呪霊は養分   作:スマホ割れ太郎

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6.告白、会敵

 HRが始まる前の教室。

 私の数少ない友人の奈々子が話しかけてくる。

 

 「空さぁ、ついに真くんと付き合い始めたの?」

 

 朝っぱらから目の覚めることを言ってくるやつだ。

 

 「急に何いってんの?」

 「いや別に急じゃないと思うんだけど…。最近朝も一緒に登校してるらしいじゃん。今まで下校だけだったのに。もしかして…同棲してるとか?」

 

 本当に何を言っているんだこの娘は。頭の中ピンクか。

 

 「いやありえないから。私ら中学生だよ?なんでそんな発想に」

 「だって朝同じバスから降りてきたって目撃証言あるし…。まさかわざわざ迎えに来てくれてんの?」

 「え、まあ、うん」

 

 ドン引かれてるんだけど、引く理由が正当過ぎるから何も言えない。もしかして無理やり迎えに来させてるとも思われてるのだろうか。私だって結構申し訳なく思ってるんだけど…。

というか本当に山の中なんだよね私んち。学校近くに下宿したいと何度思ったことだろうか。実は呪具売ってお金稼いでるのって半分ひとり暮らしの資金作りって意味合いが強い。もう半分は学資稼ぎだけど、高専に行くならどっちも必要なくなるんだよね…。なんか虚しい。ちなみに小学校はお母さんが仕事行くついでに毎日車で送ってもらっていた。小学校すら近くにないのだ私の家は。

 

「いやあんたんち知ってるけど、あんな山奥まで毎朝迎えに行くとか真くん根性ありすぎでしょ。愛されてんね~あんた」

 

普通はそういう感想になるよね…。でもあいつの身体能力知ってる身からするとそこまで大変でもなさそうというか、まあ感謝してるのは確かなんだけど。

 

 「ていうかそれで付き合ってないのが不思議というか意味わかんないというか、なんで?」

 「なんでって、私のことは部活でお世話になってる先輩としか思ってないでしょ。送り迎えしてくれてるのだって純粋に物騒だからって理由だし。真は根っからのいいヤツだから」

 「…それ真面目に言ってんの?…酷すぎる。真くん不憫だ。なんで自分に好意持ってるって発想にならないのか謎だ」

 

 真が私を?そんなことがありえるか?あいつは人に好かれてる。いい女の子だって選り取り見取りだろう。私をわざわざ選ぶ理由が見つからない。自分で言ってて悲しくなるけど。

 正直私は傍目から見て変人だ。呪術師であるのはもちろん、自分がどう見られているかとか、他人との関係についてあまり頓着しない。あと根が暗い。

 例えば目の前のこの子のような娘の方が真には合っている。私から見ても可愛いし、人付き合いあまりしない私にもグイグイ来てくれるから付き合いやすい。明るくて性格もいい。まあそんな子だからちゃんと彼氏いるけど。

 

 「空ってば可愛いんだからもっと自分に自信持てばいいのに。あんたのこと気になってるっていう男子って結構いんのよ?いっつも真くんと一緒にいるから諦めてるっぽいけど」

 「ふーん、そうなんだ」

 「うわー興味なさそー」

 

 興味ないっていうか、赤の他人が自分をどう思ってようとどうでもいいというか。そんなので自分に自信持てるような幸せな性格をしていない。やっぱ根が暗いよな私って。

 

 「私は奈々子みたいになりたいよ」

 「よせって照れる」

 

 くだらないおしゃべりに興じていると担任がのそのそと入ってきた。

 今日も変わらない一日が始まる。

 

 でももう11月、もう数ヶ月のうちにこの学校を卒業してしまう。

 私は呪術高専に入るつもりだ。両親には伝えてあるけど、真にはまだ言っていない。高専に行ったらもう真とはお別れになるだろう。

真は呪術の素質は高いけど、呪術師にはならない方がいい。人を助けるのは立派なことだけど、それを求めつづけると絶対に挫折する。全員を救える人間なんていやしない。呪術師は殉職率が非常に高い。親しんだ同僚が次の日あっさり死ぬということをちゃんと想像できているのだろうか。私もちゃんと認識できているとは言い難いけど、私は自分を『割り切れる』人間だと思っている。真はきっと違うから、やめた方がいい。私たちのような凡人はあいつを傷つけることになるだけだから。

