呪霊は養分   作:スマホ割れ太郎

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5.追憶と不穏

 最近昔の夢を見る。

 大きな呪霊を取り込んだ後はしばらくこんな風に過去のことを思い出す。

 昔のことはあまり思い出したくない。大きく辛いことがあったわけじゃない。ただ、俺は寂しかったんだと思う。

 

 

 幼い頃、俺は自由だった。

 呪術という力を隠すことを考えなかった。力自体がそこまで強くなかったというのもあるが、両親の影響が大きかった。

 俺の両親は俺の力を否定しなかった。霊が見えるということも、不思議な力を使うということも否定しなかった。彼らは善人であり賢人でもあった。理解できないものをそのまま理解できないと拒絶するということが幼い子供を深く傷つけ、他人との隔絶を生んでしまうということをわかっていた。

 だからただ、その力を困っている人のために使いなさいと、そう俺に教えてくれた。

 

 俺は人を助けた。困っている人を待つのではなく、自ら探しにも行き、助けたその人達はみんな喜んでくれた。自分の力が人のためになることが、俺は嬉しかった。ただ人が良いだけの普通の子供でいられた。

 

 だけど、あの頃の俺は今よりずっと未熟で、愚かだった。

 俺に与えられた力のことを正しく認識していなかった。

 

 あるとき、友達の一人と喧嘩をした。口だけではなく殴り合いにまで発展しようかという大喧嘩。理由はよくおぼえていない。子供らしくくだらない理由だったのだけは確かだ。向こうが先に手を出したのだけは覚えている。そして俺もカッとなって、お返しした。結果、そいつに大怪我をさせた。

 

 手加減したつもりだった、そんなつもりはなかったと言い訳したあの頃の俺はどうしようもなく愚かだった。気づいたときには自分の心が、感覚がついて行けていなかったなんて言い訳にもならないが、実際問題として以前の自分の力の感覚と大きく乖離していたのは確かだ。

 両親は俺を怒らなかった。ただ、失敗しただけだと、反省すればいいとそう言った。

 

 当然、互いの親を巻き込んだ問題に発展し、俺たちは菓子折りを持って謝りに行った。

 向こうの親は激怒したが、かつて友達だった子供は俺を恐れるばかりだった。彼のその時の表情が未だに忘れられない。

 

 その時になって、ようやく真の意味で気づいた。俺は皆とは違う存在なんだと。

 優越感なんてあるわけがない。両親の計らいで気づかずにいた隔絶というものを遅ればせながら味わうことになった。

 

 そいつは最終的に転校していった。俺は謝る機会もないまま、心に凝りを抱えたまま、自分の力について考えなければならなかった。そして結論は出た。

 

 力には責任が伴う。制御する責任はもちろん、その意義についても。本人の意図に関わらず使い道を定めなければならない。そうしないと俺はまた誤ってしまう。

 そうだ。こんな出来事があったから俺は力に対して責任を感じるようになった。

 

 俺は俺にしか出来ないことをやる。そして人を助ける。

 力の使い方を学んだ。事故が起きないようにコントロールの訓練を積んだ。理由もなく喜びもなく誰も彼も助けているうちに皆にとって俺は都合のいい存在になっていった。息苦しくもあったけど、俺なら耐えられる。

 それでよかった。人を助けているうちは俺は普通の人間でいられたから。

 

 

 あるとき。

 

 「…本当に最低。そんなこと続けて一体誰が喜ぶっていうの?」

 

 彼女はそんなことを続ける俺に対して静かに、確かに怒りながらそう言った。

 

 「皆喜んでますよ。ちゃんとお礼も言ってくれるし」

 「皆って誰。あんたはどうなのよ。心の底から嬉しいって本当に言える?」

 

 別に俺が嬉しいかどうかはどうでもいい。やらなければならないからやっているだけだ。この人は一体何が気に入らないんだ?どうでもいいだろう俺のことなんて。

 

 「今のあんたじゃ絶対に助けられない人がいるのわかってる?」

 「誰ですか」

 「あんたのことを大切に思ってる人たち。そうやって自分自身を蔑ろにして。有象無象の他人より、その人達と、あんた自身の方が大事だとは思わないわけ?それともそんな人いないっていうの?」

 

 一瞬、両親の顔が頭に浮かぶ。だけど彼らも所詮は他人だ。俺の苦悩をわかってくれているわけじゃない。

 苦悩?苦しいのか、俺は。

 なおも先輩は自分の考えを俺に投げつけた。

 

 「あんたは聖人君子じゃない。他人に施しを与える必要なんてないし、そんなことできない。なぜならあんたはただの子供だから。持って生まれた力に責任なんて感じる必要ない。自分のしたいようにすればいい。人を助けたいなら助けて、傷つけたくないなら傷つけなければいい」

 

 何も知らない人が、偉そうなことをいいやがる。そんなことを表面では思っていても、話を遮る気にならない。それは心の底で俺が欲しい言葉そのままだったから。

 

