追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第2話 居候、おかわりはそっと出すのね

「それでは、記念すべき第千八百回、三賢者会議(トリニティ)を緊急開催いたします。」

 

とデミウルゴス。ぱらぱら、と拍手。

 

 

 

 没入型仮想現実遊戯(DMMO RPG)ユグドラシルのサービス終了日、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその拠点ナザリック地下大墳墓と諸共に異世界へ転移した。

 

 ゲームの設定そのままの力とフレーバーテキストに応じた人格を得て顕現したNPCたち。そしてその(あるじ)として君臨するは、ログインしたままサービス終了を迎えたユグドラシル非公式ラスボスとまで呼ばれたモモンガの体に、ユグドラシルの隠し機能<日誌(ログブック)>が蓄えた至高の四十一人の記憶を上書き(オーバーロード)された死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 

 転移者の宿命として短期記憶を維持することが叶わない彼らは、種族特性から定期的に生ある者を屠ることを欲するアインズを満足させつつ、知っては忘れ、知っては忘れを繰り返しながら、この百年の間ナザリック地下大墳墓を維持し続けてきた。

 

 主従の立場の差はあれど本質的には同等の存在である下僕(しもべ)たちを無二の仲間と認め、アインズは何を決めるにしても特に知性に優れる三人の下僕に諮ることを欠かさない。このナザリックの最高意思決定機関は三賢者会議(トリニティ)、と呼ばれている。

 

 

 

 いつものようにナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスイート)のアインズの部屋に集まった四人。

 普段といささか異なるのは、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)が運び込まれており、そこにナザリック地上入り口に身をかがめてうずくまる白金(プラチナ)色の(ドラゴン)が映し出されていることだ。

 

 アインズは所持品(インベントリ)からメモを取り出し、そこに書かれた既に掠れ気味の「空飛ぶよろい、変な竜、ツアー」の記述と、後々(のちのち)に加えられた書き付けをザッと流し読んでから本題に入った。

 

「議題は言うまでもないな。

 あまり待たせてもどうかと思うので多数決にしたい。

 是非とその理由を簡潔に述べてくれ。

 

 まずはアルベド。」

 

「否、で御座います。

 神聖なる我らがナザリックに、現地生物、ましてや獣を招き入れるなど以ての外。」

 

「……念のために確認するが、

 二人の……その、なんだ……

 オレたちの時間を邪魔されて恨んで……ということではないのだな?」

 

と遠慮がちにアインズは尋ねるが、途端にアルベドの表情が(とろ)ける。

 

「アレのお陰でアインズ様からモーニングコールを頂けました!

 その点においてはアレに感謝こそすれ、恨むことなどあろうはずも御座いません!」

 

 さよか。

 

 あの状態のアルベドは肉声で話し掛けても決して起きないのはわかっていたので、いよいよ緊急の際は脳内に<伝言(メッセージ)>を叩き込んでやれ、というのは前々から考えていた手段ではあったが、こう喜ぶとは思わなかった。いや、今後はこれで時短を図れるのか……無理に効率を上げる必要もないか、暇なんだし。

 

「あー、パンドラはどうか?」

 

と次の投票者に振る。

 

「そうで御座いますな。

 

 アレは、ちち……失敬、アインズ様のこちらの世界における数少ないご友人、と認識しておりますれば、訪ねて来られたものを無碍に追い返すのも如何なものか、と。」

 

 いつものように軍帽に片手を掛け、斜めに傾けながらパンドラズ・アクターがそう答える。

 

「……是、ということでいいのだな?」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」

 

 望んでねーよ、おまえらの意見を聞いてんだよ!

 

「最後にデミウルゴス、はどうか?」

 

「是で御座います、アインズ様。

 

 この世界で無比の強者であるアレに、恩を売っておいて良いことはあっても悪いことはないかと愚考いたす次第です。」

 

 デミウルゴスが手放しに肯定的なのはアインズにとってはいささか意外ではあったが、こいつのことだから何かまた企んでいて、任せておけば問題はないだろう、と割り切る。

 

「多数決は決した。アルベド、異存はないな?」

 

 念のための確認をアインズは怠らない。

 多数決は、(みな)の意見を聞き出すための方便であって、意思決定の手段ではないのだから。

 

「元より三賢者会議(トリニティ)の決議に異を唱えるつもりは御座いません。」

 

 その安定した表情から、彼女がわだかまりを持っていないことを確信したアインズは、いつかこのような日が来た時にやろう、と思って件のメモに書き加えていた対応(ネタ)を開始する。

 