 とても寂しいけれど、それが一番いい選択なはずだ。

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間が過ぎるのは早い。

 長いと思っていた学生生活も、ふと振り返ってみれば光のような速さで通り過ぎたような気がして愕然とするものだ。

 人生は短い。だからこそ必死になって人は人を愛し、人を憎み、人生の目標に向かって身を粉にして邁進するのかもしれない。

 

 「彼女が現在唯一、相伝の術式持ちか。私の不手際で貴重な青春の時を壊すようで申し訳ないな。だがこれも大いなる目的のためだ」

 

 その人影は夕闇の中不敵な笑みを浮かべ、一人呟いた。

 

 「隣の少年もそれを理解してくれたらいいんだけど」

 

 

 

 

 

 夕日が差し込む田舎道の中を二つの影が進む。

 周囲に人影はない。元々人口はそこまで多くない上に周囲を田に囲まれた街の外れだ。この時間帯だと車も禄に通らない。

 最近はすぐに暗くなるから部活は休みにしてすぐに下校している。いつものように俺は先輩を家まで送る途中だった。

 

 最近先輩の元気がない。

 俺が話しかけても大抵生返事で、聞いてるか聞いていないのかもわからない。何か悩みでもあるのだろうか。思い当たることと言えば、そうか進路か。そういえばもう11月、先輩ももうすぐ卒業してしまうんだな、と唐突に思い至る。

 ずっとこの時間が続くわけでもあるまいに、俺はなんて悠長に過ごしていたんだ。

彼女がどうするつもりなのかはもう知っている。その口から聞くことが大事だ。

 

 「先輩、卒業したらどうするんですか?」

 「…あー、どうしようか」

 「やっぱり高専に行くんですか」

 「あーうん、そうかもね」

 

 どこか心ここにあらずといった感じだ。先輩がいなくなってしまうと考えると、途端に空虚感が胸に押し寄せる。

中学に入学してから、先輩に引き連れられて、部活に入って。普通の友達と遊ぶ時間もあったけど、多くの時間が先輩とともにあった。

今の生活はほとんど先輩ありきで、いなくなった生活を考えられなくなってしまっている。付き合ってもないのに気持ち悪いと思われるかもしれないけど、それだけこの人は俺の中で大きな存在になってしまっている。

 

 今俺は先輩を追いかけて、高専へ行こうかと思っている。呪術師になるつもりはなかったけど、なるのが嫌なわけじゃない。適性もあると思う。1年はろくに会えないだろうけど、それくらいなら耐えられる。

 

 先輩の横顔を見る。

 夕日に照らされる端正な白い顔はやはり綺麗だ。俺はこれからもこの顔を見続けていたい。

駄目だな、やっぱり気持ちをちゃんと伝えておきたい。

 

 「先輩、俺も来年になったら高専に行きます」

 

 俺がそういうと、先輩は急に我に返ったようになって口を開いた。いつになく饒舌に。

 

 「やめときなさい。高専なんて碌なところじゃないし、あんたは来ないほうが身のためよ」

 「そんなところに行こうとしてる先輩が言っても説得力ゼロですよ。それとも俺に来てほしくないんですか?」

 「…あんたは呪術師にならない方がいい。あんたは力が強いだけの、普通の一般人だ。呪術師になったらきっと傷つくことになる」

 

 凛々しい顔が苦痛に歪んでいる。彼女の胸の痛みが伝わってくる。

 きっと本心で心配してくれているのだろう。彼女は本当はとても優しい人だ。俺なんかよりもずっと。そんなところが俺は好きなんだ。

そして隠しきれないていない別の感情。そこには先輩が普段なかなか見せようとしない心が含まれている。おそらくそれは寂寞感だ。

俺が先輩を追いかけるのが本気で嫌なわけじゃない。だったら遠慮する必要はない。

言うなら今しかない。これ以上のタイミングはない。

 

