呪霊は養分   作:スマホ割れ太郎

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3.水神さま

3.

 

 正悟さんが先に支度のために席を立ってからしばらく。

 俺もごちそうさま、と手を合わせて席を立つ。洗い物をしようと流しに向かうと先輩が話しかけてきた。

 先程から気になっていたが、なんだか浮かない表情をしている。

 

 「うちのお父さんはああ言ったけど、流石に危ないからやめときなさいよ。あんたまだ中学生なのにわざわざ危険に首突っ込むことないって。1級呪霊なんて…」

 

 少し沈んだような顔。本当に心配してくれているのがわかる。

 心配してくれて普通に嬉しいんだけど、先輩は今の俺の実力を知らないからな。2級程度だと本当に片手間に祓えてしまうんだ。

 

 「俺も先輩の見てないとこで結構強くなってるんすよ。心配ご無用です」

 

 努めて明るい調子で余裕があることを示す。

 だが俺のそんな態度は先輩を逆に怒らせてしまったようだった。

 

 「あんたは遊びみたいに思ってるだろうけど、下手したら死ぬのよ。本当にわかってんの?」

 

 少しぎくりとする。最近確かに雑魚ばかり倒していて遊びというより作業のように感じていた。

だがどこか浮ついた気持ちは少しあったかもしれないけど、昔から呪霊なんて害悪はこの世から消したいと思っているのは確かだ。

呪霊を祓うこと自体は遊びじゃない。俺はその過程を楽しんでるだけだ。

 

 「別に遊びとは思ってないですよ。それに死ぬかもっていうなら正悟さんもでしょう。俺が行くことでその可能性が低くなるならその方がいい」

 

 これは本当に思っていることだ。あの人は強いけれど人間なんだからあっさりと死ぬ可能性はある。

 

 「お父さんはそういう『仕事』なんだって私たちは覚悟してる。でもあんたは別にそうじゃないでしょ。あんたも私もそんな覚悟なんてしてないのよ」

 

 そう言われては返す言葉がない。

 だが今日の先輩は妙に頑なだ。呪霊狩りなんて今までずっとやってきたのに、今更ここまで気にすることなのだろうか。

 確かに俺は自分が死ぬ想像なんてしたことがない。そんな目にあった経験がない。先輩はあるのだろうか。死というものはそこまで恐ろしいものなのだろうか。

 

 「わかんないっすよ俺」

 「わかんなくていいのよ。そんなのは覚悟のある人達に任せとけばいい」

 

 彼女の言う通り、俺は少し力が強いだけのただの子供だ。先輩に会ってからその意識を忘れたことはない。

 だが本当にそれでいいのか?

 俺一人だったらそれでもいいかもしれない。でもこの家の人達は呪術師だ。いずれは先輩も呪術師として覚悟する側の立場になるかもしれない。もう俺はこの人達に関わってしまった。皆俺の大切な人たちになってしまった。俺はこの人達に危ない目にあってほしくない。そんな役割は俺が全部こなしてやりたい。

 

 「戦う理由ならありました。俺、先輩や先輩の両親も皆大好きですから」

 

 先輩がなんと言おうと俺はやる。先輩の心配する気持ちを無下にしてしまって申し訳ないけど、俺も譲れないものはあることを思い出した。改めて決心ができてよかった。

 俺の覚悟を感じ取ったのか、先輩は諦めたようにつぶやいた。

 

 「…そう、そういう奴だったね、あんたは」

 「じゃあ」

 「じゃあ私も行く」

 

 なんでそうなる。いや駄目だそれは。正直言って今の俺と先輩の間には大きな隔たりがある。2級をようやく狩れる程度では危険だ。俺はこの人を危険な目に合わせたくはない。

 

 「それはダメです」

 「自分は良くて私は駄目だって言うわけ?いい度胸してるわね。私にだってあんたたちの露払いくらいできるわ」

 「…いつもの先輩なら自分にできることとできないことをちゃんと弁えてる。らしくないですよ」

 