「<伝言(メッセージ)>!」

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の地上部入り口付近に着地した白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン、その()()は、遠目に目立たないように姿勢を低くしつつ、中から声が掛かるのを待った。

 

 この場所は、万が一火急のことがあったときは訪ねてくれて構わない、とアインズから教えられていたものだ。こちらからどう呼びかけたものか手段がわからないが、アインズが気づかないはずはない、と彼は考えている。そして、云百年という時間感覚(タイムスケール)で生きる彼にとって、待つのが一日二日だろうが、一ヶ月だろうが、それは大した問題ではなかった。

 

 少し微睡ませてもらおうか、と思いかけたところへ脳内に直接語りかけてくる気配を感じ、ああ、アインズが気づいて<伝言>をくれたか、と竜は安心して語りかける。

 

「ああ、アインズ、助かるよ。

 仔細は追って説明するが、とにかく中に入れてくれないかい。

 どうもこの体を晒しているのは落ち着かなくてね。」

 

 対する返答はこうだ。

 

「……ツアー……なのかい?」

 

 ん?

 

「ツアーではないのかい?」

 

 こいつ!

 

「アインズ、キミというやつは……。

 記憶が維持出来ない、というのに()には持つんだね。」

 

「ボクは死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 ナザリック地下大墳墓で大魔王ごっこをやっている。」

 

「……頼むよ、アインズ。本当に落ち着かないんだ!」

 

「キミは世界を護る者なのかい?」

 

「アインズ!」

 

「……相変わらず冗談のわからん獣だな。

 今行くからちょっと待ってろ。」

 

と<伝言>が途切れた。

 

 ふーっとツアーは溜息をつき、とりあえずこれで一心地(ひとごこち)着けると深く安堵する。

 

 ややあって、ツアーの鼻先に<転移門(ゲート)>が開き、彼が寄り目にして丁度焦点が合う辺りに骸骨の姿の友人……とパンドラズ・アクターは言ったが、ツアーからすれば腐れ縁の知人、といった認識である……がその姿を現した。

 

「挨拶は後だ、ついて来い。」

 

 即座に身を翻してアインズは<転移門>へと姿を消す。その大きさは彼の身長を少し越えるしかないが、多分大丈夫なのだろう、とツアーは素直に後を追った。

 

 次の瞬間、ツアーは星空の見える巨大な石造りの闘技場の中央に自身が居ることに気づき息を呑む。

 

「ナザリック地下大墳墓へようこそ、ツアー。」

 

 背を向けていたアインズが両手を開いて振り返り、多分笑ったつもりなのだろう、口がパカリと開いた。

 

「外部の者でここに立ち入ったのはおまえが最初だ……多分。

 栄誉に思ってくれよ。」

 

とアインズ。

 

(多分、がなければね。)

 

とツアーは思うが、口には出さない。

 

 アインズの背後に目を向けると、アインズに劣らず強者の気配を色濃く放つ三人の姿が目に入る。

 

「後ろの人たちが噂に聞いていたキミの……仲間かい?」

 

 ナザリックのNPCたちとの関係は以前からツアーには話していたが、敢えて下僕(しもべ)とは言わずに仲間、と言ったツアーらしからぬ配慮をアインズは嬉しく感じた。

 

「ああ、ほんの一部だがね。紹介しておこう。

 

 こいつがデミウルゴス。

 オレの懐刀でおそらくおまえよりもキレ(もの)だ。

 

 こいつはパンドラズ・アクター。

 そう……何と言うか……オレの……息子みたいなものだ。

 

 そしてこいつがコキュートス。

 意外かも知れないがこの中では一番の常識人だ。

 

 (むし)だけどな。」

 

 ふしゅー、とコキュートスが冷たい息を吐く。

 もちろん不服の表明ではなく、常識人との評価を喜んでのものだ。

 

「こんにちわ、ボクはアーグラ……

 いや、ツアー。

 

 ツアー、と呼んでくれればいい。」

 

 ほう、こいつもわかるようになったじゃないか、とアインズは内心北叟笑む。

 

「はじめまして、ツアー。

 お会いできて大変嬉しく思います。

 

 アインズ・ウール・ゴウン様の懐刀にして無二の親友ウルベルト・アレイン・オードル(さま)の生まれ変わり、デミウルゴスです。どうぞお見知りおきを。」

 

(……何言ってんだよ、おまえ。)

 

 デミウルゴスが先頭を切って挨拶をしたので、他二名も自然と後に続く。

 

「ツアー殿(どの)のお噂は父上からかねがね伺っておりました。

 父上の息子、パンドラズ・アクター……」

 

と、ここでバレリーナのようにくるくると回転し、

 

