2.
土曜日。
雨池先輩の実家でもある天池神社は俺たちの住んでいる町の外れの山奥にある。ちなみに俺たちが住んでるのは青森。
周辺には民家すらなく、何故にこんな僻地に建てたのか疑問に思ったことがあるが、昔の呪術師は基本的に人目を避けることを好んだためで、先祖代々受け継いできたかららしい。
まあ先輩にお呼ばれされても恋愛イベントなんて起きないんですけどね。大体休みの日にここに来るときやることは呪術師としての修行アンド修行だ。先輩の父親、雨池正悟(あまいけしょうご)さんっていうんだが、その人にかなり気に入られてしまっていて少し前までは暇さえあれば知識や技術の指導をなされていた。
なんで気に入られたのか聞いたら、強くて才能があって教え甲斐があるからだと。呪術の訓練は普通に楽しいけど、そこまで将来呪術師になりたいわけではないのでやり過ぎ感は正直感じている。
代々社家として神社の祭祀を引き継いできたらしいが、メインは呪術というだけあって本当に神職業はやる気の無さが見える。呪術師として霊が可視化されているだけに神やらなんやらへの畏れというものが欠けているのかもしれない。
まあ要するに呪術師という裏稼業を営む上での隠れ蓑としての役割がほとんどというわけだな。こうやっていうとカタギじゃないように聞こえるけど呪術師登録認可はちゃんと受けているらしいので安心だ。
「いつ見てもここは相変わらずだなぁ」
元は赤かったはずの鳥居の塗料はすべて剥がれてしまって久しいし、社に関しては今にも崩れそうな腐りかけの木造から変わってない。境内の目立った雑草は処理されているけど落ち葉類は散乱状態。どう見ても参拝客よりも廃墟マニアからの需要のほうが大きそうだ。本来こういったうらびれた場所には呪霊が出没しやすいのだがそこはちゃんと結界でカバーしているので完全に放置しているわけでもない。まさに必要最低限、合理主義が垣間見えるけど、先祖代々続いている土地へのリスペクトとかないんですかね。
家が神社といっても敷地の中に家屋があるわけではなく、その隣に建っている。俺の目的地はそちらだ。
住居の方は普通に現代的な建物で掃除もちゃんとされてるのが手に負えない感じがする。
俺は呼び鈴を鳴らして訪問を伝える。少しして正悟さんが玄関ドアを開けた。そこは先輩のお出迎えがよかったけど。
「こんちわっす」
「おー、久しぶりだな!最近全然こないから心配したぞ。空も愛想つかされたんじゃないかってな」
「一応部活終わった後先輩の送りで立ち寄ってはいますよ」
「水くせーなぁ、晩飯も食ってけばいいのに」
少し前までは部活後も先輩送りついでに毎日のように修行してたからな。呪術については大体教えたって言われたから最近は呪霊狩りツアーで色々試してたんだけど。ちなみにこの人は俺が先輩に気があるということも知っている。親公認というやつだ。
「まあ上がってけよ。修行の成果というやつも見てみたいしな」
「おじゃましまーす」
なんかこれじゃ正悟さんにお呼ばれしたみたいだなぁ。まあいっつもそんな感じなんだけど。
俺気に入られすぎじゃね。いやいいんだけど。
リビングに入ると先輩が優雅に茶を飲みながらテレビを見ていた。
高校野球か、先輩結構野球好きだよな。
由紀子さん(先輩のお母さん)は外出してんのかな?
「おーす真」
「こんにちはです」
「わざわざご苦労さま。じゃ、お父さんのお守りよろしく」
「了解です」
会話終了。でも実家のような安心感。
うん、俺は良いのかこんな感じで。なんかここに入り浸るのが惰性になってはいないか?いやまあこれがいつまでも続けばいいなとは思ってるけども。なんか違くないか?と最近少し悩んでいる。
釈然としない思いを抱いていると正悟さんから呼ばれた。まあいつも半分こっちがメインなとこあるし、仕方ないか。仕方ないよな?