 こんなことは言いたくない。けど先輩にはまだそれだけの力がないことは確かだ。その時点で先輩のいうことはただのわがままなんだ。

 今の先輩は何か焦ってるようにも見える。

 1級とか2級とか関係なく、自分にできることだけすればいいっていつも言ってるのは先輩だろう。

 

 「…らしくないか。ごめん、確かにそうかもね」

 「ごめんなさい先輩。俺も正悟さんも大丈夫ですから、先輩は俺たちが楽勝で戻ってくるのを待っててくださいよ」

 「…わかった。もう好きにしなさいよ。晩ごはんは作っとくから」

 

 少し気落ちしている先輩を見ると申し訳なくなる。本当にどうしたんだろうな。

 俺はそんな彼女を後目に家を出た。

 

 

 最低限の支度を済ませて、既に家の外に出ていた正悟さんのもとに向かった。

 俺が着くなりなぜかいきなり彼は謝罪をしてきた。

 

 「いやーなんかすまんな。今のお前の実力を考えれば割りと楽な仕事だろうと軽く頼んじまったけど、あんなにあいつがお前のことを心配するとは」

 「全部聞いてたんですか、趣味悪いっすね。…まあ最後に先輩が俺の戦ってるとこ見たの半年くらい前ですからね。あの頃からしたらめちゃくちゃ強くなってる自信ありますし」

 「たった半年で別人レベルになれるお前が恐ろしいよ。まあ俺の指導がいいのもあるが」

 「自分で言いますか。まあ凄い勉強になりますけど。高専の教師になったらどうですか」

 

 この人のレベルで結界術や式神術を使いこなせる人は全国で片手で数えられる程度だろう。いや、雨池家以外の呪術師と全然関わってないからしらんけど。

 とにかく教えるのは上手いし教員は向いてると思う。

 

 「あれ言ってなかったっけ?俺昔高専の教員だったんだぞ?家庭を持ったから辞めたけど。今でもたまに外部講師として呼ばれるし」

 「初耳なんですけど」

 「地元に帰って周りの人間だけ細々と助けることにしたのさ。今のお前と同じだよ」

 

 ニヤニヤしながら言うのをやめてくれ。さっきの聞かれてたの本当に不覚だわ。発達した五感で大抵の気配は判別できるんだけど、俺の五感探知を逃れるとか気配消すの上手すぎだろ。

 

 正悟さんはこの地域の呪術師組合長という立場にある。いうなれば高専など呪術界の手が回りにくい僻地を守護するための自衛組織だな。基本呪霊は人口の多い都市などの地域に出現しやすいが、田舎でも出ないわけじゃないし、日本全国を高専だけでカバーするのは不可能だ。まあ田舎の呪術師たちがなんかあったら互いに助け合いましょうってだけの組織だから、実質町内会みたいなもんだけど。

 

 ただ今回のように稀に強力な呪霊が急に現れたりして高専を待たずにすぐに手を貸してほしい時などには有用だ。

 依頼が来たのは県内で4つ市町村を挟んだ先のとある町。ここからは100kmくらい距離がある。どうやって移動するつもりだろうか。車だと2時間近くかかるだろう。たぶん俺は走ったほうが早いけど。

 

 そんなことを考えていたら、正悟さんは呪力を練って呪文を唱え、術式を構築し始めた。

 そして境内の樹齢千年と言われる御神木の枝を一房手折った。触媒に使うつもりだ。となれば式神術。

 

 術式の対象となった枝は勢いよく体積を増していき、枝分かれと枝の撚り合わせを繰り返し、竜を象る。

全長7~8m程度の木の根でできたドラゴン。翼が付いているが、まさか飛べるのだろうか。

 流石に目立たないかこれは。いや結界も織り込んで目立たなくするのか。

 

 「こいつに乗っていくぞ。お前は別に走ってもいいけど」

 「いや乗りますよ、乗ります。なんでわざわざ走っていく必要があるんですか」

 

