赤目の守護者 作:ブラブレ8巻難民
醜いものを見た。
周囲は汚いものばかり。道行く者は敵ばかり。
──それでも、綺麗なものはあったのだ。少ないけれど、味方だって居てくれたのだ。
──とある駅前の公園にて。
オレと蓮太郎さんは、出店のアイスを買うため並んでいた。
「いつまでムスッとしてんだ? 真守」
「……逆に聞きたいんですけど、どうして
勾田駅からここまでの上り電車。その車内にあった広告は、どれも非常に不快な内容だった。
「どれもこれも、『子供たち』を差別するものばかり……しかも大半が、何一つ科学的根拠の無い嘘っぱちですよ……!?」
思い出すだけで、
先日、オレが任務に行っている間に放送されていたというニュース──『呪われた子供たち』による、『日本純血会』の東京エリア支部長殺害事件。
どうやらこの一件以来、『子供たち』の排斥運動が活発になっているらしいが……怒りの矛先がお門違いにも程がある。どうせなら彼ら彼女には、是非とも『子供たち』を
それにそもそもこの事件、『子供たち』が犯人という証拠が
蓮太郎さんだって、電車で広告を見て内心イライラしてる臭いを出してたのに……
「俺が落ち着いてるのはな……お前がそうやって、俺の分まで怒ってくれてるからだよ」
「…………」
「今日は折角のデートなんだろ? お前が笑ってねぇと、ティナが可哀想だ」
「……デートじゃないです。オレとティナは兄妹ですし、夏世と蓮太郎さんは仕事でしょう?」
モノリス崩壊後の全面衝突。その戦いに参加する民警は、アジュバントというチームを組んで挑む必要がある。
アジュバントは三組六名以上の登録が必須なので、所属ペア実質二組の天童民間警備会社は他社の民警を勧誘しなければならない。(ティナが『ミラ・ペイン』という偽名でライセンスを取って、木更さんとペアを組んでいるが……
今回の内地巡りは、仕事のついでだ。
「アイツの服装見て、それ言うか?」
「…………」
緑を基調とした、ワンピースタイプのドレス。
肩から背中、胸元までの露出は……どう考えても『夏だから』で済まされる範囲ではない。
……なんでも記憶喪失前のオレが『綺麗だ』と言ったらしく、一月前に彼女が全ての私服を
「……じゃあ蓮太郎さんも、しっかり夏世と向き合うんですね?」
「うぐっ」
「そして帰ってからは勿論、延珠ちゃんと木更さんとも向き合うんですよね? あぁ後未織さんと聖天子様も──」
「分かった分かった! オレが悪かったよチクショウ……素直に好意を受け止められない事情があるのは、お互い様だったな」
「そういうことです」
それから少しして、列の先頭はオレ達になった。
「抹茶とチョコを一つずつと、バニラを二つ頼む」
『あいよー』という声と共に、手際よくコーンへアイスが乗せられていき、手渡される。
蓮太郎さんは、そこからバニラ二つをオレに手渡した。
「……嫌なことはさ、美味いもん食って忘れようぜ。今だけでも」
「……はい」
そしてオレ達は、ベンチを取っておいてくれた二人と合流した。
「ほれ、買ってきたぞ」
「はい、どうぞー」
蓮太郎さんは夏世にチョコを渡し、オレはティナにバニラを渡した。
二人は同時に『ありがとうございます』と言い、ハモったことに気付いて同時に相手を睨んで、同時に舌打ちをした。
……シンクロしすぎでしょ。仲良しか。まぁ実際嫌悪の臭いはしないし、見た目ほど不仲ではないのだろう。
「ティナはバニラでよかったんだよね?」
「はい。お兄さんとお揃いです」
相も変わらず、小っ恥ずかしいことを言ってくれる……
言った本人も恥ずかしかったのだろう。熱を持った頬を冷ますように、アイスを多めに掬って口へ放り込んでいた。
一方、あちらの二人はと言うと。
「里見さん、味見に少し交換しませんか?」
「あぁ、いいぞ。ほい」
「──はむっ。……こちらもどうぞ」
「──んっ、こっちも美味いな」
「……間接キスとか、あまり気にしないタイプなんですね」
「あー、延珠がめっちゃしかけてくるから慣れた」
「……デート中に、他の女の話をしますか」
「そういうセリフは八年早えよ、アホ」
「……私達も、しますか?」
「いや、オレ達のアイス味同じでしょ」
「そうですね。なのでその分刺激的に、口移しの交換なんてどうで──あぅっ」
アホなことを言う駄妹には、制裁として強めのデコピンを喰らわした。
「あんまり揶揄わないの。兄妹はそんなことしません」
「…………じゃあ真面目に、
「ティナ、あのねぇ──」
「私、本気です。こんなこと、軽々しく言ったりしません」
「────」
分かっている。知っている。彼女が本気だということくらい……
そして彼女が、何故か
「……その返事、考える時間をくれない?」
「では……モノリス崩壊前までに、答えをお願いします」
「えー、戦いのモチベに関わらない? だったら後の方が──」
「ダメですッ。……そんなに待てません」
「……わかった。それまでには答えを出す」
「はい。……待ってますね」
互いに気恥ずかしさを隠すように、残りのアイスをかきこんだ。
──ドロリと、溶けていく。お腹の中に、溜まっていく。
誰か、誰か一人でいいのだ。偽物のオレに、存在していい理由を──生きる理由を、権利を、くれる人が……ほしい。ずっと、そう願っている。
だから──
なぁ、どうして『モノリス崩壊前まで』に拘るんだ? 何故このタイミングで関係の進展を急ぐんだ?
