呪霊は養分   作:スマホ割れ太郎

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ちょっと短め


11.結末

 呪霊の魂が浄化されていくのを感じる。それと同時に不安定になっていた生得領域の崩壊が止まる。

 目論見通り真が玉藻前を祓ったのだ。

 再び安定した精神世界の中で二つの魂は未だ対峙していた。

 

 「これから、あなたはどうするの?」

 『所詮我ははるか昔に死した魂。現世に留まるには歪に過ぎる。用が済めば疾く失せるさ』

 

 それは至極当然な自然の理だ。呪術という外法を持って永遠の安寧から呼び覚まされているだけにすぎない。

かつて罪を犯したといえど、それを自覚して償いを行い、死した時点で禊は済んでいる。今回の助力はほとんどが九尾の狐の善意によるもの。

 

 『だがそうさな、僅かに未練と言えばお主がそうだ。どうもお主は昔の我に似ておるからのう。やらかし具合とか』

 「うぐっ」

 

 完全に早まったことをしたということは否定できない。この狐がいなければ、本当に命を掛けた縛りが発動して呪霊が手のつけられない存在になっていた可能性もある。命を掛けた縛りというものの強さをまだ空は知らない。

 

『我も弱体化したとはいえ、術の研鑽はそこまで衰えておらんし今のお主よりは格段に強い。どうせお主が死ぬまでくらいは瞬きの時間、もののついでに力になってやらんこともない。同情と憐憫からだが、どうだ?』

 

 九尾の狐は空に対して甘い誘いを授けた。完全に善意からによるものだが、人を堕落させる性の片鱗が確かに残っていた。

 空にとっては願ってもないことだ。力がない自分に辟易しているのは変わりない。力ないものから死んでいくこの残酷な世界では真の隣にいることが出来ない。今回の件でそれがはっきりとわかった。

 だけどこの誘いを受けたところで、その恩をどうやって返せばいい。そして借り物の力で強くなったところで、自分を好きになることが出来るのか。

 

 「…ありがたいけど、やっぱり遠慮しとく。あなたに頼ったところで、私が私じゃなくなるだけだから」

 

 苦渋に満ちた顔で空は答える。

 その様子を見た狐は満足そうに口元を大きく弧に歪ませた。

 

 『クックック…。見込み通り愚かな娘じゃ。我のことも呼び出した自分の力の一部、と傲っておけば良いものを。こちとら始めからお主の意見なぞ聞いておらんわ。お主の中に残ることは既に決めておる』

 「はぁ?」

 

 最初は何を言っているのか理解できなかったが、空は自分が試されたのだということを悟った。

 狐は更に愉快そうに語って聞かせる。

 

『我は我のしたいようにするだけ。お主と同じくな。文句があるなら力ずくで追い出してみせよ。それにお主、あの生臭の存在を忘れておらんか?』

 「うっ、そうだった…」

 

 それを言われたら言い返すことが出来ない。玉藻前は祓うことが出来たが、まだ夏油が残っている。夏油との縛りが健在である以上、自分は単なる人質にしかならない。

 

 「やっぱりお願いします…」

 

 しょんぼりしたように頭を垂れる姿を前に、狐は再び満足そうに笑った。

 

 

 

 玉藻前が消えていく。同時に真は身体に膨大な力が取り込まれるのを感じた。

 全身に青白い呪印が迸る。魂と体を作り変えている証だろう。全能感が真の精神を圧迫するが、耐える。力なんて自分を構成する一部にすぎない。

 そして目の前の少女もまた帰ってきた…はずだった。

 

 「…随分と情熱的な接吻じゃ。思わず体が熱くなってしまったわ」

 

 それは真の予想と少し違った。

空の漆のような黒髪、黒曜の瞳も金へと変貌していた。

 だが真はその存在に敵意を持つことはなかった。魂を見て知っていた。空のことを守ってくれていた存在だと。

 ただ表に出てくることは予想していなかったので困惑するしかなかったが。

 

 『ノーカン!!ノーカン!!』

 

 少女の頭の中で声が響く。

 

 「ああ、すまん、戦闘中だと思って張り切って出てきたが、状況をすっかり忘れておった」

 『嘘!絶対にわざと!この変態、色情魔!なにが現世には未練が無いよ!』

 

 今は精神の裏に引っ込んでいる空が自分の初めてを奪った怨敵に向かって吠え立てた。

 

 「色情狂呼ばわりとは失礼な。そうは言っても、我も頑張ったことだし、何か褒美があってもいいとは思わんか?それに既に我らは一心同体、体の感覚も共有しておることだし別に構わぬだろうに」

 『それとこれとは別でしょうが!なに、あんた真に惚れてるの!?』

 「うーん、そうかもしれん。だってイケメンだし…。まあ認識がお主に引っ張られてるせいだと思うが。そんなに心配せんでも横から掠め取りはせんて」

 『説得力ゼロなんですけど!やっぱ出てって!』

 

 