 自動車とか普通の電車よりは速い自信はあるけれど新幹線は無理だし。それに普通に疲れる。

 

 「まあ流石にお前よりこいつの方が速いな。取り敢えず乗れ」

 

 促されるままにその長躯に跨る。意外と乗り心地がいい。

 正悟さんも式神に跨ると、式神を起動させた。

 

 「ちゃんとつかまっとけよ。振り落とされるぞ」

 「うす」

 

 竜は翼を一度はためかせると一気に体を上昇させた。

 

周囲の山の高さを考えて、標高1000メートルくらいの上空だろうか。絶景だ。この高さからのフリーダイブは流石に考えたくない。

それにしてもやはり手数が豊富だ。生得術式と違いゼロから構築する術式というのは呪力操作や呪力量の他に単純な脳の処理能力が問題になるらしい。相当頭の回りが良くないと術式構築から制御までこなせない。

この人IQ200くらいはあるんじゃないか?俺も結構いい線いってると思うんだけど、この人には敵わない。

 

 「まさかこんな手札まであるとは思いませんでした」

 「使用条件は限られてるがな。あの木の枝じゃないと使えんしその他にも条件がある」

 

 術式の要は『縛り』の巧みさだといつも言われている。ゼロからの術式を使う上では非常に重要な要素だ。

 今大体時速300km以上は出てるはずだ。本当に新幹線並みの速度。そんな性能を持たせるためには大きな縛りを課されていてもおかしくない。例えば移動だけで戦闘には使えないとか。

 

 「真、結界張ってくれ、やっぱ寒い!」

 

 あと使用中は他の術式を使えないとか。

100m標高が高くなるにつれ地上と比べた気温は0.6度下がるらしい。それに加えてこの速度の空気を生身で浴びるのは呪術師であってもきつい。俺は温度耐性もあるしまだ大丈夫だけど。

 言われたように結界を張る。冷たい空気が肌を刺すのを防ぐためだけの簡単な物理障壁だ。

 

 大分快適な空の旅をそれから大体十数分、目的地に着いた。

  

 

 ターゲットとなる呪霊は地主神信仰の恩恵を受けて強化されてしまった厄霊らしい。大昔の災害を神の怒りと見立てて、怒りを鎮めるために社を築いて祀り上げるというのはあらゆる地域で行われている。実際には畏れの集中により本物の仮想怨霊が誕生することを防ぐべく、過去の術師が呪力が溜まらないように散らす結界を施していることが多い。

 今回はそういった結界の一つが乱され、淀み溢れた呪力によって誕生した呪霊。近年になって動画配信者などがオカルト動画作成のネタを求めて神社仏閣や霊的スポットなどを訪れることが増えたが、その中でも中途半端に力を持った半術師のような輩の仕業だ。更に動画拡散による畏れの集中も加わり、最早天然の呪詛師といってもいいくらい迷惑な存在になっている。最近こういった事例が全国的に多くなってきているという。

 

 事の次第を把握した地域担当の『窓』(各地の呪術関係の異変を監視する仕事)による要請を受けて近場の呪術師が確認に向かったが、手に負えないと判断して正悟さんにお鉢が回ってきたというわけだ。

 

 

 山間部入り口の扇状地に流れる川が見える。 目的の呪霊はこの少し上流の自然洞窟にいるらしい。

 前任の呪術師との待ち合わせ場所近くの少し拓けた河原に降り立つ。

 川を逆行すること数分、まだ歳若いことがわかる黒装束のお兄さんが河原の岩の上に腰掛けていた。

 俺たちの来訪に気づいた彼が腰を上げて出迎える。

 

 「雨池さん、さすが早いっすね。連絡してからまだ1時間経ってませんよ」

 「仕事が早いのが俺のモットーだからな。休日出勤ならなおさら早く終わらせたいし」

 「突然呼びつけたのはすいません、終わったら奢らせてもらいますよ」

 

