈だ。彼女が一人になることはない。喜ばしいことだ。
「
あぁ、嫌な男だ……本当に。
自分が『盗人』であるなら、開き直って『盗んでしまおうか』という思考がちらつく。
戦いの後、彼女を攫って未踏査領域で暮らす。そんな選択肢が……
「──死ね」
立つ鳥跡を濁さず。『神崎真守』は『真の守護者』を目指した少年として、綺麗な思い出のまま終わる。人類の敵となったアイツは初めから存在しないし、偽物のオレはただの夢。だから潔く、死に果てろ。
「…………嫌だ、怖い。死にたくない……誰か、だれか……」
「……そこまできて、どうして『助けて』と言えないんですかね?」
「言いたいことは分かってるんです。なら、後は実行するだけでしょう──助けますよ、私達で」
「それこそ言われるまでもありませんね、鳥頭」
「足を引っ張らないでくださいよ、頭でっかち」