 傍目には少女が独り言を延々と呟いており軽くホラーな光景だった。非術師が見たら確実にヤバい人間だと思うし、術師から見てもかなりよくわからないことになっている。

 だが真は空の無事を確認してそれどころではなかった。

 

 「先輩、無事でよかった…。そして君が先輩を守ってくれたんだろう。本当にありがとう」

 

 九尾は驚いた。明らかに二つの魂を区別して言葉を掛けていたからだ。

 

 「魂を認識しておるのか。そんなことが出来るとは珍しい。いや、そのような術式を持っていればさもありなん」

 「ああそうだ。君はもしかして玉藻前か?」

 

 本物の?という意味だ。この状況でそれ以外にこのような強い呪術師が現れる道理がない。

 伝承とは様子が異なるが、人の話は得てして歪曲して伝わりあてにならないもの。少なくとも目の前の存在が自分にとって恩人であることに変わりはない。

 その問いに空と同じ姿をした少女は不敵な笑みを浮かべた。

 

 「空と違って頭に血が巡っているようだな。確かに、この魂はかつて白面金毛の狐と呼ばれた。ああそう言えば、我は依り代を得て再び現世に生まれ落ちた身、まだ名がなかった。お主が付けろ」

 

 思いがけない要求をされて真が戸惑う。というか先輩の中に居座るつもりなんだ、とも思ったが恩人でもあるため口には出せなかった。今の力関係がどうなっているのかもよくわからない。見たところ善良な魂だし敵対的でないからあまり心配する必要はないかと真は開き直った。

 とはいえ名付けはあまり得意ではない。見たままを表すことしか出来ないから。

 

 「俺でいいの?じゃあ、九尾だから九重(ここのえ)で」

 「安直じゃのう…。まあいい気に入った。今後ともよろしく、真。…ああうるさい、あの生臭をぶち殺したら替わってやるから大人しゅうしとれ!」

 

 

 

 

 夏油が術式を回復した大嶽丸と、ストック約6000のうち雑兵2000体、余力を残しつつリターンに見合う程度の呪霊を消費して領域に対して攻撃を仕掛けようとしていたところ。

 真が展開していた領域が解かれ、二つの人影が現れる。領域展開後から約一分後のことだった。

 明らかに力を増している少年と、様子の変わった少女の姿。

 

 これを見て冷静を装ってはいたが、実のところ夏油は全てのやる気を失ったのだった。

 

 そもそも真がこの場に乗り込んできたところから計画が崩れていた。

 真が生きているのは百歩譲って許そう。だがあそこまでボロボロにされておいて無傷の状態にまで回復しているというのは許容し難い。明らかに現代呪術師の中でも最高峰の回復力を得てしまっており、領域まで会得している。そしてそれを促したのは自分自身だという結論に至ってしまう。

 

 さらには目的であった特級呪霊まで横から奪われる始末。もはや大嶽丸と同等レベルくらいの実力は最低でもあるだろう。なんで追って来られたのかは考える気にもならない。

やること為すこと何もかもが裏目に出ている。夏油ははっきり言ってここ数年の内で一番凹んでいた。

 

 「やあ、玉藻前は美味しかったかい?」

 「呪霊ってゲロみたいな味がするんだな。知らなかったよ」

 「呪霊の味を知っている人が増えて嬉しいよ。だが空ちゃんは随分と様子が変わってるようだけど?」

 「お前が気にする必要はない」

 

 夏油はため息をついた。おそらく少女と結んでいる縛りについても対策ができているに違いない。今の真と戦ったとして、6割は勝てるかもしれないが失うものも大きい。隣の少女についても今は未知数。玉藻前からの支配を逃れている時点で何らかの力がある。その実力によっては差し引きゼロからマイナスにしかならない。もはやこの二人と戦ったところで自分が得るものは何もなくなってしまった。

呪霊たちを纏めて『うずまき』を作る前で良かった。こんなところで無駄にする必要はない。

 気づかれないように後ろ手にとある呪霊を召喚する。

 

 「私の判断は間違っていたようだね。君はあの時確実に殺しておくべきだった。アレは私の甘さだった。今後は肝に銘じることにするよ」

 「今後?随分と余裕な…。…まさか!」

 

 背後から大口を開けた蛇の呪霊が夏油を丸呑みする。これは尾を喰らう蛇。

 夏油はいつでもある程度の余裕を残している。確実な逃走手段を持っているから。

 自分は大義のために死ぬわけにはいかない。だからこそ常に持っている保険。

 

 真は瞬時に夏油目掛けて突進し、追撃を加えようとするが、その手前で大量の呪霊の壁が行く手を阻んだ。

 

 「置き土産だ。味わって食べてくれ。もう君とは会わないことを願っているよ。全く疫病神だ…」

 

 呪霊の口の中で夏油がうんざりとしたように呟く。

 現れた呪霊は全て2級~3級程度、今の真にとっては雑魚ばかりだったが、一瞬の時間稼ぎとしては十分だった。

 蛇の呪霊は最後には自分自身を丸呑みしてその場から消えた。

 

 

 

