赤目の守護者   作:ブラブレ8巻難民

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第六話:兄妹喧嘩

 

「……おい、舞。昨日から何も食ってねえだろ? 扉の前にお(かゆ)置いとくから、食いたくなったら食ってくれよな」

 

 相変わらず、返事はない。たまに物音が聞こえるし、玄関に靴もあるから、気付かない内に外へ出ていたということはない筈なのだが。

 

「……はぁ」

 

 二日前に親友が失踪して、その翌日に両親の訃報(ふほう)が届いた。そのせいで妹は完全に精神を病み、部屋に鍵をかけて閉じ(こも)ってしまった。

 俺達は近い内に、父の兄(叔父)に引き取られることとなるだろう。

 

「……民警には、なれねぇなぁ」

 

 叔父は、前田と同じタイプだ。良い人だけど、差別主義者。父さんが民警をやること自体は否定しなかったけど、会う度に『イニシエーターが妙な動きをしたら、ちゃんと迷わず撃つんだぞ』と言っていたことを覚えている。

 実際父がイニシエーターに殺された以上……忘れ形見であるオレを、意地でも民警にはしない。そういう人だ。

 

「……着信なし。メールもなし」

 

 あれから、蓮太郎さんからの連絡は無い。延珠ちゃんは、まだ見つからないのだ。

 

「嫌なことばっかりだよ……クソッたれ」

 

 もう何もしたくない。眠りに落ちて、幸せだった頃の夢を見ていたい。

 だけど、今オレが全てを放棄したら舞まで死ぬ。冗談抜きで、自殺しかねない。だって、オレも包丁握って数分呆けてたから。暫く包丁を使った料理は封印だ。

 ……思考が逸れているぞ。やるべきことを考えるんだ、神崎真守。

 

「学校は……」

 

 義務教育なので、授業は受けねばならない。一度行かなくなると、戻るキッカケが失われて二度と行けなくなるだろうと考えると……今日も一応、行った方が良い。

 ……行った方が良い、が。

 

「行かなくていいわな……」

 

 こちとら民警の座学免除試験対策完備済みじゃい! 国語と英語と理科と社会は小学校の問題どころか中学校の問題まで解けるわヴァカめ!! 算数? 知らんな……

 まぁそういう訳で、勉強なら大体オレでも舞に教えられる。そこは大丈夫だ。

 

「じゃあ、オレは何やればいいんだ……?」

 

 …………そうだ、延珠ちゃんを探そう。

 そうして重い足を引き摺って、玄関まで歩く。

 ……どうしてこんなに、足が重いんだ?

 

「……あぁ、舞をひとりに……しちゃダメだもんな……」

 

 妹の居る二階に戻って、声をかけてから行こう。

 いつもよりやたら高く感じる段差を乗り越え、ノックを三回。

 

「舞──」

『うるさい! 一人にしてよ!!』

 

 …………返事が返ってきただけ、良しとしよう。

 

「……おう。ちょうど、家出るとこだったんだ……延珠ちゃんを、探しに行ってくる」

『──ッ、こんな時でも他人(ヒト)助け!? お父さんもお母さんも死んじゃったんだよ!? 悲しくないの!?』

「……ぁ゛?」

 

 悲しくないワケがない。辛くて苦しくて、今にも倒れそうだってのに。

 それでも、お前には元気を出して欲しくて。あの子が見つかれば、喜んでくれると思って、

 

 そんな心は一切口から出ないのに、咄嗟に出るのは自分でも驚くほどの、負の感情に満ちた声。

 

『だってそうでしょ!? 他人に構ってる余裕があるんだから!!』

「……じゃあなんだ、オレもお前みたいに引き籠もれば満足か?」

 

 あぁ、止めろ。解ってるだろう。舞だって、喧嘩がしたいワケじゃない。苦しいんだ。

 

『何その言い方! 私だって好きでこうしてるワケじゃないのに!』

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。オレだって、本当はテメェのメシなんて作ってやる余裕ねえのに」

『別に頼んでないでしょ恩着せがましい!!』

 

 止めろ。止めろ……!

 早く謝るんだ。兄として、引き返せなくなる前に……!

 

「あぁそうかよ! もうお前なんか知らねぇっ、そこで勝手に飢えて死んどけクソが!!」

『──っっっ、二度と帰って来んな薄情者!!!』

 

 熱に浮かされるまま、玄関に置いていた鞄を持って家出する。

 ほんの少しだけ残っていた、役立たずの冷静な部分が──妹の泣く声を捉えていた。

 

『ごめんっ、行かないで! 私が悪かったから!! ひとりにしないで! ねぇっ、ヤダ!! 帰って来てよお兄ちゃ──』

 

 謝ることもできないクソガキのオレは、それを無視して走った。声が聞こえなくなるまで走った。

 

「〜〜っ、うあぁあ゛あ゛あ゛……!」

 

 走り疲れて、泣いて、呼吸ができない中……自分の爪で全身を掻き切っていく。

 

「バッカ野郎……! このゴミクソッ! 死んどきゃいいのはテメェ(自分)だろうが……!!」

 

 言葉を発するのも苦しい。いろんなとこが痛い。でもそれ以上に、自己嫌悪で潰れそうで。回らない頭が、自分を傷付けないとやってられないと叫んでいて。

 

「──ェホッ、ゲホッ」

 

 胃が痙攣して、フラフラしながら倒れて、吐き戻した。

 黄色い液体と、血の混じった唾しかなかった。胃酸で喉も焼かれて痛い。そういえばオレも食ってないんだった。

 

「……ぁあ、ヤベ……死ぬかも……」

 

 それでいいのかもしれない。こんなオレには似合いの末路──

 

 

「ところがどっこいそうは問屋が卸さないってね。

 ──まぁボク、問屋じゃなくて『情報屋』なんだけどさ」

 

 

 薄れ行く意識の中で、知っている声が聞こえた気がした。

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