「おい真早くこい」
「あ、はい」
向かうは地下。地下室には家の書庫と、訓練場が備えてある。このあたりは由緒正しい家って感じがするな。
雨池家は血筋自体はかなり古くから続いているらしく、中世あたりまで歴史を遡る。昔は降霊術による予言や助言などの占いで隆盛を誇ったというが、近現代になりオカルトの入り込む余地が少なくなるにつれて衰退していき、相伝術式よりも呪具制作や結界師などの副業をメインに切り替えていったとのことだ。俗に言うイタコというやつは大体彼らの親戚である。
家の歴史が厚くても過去の栄光に縋り付くことなく時代に合わせて稼業を変えていけるのは素直に凄いと思う。そういった合理性は俺としては好ましい。
訓練場は、広さと強度を確保するために結界術を利用している。実際の空間よりもだいぶ拡張されているらしく、バスケットコートの1面くらいの広さはある。定期的な呪力供給は必要だが、空間拡張なんて高度な結界を使えるあたり結界術の練度の高さがうかがえる。実生活で便利な呪術その1だな。
このあたりの技術は領域展開という呪術の秘奥にも関わってくるものであり、このような空間に生得術式を付与することで完成するらしいが、それはまた別のベクトル、別次元の難易度だという。まあ領域なんて自分の術式もろくに把握していない俺が使えるものではないだろうな。
「じゃあとりあえず、俺の式神全部さばいてみろ」
部屋に入って早々課題を言い渡される。正悟さんは呪術高専で言うところの1級相当の実力があるらしい。それは多分凄いことなんだろうが、どのくらい凄いかいまいちその辺の感覚はわからない。ただ実力者であるということはわかる。その式神術は生得術式のものではなく、後天的に習得した技術によるもの。一つ一つが3級程度の呪霊レベルであり、今回はそれを20体現出させる。天狗だったり、犬だったり、蛇だったり形態は様々。この空間自体が元々正悟さんの領域のようなもので、呪力供給などはそちら側のストックも使える。ただ式神は術式を持っておらず、基本的な攻撃は物理攻撃のみ。
数とは力だ。一つ一つは大したことがなくても束になれば2倍、3倍以上の実力となる。術式持ってる奴に囲まれたら普通はフルボッコだ。
しかし一般的には数は力だが、呪術戦においては呪力操作技術と呪力量こそ力。呪力操作は言わずもがな多様な呪力行使を可能とし、呪力量さえあれば術の威力増大、複雑緻密な術式を組まずともある程度術式過程をショートカットできる。
例えば結界術。結界とは呪力によって構築された境界。何を隔てるのかによって使用難度が変わるが、基本的には術者の技量次第で自由に性質を定義できる。
結界術を実戦上使う人間が少ないのは、0からの術式構築、空間指定や長い詠唱などが実戦で運用する上の妨げとなるからだが、それさえ解決できれば応用性の高い武器となりうる。
俺の身体には自分の呪力で基礎的な結界術式を入れ墨のごとく刻んでおり、術式構築はある程度スキップできる。空間指定も自分の体を起点にすればそこまで難しくはない。詠唱などは術式効率のための縛りに等しいから呪力量でスキップ。
俺が使っているのは簡易的な対呪力障壁だが、ただ呪力を通さないというだけでも色々応用できる。
この間イマイチ使い勝手が判別できなかった呪力剣を使ってみよう。
原始的な呪力は少量であれば物体を透過するが、密度が大きくなれば物理的な影響力を及ぼす。4級以下の下級呪霊は物体を透過するが2級などの呪霊は物理攻撃が可能なのと理屈は同じだ。
この術はそうした呪力自体の性質と対呪力障壁の応用。呪力を閉じ込めるための結界を剣状に極薄で展開し、中に大量の呪力を圧縮して物理的な強度を持たせるだけの原理的には単純な術式。必要なのは精密な呪力操作と基本的な結界術技能と大量の呪力のみ。詰め込む呪力が大きくなるほど結界自体の呪力消費も大きくなるが、その分威力は高くなる。
物体として存在するモノに呪力を流し込むのと同じではあるが、あちらは物体表面が呪力を閉じ込める役割を果たしており、一定以上の呪力を注ぎ込むなら物体の崩壊を防ぐために今回使っているような結界術が必要となる。
即応性、携帯性の点においてこの呪力剣が有利、不利な点は燃費のみ。
とりあえず2m長に展開し、これでもかというくらい呪力を突っ込んでみる。