 「俺の心は、俺が何者になるのかは俺が決めます」

 「私はあんたのことを思って!」

 「そうでしょうね。でもそんなのは余計なお世話です」

 「…!…そう、悪かったわね、余計なこと言って」

 

 俺の言葉が先輩の胸に突き刺さるのがわかる。厚意を無下にするきつい言葉。一方的に自分の言いたいことだけ言って相手を傷つけるなんて酷い男だ。だけどこれは俺の本心でもある。

 そして今から言う言葉も紛れもなく俺の心の底から出たものだ。

 

 「俺はただ先輩のそばにいたい。あなたのことが好きだから」

 

 

 研ぎ澄まされた聴覚が、心臓の激しい鼓動だけを拾い、周囲の音が聞こえなくなる。耳が熱い。口の中がからからに乾いている。口元が震えていないだろうか。目線は先輩の美しい切れ長の目に釘付けで離れない。動かないでいると、向こうの方から目線を切ってしまった。

 

 言った、言ってしまった。言葉は驚くほどすんなりと口から流れ出た。

 稚拙な告白だったと思う。でも後悔はしない。それとなく匂わせるのとは違う、言葉に出して伝わることもあると思うから。

 俺の本心はちゃんと伝わっているだろうか。

 

 先輩はうつむいたまま動かない。

 やっぱりいきなり過ぎただろうか。人気はないとはいえこんな往来のど真ん中でやることじゃなかったかもな。

 

 実際には5分くらいだっただろうが、体感としては永遠とも思える時間が過ぎた頃、先輩がようやく口を動かした。

 その口元はやはり震えていた。

 

 「私も、真のこと…ずっと前から…」

 

 先輩の言葉は尻すぼみになって掻き消える。

 先輩の迷いを感じる。なぜ迷うのか、先輩の気持ちが全部知りたい。例え断られるのだとしてもいつまでも待ち続けていたい。

 

 

 

 

 それなのに、なんでこのタイミングなんだ。

 人生で初めて憎しみを感じるような気がする。背後、遠方に感じる気配に対して。

 

 違和感。

 こんな一世一代の勝負時だというのに、俺の五感が余計な感覚を俺に伝える。これはもう防衛本能みたいなもので、俺の意思とは関係ない。空気のゆらぎ、音の反射、風が運ぶニオイ、光の刺し方、木々や動物たちのざわめき、全ての身体感覚が連動して俺に直感的な危機を伝えてくる。

 先輩の答えを待っている暇がない。急いで後ろを振り向かなければやられる。

 

 俺に向かって飛んでくる一筋の黒い光条。

 呪力弾。呪霊の攻撃か?

 なぜこんなものがいきなり、気配が急に現れる?

 

 瞬間的に両腕に全力で呪力を集中させ、その攻撃をバレーのレシーブのようにして真上に弾き飛ばす。

 両腕が痺れる。少し力を抜けば吹き飛ばされていたかもしれない。

 

 さらに今度は先輩の方に気配が移動した。

 

 (まずい、先輩が危ない!)

 

 俺が先輩の方に振り向こうとしたところで、背後から声が聞こえてきた。若い男の声だ。

 

 「素晴らしい反応だよ。今の対応にしても、雑魚ばかりを纏めたとはいえ、とっさに私の奥の手をいなすとは。とても中学生とは思えない」

 

 (こいつ、呪詛師か!)