ひょっとして、もしかして……あり得ないことだと、解っているけれど。
……そういう、あり得ない期待をしてしまう。
しかし実際、コレはおかしな話なのだ。
蓮太郎さんは、ティナと夏世に昨日のことを明かした。敵の正確な内情を、身内に隠す理由はない。加えて、聖天子様からの最新情報も。
──オレの手で、敵陣は既に崩壊している。証拠に、ミサイルが通るようになったらしい。無効化していたのが誰なのは知らないが……とにかく、これで残りの戦いは消化試合と言える。だから
彼女の焦りと心配は、次の戦いとは別の場所に要因があることになる。
だからそう、『今』である理由は……オレの内心に、
それこそ、一番おかしな話なのに……
*
アイスを食べ終え、先に進み──市街中心部の大きな
すると蓮太郎さんが、不意に首を巡らせて……歩道橋のところで止まる。どうやら彼も、歌声に気付いたらしい。夏世が気を利かせて『逆方向でもないんですし、行きましょうよ』と言い、オレ達は歩道橋へ向かった。
──歌い手は、ボロを纏った物乞いの少女だった。
彼女の横には手持ちの看板らしきものがあり、そこには自らが『呪われた子供』であることと、妹がいるということが書かれていた。
……しかしそうなると、気になることがある。蓮太郎さんも同じことを思ったらしく、疑問を口にした。
「おい、お前……その目はどうした」
彼女は布で両目を覆っていた。『呪われた子供』が全盲なんてことは、まずあり得ないのに……
少女は歌を止めてこちらを見ると、にっこりと笑い、答えた。
「これですか?
『────』
みんな、絶句していた。
スルリと外された布の向こうには、言葉通り固着した鉛。その奥の両目は、二度と開くことがないだろう。
──怒りのあまり、オレは彼女の両肩を掴んで問い詰めた。
「どこのどいつにやられた? 言ってくれ、そんなことをしたクソ野郎は誰なのか……!」
見つけ出して、挽き肉にしてやる──そう息巻いていたのだけれど。
「他人にやられたわけではありません。自分でやったんです」
「──ぇ」
どうして……
「私達を捨てたお母さんが、赤い眼を嫌っていたので」
「そんな……!」
頭に、かつて培った知識が提示される。
『ガストレアショック』 赤い目を引き金とした
──突如金属音がして、発生源を見る。物乞いの少女のものであろう、鉄鉢だ。
「ありがとうございます!」
投げ入れられていたのは硬貨ではなく、缶ジュースのプルタブだった。
「──ッッッ」
下手人の男はクスクスと笑いながら、遠ざかっていく。男の連れも、笑っている。すれ違う奴らに、咎められることもなく。
────キモチワルイ。
気色悪い。穢らわしい。なんだこの空間は?
何故止めない? 何故誰も不快と思わない? 小学校で『倫理』『道徳』を学ばなかったのか?