 「誰も彼も助けたいなら対価を払わせなさい。あんた自身が損するようなことするな。以上。…偉そうなこと言って悪かったわ」

 

 そして彼女が心から俺のために言ってくれているのを感じたから。

 

 なんで会ってから間もない俺のことをそんなに気にかけてくれるのかわからない。後輩だから?単に優しいから?だとしたら彼女は俺なんかよりもずっと優しくて他人のことを思える人だ。

 

 

 その日、俺は両親と話をした。自分の力について、生き方について。

 彼らは先輩と同じ事を言った。俺のことを抱きしめながら。気づいてやれなくてすまない、と。力とか他人なんてどうだっていい、お前が幸せであればそれでいい、と言ってくれた。

 このとき初めて俺たちは普通の、本当の親子になれたんだと思う。

 

 

 時が現在まで進み、俺は目を覚ました。

 両親は既に起床していてテレビでニュースを見ながら朝食を取っている。

 

 

 「おはよー」

 「大山翔次すげーなぁ。二刀流で優勝しちまったよ」

 「おはよう真。真も野球してみたら?メジャー行ってお母さんたちに本場のステーキ食べさせてよ」

 「真は野球すぐ飽きて辞めてマスコミにバッシングされそうだからやめとけ。サッカーやってたけど一週間ですぐ辞めただろ」

 「…そういう問題?」

 

 あれから俺が明け透けになった結果、両親もなんだか少しずれた人たちになってしまったな。

 だけど俺の大切な人たちであることに変わりはない。

 

 

 

 

 

 

 「親戚が突然失踪した?」

 

 いつもの部活の時間、突然先輩の口からそんな不穏な言葉が飛び出した。

 

 「うん。私は会ったこともない父方の親戚らしいんだけど、お父さんも今捜索手伝ってる」

 

 先輩の父方というと、『イタコ』の御歴々だろうか。

呪術師であるからには大なり小なり危険は伴うものだが、呪術師の行方不明は非術師のそれとはまた意味合いが違う。呪術師の行方不明とは、退治しようとしていた野良呪霊相手に肉片も残らず食い散らかされたか、あるいは呪詛師などの敵対者に連れ去られたということを意味する。

特に後者は術式持ちの呪術師であれば常に警戒しておかなければならない。術式そのものの利用や、術式は遺伝要素があるため、その血を欲しがって利用しようとする輩は少ないながらもいるからだ。

 

 「何か手がかりはないんですか?」

 「呪術的には残穢も何もなし。一人暮らしのおばあちゃんだったんだけど書き置きもないって。警察も捜査してるんだけど最後に人と会ってたのが二週間前らしくて…」

 「それは…少しきついですね」

 

 残念だがその人について俺が出来ることは何もないだろう。俺が出来るのは生活の痕跡から足跡を辿ったり残穢から少しでも術式を読み取ることくらいだが、流石に二週間前のものは無理だ。

 だが呪詛師の仕業ということを考えて先輩の身の安全は警戒しておく必要がありそうだ。目的が術式狙いだったとしたら危険は十分に存在するのだから。

 

 先輩の家は学校から20kmくらい離れているので行き帰りバス通だ。どれだけ人気のないド田舎にあるのか察してほしい。呪術修行のためという体で部費(呪具の売上)から交通費を出してもらって俺も帰りは先輩送りついでに家に寄っていた。先輩の家からは走って帰ってるんだけど。そっちの方が早いし。

 

 「先輩、明日から朝も迎えに行きます」

 「え?いや、流石にいいよ。放課後わざわざ送ってもらってるのだって悪いと思ってんのに」

 「そんなこと言ってて先輩まで攫われたらどうするんですか!術式狙いの呪詛師の仕業だとしたら先輩も同じくらい危ないんですよ?」

 「それを言われるとちょっと心配だけど、ほんとにいいって。流石に遠すぎるし迷惑でしょ」

 「何で俺が先輩のことに関して迷惑に思うと思うんですか。なんなら今みたくバス通じゃなくて俺が運んであげましょうか。学校まで10分くらい、バスより通学時間短くなりますよ」

 「いやそれは何かがおかしい」

 

 まあさすがにそれは運ばれる方も疲れるか。

 あ、そうだ。正悟さんみたく式神の乗り物作ったらどうだろう。最近は式神術もモノになってきたし、あんな時速300kmも400kmも出させるのは無理だけど、呪力込めた全力疾走の俺より遅いくらい、100km/hくらいならいけるんじゃね。

 空飛ばせるのはハードル高いけど、途中までは全然人いないし地上走らせても問題ないだろ。マイ五感レーダーで不意の衝突の危険もなし。

 我ながらいいアイデアだ。正悟さんにもアドバイスを貰いながらちょっと練習してみよう。

 

 

 

 その次の週の土曜日。

 

 「はぁ?滅茶苦茶スピードが出る式神の作り方ぁ?」

 

 俺が目標を挙げると正悟さんは呆れたような声を出した。

 

