後日、紹介したい人がいると天道に屋上へ連れ込まれた。
「紹介するね、一佳ちゃん。彼がクラスメイトの水粘水斗くん」
そこで水斗を待っていたのはサイドに髪を結わえた少女。
「それで水粘くん。彼女が拳藤一佳ちゃん」
「男の子の友達ができたんだ、って浮かれてたから誰かと思ってたけど、君だったんだ」
「あ、ああ」
敵視されているわけではないけど、値踏みするような視線が怖い。
拳藤一佳。学校ではいつも誰かと一緒にいるのを見る女子。
だけど、その中に天道の姿を見たことはなかった。
「どうして私に彼を紹介しようと思ったの?」
拳藤は天道に視線を移し首を傾げる。
「友達の友達は友達でしょ?」
それこそ、なぜそんなことを聞くのか、と天道も不思議そうな顔をする。
天道の答えは想定内だったらしく、拳藤は苦笑する。
「由貴ならそう言うと思った」
「それってどういう意味?」
「由貴は純粋だなってこと」
女子二人の談笑を見ているだけなら微笑ましいが、傍にいると気まずい。
そんな水斗を気遣ってか、天道が話題を振ってくれた。
「水粘くんは小学校、この辺りじゃなかったんでしょ? 友達は多い方だった?」
どうやらクラスメイトへの自己紹介を覚えていたようだ。
(友達、か)
小学生の頃を思い出し、浮かぶのは一人の少女。
「そんなに多くはなかった。でも」
「でも?」
「一緒にヒーローになろうって言ってくれた人がいた」
彼女は元気でやっているだろうか。そんな風に思いながら空を見る。
「その人って女の子?」
じっとこちらを見ていた天道が、ニヤニヤと表情を緩ませた。
「そうだけど」
「やっぱり! そんな気がしたんだ」
愉快そうに笑う天道の隣で拳藤も頷く。
「私もそう思った」
「なんでだよ。女子だったなんて言ってなかっただろ」
不満を表すと彼女たちは、それぞれ違う笑みを浮かべた顔を見合わせる。
「だって」
「な」
そんな二人が怖くなって少し後ずさる。
「な、なんだよ」
「その娘の話をする水粘くんの顔を見たらわかるよ」
思わず顔に手を当てる。
(そんな顔に出やすいのか?)
小学生の頃は無表情で何を考えてるのかわからないと言われていたのだけど。
「それでそれで。その娘のこと好きだったの?」
吹き出しそうになった。
(話し始めて日も浅い男にそういうこと聞くか?)
質問してきた天道に目を向ける。彼女はキラキラした目でこちらを見ていた。
「……好きか嫌いかなら好きだけども」
「ひゃー! じゃあじゃあ、キスは!?」
「こら、由貴。そういうことは、根掘り葉掘り聞くものじゃないぞ」
パシッと天道は頭を叩かれる。
「痛いよ、一佳ちゃん」
涙目になったがスルーされていた。
「水粘も正直に答えようとしなくてもいいからな」
天道の勢いに負けて話そうとしていたのは、拳藤にはお見通しだったらしい。
「由貴ってば、本当に恋バナ好きだよね」
拳藤は呆れたようにため息をつく。
「だってだって、憧れるでしょ? 一佳ちゃんはそういうのないの?」
聞かれた拳藤は頬を掻く。視線をそらして唸る。
「まだ私には早いかなって。相手もいないしな」
「えー、一佳ちゃんなら相手はすぐに見つかるよ」
にこやかに会話する二人。
悩み事なんてない。天道は、そんな笑顔を浮かべていた。
「そうだ! 水粘くん、お願いがあるんだけど」
ぼんやりしていた水粘に向かって、天道は両手を合わせる。
「な、なに?」
身構える。
何かまた恥ずかしいことを聞いてくるんじゃないか。そう思った。
でも。
「わたしの代わりにヒーローになってくれる?」
その表情はあまりにも儚げで、触れたら壊れてしまいそうな――。
「無個性じゃ、きっとヒーローにはなれないから。お願い!」
だけど、彼女はすぐに笑顔になって小首をかしげる。
「ダメかな?」
「……天道に頼まれなくてもヒーローにはなるつもりだけどな」
「へぇ、言うじゃん。もしかして、志望校は雄英高校ヒーロー科?」
隣りにいる拳藤は、腕を組んで不敵に笑った。
「そうだ」
「私と一緒か」
水斗が頷くと彼女はじっとこちらを見つめてくる。
「な、なんだ?」
「いや。それよりも水粘はどうしてヒーローになりたいんだ?」
ヒーローになりたい理由。
水斗の中に漠然としているが、確かな理由はあった。
「助けられる人を助けるため、かな」
「それってヒーローなら当たり前のことじゃない?」
拳藤は言う。
確かにその通りだ。
ヒーローは助けるためにヒーローなのだ。だけど。
「ヒーローは個性を使って救助活動も大っぴらにできるけど、一般市民ならそれができない。もし、目の前に個性を使えば助けられる人がいたとして、ヒーローだったら助けられたのにって後悔はしたくないんだ」
「そっか」
拳藤は小さく呟いて自分の手のひらに視線を落とした。
二人の会話を聞いていた天道が、キラキラした目で水斗を見つめてくる。
「水粘くんは将来のこと、考えてるんだね」
「そんな大層なもんじゃない。ヒーローになるやつなら当たり前に持ってる感情だと思うし」
「だけど、迷いなく言い切れるところがカッコいいよ」
親指を立てる天道に苦笑する。
彼女が見つめてくるものだから、照れくさくなって背を向ける。
「どうしたの?」
「昼休みも終わるし、そろそろ教室に戻る」
「あっ、もうそんな時間?」
実際はまだ時間がある。それでもこの場にいるのが気まずいから先に屋上を出る。
「わたしはもう少しここで風に当たってるからね」
ニコニコと手を振る天道に片手を上げて、少し振り返る。
変わらない笑顔。幾分よりか元気そうに見えた。
だけど、その笑顔の意味を水斗は理解していなかった。
不穏な空気。
次話は時間が飛びます。