 

 呪詛師による襲撃、俺がかねてより危惧していたことが起こった。

 そして見ただけでわかる。この男、俺が知っている誰よりも強い。

 

 そいつは先輩に後ろから近づいて、その肩に手を置いた。

 人質に取るつもりか?先輩は状況がまだ飲み込めていない。ただ、危機を認識している途中の段階。

 相手の目的すらわかっていない。わかっているのはこいつが危険だということだけだ。下手に手を出すことができない。完全に不意を突かれた。

 

 「先輩に手を出すな!狙うなら俺だけにしろ!」

 

 その男、髪を後ろに結い上げ、袈裟姿の生臭坊主のような呪詛師は俺の言葉を聞いて鼻で笑った。

 

 「残念ながら私には君の言うことを聞かなければならない理由がない。そもそも私が用があるのは君ではなく、この少女の方だからね」

 

 俺でなく先輩が目的。

 全てが繋がった感覚がした。先日先輩の親戚が攫われたといった。結局捜索は適わず行方不明のままという残酷な結果のままだったが、こいつの仕業だったか。

 目的はやはり先輩の術式。そしてその理由、こいつの正体すら俺は思い至っている。

 

 「そう怖い顔するなよ。別に危害を加えたいわけじゃないんだ。少し私の目的のために力を貸してほしいだけ。用事が済んだら解放することを約束する。本当だ」

 「信用できない」

 

 当然だ。予想が正しければおそらく攫われた親戚も先輩と同様の術式をもっていたはず。ではなぜ今更先輩を必要とする?

 答えは、もういないから、だ。

 

 「では縛りでも結ぶかい?私はかまわないよ。二度同じ轍は踏まない。彼女の安全は保証しよう」

 

 こいつの声を聞くだけでもはや不快だ。なぜ先輩がこいつのために働く必要がある?この人の命をなんとも思わないような外道のために。

 戦うしかない。先輩を守れるのは俺しかいない。そのために俺は今この場所にいるんだから。

だが、そんな俺の考えは他ならぬ先輩自身に否定された。

 

 「…真、こいつの言う通りにして。私は大丈夫だから」

 「馬鹿な、正気ですか!?」

 

 縛りを結んだところで信用できるものか。こいつに着いていったら最後、利用されるだけに留まらず、先輩は高い確率で死ぬ。縛りの抜け道なんていくらでも考えられる。

 

 「うーん、空ちゃんの方が君より利口みたいだね。力量差も弁えてるみたいだ。わかるかい?彼女は今、他ならぬ君の心配をしているんだ。私としても前途有望な若い術師の未来を奪う真似はしたくない。大義のために仕方なくやっていることなんだ。どうか彼女のためにも君のためにもここは抑えてくれないかな」

 

 

 わかっている、今の俺ではこいつには勝てない。だが敵わなくても戦わなければならない理由がある。

 

 先程の呪力弾、呪霊の気配があった。確実に野良の呪霊じゃない。間違いなくこの男によるもの。

 加えて俺の裏をかくこの身のこなし。見ただけでわかる確実に1級を大きく上回るだろう実力。呪力量。

これらの情報から導かれる答えは一つ、呪霊操術の使い手、特級術師、夏油傑!

 

 目的はおそらく先輩の降霊術式。

 霊を降ろす媒体や縁さえあれば比較的自由に霊を降ろす事ができる。降ろした後の制御までは術式の範疇じゃないため使う機会がないと言って普段は腐らせているけれど、能力自体は本物だ。

 自然の呪力を媒体とすれば呪霊ともなるだろう。夏油にとっては自分の手札を無限に増やすことが出来る駒になる。それしか考えられない。

 

 もう一つ重要な事実。先輩の親戚もおそらく降霊術式、もしくはそれに類似したものだった。なのにもう使えない。死んだからだ。どういった経緯でそうなったのかは知らない。わかるのはこの男がどうしようもない外道で、信用ならない奴だということだけ。

 

 先輩にとっての最大の脅威。

つまりこいつは俺が必ず打倒しなくてはならない敵そのもの。

 

 「…言いたいことはそれだけか?夏油」

 「私の正体にまで勘付くとは、頭も回るらしい。私が特級術師と知ってもやる気満々か。じゃあ仕方ない。少し痛い目見てもらうよ。心配しなくても殺しはしない。君には彼女に協力してもらうためのダシになってもらおう」

 

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