 「そんなに簡単にできるなら誰も苦労しねーよ。ちょっと式神術舐めすぎ」

 「正悟さんが凄いのは分かってますけど、そんなにハードル高いんすか?」

 

 まあ彼の言う通り、少し舐めてかかっていたところはある。最近成長著しい俺の実力なら行けるんじゃないかと。

 

 「お前自身の基礎能力が高いのと優れた式神が使えるのはそこまで相関しないからな。もちろんアホみたいな呪力量で無理やりブーストするなら別だが、基本的に普段からの準備や積み重ねが一番重要なんだよ」

 「あの御神木を媒体にしてるのと関係があるんですね」

 「その通り。俺が普段からどんな努力してるか知ってるか?毎日欠かさず一時間あの木の前で祈祷して呪力を捧げてるんだぞ。これは儀式というより縛りの意味合いも強いが、それだけあの木には俺の呪力が宿ってる。これで使えない式神しかできないなら俺は泣くぞ」

 

 なんかそれだけ聞くと神主っぽいな。一緒に掃除もしてやればいいのに。

 

 「つまりあの木は俺の写し身であり魂でもある。そこまでやる気があるのか否かだよ問題は」

 「うーん、一朝一夕ではいかなさそうですね…。」

 「お前にはまだ基礎の基礎しか教えてなかったからな。まあまだ早いだろ」

 

 仕方ない、今すぐは諦めるか。取り敢えずしばらくはバス通だ。

 

 

 「そういえば最近朝も空を迎えに来てるな。面倒だしもう住んじまえば?俺は全然いいぞ」

 「中学生の娘を持つ父親としてどうなんですかそれは」

 

 なんでこんなに豪胆なんだ。男女七歳にしてなんとかと言うだろうに。

 

 「大丈夫だ。間違いを犯したら責任を取ればいい。お前なら簡単だろ?」

 「俺に対する信頼が厚すぎる…。いやこれは脅しか。てか付き合ってもないのにそんなことしませんって」

 「…ん?」

 「え?」

 

 正悟さんが急に呆けた顔になる。俺なんか気に障ることでも言ったか?

 

 「え、付き合ってないの?」

 「え?あ、はい。俺はあれなんですけど先輩の方はどうだかわかんなくて」

 「真、ちょい座れ」

 

 そう言って正悟さんはヤンキー座りになっておもむろに胸元からタバコを取り出して火を付けた。

 どうしたんだ急に。

 俺は促されるままに地面にあぐらをかいた。

 

 「ふう…。悪い、ちょっと意味分かんなくてな。奥手にも程があるだろ。いや、これが若さか…」

 「なにいってんですか」

 

 

 

 そうして一息つくと、正悟さんはこれまた急に真剣な表情になった。

 

 「若人の青春にとやかく口を出すつもりはない。だがお前はともかく空は呪術師だ。この意味わかるか?」

 

 問われて今一度意味を考える。

 呪術師、人を助ける仕事。呪霊を狩り、呪詛師を裁くもの。その過程には多分な危険が伴うことはわかっている。

 殉職率も警察の比ではないほど高い。

 

 「言っとくが呪術師には時間がない。鍛え上げられた一級術師であろうとも死ぬときは本当にあっさり死ぬ。そしてあいつも同じ呪術師の道を行くつもりだ」 

 

 最近のやる気を出している先輩を見て、何となくそんな気はしていた。

 だけどこれまで俺はそのことについてそこまで真剣に考えてはいなかった。

 

 「別に呪術の才能があって強いからって呪術師にならないといけない理由はない。お前はお前で好きにすればいいが、後悔のないようにしろよ」

 

 この人はこうして急に人を導くようなことを言い出す。元教師だったころの癖のようなものだろうか。

 俺も術師に危険が多いということは知った気でいる。だからこうして式神の事を教わりに来たわけだから。

 

 「肝に銘じます」

 

 力の使い道、俺のしたいことはもう決まっている。俺は俺の心に従う。後悔などはしない。

 

 

 「…そういうことじゃなくて、早くしろよって言いたかったんだけど、まあいいか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近畿地方のとある山中に一つの寂れた社があった。

 そこには人も獣も寄り付かぬような禍々しい気が立ち込めている。

 血の匂いと共に溢れ出る負の気配。

 

 そんな中に一人の男がいる。

 

 「ここでの目的は達したけど、いきなり貴重な人材を失ってしまうとはね。私の不注意だこれは」

 

 否、先程までは一人ではなかった。もう一人は男の目の前で肉塊となって散乱している。原型を留めていないバラバラな肉塊が。

 まるで圧倒的な膂力で引きちぎられたかのように抉らた断片。

 

 男は反省していた。

 

 「彼女には申し訳ないことをした。この経験は次に活かす」

 

 心底申し訳無さそうな顔をして、簡単に懺悔を述べると男はさっさと肉塊と決別した。

 どこからとも無く現れた呪霊がその餌を食らいつくし、惨劇の痕跡は隠蔽される。

 

 男は次の『人材』を求めて歩きだす。彼自身が目指す大いなる目的のために。

 

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