 ピタリ。

 

「……と申します。よろしくどうぞ。」

 

 例によって斜に構えて軍帽に片手を掛けたポーズを決めるパンドラズ・アクター。

 言うまでもなく、アインズが緑色に光る。

 

「ゴ紹介ニ(あず)カリ(いただ)(はべ)(もう)シタ、コキュートス、ニテ御座候(ござそうろう)。」

 

 どうもコキュートスは真面目が行き過ぎてペースが狂うらしい。

 

 ここ第六階層(ジャングル)の本来の階層守護者である双子の闇妖精(ダークエルフ)アウラとマーレ、執事セバス・チャン、鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンは、敢えてこの場には呼んでいない。

 

 ツアーに何をするか、わかったものではないからだ。

 特にセバスとか、セバスとか、セバスとか。

 

 守護者統括アルベドが同席していないのは、こうしている間にも万が一のことがあった場合に備えて玉座の間に待機しているからであって、ツアーに会いたくない、というわけでは……ないはずである。

 

「……で、ツアー。

 まず何があったか聞かせてもらおうか。

 

 いや、当ててみせよう。おまえ、居城を襲われたな?」

 

とアインズ。

 いつの間にやら魔法で造り出した即席の玉座に腰掛けており、三人の下僕(しもべ)はその周囲に付かず離れずで従っている。

 

「見ていたのかい?」

 

「まさか!そこまで暇じゃないさ。」

 

 いや、暇だけどな。

 

「おまえは南東から飛んで来た。ナザリックから見ておまえの居城は北西だ。大方(おおかた)急襲を受けて、敵を振り払いつつナザリックの位置を悟らせないために世界を逆回りに一周して来たんだろう?」

 

 ツアーはただただ感心する。

 アインズの思考を支える至高の四十一人の記憶、というのは決して馬鹿にできたものではない、と。

 

「心遣いには感謝する。

 

 送り狼はなかったのか?

 事前に調べさせてはもらったが。」

 

 アインズが言っているのはニグレドに()と言って探査させたものに他ならない。

 

「もちろんあったよ。ボクの体に比して小さいからね、詳しくはわからないけれども、何か虫のようだったかな。ああ、コキュートスは気を悪くしないでおくれよ。」

 

 ふしゅー、と再びコキュートスが息を吐く。

 喜んでいるのだろう、多分。

 

「まさかキミのところに連れていくわけには行かないからね。生まれて初めて自分で吐いた竜の吐息(ドラゴンブレス)に自ら飛び込んだよ。これに耐えられるのはボクの鱗くらいだからね。綺麗に払えた、と思う。」

 

 ほーぅ、とパンドラズ・アクターとコキュートスは、すべてお見通しの(あるじ)の叡智と、それに拮抗するツアーに素直に感心する。

 

 デミウルゴスだけは、そのくらい当然、という表情を崩さない。

 

「で、やはり百年の揺り返し、というヤツか?」

 

 アインズは事前にメモで予習しておいた知識からそう尋ねた。

 あくまでもツアーの経験則でしかないが、この世界にはおよそ百年おきにユグドラシルからの来訪者があるらしい。主だった者でも七百年前の六大神、六百年前の八欲王、三百年前の十三英雄、そして百年前にこちらの一員に加わったアインズ・ウール・ゴウン。

 

「ほぼ間違いない、と思っている。

 これも確認のしようがないんだが、ボクの城を吹き飛ばしたのはキミが魔樹を焼いたのと同じ魔法だった。」

 

「デミウルゴス!」

 

「はっ。」

 

 即座にデミウルゴスは所持品(インベントリ)から分厚い帳面……ナザリックとツアーの因縁に関わる巻を前以て準備していたものだ……を取り出し、パラパラと素早く捲ってものの数秒で求める答えを返した。

 

「超位魔法<失墜する天空(フォールンダウン)>……で御座います。」

 

 なるほど、こうやって続かぬ記憶を補完しているわけか、とツアーはまたも感心する。

 

「では決まりだな。

 こちらの存在は位階魔法は扱えても超位魔法は扱えまい。」

「ああ、そうだと思う。」

 

「何か心当たりは?