 まだ20代くらいだろうか、爽やかでいい人そうなお兄さんだ。

 

 「そちらはお弟子さんか何かですか?」

 「まあそんなもん。今回の助っ人だ」

 「へぇ、まだ中学生くらいだろうに凄いな。俺、前田健って言います。昔雨池さんの教え子だったんだ」

 「神凪真です、マエケンさんって呼んでいいですか」

 「はは、いいよ。昔はそんな感じで呼ばれてたし」

 

 俺たちは軽く挨拶を済ませて、早速引き継ぎに入る。

 呪霊は例の洞窟内に生得領域という結界のようなものを築いており、そこに引きこもっているらしい。確認のために一応内部に侵入し少し交戦したが、マエケンさんは分が悪いとすぐに判断して撤退。マエケンさんは準1級術師であるため、対象を1級呪霊と認定して正悟さんに応援を要請した。生得領域は出入りは比較的自由であり、撤退後に追いかけてくることはなかったが念のため生得領域に被せる形で一時的に『帳』を張って閉じ込めているとのこと。

 

 1級呪霊は全て何らかの術式持ちの呪霊であり知性もそこそこあるという。おそらく力を蓄えるために領域内に閉じこもっているのだと思うが、逃した獲物が仲間を呼んでくるということに思い至らないあたり知能は大したことなさそうだ。それとも餌が増えるとでも思っているのだろうか。

 

 「奴の術式は水を操る術式です。水自体を生み出すことはできませんが、水場での戦闘においてはかなり強力です。生得領域は洞窟の奥とは境界がゆるく、洞窟には小規模の水場がありますが、川に出て大量の武器を与えるよりは領域内で祓いきってしまう方が得策だと思います」

 

 ただでは引かず情報だけは引っ張ってきているところはさすがプロだ。

 流水操術といったところか。操れる規模にもよると思うけど物理流体を自在に操れるのは普通に脅威だな。

 

 「川の近く、水を操る。一種の水神信仰により生まれた呪霊か。龍、あるいは蛇の呪霊だな」

 「ご明察。と言ってもそこまで大きくありません。大体全長20mくらいですかね。こいつが自由に動けるくらいには生得領域も広いです」

 「…それって十分大きくないですか?現存の世界最大の蛇って10mくらいですよね確か」

 

 アマゾンのアナコンダだったかがそのくらいだったはず。その辺の普通の田舎に世界最大を超える生き物がいるって色々おかしいと思う。人間の想念って怖いわ。

 

 「記録に残っている似たような水神信仰から生まれた呪霊には日本最大で数kmクラスのモノがいるし、それに比べたらね。大昔の記録だからほとんど伝説上のものだけど。そこまでくれば最上位の特級だね。現代だと五条悟くらいしか祓えない」

 

 完全に龍神サマじゃねーか、そんなのがそこらへん跋扈してるとか昔の日本やば過ぎでしょ…。暴れたら町一つ余裕で更地になるだろう。祓える呪術師のレベルもどうなってんだそれ。五条悟やばすぎ。

 

 「幸いまだ生まれたばかり、術式も体躯もシンプルに強力だけど1級術師なら祓えない相手じゃない。術式の扱いを学習される前に倒すべきです」

 「真、いけるか?」

 「まあ多分」

 「おっし、じゃあ行くか」

 

 情報の共有をあらかた終えた俺たちは件の洞窟へ足を進めた。

 

 洞穴入り口から少し進み、違和感を覚える。生得領域手前だ。傍目にはなにもないように見えるが、ここにはたしかに境界がある。

 

 「前田、お前は引き続きここで帳の管理をしていろ。獲物を外に出さないことが優先だ。ただ万が一にでも俺たちがやられたと察したらすぐに逃げられるようにな」

 「了解」

 

 俺と正悟さんは境界の内へ一歩足を踏み入れる。

 

