楽しんでいただけたら幸いです。
世界人口のおよそ八割が超常の力『個性』を持つ。
個性を使った犯罪が横行する一方、ヒーローと呼ばれる職業が脚光を浴びている。
そんなヒーローになりたい理由なんて人それぞれだ。
カッコいいから。稼げるから。人の役に立ちたいから。あるいは――。
「――と。水斗!」
「うおっ!?」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。
水斗は大音量で自分の名前を呼ぶ人物に目をやる。彼女は不満げにこちらを睨めつけていた。
「やっとこっち向いた。どうしたの? 悩みごと?」
しかし、すぐに優しげな表情を見せる。
「……まあな」
「ウチで良かったら話聞くよ」
心配そうに顔を覗き込んでくる少女の名は耳郎響香。
三年前、
仲良くなったと自負している水斗が、彼女に隠し事をしておけるわけもない。
「引っ越すことになった」
「えっ!?」
簡潔に言うと響香が驚いたように声を上げる。
いつもはクールな印象の彼女が、このような声を上げるのは珍しい。
「何かあったの?」
「婆ちゃんの体調が悪いらしいから、叔母さんが面倒を見るんだってさ」
「……そっか。それで、いつ引っ越すの?」
「俺が小学校を卒業したらすぐだって」
もっと早く向かう予定だったらしいが、水斗の交友関係も考慮してくれたようだ。
「あと一ヶ月もないじゃん!」
だけど、突然知らされた響香は、目を白黒させて顔を寄せる。
「ど、どこ?」
「何が?」
「中学はどこいくの?」
「どこだったかな……。千葉の方って聞いたけど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「そ、それは……」
言いよどんだものの、顔を背けた響香はポツリと言葉を溢す。
「水斗と同じ学校に行きたかったから」
響香の言葉を聞いて、水斗は目を見開いた。それからカラカラと笑う。
「わ、笑わないでよ」
「俺も響香と同じ中学だったら良かった」
「本当?」
目を輝かせる響香。それに対し、水斗はコクリと頷く。
「本当はずっとここにいられると思ってた」
小学三年生の終わりにここに引っ越してきた。
友達はそれなりにできたけど、やっぱり響香との出会いが一番印象深い。
「俺も響香のロックが聴けなくなるのは寂しい」
「そ、そっか」
彼女はプラグ状の耳たぶに触れながら俯く。それからしばらく無言が続いた。
「水斗はさ、ヒーローになるんだよね?」
響香は顔を上げる。
「ウチもヒーローになりたいって思ってて。だからさ」
そこには決意が満ちていた。
「雄英高校を目指そうよ」
「オールマイトの出身校だったよな」
みんなの憧れるヒーロー、オールマイト。
彼のようになりたいという少年少女は多いだろう。
「響香はオールマイトみたいになりたいのか?」
水斗が言うと、響香はちょっと違うかなと微笑む。
「ウチは水斗みたいなヒーローになりたいの!」
「俺みたいな?」
意味がよくわからなかった。
聞き返すと彼女は人差し指を立てる。
「昨日、重そうな荷物を持ったおばあさんを手伝ってたでしょ?」
「見てたのか」
「たまたまね。それに、三日前は低学年の子たちがなくしたボールを探してあげてた」
「全然ヒーローらしくないじゃないか」
「わかってないなぁ、水斗は」
響香は、はにかんだ顔で笑う。
「そういう小さなことでも見逃さない水斗は、誰よりヒーローらしいってこと」
「……だといいな」
全ては誰かを助けるために。
そう思って行動したことが、ヒーローらしいというのならば。
「帰るか」
「うん」
二人並んで下校する。
何気ない会話ができるのもあと少し。
水斗は響香の横顔を眺めながら出会った頃を思い出した。
◇
耳郎響香への第一印象は暗いやつ、といったネガティブなものだった。
転校生というものはどこでも珍しがられる。
クラスメイトが近寄ってくる中、響香は遠巻きに眺めているだけだった。
そんな中、注目を浴びていた転校生を気に食わない連中が現れる。
「お前、調子に乗ってるよな」
六年生のガキ大将グループに目をつけられた。
勝手に因縁をつけられた水斗は、あしらうつもりで呼び出しに応じた。
だけど、そこに割って入ったクラスメイトがいた。それが響香だった。
「暴力は良くない、と思います」
「うるせえな。お前には関係ないだろ」
「そんなことない。ウチらクラスメイトだし、その……」
体格差がある相手に対し、響香は震えながら睨み返していた。
「ヒーローでもないのに口出しするなよ」
「きゃっ」
そう言ってガキ大将は響香を突き飛ばした。
水斗は倒れ込んだ彼女を受け止める。
「俺だけ殴るなら黙ってようと思ったけど、気が変わった」
水斗はそう言って、拳を握りしめる。喧嘩に個性を使ってはいけない。だけど、相手のうち1人は常時個性が発動しているタイプだった。
「先輩。言っとくけど、俺は強いよ」
その言葉に気圧されたのか、一瞬、彼らは動きを止める。
「う、うおおおお!」
ガキ大将が殴りかかってくる。そこから水斗の大乱闘が始まった。
今にして思えば。馬鹿なことをしたかもしれない。
しかし、途中で現れた教師の強制仲直りで喧嘩両成敗となる。
結果は惨敗。顔に絆創膏をつけて帰ることになった。
「流石に無理だよなぁ」
三対一じゃ分が悪すぎた。
どうあがいても勝てない戦いだった。それでも喧嘩を買ってしまったのは。
「水粘くん!」
「ん」
振り向くと響香がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「どうかした?」
「ええと、その。怪我、大丈夫かなって」
どうやら心配してくれたらしい。
「ごめん。ウチのせいで」
「これはどっちにしろ殴られてたから気にしないで」
頬に貼られた絆創膏を指差し、水斗は笑ってみせる。
「だけど、先生に水粘くんまで悪いみたいな言い方されてた」
「実際、俺も悪いと思ってるし。挑発したのはこっちだからさ」
響香はじっと水斗を見つめていた。
「どうかした?」
不思議に思って尋ねる。
少しばかり間があって、彼女おは意を決したように口を開く。
「水粘くんはさ」
「うん」
「ウチが余計なことしたって思ってない?」
「え?」
響香は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ウチが出ていかなかったら殴られなかったかもしれない。ウチが先生のところに先に行ってたら水粘くんも悪者扱いされなかったかもしれない」
そんな彼女を前にして水斗ができること。それは笑って見せることだった。
「思ってないよ。むしろ、ヒーローみたいだと思った」
「ウチ、何もしてないよ」
「俺を助けようとしてくれたじゃん」
両手を広げ、ガキ大将に立ち向かおうとした響香の姿を思い出す。
あの背中は震えていたけど、確かに水斗の心を動かした。
「だからさ、俺と友達になってくれないかな」
「えっ」
何を言っているのかわからない。そう言わんばかりに、ぽかんとこちらを見る響香。
「嫌ならいいんだけど」
差し出した右手を引っ込めようとして、響香にそれを止められる。
「い、嫌じゃないよ!」
「そう? じゃあ俺のことは水斗って呼んでくれ」
「……わかった。ウチのことも響香って呼んで」
互いに笑い、握手を交わす。
これが、二人の関係の始まりだった。
次回は耳郎ちゃん視点です。
駆け足で行きます。