 最近、何処かで出会ったプレイヤーに、おまえは世界を()がす者か、と問うたりはしなかったか?」

 

「……やはり根に持っているんだね、アインズ。」

「はははっ、そんなことはないさ、ツアー。

 いや、さっきは冗談が過ぎた、悪かったよ。

 

 ただ……な。」

 

 アインズは思う。

 

 彼は、今の自分が<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に刻み込まれたかつての自分自身、鈴木悟とその仲間たち、至高の四十一人の記憶から顕現した存在であることに自覚があり、それを受け入れているし楽しんですらいる。

 が、自分同様にユグドラシルから渡ってきたプレイヤーがその境遇を受け入れ楽しむことが出来るか、それ以前にそもそもその境遇に自ら気付けるか、と問えば、自分自身はおそらく奇跡的な存在であろう、とアインズは考える。

 

 それほどに至高の四十一人の記憶は稀有であった、少なくともアインズはそう信じている。

 

「おまえには想像し難いとは思うが、ユグドラシルプレイヤーは存外自分のことを正義の味方であるかのように言っている連中が多かった。そういう連中がユグドラシル(ゲーム)の話ばかりして築いた彼らの<日誌(ログブック)>からこちらに顕現するプレイヤーは、当然、自分のことをこの世界に招かれた正義の使者か何かだと思い込んだ上で探索を開始するはずだ。」

 

 ふむふむ、とツアーは頷く。

 

「そして、おまえにとっては迷惑な話だろうが、オレたちが元いた世界では(ドラゴン)と言えば悪の親玉の定番だったんだ。」

 

「ボクがそんな(ふう)に見えるかい?」

 

「そういう問題じゃない、ツアー。

 

 プレイヤーが<日誌>に思考を束縛される以上、連中の大半にとって<竜>と<悪>は問答無用に同じもの(イコール)なんだ。そういう存在、しかも一見して最強のプレイヤーと一対一(タイマン)で張り合えるのが明らかなおまえのような竜に『おまえは世界を(けが)す者か』と唐突に問われたら、大抵の奴は攻撃的にもなるだろうさ。」

 

「そういうものかな?」

 

 ツアーの感性ではその辺りはなかなかに納得し難かった。

 一方でアインズは、自ら語りながら、自身がツアーと直接対決に至らなかったのは、アインズを含むナザリックの面々が、自分たちを(ほしいまま)に<悪>を為すもの、と自己規定していて、<竜>すなわち(イコール)<悪>の等式が俄に成立しなかったことが大きかったのかも知れない、と今更ながらに考えてもいる。

 

「で、相手の戦力規模はわかるか?」

 

と、アインズは実務的なところに話題を戻す。

 

「課金アイテム、という線もあるが、まともなプレイヤーなら数限りある資源(リソース)を無闇に消費したりはしないだろうから、発動に時間のかかる超位魔法で仕掛けて来たということは、少なくともそれを使った魔法詠唱者(マジックキャスター)の他に、前衛を務め、万が一おまえが超位魔法の着手に気づいて発動前に仕掛けて来ても発動まで耐えられる見込みのある仲間がいたはずだ。」

 

 実際のところ、ツアーは超位魔法の着手には気づかず、発動直前に胸騒ぎがして慌てて城を飛び出したのだそうだ。

 

「とにかくいきなりだったからね。

 でも、何と表現したらいいのか難しいのだけれども、城を吹き飛ばした魔法の(ぬし)と、ボクの体に虫を忍ばせた者が別人なのは確かだ。力の気配が異なっていた。」

 

 どうやらこれは、言語では表現し難い竜独特の感覚によるものらしい。

 

「よもや竜王(ドラゴンロード)相手に前衛一人で挑むとも思えんから、敵は超位魔法を行使した魔法詠唱者を含めて少なくとも三人から四人といったところだろうな。これが全員百レベルプレイヤーだったら、なかなか厄介だ。」

 

と言いつつも、フフフ、とアインズは笑った。

 

 百年の揺り返しの話をツアーに聞かされて以来、そういう日が来ればどうするか、対策を考える暇は腐るほどあったのだから。

 

「よろしいでしょうか?」

 

とデミウルゴスが片手を挙げる。

 

 黙ったままアインズとツアーの目線がそちらに向かい、両者とも黙ったままでいるので、許されたと判断したデミウルゴスが話し始めた。

 

「ツアーにお尋ねします。

 アインズ様以外の我々はあなたの居城を存じ上げません。」

 

 ツアーは、そうなの?という顔でアインズを見、アインズは流石デミウルゴス、いいところを突いてくる、と感心した様子。

 

「思うに、お出掛けに際して白金(プラチナ)に輝く空飛ぶよろいを傀儡(くぐつ)に用いられるあなたのことですから、その在処(ざいしょ)を存知の方は限られているのではないですか?」

 

「……ああ、デミウルゴス。キミの言う通りだね。」

 