 「逃げやがった…」

 

 あっけない顛末に真は憤りよりも呆れを覚えた。

 夏油にはまだ怒りを感じているが、空を取り戻すことが出来た以上もはやそこまで執着を持つこともない。それに追跡する方法も既にない。

 空間から消えてしまっては仕方ないと追うのは諦めて成長した肉体性能の確認をすることにした。

 真は現れた呪霊を前に、黒い閃光となってその壁を貫いた。

 

 九重と名付けられた少女は目の前の蹂躙を見て目を細めた。自分が呪力で強化してかろうじて目で追える程の速度、多くの呪霊は真のことを認識する暇もなく、拳に撃ち抜かれ、首をもがれてこの世から消えることになった。

 圧倒的な膂力と疾さ。基礎能力のみで圧倒できている。並みいる呪霊では全く太刀打ち出来ないだろう。そして狩られた呪霊は全て真を成長させる養分となる。呪霊にとっては悪夢に等しい存在だ。

 

 (およそ100体の呪霊の壁を体術のみで20秒足らずか。強いな)

 

 既に平安の術師と比べても優れていると言っていい実力。正しく英雄の器。そしてそんなのが跋扈する平安の魔境、恐るべし。

 

 それにしても、正直夏油は逃走を選ぶのではないかと考えてはいたが、こうも潔いと逆に毒気を抜かれる。

 懸念すべきは縛りであるが、空が結んだ縛りの内容は、夏油傑の命令に必ず従うというもの。それは九重という存在には関係がない。九重が表に出ているか、夏油本人が目の前にいなければ無害。放置していても問題はない。

 

 九重は夏油の実力を測るために観察していた。

 呪霊のストックは未知数だが100体を使い捨てにできるほどの量はあると見ていい。一つ一つが大したことがなくても数が純粋な力になるというのは嫌というほど知っている。体術だけだったが100体程度で真を20秒は足止め出来ると証明された。単純計算で1000体なら200秒。加えて真の範囲殲滅はそこまで広範囲をカバーできない。範囲外から物量で押されれば、呪霊を糧にできるとしても対応が間に合わない。そして全盛期から劣る自分ではそれをカバーできるかはわからない。

大嶽丸が最高戦力と見ていいがその他に特級を持ち合わせていないとも限らない。玉藻前相手では単に出し惜しみをしていただけだろう。簡単に祓われて真の栄養源にするのも憚られていたということだ。

自分の見立ではここで真と二人で戦ったとして勝率は少なくとも7割あった。ただこの限られた空間だからこその7割、空間の縛りがなかったらもっと低くなるだろう。

そのような有利を得られず、ほとんどリターンが得られない以上無駄なリスクを負う必要はない。もし戦うとしても策を持ってから。場所を限定して向こうのリソースを割いてからもっと確実に勝てる状況が理想的。九重はそう結論付けた。

 

 

 

 洞窟から出る道中、既に九重は表出することを止め、空が表に出ていた。

 真はボロボロの制服、二人して土埃にまみれている。

 空の髪が金糸から見慣れた黒髪へと戻って真が安心する中、空はどこか機嫌が悪かった。それと同時に少し落ち込んでもいる様子。

 チラチラと横目で見ていた真はそれに気づいた。

 

 「…あのー、なんか少し怒ってません?」

 

 真が恐る恐る尋ねる。

 案の定少し不機嫌さを感じる声がする。

 

 「…助けに来てくれたのは本当に感謝してる。あんな状態になってまで守ってくれようとして。でもゲロは酷すぎるでしょ…」

 

 あっ。と真は冷や汗をかくことになった。あのときは正直吐瀉物の味が強烈過ぎて何をしたかよく覚えていなかったのだ。普段は呪霊を祓ったら勝手に全身から取り込まれるのだが、今回は口から反転術式を施しつつだったためそこから取り込まれる分が多かったらしい。

 九重も言うに事欠いてそれか、と少し怒っているらしい。本当のことだとしても、夏油相手に答えたのだとしても、当の女の子の前で言う事ではなかった、と真は少し反省した。

 

 「ごめんなさいすみません申し訳ない…」

 「もういいわ、完全にノーカウントってことで。それよりこっち向いて」

 

 徐々に出口が近づいてくる。

 

 「そう言えば私の答え、まだだったわね」

 

 口直しだと言って、空は不意に真に口づけた。

 洞窟には美しい月明かりが差し込んでいた。これが月の味とでも言うのだろうか。

 

 

 

 

 「あのー、お取り込み中申し訳ないんだけどー、青春を目一杯味わってるところ本当に、非常ぉーに申し訳ないんだけどー」

 

 突然二人の隣から声がした。瞬間移動したかのように、本当に突然それは現れた。

 

 バッっと真と空は反射的に互いに身を離す。

 それは身長が高くて目隠しをしていて白髪で黒装束の怪しいを絵に描いたような男だった。

 今、二人の思いは完全に一致していた。こいつは空気が読めないのか、申し訳ないと思うならもう少し待っとけよ、と。

 


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