 狭い洞窟から一変、市民体育館程度の規模の広い空間に切り替わる。周囲は岩壁に囲まれており、奥に25mプール程度の池がある。その手前に大蛇の形をした呪霊がとぐろを巻いて鎮座していた。呪霊なのに普通の蛇のような見た目をしているが、体の周りには分厚い水の壁を纏っている。俺たちを警戒しているようだな。

それにしても暗い…。術式効果は付与されていないし領域の出入りも自由らしいが、この暗さは厄介かもしれないな。俺は夜目も利くからいいけど、正悟さんはどうだろうか。

 

 「正悟さん、見えますか」

 「ああ、呪力で強化してギリギリな。戦闘に支障はない」

 

 事前に作戦は決めてある。正悟さんが奴の注意を引いている間に前衛が得意な俺が懐へ潜り込んで直接本体を叩く。まあ上手く行かなかったら臨機応変に。事前情報では本体の挙動は普通の蛇と変わらないという。水の術式さえ剥がしてしまえばあとはただの料理だ。

 

 正悟さんが小手調べに雑兵として式神を展開する。一般に式神に用いる紙で作った形代は水に対して相性が悪い。移動に使った竜と同じく神社の御神木から細かい枝を集めて持ってきていたものを使うらしい。

 数は五、形は鷹。機動力のある式神で様子見をするということだろう。

 

 その鷹たちを脅威と見て取った大蛇は纏っていた水を触手のように伸ばし、宙を舞う鷹たちを追尾する。その間本体の意識もそちらに向いているはずだと、俺は回り込んで懐へ接近しようとした。

 

 背後から風圧。蛇の尾か!

 目を向けずとも空気の形を肌で見て尾で水平に薙ぎ払おうとしているのがわかる。

 とっさに攻撃を読み、宙返りにて回避する。

 

 一旦少し距離をとって蛇を眺める。よく見ると全身に目玉のような紋様が浮き出ている。ただ本来蛇は生物の熱を探知して獲物の場所を捉えるという。蛇だし、呪霊だし、この暗闇だしで普通の目として機能するとは思わないが、何らかの感知や思考の能力を持っているのかもしれない。

 

 それからあらゆる角度で近づいて離れてを繰り返して様子を見ていたが、本体や水によって全て対応される。まさに背中に目をつけている状態か。陽動はあまり意味をなさなそうだな、意外と厄介だ。

 

 警戒して纏っている水の防護壁が厚くて単純な打撃は通りにくそう。となれば呪力剣の出番ではあるが、余り近づいて水で取り囲まれて自由を奪われたら面倒だな。俺のフィジカルを持ってすれば逃れられるかもしれないけど過小評価はしない方がいい。となると。

 

 「正悟さん」

 「ああ」

 

 式神を追う水の鞭を観察していてわかったことがいくつかある。

 奴が操っている水はすべて奴自身の体と呪力で繋がっている。水の触手の中程を簡易結界の壁で呪力遮断してやると先端の水は力なく地面に落ちる。本体と連続している水にくっつけば落ちている水も回収できる。

 奴は水の遠隔操作はできない。つまり奴自身の体と操る水は連続している必要がある。おそらくコレが術式の縛り。

そして奥の水場の大量の水を使わないところを見るに、今の奴の技量では現在身にまとっている量の水しか操ることができない可能性がある。

 

纏っている水をある程度剥がしたほうがいいだろう。剥がした後に水場の水を使わせないためにも、水場と奴本体の分断も必要だ。

 剥がす方法は簡単だ。今みたいに水の鞭を伸ばさせて、その水と呪力の連続性を絶たせつづける。分断された水は式神に回収させる。

 そして奥の水場、こいつは咄嗟に利用させないように先んじて結界で封じておく。水の中に最初から浸かっていればいいものを、わざわざ陸に上がってきてくれているお陰で幾分やりやすい。やっぱり知能は大したことないな。

 