「無論、我々はアインズ様が敢えて私どもに教示なさらないことを探ろう、などとは思いませんので試みませんでしたが、その気になれば、空飛ぶよろいを偶然にも捕捉さえ出来れば、あなたの居城を知ることはたちまちに出来たでしょう。しかし、それはそれなりに時間を要する作業であり、たとえ我々であっても事前にツアーの行動を予測していないと容易には叶いますまい。」

 

 ふしゅー、と三度(みたび)コキュートスが息を吐く。

 ああ、我が盟友はまことに知恵者である、との賛辞であろうか。

 

 逆にアインズは、デミウルゴスがツアーを目前にして堂々と自身の手の内を語るのを聞き、これを逆用してツアーを嵌めようとしているのではないか、と返って不安になって思わず緑色に光ってしまう。

 

「……百年の揺り返しとやらでごく最近やって来たプレイヤーにそれが出来るとは思えません。

 加えて、ツアーから接触したのでなければ、そもそも新参プレイヤーにあなたを急襲する動機があるとも思えません。となれば……」

 

 デミウルゴスは、関心を引くべく敢えて言葉を切ったようだ。

 アインズは先を促す。

 

「うむ。

 デミウルゴス、どう見る?」

 

「こちらの世界のツアーに恨みを持つ何者かが新参プレイヤーを使嗾(しそう)したもの、と考えるのが妥当かと愚考する次第で御座います。」

 

 おぉ、とデミウルゴス以外の(みな)が声を挙げた。

 

「不躾な質問になるが、ツアー。

 おまえの国の政治的なライバルが、おまえを倒すためにそうすることは考えられるか?」

 

「うーん。

 もちろん絶対にない、とは言い切れないけれども、ちょっと考えにくいとは思うね。ライバル……というわけではないけれども、(みな)ボクと同じ竜王(ドラゴンロード)だから……ほら、仮に……仮にそういうつもりがあったとしても、どう考えても自分でやった方が早いと思わないかい?」

 

と身も蓋もなく答えるツアー。

 

「確かに、おまえと()()竜王なら、そうだろうな。」

 

とアインズ。少し間を開けて皮肉に気づいたのかツアーがいささか憮然とした表情を見せる。

 

「……第一、アーグランド評議国にあって百年の揺り返しに関心があるのはボクの知る限りはボクだけだ。これは断言できるよ、(みな)が関心を持ってくれればボクがこんなに苦労することはないんだから。」

 

 苦労してるのか、おまえ?とアインズは思うが口には出さない。

 

「まぁ、その辺りは追々考えよう。

 で、どうする?」

 

「どうするとは?」

 

「いや、おまえ。家がなくなったんだろ?

 空飛ぶよろいはどうした?」

 

「城と一緒に木っ端微塵さ。アレ、造るのに随分と苦労したんだけどね。」

 

「その図体で野宿するわけにもいかんだろ?」

 

「……泊めてくれる、と期待していたのだけれど、駄目なのかい?」

 

 こいつは存外無遠慮なやつだな。

 と言うか、ここ(ナザリック)が自分にとって安全だと素直に信じているなら、どこまでもおめでたい獣だ。

 

「とりあえず、城はオレが再建してやろうか?」

 

「……いいのかい、そんなことまでお願いしても?」

 

「壊れ具合がわからないし元の図面もないだろうから元通りとはいかないだろうが、ナザリックから工兵を派遣すれば後は時間の問題だけだ。国の(ほう)は大丈夫なのか?」

 

「何がだい?」

 

「いや、おまえは国の偉いさんなんだろ?

 それが急に居城が壊れて行方不明になったら騒ぎになるだろ?

 ちゃんと国の連中には事情を告げて出て来たのか?」

 

 何でオレがこんなことをこいつに言わなきゃならないんだ、と自分で言いながら途中で馬々鹿々しくなってきたアインズであったが、ツアーの回答はなお増して馬々鹿々しいものだった。

 

「ボクが二年や三年行方をくらますのはいつものことだから誰も気にしないよ。城だって始原の魔法(ワイルドマジック)の実験でもやって吹っ飛ばしたんだろう、と思われるのがオチさ。」

 

 大丈夫なのか、その国?