式神たちはセオリー通り囲んで攻撃してくるが、カウンターで回転斬りして一刀両断する。
手応え的には皆無に等しく、水でも斬っているような感触だ。多分威力が高すぎだ。
式神の弱点として媒体の問題で耐久力が弱くなりがちというものがある。紙など使えば文字通り紙耐久であり、この手応えのなさはそのせいもあるだろう。
そういう性質もあり、式神は大抵戦闘においては受けを考慮せず大量展開して畳み掛けるか、牽制として使うかなどして用いられる。
今回はもっと呪力抑えめでも十分かな。
「結界術の応用による物理剣展開か。相変わらず器用な…。その密度だと下手な呪具刀よりよっぽど切れ味がいいだろうな。燃費は悪そうだが、お前の呪力量なら問題にはならないだろう。展開速度を上げれば対人においては無手からの奇襲で文字通り一撃で屠れるな。さらにどうにかして不可視化できれば…あるいは投擲できれば…」
正悟さんが少し離れたところでブツブツ言っている。
客観的なご意見ありがとうございます。だいぶ物騒なこと考えますね。対人戦なんてこの先する予定はないですけどね。
変形させたりすると呪力操作が難しいし、長くしたりすると単純に増えた体積分呪力消費が増すから短刀程度の長さで定めるのが使い勝手が良いだろうとは個人的に思った。
と、今文字通り捌いたのは4体、まだまだ残りはいる。
さて、どういった手段を用いるか。
ちまちました術を使っても何だし、ほぼ魅せ技だけど、あれをやってみるか。
呪力剣の投擲は強度や呪力供給の問題でほぼ不可能だが、逆にそこを無視していいなら結界剣の投擲は可能。
何に使うかと言えば、術式自体の投擲。
中身のない4つの結界剣にある術式を刻み込み、四方に投擲する。俺の身を離れたそれらは即座に消滅を始めるが、消滅し切るその前に地面に衝突して砕け、内包した術式を発動させる。
それらを起点とした新たな結界の構築が行われる。そして俺自身を5つ目の起点としてメイン術式の起動と呪力供給を担う。
この投擲剣の利点は空間指定の簡易化のみだが、それこそが肝。結界展開が難しい理由の一つが空間指定の難易度の高さだからだ。これにより術式展開の時間短縮が成る。
両手を合わせ、せめてもの呪力消費軽減のために、一言術式の名前を呼ぶ。
「結界『針地獄』」。
起点から結界が生成され、天を覆う。
結界内の天井、地面、側壁から無数の黒剣が内部の敵を串刺しにする。当然、俺を避けてだが。
呪力消費はめちゃくちゃ大きいが攻撃が通る相手なら一網打尽にできる。
それにしても呪力消費が激しすぎる。
「ハァ、ハァ…、つ、疲れた」
5秒の展開で呪力は3分の2ほどになってしまったが、目標の式神は残らず消滅した。結果だけ見れば火力過剰だな。
主に燃費面で問題あり。実用化には程遠い。だから今のところただの魅せ技だこれは。
今持っている技術を使って、思いついたことを大体やってみたが、さあ採点はどうだろうか。
「…結界術を学び始めて1年程度、よくこの短期間でここまでの練度に仕上げたな。結界術の基礎と簡易的な応用は全てマスターしたと言っても過言じゃない」
「あ、ありがとうございます」
なんか珍しく師匠っぽいこと言われた。
初めて面と向かって褒められた気がする。なんか照れくさいなこれ。
「難点を言えば必中を求めるために空間内全体に呪力剣を生成しなければならないから無駄が非常に多い。当然呪力量の問題で広範囲には結界を広げられないから実用性に乏しい。自分でもわかっているだろうけどな」
「ええ。でもそれを解決するためには空間自体に術式を書き込むしかないと思うんですけど。自分の呪力を結界空間に充填させないと無理だし、そこまで行ったら領域展開の範疇ですし、燃費的には大差ないんじゃないですか」
「ああ、地面なんかの結界面に触れた場合にだけ一定範囲に剣を生成するようにすればいいんじゃないか?術式がある程度複雑化してしまうが、今みたいに湯水のように呪力を使うよりマシだろ」
「結界に外部環境を参照する条件付けするのってどうすればいいんですかね」
「感知結界と似たような仕組みにすればいい。簡易化するにはまず…」
そのまま俺たちは術式の応用法について議論に突入した。
