水粘少年のヒーローアカデミア   作:白黒カラス

5 / 10
第5話 ヒーローになりたかった

 あの街を離れてから三年目の夏。進路希望の用紙を眺めながら、水粘水斗は窓の外を眺めていた。

 

「響香。俺は……」

 

 誰もいない教室で水斗は、あの約束を思い出していた。

 何も知らない無垢な頃。誰にでもある。

 あの約束を果たすべきか否か。葛藤で水斗の心は揺れていた。

 

「まだいたんだ」

 

 髪をサイドで束ねた少女が、教室の入口で立っていた。

 腰に手を当て、呆れたように近づいてくる。

 

「拳藤か」

 

「拳藤か、じゃない。水粘だけ提出してないから、様子を見てきてくれって頼まれたんだからな」

 

 そう言って彼女――拳藤一佳は、机に置かれた用紙を覗き込む。

 

「やっぱり、水粘も雄英高校を受けるんだ」

 

「そんなつもりは……」

 

「何回も書いたり消したりしてたんだろ? 跡が残ってる」

 

 言われた通り、雄英高校ヒーロー科とうっすら書かれている。

 

「俺は……」

 

 唇を噛み締める。

 雄英高校を受けないということは、響香との約束を破ることになる。

 だけど――。

 

「俺はヒーローになれないよ」

 

 あいつを救えなかった人間が、ヒーローなんてものになれるわけがない。

 ましてや、復讐しようとしてしまう人間には。

 水斗の様子を見た拳藤は、ため息をついた。それから、諭すように口を開いた。

 

「私が言える立場じゃないけど、それであんたは後悔しないの?」

 

「…………」

 

「幼なじみとも約束してるんだろ?」

 

 拳藤の言葉に返答できなかった。

 後悔なら嫌になるほどした。

 こんなに苦しいのならヒーローなんて目指さなければ――。

 

「これだけは言うつもりなかったけど」

 

 水斗の思考を遮るように、拳藤は言葉を続ける。

 

「あの娘の――由貴の願いを思い出して」

 

「……天道の願い」

 

 思い出されるのは、彼女――天道由貴(てんどうゆき)の笑顔。

 あの笑顔に隠された真意を読み取れなかった自責の念。

 そして、もうひとつ。

 

 ――わたしの代わりにヒーローになってくれる?

 

 水斗は顔を上げた。視線の先には微笑を浮かべた拳藤がいた。

 

「水粘は由貴にはなれない。でも、あの娘の願いを叶えることはできる」

 

 目の前の少女を呆けた顔で見ていたのは間違いない。

 すぐにでも零れそうな涙をこらえ、水斗は進路希望に『雄英高校ヒーロー科』と記した。

 

「……代わりに、提出してくれないか」

 

「わかったよ」

 

 文句も言わず、拳藤は用紙を受け取った。

 背を向けた彼女は、少し振り返って笑いかけてくる。

 

「私も水粘の夢、応援してるからさ」

 

「……ありがとう」

 

 それには応えず、拳藤はひらひらと紙を振って教室を出ていった。

 再びひとりになった教室で、水斗は決意を新たにする。

 

「もう一度、頑張ってみるよ」

 

 呟いた言葉は、窓の外へ消えていった。

 

 

 

 

 件の用紙を担任に提出して、拳藤は帰路についていた。

 

「由貴。これで良かったんだよな」

 

 涙をこらえていた少年を想う。

 きっと彼はヒーローになるだろう。自分と同じように、過去を引きずったまま。

 拳藤一佳が水粘水斗と知り合ったのは、ひとりの少女がきっかけだった。

 

『一佳ちゃん。ありがとうね』

 

 記憶にあるのは儚げな笑みを浮かべる女の子。

 同じ小学校から進学してきた、天道由貴(てんどうゆき)という少女がいた。

 彼女は無個性であることを理由に、いつもひとりで過ごしていた。

 そんな彼女を元気づけようと声をかけたのが、中学に入ってすぐの出来事だった。

 

『一佳ちゃんは、わたしと一緒にいて楽しい?』

 

 あの日の彼女は、どうにも元気がなかった。

 なぜそんなことを聞くのか。理由を聞いても、何も話してくれなかった。

 あとで水粘に聞いた話では、夢について悩んでいたという。

 それに気づけなかった自分を恥じたし、真意を受け取れなかったことを後悔した。

 