 

「工兵を送るにはオレの仲間におまえの居城の位置を明かさざるを得ないが、それは構わないな?」

 

「もちろん構わない。むしろ今まで内緒にしていてくれたことに驚いているくらいさ。」

 

「まぁ、教えても遠からず(みな)忘れるしな……後はだ。

 

 デミウルゴス!」

 

「はっ!」

 

「念のために申し置くが、ツアーの居城位置についての情報をおまえの日記に記録するのは禁止だ。いいな?」

 

「……?」

 

 珍しくデミウルゴスが即答しない。

 

「……どうした、不服か?」

 

「いえ、そういうわけでは御座いません。

 申し訳ありませんが少しお時間をいただいてよろしいでしょうか?」

 

「……構わないが。」

 

と言いかけたところで、デミウルゴスは振り返り、

 

「ナーベラル!」

 

と、闘技場の外で待機していた助手を呼ぶ。

 総髪(ポニーテール)侍女(メイド)服の絶世の美女がすすすっと顔を下げたまま駆け寄ってきて、デミウルゴスの傍まで来て顔を上げるが、その様子を興味深く覗き込んでいたツアーとばったり目を合わせる形になり、

 

「きゃ!」

 

と可愛らしい声を上げた。

 

 たちまちに彼女は膝をついて剣を抜き、その刃を自身の首筋に当てる。

 

「アインズ様のご友人の前でお見苦しい真似をいたしました。死んでお詫びを!」

 

 何しに来たんだよ、おまえ?

 

「あー、そういうのはいいから。デミウルゴスの助手をしてやってくれ。」

 

「はっ!」

 

 デミウルゴスはすぐさま彼女の耳元で何か囁く。

 

「承知しました。」

 

 ナーベラルはさっと振り返って背を向け、耳元に手を当てて<伝言(メッセージ)>で誰かと連絡を取っている様子。ややあって、再び振り返ったナーベラルは、やはりデミウルゴスに何か耳打ちし、直後に素早くその場を去っていった。否応なくアインズは再び緑色に光る。

 

「さっきからペカペカとおもしろいね、アインズ。それはどういう趣向なんだい?」

 

 人の気も知らずに言ってくれるな、この獣は!

 

「お待たせいたしました、アインズ様。

 同様の御命令は三万五千飛んで七日前に承っておりますれば、ご心配は無用に願います。」

 

「「……はぁ?」」

 

 アインズとツアーが図らずも同期(シンクロ)する。

 

「何か、ご疑念がおありでしょうか?」

 

 と、デミウルゴスはあくまでも自然体だ。

 

「いや、今の流れが何なのか要説明とは思わないか……ほら、ツアーが知りたがってそうだし。」

 

 無論、本当に知りたいのはアインズの方である。

 

「ああ、そういうことで御座いましたか。

 シズ・デルタで御座います。」

 

 ……わからん。

 

「既に(わたくし)めの日記も二千五百巻を超えて御座いますので、その大部分を最古図書館(アッシュールバニパル)のシズの作業部屋に収めております。彼女に過去に遡って確認したい事項を伝えれば、こうしてたちまちに回答が得られる、という次第で御座います。

 

 以前にもご説明申し上げたような気もいたしますが。」

 

 うーん、我らながら空恐ろしいことになってきているな、とアインズは思う。

 ふとツアーの方を見ると、やはり目をまん丸にして「マジかい?」という顔つきだ。

 

 (ドラゴン)のそんな表情が一目でわかるのだから、こいつとも長い付き合いだな、と可笑しくなってくる。

 

「まぁ、このアインズ・ウール・ゴウンが請け負ったからには何も問題はない。大船に乗ったつもりでいてくれていいぞ、ツアー。」

 

(いや、だから不安なんだけども。)

 

とツアーは思ったが、やはり口には出さなかった。

 

 

                    *

 

 

「ツアー、大丈夫でありんすからこっちへ()なんし。」

 

 呼ばれたツアーが、シャルティアが開いた<転移門(ゲート)>へと向かう。潜り抜けて出た先は、トブの大森林の何処か、であることまではわかるが、具体的にどこかまではさしものツアーもわからない。

 

 夜であれば、星の位置からわからないでもないのだけれど。

 

と思いつつ、とまれ、思い切り()を吸い込んで一息つく。

 

 とある必然性から、意外なことにナザリックにおけるツアーの世話役は主にシャルティアが務めることになった。

 

 アインズはもちろんのこと、ツアー本人も居候生活を始めるまでまったく気にしていなかったことになるが、基本的に竜王(ドラゴンロード)は食事というものをすることがなく、この世界に満ちている何か気のようなものを吸収することで生気を養っているのであるが、ナザリックを防衛する強力な魔力結界が外界のそれが内部に侵入することを阻み、そこに閉じこもったままではツアーが窒息することが明らかになったのだ。

 ツアー自身、そのような環境に我が身を置くのは生まれて初めてのことだったので、最初はかなり当惑したものだが、慣れてくれば四、五日に一度、数時間(そと)に出ればとりあえずは問題がない、というところまではすぐにわかった。

 

 むしろ問題は、それをどうやって実現するかの方だ。

 