最近の俺と正悟さんの呪術修行は大体こんな感じ。師匠と弟子というよりは同じ趣味の仲間がその趣味について話し合うという感じだ。要するに俺たちは呪術オタクでオタク仲間という間柄なのだった。
正悟さんは呪術高専も卒業しており、生得術式そっちのけで結界術と式神術に特化している術師だ。生得術式を使用しない代わりに結界術と式神術を強化するという縛りを作っているらしく、なんと生得術式を使ったら死ぬという条件までつけている。領域展開は永遠にできないが全く後悔はしていないらしい。ここまで来ると変態の域だと思う。
だが気持ちはわかる。結界術は奥が深い。下手な術式よりよほど使えるというのは確かだ。『帳』みたいな初歩の初歩で満足している結界師が多いのは非常に勿体ない。生得術式がなまじ簡易的で強力なだけに結界に目を向ける術師が少ないんだろうな。向き不向きも激しいらしいし。
「そろそろ昼飯の時間だな。上あがるぞ」
議論が白熱して1時間は経った。結界術のエキスパートとの議論は非常にためになる話が聞けて時間があっという間に過ぎるな。
もうすぐ12時か。今日も先輩がご飯を作ってくれるのだろうか。
なんか俺と先輩ってよくわかんない関係だよな。放課後は大体一緒にいるし、休みの日も課外活動とかで連れ出されることが多いし今日みたいに家に招かれる日も多い。手料理もよくごちそうになってる。
「なんか手伝うことあります?」
「もう出来るから皿用意して」
先輩の料理する立ち姿を見る。これ俺がプレゼントしたエプロンね。先輩の好きなパンダ柄。
箸もマグカップも俺専用のが置いてある。ちなみに先輩の髪型は大体いつもポニテなんだが、俺の好きな髪型はポニテなんだ。偶然か?
でも先輩ってそういう方向に話がいこうとすると急にそっけなくなるからわからなくなるんだよな。
よくよく考えたら結構悪女だなこの人。弄ばれてるわ俺。
まあ俺も多分今のぬるま湯のような関係が心地良いんだろうけど。
「やっぱ先輩の飯うまいっすね」
「一時期めちゃくちゃ練習してたからな。空ちゃん、何で練習してたんだっけ?ほら言ってみ?」
「黙って食べろバカ親父」
「おい何だその言い草は。あの時の残飯処理してたのは誰だと思ってんだコラ」
「こっそり式神に食わせてた癖に。食料の呪力変換研究とかやってたの知ってんだからね」
「チッ、バレてたか」
仲いいよなこの親子。
二人をそんな生暖かい目で見てたら、正悟さんが話しかけてきた。
「そうだ、真。お前午後時間あるか?ちょっと仕事を手伝ってほしいんだが」
「まあ普通に暇ですけど」
仕事のお誘いとは珍しい。稽古始めた頃はよく正悟さんと先輩付き添いで呪霊狩ってたもんだけど、最近は全くそういうのなかったからな。
「私の後輩に危ないことさせないでよ」
「俺の呪術友達だ。それに総合的な実力としてはもう俺とどっこいレベルだぞこいつ。なんも心配いらん」
いやお恥ずかしい。1級術師の正悟さんと同列なんてまだ恐れ多い。1級がどのくらいのレベルかあまりわからんのだけど。とりあえず正悟さんにはまだまだ敵う気がしない。身体能力では勝っているだろうが術の応用力を見たら段違いだ。教わるべきところは多い。
そんな事考えてたら先輩はなんか神妙な顔して尋ねた。
「…もうそこまでのレベルになってんの?」
「ああ。この分だとあと少ししたら俺なんてすぐ追い抜いちまうだろうよ」
「そうなんだ、ふーん…」
先輩はなにか考え事をしている。前から思っていたが、先輩は俺が強くなることに対して余り肯定的じゃない気がする。なにか気になるところでもあるのだろうか。出る杭は打たれるからとか?そんなに心配する必要ないと思うけど。
俺が考えたところでわかる問題ではないか。聞けるタイミングがあったら聞いてみようかな。
「ところで仕事ってどんなのですか」
「呪霊関係だ。俺がわざわざ呼ばれるレベルのな」
「というと1級クラスの?」
「ああ。最近骨のある呪霊がいなくて成長も鈍ってきたってぼやいてただろ。さっき急に連絡が来てな」
確かにそんなこと言ったな。そのレベルの呪霊はそういないから経験という意味でもありがたい。
やられるつもりはないが、苦戦はするかもしれない。
「勉強させてもらいます」
「お前が来てくれたら俺も助かる。もう10分もしたら出発するから準備済ませとけ」
最近は少し刺激に乏しかったが、久々に楽しめそうだ。