あぁそうだ、きっとみんな小学校に行けなかったんだ。カワイソウニ。
だから、汚い場所の掃除をどうやるのかも知らないんだ。
──掃除しなきゃ。
教室の埃は箒で掃いて、塵取りからゴミ箱に。
歩道橋の
『バチン』という乾いた音が、歩道橋に響き渡った。
「頭は冷えましたか?」
「……ごめん。ありがとう」
平手打ちされた右頬をさすり、気不味さから目を逸らす。
……さっきまで、オレは何を考えていた?
夏世に止められなければ……本気で人を、殺すところだった。……『神崎真守』はやはり、人類の敵にしかなれないのだろう。
だから早く、手遅れになる前に、オレは……
「あの……」
「……うん?」
思考を打ち切って、声のした方を向く。すると物乞いの少女が近寄ってきて、手を伸ばした。
特に敵意の臭いはしなかったので、好きなようにさせてやると……彼女はオレの顔や肩を、満遍なく撫でていった。
「……とっても熱い。私のために怒ってくれたんですね、ありがとうございます」
「……気付いてたんだ」
「気付きますよ。もう長いことやってるので、慣れました。普段は気付かないフリをしてるんですけどね。そうすると、見てた人がたまに本当のお金をくれることもあるので」
「……意外と
「妹の分も、稼がないといけませんので」
「……そっか」
立派な『姉』だ。同じく妹を持つ身として、尊敬する。
「じゃあ、これで妹さんに栄養のあるものを食べさせてあげて」
財布から紙幣をひとつまみして、少女に手渡した。
すると彼女は匂いと手触りで紙幣であることに気付き──顔を青くした。
「こっ、これ……全部一万円札ですよね!? こんなに貰えません!」
「ん、よく分かるね。どうやってるの?」
「一万円と五千円は、前に一度だけ『掃除屋』のお姉さんから貰ったことがあって……その時に『紙幣は大きさが違うから覚えておくように』と言われたんです。『でないとお釣りを少なくされても気付けない』からと……」
「なるほど」
記憶を失う以前から『割とトンデモナイ仕事』をほいほいやっていたらしいオレは、口座にも財布にも、桁がオカシイ量の資金がある。だから特に気負うことなく万札を渡したのだけど……そこまで気が回っていなかった。名も知らぬ『掃除屋』さんに感謝だ。
「お返ししますっ」
「受け取り拒否。代わりに一つ、お願いを聞いてほしいんだ」
「……なんでしょう?」
「しばらくここに……内地に来ないで。最近、テレビで『子供たち』の悪いニュースが大々的に放送されてて……皆殺気立ってるんだ。ここは危ない」
「なるほど、それで……」
思い当たる節があるのか、少女は逡巡しながら服の中にお札を入れて、ペコリと頭を下げた。
「……ありがたく、頂戴しますね。お礼に一曲──」
「いいからいいから。今日はもう帰って」
「ですが……」
「……しょうがないなぁ。一曲だけね?」
それからスマホを取り出し、メモアプリに文字を打ち込んで、皆に先に行くよう促す。同時に、『彼女を外周区まで護衛する』とも。
蓮太郎さんは溜め息を吐いて、二人の手を引いた。
──始まった曲の名は、『アメイジング・グレイス』
*
「……腹、減らねぇな」
少女を送り終えた頃には、夕方になっていた。
彼女が一人で帰れるのか、こっそり後を尾行して……その間勿論、目を離さないよう食事などもしていないのだが。
……まぁ、考えてみれば当然の話。この身体は本来、50mを超える巨躯を駆り続けるよう設計されている。それを、小学生サイズの省エネモードで運用しているのだ。空腹になぞなる訳がない。
「ははっ──バケモノめ」
文字通りの、変
歩道橋の上で、血の雨を降らせようとした男──それがオレだ。
「…………もう、ここでいいや」
ダメだったんだ。次の戦いが終わるまでなんて、悠長なことを言っている場合ではなかった。
未練に縋るな。自己中な恐怖は捨てろ。『神崎真守』は今ここで、終わるべき存在だ。
第何区かも分からない、外周区の廃墟街。周囲には、血の跡が散見されている。オレも今から、その仲間入りをしよう。
「ス──ふぅ…………」
全因子、励起。
痛覚──遮断。
全力発電──
貫手──強度上昇、筋力増加。
胸部装甲──胸周囲の皮膚・骨・筋肉を脆弱化。
胸に手をやり、鼓動の位置を確認。