 一番簡単なのはツアーにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを与えてしまって出入り勝手を許すことだが、流石にこれは憚られた。

 ツアーの勝手気ままな性格は十二分に理解しているし、そもそも、這々の体で逃げ込んできたわりにこの獣には……この世界における紛うことなき最強の個の一つなのだから当然、と言えば当然の話ではあるのだが……危機感というものがまったく感じられない。そういう存在に、ナザリックの危機管理に穴を開けられるのは勘弁願いたいので、アインズはこの手段の存在自体をツアーには伝えていない。そもそもナザリックにおいても、この手段を危険承知で使えるのはアインズのみなのだから。

 そうなってくると、ツアーの無駄に巨大な図体がナザリックからの物理的な出入りを拒むからには、<転移門(ゲート)>を自在に扱えるシャルティアの抜擢は自然な流れだ。

 

 だが、これが存外面倒臭い。

 

 出るときは容易だ。ツアーが自由行動を許されている第六階層でシャルティアと落ち合って、<転移門>をどこか適当な外界に繋いでやればよい。問題は入りの方で、シャルティアと言えども外界からナザリック内部の任意地点に対して<転移門>を開くことは出来ないので、英気を養っているツアーを一旦置いて単身ナザリック地上部へ転移し、第六階層まで移動した後に出迎えの<転移門>を開くことになる。

 これを容易ならしめるため、戦闘メイド(プレイアデス)のユリ・アルファとルプスレギナ・ベータが交代でシャルティアの助手を務めている。()に際してはシャルティアからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取り、(いり)に際してはナザリック第一階層で待ち受けて第六階層への移動を補助すべく再びシャルティアに指輪を受け渡すのだ。

 

「あ、ツアーさん、こんにちわー。」

 

 森の中で気を吸収しながら微睡みかけていたツアーに声をかけたのは、闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)の弟、マーレである。

 

「やぁ、マーレかい。ごきげんよう。」

 

 これまた意外なことに、ツアーと最も早くに打ち解けたナザリックの下僕(しもべ)は、マーレと姉のアウラであった。元々二人ともに動物が好きで、ユグドラシル産の(ドラゴン)愛玩動物(ペット)として従えていた、というのもあるだろうが、百年のときを経て外見はすっかり青年と乙女に至った二人ではあるものの中身はまだまだ子どもで、ツアーが語る七百年に及ぶ歴史物語が思った以上に二人の興味関心を惹いた、というのが大きい。

 

「もうすぐお姉ちゃんも来るので、また何かお話ししてくれますか?」

 

と上目遣いのマーレ。

 

 ツアーとしても、居候として厄介になっている以上このように請われて断る理由もないし、今まであまり真面目に考えたことがなかったが、こうして誰かに自身の思い出を語ることで思索が結晶していく感覚はなかなかに新鮮で楽しかった、というのもある。

 

「お待たせー!

 ツアー、元気ィ?」

 

と、木々の間から飛び出してきたアウラがポンッとツアーの背中に着地する。

 

 こうしている間も、彼らはナザリックの目ニグレドの防空監視網に護られており、誰かに急襲されたり覗き見されたりする心配はまずない。

 

「やぁ、アウラ。キミも元気そうだね?」

 

 遠目に日傘の下で退屈そうに欠伸をするシャルティアは、かつてチビ助と呼び習わしたアウラの姿を複雑な心境で眺める。アルベドほど豊満ではないものの……否、だからこそむしろ、今のアウラは出るところは出、引っ込むところは引っ込み、認めたくはないが認めざるを得ない健康的で(しな)やかな牝鹿の如き肉体美(ナイスバディ)だ。

 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるがゆえに百年前からまったく外見が変化しない、というか、そもそも出るところが出ていないシャルティアとしては、それが創造主に定められたことであり納得はしているつもりであっても、どうしても納得のいかない部分もある。

 

「シャルティアもこっちおいでよー。

 一緒にツアーの昔話を聞こーよ!」

 

 対するどこまでもカラリとしたアウラの性格は以前のままで、シャルティアの心境を知ってか知らずかいつもこの調子だ。異世界転移以来、幾度も(へそ)を曲げてきたシャルティアではあったが、最近は……過去の経緯などなんら憶えてなどいないのに……こういう場面(シーン)でいちいち噛み付くことも少なくなった、と彼女自身は思っている。

 

「……前はどこまで話したかな。十三英雄の出会いくらいまでかな?」

 

「どうせ聞いても忘れてしまうのでありんすから、どこからだってよろしいのでありんせんか?」

 

 自分の皮肉の毒も随分と薄まったものだ、と思いつつシャルティアも森の中の車座に参加する。

 