 まあ本当はわざわざ奴の術式に付き合わずに正面から圧倒的な呪力とフィジカルで蹂躙してみたいところだけど、そこまでの自信はまだないからな。そもそも術式持ちの呪霊と戦うことが余りないんだから、相手の戦法に則ってやって経験を積むべきだろう。

 

 方針は決定した。後は実行するだけだ。

 

 俺も正悟さんほどではないがある程度式神を使える。媒介は紙の形代しか持ち合わせていないが、問題ない。水の回収用で戦闘には使うわけじゃないからな。

 

 10体くらいの大きなカエルの式神を生み出し、命令を与える。陸に切り離された水を回収し、出口の方へ向かえと。俺の実力ではコレが限界だ。

 正悟さんはこれまでと同様に陽動用、水の回収用、さらに攻撃用に大きな狼型の式神を新たに生み出す。特殊な媒介や縛りの効果もあるとはいえ、ここまで多彩な式神を複数同時に扱えるのは流石としか言えない。

 

 俺は蛇の背面と水場の間に位置取りして、水場を結界で物理的に封じる。ある程度呪力を喰われたがちょっとやそっとの攻撃では破れないだろう。

 

 静を保っていた大蛇は急に水のリソースを絶たれたことで焦ったのか、積極的にこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 水の触手と巨躯を駆使した連撃。だがその合間にじわじわと纏った水は少しずつ剥がされていっている。

 こうなればほとんどただの大蛇に過ぎない。

 

 追い詰められた奴はどうにか俺を締め付けようと囲い込もうともしてくるが、甘い。そちらから近づいてくるのは俺の思うツボだ。

 

 「結界術『剣山』」

 

 午前中に改良した術式をぶっつけ本番で試してみる。

 

 俺の周囲一定範囲に感知結界を敷き、領域内に踏み込んだものを呪力剣で串刺しにする、『針地獄』の燃費改善版。

 奴は俺の用意した地雷を踏み抜き、見事に体の一部を穴だらけにした。

 

 『ぎぃいいアアアアああ!!』

 

 体の目玉模様から血が流れてまるで血涙を流しているようだ。

 痛みを感じているのかのたうち回っているが、悪いけど呪霊相手に憐れむ感情は持ち合わせてないんだ。

 意識の集中が乱れているのもあって、わずかに纏っている水の操作も一時的に解かれる。その隙を逃す俺達じゃない。

 

 3体の巨大な狼が尾、胴体、頭部を押さえつける。

 俺と正悟さんは一気に接敵して大蛇にそれぞれ得物を叩き込んだ。

 

 

 頭部を切断された大蛇は徐々に体を消失させていく。呪霊が構成していた生得領域も消失してもとの小さな洞窟へと戻った。

 領域と体を構成していた呪力は俺の方へ流れ込み、俺の生得術式が起動される。

 全身に淡く発光する紋様が浮き出てくる。大物の証だな。

 

 「おい真、なんか光ってるけど大丈夫か?」

 「たぶんすぐ消えるんで問題ないですよ」

 

 体の能力が底上げされる感覚がある。午前からかなり消耗していた呪力もほとんど回復し、呪力量も結構増えているようだ。

 俺の術式は基礎能力の底上げだけで、残念ながら呪霊が所持していた術式までは引き継がない。水を操る術式なんて使えたらかなり汎用性高いけどな。水刃とか槍とか水圧カッターとか。結界術との相性も良さそうだし。

 

 それから5分くらいして体の紋様はじわじわと消えていった。なんか消えるの遅くなってる気もするけど気のせいか?