『一佳ちゃん。わたしね、男の子の友達ができたんだ!』

 

 嬉しそうに話す由貴を見て驚いたのを覚えている。

 それから三人で一緒に過ごすようになり、楽しい毎日がずっと続くと思っていた。

 

 けれど――。

 

 彼女は自ら死を選んだ。

 それは、二年目の春が遠のく出来事だった。

 すぐにいじめとして認定された。嫌がらせをしていた奴らは転校していった。

 だけど、そんなに単純なことでもなかった。

 彼らが転校する数日前、水粘はクラスメイトの胸ぐらを掴んでいた。

 

「お前、ヒーローを目指してるんだってな?」

 

「あんたには関係ないだろ。今重要なのは、これが事実かどうかってことだ」

 

 掴まれている他に四人の生徒がいたが、誰もがニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 一佳がそれを影から見ていたのは、水斗に事前に聞かされていたからだ。

 天道を死に追いやった五人を告発するために。

 

「この写真に写ってるのがお前らなら、お前らがあいつを殺したも同然だ」

 

 写真に映るのは、由貴を殴るクラスメイトの姿。

 これを撮ったのは、他ならぬこのグループにいた少年だった。

 心無い言葉を浴びせ、暴力を振るい、物を隠し、罪悪感を抱かせた。

 その報告を水粘にしたのは、ある種罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。

 

「お前が守ってやれば良かったんじゃねぇのか? ヒーロー志望さん」

 

 だけど、水粘の前にいるクラスメイトには、罪悪感のかけらも見えなかった。

 小馬鹿にしたように顔を近づけてくる男子。それを見て、周りの女子を含む四人が笑う。

 

「そうか」

 

 その時の水粘は、理性が薄れていたように見えた。

 

「そうさせてもらうよ」

 

「がっ!?」

 

 胸ぐらを掴んでいた男子に頭突きを食らわせた。灰色の粘液が飛び散る。

 それを何度も、何度も何度も繰り返す。

 水粘の顔が変形する頃には、周りにいた奴らは彼の粘液を浴びていた。

 

「はっ、ははっ、お前ボロボロじゃねぇか」

 

 衝撃はあっても水粘の個性の性質上、彼の体は柔らかい。

 

「そうだな」

 

 あざ笑う周りの連中を一瞥する。その風貌はすぐに元の顔立ちに戻る。

 外から見ていた一佳は気づいた。水粘から放たれた粘液が蠢いているのを。

 

「じゃあ、爆ぜ――」

 

 水粘は何の感慨もなさそうに口を開いた。

 自分よりも荒れている人間を見て一佳は逆に冷静になれた。

 

「水粘! やめろ!」

 

 砕けた水粘の体の一部をすくい取って、彼らの間に割って入る。

 

「……拳藤? お前は俺の個性、知ってるだろ?」

 

 その声音は、邪魔をするなと言っているようで。

 

「ああ、知ってる」

 

「だったら――」

 

「こいつらに構う必要なんてない。明日になれば、こいつらの悪事は全部明らかになる!」

 

「じゃあ、誰が! 誰が天道の無念を晴らすんだよ!」

 

 水粘が血走った目で拳藤を睨めつける。

 少しばかり恐怖を感じた。それでも、彼の個性で復讐を遂げさせてはいけない。

 だから――。

 

「あの娘の無念は、あんたがヒーローになって晴らせ!」

 

 水粘の目が大きく開かれる。

 すとん、と彼の体から力が抜けた。

 

「ヒーローになりたかったあの娘の。ヒーローになれなかったあの娘の夢をあんたが叶えろ!」

 

 一佳の心からの叫びだった。

 彼は呆然とその場に立ち尽くし、糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

「俺は……」

 

 その様子を見ていた主犯格の生徒たちは、拳藤の呼んだ教師によって安全な場所へ連れて行かれた。

 もっとも、翌日には学校にいられなくなったのだが。

 この一件以来、水粘は完全に孤立したが拳藤だけは傍にいた。

 なぜ一緒にいるのか、と聞かれれば放っておけないからと答えるだろう。

 それだけ、彼の精神状態は不安定だった。




これを書きたかった。
しばらくお休みします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。