「もー、そんな悲観的(ペシミスティック)なことを言わないでよー、シャルティア!」

 

「そ、それに、コキュートスさんが言ってましたよ。忘れるからこそ、いつでも新鮮な気持ちでいれるんだって。それって素晴らしいことですよね、ツアー。」

 

 ツアーは少し彼らを眩しく思う。

 

 もし、自分も極々短期の記憶しか保持できない存在であったとしたらどうだったろうか、と。むしろツアーは、七百年の色褪せない記憶に、認めたくはないが苦しめられてきた存在だ。心を通わせた数少ない存在は、(みな)、自分よりも先に逝ってしまう。

 だから、ナザリックの連中を少し羨ましく感じる半面、自分がこの忘却と発見を繰り返す彼らの生活に適応できるか、と問うと、ちょっと耐え難いのではないか、と思わないでもない。一方で、(いま)目前にあるこの三人を含め、ナザリックの面々は、内心どうなのかまでは知る由もないが、外から見る限りにおいてはどこまでも前向きで明るい。

 

 この世界に血の雨を撒き散らす比類なき化け物どもであるにもかかわらず、だ。

 

(ま、それを言ったらボクだってほとんどの存在から見れば化け物だな。)

 

と自嘲しつつ、求められた回想をツアーは開始する。

 

 その瞳が不意に退屈そうなシャルティアを捉え、ツアーはらしくない感傷に駆られる。

 長く会っていないが、()()はどうしているだろうか、と。

 

 

                    *

 

 

「想定外の事態ではあるが、()()()が自ら籠の鳥になってくれたのは喜ばしいことだ。」

 

 玉座の間、<諸王の玉座>に鎮座するアインズは愉快そうにそう言った。

 

 この場に集うは守護者統括アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三賢者に加え、アインズの近衛を務めるコキュートスとセバス・チャンだ。

 

「やはりそのようにお考えでしたか。

 ツアーに対し、<要塞創造(クリエイトフォートレス)>による拠点提供をお申し出にならないところから、おそらくは籠の鳥の計かとは拝察しておりましたが、流石で御座います、アインズ様。」

 

とデミウルゴス。

 

(なんでオレがあいつの家の維持のためにMP(魔力)常時提供しなきゃならないんだよ!)

 

と思いつつも、アインズは敢えて口にはしない。

 

「これまで百年、やりたいことをやりたい放題やってきたつもりではある。」

 

 下僕(しもべ)たち全員の視線がアインズに集まる。

 

「が、ツアーに遠慮して敢えてやらなかったこと、やろうと思えばできるがやらなかったこと、やれなかったこと、もいろいろなくはない。

 

 そうだな、デミウルゴス?」

 

「仰せの通りで御座います、アインズ様。」

 

「……そして、待ちに待った百年の揺り返しだ。

 どこの馬鹿かは知らんが、いきなりツアーに喧嘩を売ってくれるとは愉快な奴らだ!」

 

 アインズは突き抜けて上機嫌だ。不意に緑色の光に包まれてテンションが下がる。

 

「チィッ!」

 

「アインズ様。」

 

と、心配げなアルベド。

 彼女は、死の支配者(オーバーロード)の体が求めるところは()()し、と受け入れつつも、そもそもはアインズがナザリックの外をふらふら出歩くことにはあまり良い思いを抱いていないくちだ。ただアインズがアインズとしてナザリックに君臨さえしてくれていれば、それで彼女は満たされるのだから。

 

「何を……なさるおつもりなのですか?」

 

「まぁ、いろいろだ。」

 

 アインズはその問いをはぐらかす。

 が、黙っては居られなかったのか、問わず語りにこう続ける。

 

「強いて言えば、だ。」

 

 こうして言葉を切って(みな)の注目を集めるのは、既にアインズの癖になっており、下僕たちもこの瞬間に(あるじ)の最も欲するところが言われるのは承知しているので俄然注目が集まる。

 

「一度、()ってみたかったんだ。」

 

「……何をで御座いましょう?」

 

「ユグドラシルプレイヤーを……()ってみたかった……」

 

 五人の下僕はいささか困惑する。

 今は異なる存在とは言え、そもそもユグドラシルプレイヤーであった(あるじ)が今更ユグドラシルプレイヤーをやりたい、とはどういうことか?

 

 彼らの困惑を余所に、アインズはバッと両の手を左右に開き、高らかと(わら)ってこう宣じた。

 

「一度、ユグドラシルプレイヤーを……()ってみたかったんだよ!

 

 わははははっ!」……(ペカー)

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