 まあとにかく無事に呪霊は祓除できたな。ほとんど完全に対応し切れてたのはポイント高い。

 

 生得領域が消滅したことに気づいたのか、マエケンさんも帳を解いたようだ。洞窟の外から眩い光が差し込む。

 

 「無事に祓えたんですね、流石です。約束通り晩飯奢りますよ」

 「いや、家族が帰りを待ってるからな。今回は遠慮しとくよ」

 「そうですか、残念です。…と、報酬は呪術協会から口座に振り込まれますから、後日確認してくださいね」

 「オーケイ。じゃあまた何かあったら呼んでくれ」

 「そんな機会がないことを祈っときますよ。じゃあ真くんもまたね」

 

 そう簡単に会話を交わして俺たちはマエケンさんと別れた。

 

 

 帰りは普通にタクシーを使うことにした。正悟さんも急ぎで来たのはそれなりに疲れたようだ。

 まああの規模の式神をずっと起動させてたら疲れるだろうな。マニュアル操作ぽかったし。

 

 タクシーの運ちゃんに会話が聞こえないように防音結界を張って会話する。

 一応呪術は秘匿されているらしいから念のための配慮だ。

 

 「結構あっさりいっちまったけど、俺一人だと面倒な相手だったかもな。今回は助かったぜ」

 「俺もいい経験になりました。術式の糧にもできたし」

 「そんな調子でお前はどんどん強くなっていくなぁ。今でもほぼ確実に1級クラスの実力はあるってのに」

 

 確かに、今回の呪霊を一人でやれと言われたら、少しは苦戦するかもしれないがこなせなくはないだろう。これは慢心しているわけではなく、できるだけ自分の実力を客観的に考えた結果だ。1年前までは2級が関の山だったのにも関わらずだ。

 俺は確実に、急速に強くなっていっている。普通の人間ではありえないくらいに。

 

 「ただ特級クラスっていうのが世の中には存在する。過信だけはするな。そしてどんなに強くなっても人として大事なものは忘れるなよ」

 

 正悟さんはそう言って、少し遠い目をしながら語りだした。

 

 「昔お前と似たような術式を持った生徒が高専にいた。そいつの術式は取り込んだ呪霊を自由に操るものだったが、恐ろしく汎用性が高く、お前と同じく戦えば戦うだけ強くなった。名は夏油傑」

 「五条悟と同じ、特級呪術師の一人ですね」

 

 取り込んだ呪霊をそのまま術式ごと使役できる。取り込めば取り込むだけ強くなる、規格外な術式。五条悟のような究極の一がなければその圧倒的な手数と汎用性の前に打ちのめされるだろう。特級であるのも納得だ。

 

 「元、な。今はただの呪詛師だ。元々は非術師のために呪霊を祓うことを謳う高潔なやつだった」

 「なんでそんな人が呪詛師に?」

 「さあ。呪詛師堕ちしたのは奴が3年のとき、俺は奴が1年のときに辞めちまったからな。ただ呪術師として生きる中で価値観がブレるのはよくあることだ」

 

 人の考えが揺れやすいというのは俺も常日頃から感じている。俺自身昔と今とで価値観も考え方も変わってきている自覚がある。それは今のところいい方向に向かっているとは思うんだけど。

 

 「俺も何かボタンを掛け違えればそうなるかもしれないんですかね」

 「そうならないためには常にニュートラルな思考でいることだ。思想の偏りは時として簡単に裏返る。夏油のように。あと一時の激情に流されて一線を超えないこと」

 「気をつけます」

 

 含蓄がある言葉だ。俺はこの人のことを自分の親と同じくらいには尊敬しているかもしれない。

 俺は強くなる。在り方自体も変わっていくかも知れない。それでも今大切にしているものはこれからも変わらないはず。それをずっと握っていればいい。

 

 

 

 

 私の大切な後輩。

 便利な言葉だ。臆病風に吹かれる私をいつも救ってくれる。

 

 真が私のことを慕ってくれているのはわかる。 

最初はただの勢いで関わりを持ってしまったけれど、私みたいな奴のどこが気に入ったのか、先輩先輩、といつも私の傍にいてくれる。

 

 私は自分に自信がない。先輩と呼ぶ声に対してせめていい先輩であろうとしているけど、上手く演じられているのか不安だ。

 でもそれは真の傍にいるために、最低限必要なことだ。真にとっていい先輩であることしか傍にいてもいい理由を見いだせなかったから。

 