この心臓を止めれば、全部終わり──そう、思っていたのに。
「何やってんですかッ、バカーーーッッ!!!」
突然背後から体当たりを受けて、押し倒される。
うつ伏せになったせいで顔は見えないが、この声は──
「夏世……? どうしてここに……」
「どうっっでもいいでしょうそんなこと!!」
なんとか身体を仰向けにすると、彼女は顔を真っ赤にして涙をポロポロ流していた。
「嘘吐きッ! また私より先に死のうとしましたね!?」
「……なんのことか、分かんないよ」
「じゃあ今ここで、もう一度誓ってください!! 私と戦場でのパートナーになると! 私と一緒に、永遠を生きると!」
「……駄目だよ。分かってるでしょ? オレが歩道橋で、何をしでかそうとしたのか」
この衝動を、永遠に抑えるなんて……オレにはできない。
「そんなの、私が何度だって止めてあげますから!!」
──プツンと、ナニカが切れた気がした。
次の瞬間、夏世が吹っ飛び廃墟を崩しながら転がっていった。
「ぁ……」
我に帰り、血の気が引いた。
今、オレは何を……
「──なんですか、今のテレフォンパンチは」
瓦礫と粉塵の向こうから、怒りに震える声と──赫い光。
光の明滅。瞬きの後には、眼前へ拳が迫っていた。
反射でガードを上げ、それを防ぐも──鳩尾に激痛。
「……! ゴフッ!?」
「一発は一発。これでチャラにしてあげます」
顔面を狙う
「でも次は喰らわない、とか考えてそうな顔ですね」
「──っ」
「気が済むまでやってやりましょうか? 脳筋」
「──じゃあ、お前の頭なら思い付くのかよ!? 人間共を殺し尽くす以外に、『子供たち』を助ける方法が!!」
「──そんなの、あるわけないでしょう」
「だったらッ、邪魔すんじゃ──」
「どうしてそこで諦めるんですかッッ!?」
──諦める? オレが?
「歩道橋にいた人達は勿論、内地を我が物顔で歩いてる奴ら皆──みんなみんな、狂ってますよ! ぶっ殺したくもなるというものです! 貴方の感情は間違ってない!!」
「……じゃあなんで、あの時止めたんだよ」
「
「……だったら、正しい手段って何さ」
「──
「……え?」
「内地の奴らは、私達民警をどう評価していると思いますか?」
「……知ってるよ。『ガストレア同士を殺し合わせる、体のいいゴミ処理』だろ?」
「──
「……ぁ」
「生きて戦っている間、私達は正しいんです。だから、戦い続けましょう! そしていつか、奴らに言わせるんです──『ごめんなさい、私達が間違ってました』って!!」
「────」
「私と一緒に、
「──ッッ」
オレは、彼女の手を取った。
「……うん、証明する。オレ達の存在価値を、認めさせる」
「はい! それでは改めて──」
今作夏世は将監さんの価値観に強い影響を受けていて、実は結構バトルジャンキーだったりします。(漫画版参照)
なので彼女視点だと、真守くんとペアを組んだ日の台詞の捉え方がちょっと違かったりする。
話は変わりますが実はティナ、真守の任務のことを盗み聞きしていました。(散歩してたら偶然電話してるのが見えて、近付いたらヤバい話が聞こえてきて隠れた)
それから真守と同じ体質を持つ夏世に事情を話し、彼の任務にこっそり着いて行ってもらいました。
そしてシェンフィールドで索敵支援しつつ、最深部手前まで行き──二人はもう一人の彼のことを知りました。
二人が真守と出会ったのは、分離してガストレア化した後なので──二人にとって『本物の真守』はテセウスの方。故にショックも小さかったですが……他だと軒並み大変なことになります。
延珠:発狂、気絶。ただし総合的には一番幸せな結末を迎えられる。(延珠の場合、時間をかけて立ち直って、彼を更生させるために戦う。真守くんは彼女に攻撃できず、無理矢理エリアに連れ返されて和解エンド)
舞:発狂、気絶。全員にとって最悪の結末を迎える。(舞がガーディ側とテセウス側のどちらに立つかは半々だが、どちらのルートでも他の人が遭遇した場合とは比較にならない数の死体が発生する)
蓮太郎・菫・聖天子:精神に甚大なダメージ、茫然自失状態に。テセウスの自殺を止められず、バッドエンドルート一直線。
木更:精神に大ダメージ──を受けるが、ガーディが『話の分かる