 私と真は呪術師という共通点で繋がっている。お父さんが真のことを気に入っているという理由で、思いがけずに私はあいつとさらなる関わりを持つことができている。でも最近はそれが裏目に出てきた。

 

 最近、特に思い悩んでいる。

 言うまでもなく、真のこと。

 

 真は誰よりも強くなる資質を秘めている、それは最初からわかっていたことだ。今はその才能が疎ましくなるときがある。

 強くなればなるほど、助けられる人が増える。呪術が趣味だとかなんとかいって誤魔化してるけど、昔は人助けが趣味だったような奴だ。関わった人を全部助けるためにどんどん強くなって、傷つくことになるだろう。

 私はあいつとは違う。そんな力なんてないし、本当は関係のない他人なんてどうだっていい。だからあいつの持つ特別な力が、私達の間にことさら差異を生んであいつを私から遠ざけていく。

 私にはあいつの進む道を邪魔する権利なんてない。したくない。普通のあいつも普通じゃないあいつも、どっちも大切だから。

 

 でもさっきは馬鹿なことを言った。本当は別に心配から出た言葉じゃない。あいつの足を引っ張るだけの存在にはなりたくないのに、引き留めようとしてしまった。

 どうしようもないダメ人間だ。

 

 私が自己嫌悪に陥っていると、玄関の扉が開く音がした。

 もう終わったのだろうか。いやこれはお母さんか。

 

 「ただいま~」 

 「おかえり、お母さん」

 

 お母さんも呪術師だ。高専でお父さんと出会ってそのまま結婚までしたらしい。呪具職人であり、山の麓にアトリエを持っている。今日の午前中は仕事でいなかった。

 

 「あれ、お父さんは?それに確か今日真くんも来るって言ってたよね」

 「急に仕事が入ったの。真もついて行った」

 

 正直さっきはあんなこと言ったけど、心配自体はそんなにしていない。お父さんは強い呪術師だし、真もそれに比肩するくらいっていうのなら本当に強いのだろう。1級レベルが2人なら特級相手でもなんとかなるはず。だからさっきのは本当に私のわがままなんだ。

 

 「大変ねあの人も。ていうかなんか元気なくない?喧嘩でもしたの?」

 「別に…。ただ私ってダメダメだよなーって思ってただけ」

 「ああいつもの…。自分が真くんにふさわしいかどうかなんて、好きならどうでも良くない?」

 「別に好きじゃないし。ただの後輩だし」

 「ふーん、好きでもないのに隙さえあれば家に連れ込むなんて、とんだ悪女ねあんた。真くんかわいそー」

 「ぐっ」

 

 お父さんが真のことを気に入っているんだし、しょうがない。そう言ってお父さんをダシとして使ってる自覚はある。私はそうして色々屁理屈こねて自分の愚行に免罪符を与えてるんだ。本当にどうしようもない。

 

 「素直になれば楽なのに、ホント難儀な性格してるわ」

 

…それが簡単にできたら今も昔も苦労してないし。

 

 「まああんたの人生だから好きにすればいいけど、時間は有限だからね。もう中学3年の夏、普通の高校に進むにせよ、高専に行くにせよ、今までのようには行かないわよ」

 「…わかってる」

 

 私は呪術師だけど、ぶっちゃけ心の底では見ず知らずの他人がどうなろうが知ったことじゃないし助ける義理もないと思っているから、たぶん呪術師として生きるのには向いてない。でもこんな私にも憧れくらいある。

 高専には行くべきだ。自分で自分を好きになるために。胸を張ってあいつの隣に立てるように。でもあいつは呪術師にならないほうがきっといい。普通でいたほうが真は傷つかない。結局私達の道は交わらない方が、あいつにとってはきっと幸せだろう。

 

 「…夕ご飯、つくろう」

 

 考えていても憂鬱になるだけだ。今は手を動かして頭を空っぽにしていたい。

 

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