追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第3話 アインズ様凄い論

「……リーマンか。どうだ首尾は?」

 

 ピーが彼らの目であるところのリーマンからの<伝言(メッセージ)>を受けたのに気づき、ダラム、デルカ、ケイトに緊張が走る。

 

 が、

 

「ふふふ、そーか、そー()たか、はははっ!」

 

とピーが愉快に笑うので、たちまちに戦闘ということはないと理解し、安堵と若干の不満から(みな)肩を落とした。

 

「で……どうでしたか?」

 

 通話終了後、最初にそう尋ねたのはダラムだ。

 

「予想通り動きはあったが、予想した動きではなかった、ってところかなー。」

 

とピー。

 

「もったいぶらずに説明なさいよ。」

 

 ケイトが不満げにそう告げるが、デルカはいつものように我関(われかん)せずの様子だ。

 

「一万人の骸骨(スケルトン)だそーだ。さぞ壮観だろーな、おい!」

 

 パンパン、と手を叩きながらピーは(はしゃ)いで見せた。ダラムもケイトも意味がわからずに首を傾げる。

 

「……あー、すまん。ちゃんと(いち)から説明する。

 リーマンはオレたちが焼き払った間抜けな(ドラゴン)の……」

「間抜けじゃないわ。」

 

 と、デルカが割り込む。

 

「私が仕込んだランバートを、離脱後ものの数秒で焼き払ったもの。あいつは間抜けではないわ。」

 

 ランバート、というのは彼女が使役する虫型自動人形(オートマトン)に彼女が付けた愛称だ。

 

「なんでー、()ーてんじゃねーか。ちゃんと()ーてんならそーいう態度取れよ!」

 

 言われたデルカは既に上の空だ。

 

「……訂正する。

 オレたちが焼き払った……竜の居城跡をリーマンは監視してた。ここまではいーな?」

 

 ダラムとケイトが頷く。ピーはデルカに視線を送るが応答はなく、まー()ーてなくはねーんだろー、と判断してピーは話を進める。

 

「<転移門(ゲート)>を開いてやって来たのは(やっこ)さんじゃなくて一万人の骸骨だそーだ。ちゃんと数えたわけじゃねーが、まーそれくれーはいただろーって話になるが。」

 

「一万人の骸骨……ですか。噂通り、トンデモない御仁のようですね。」

 

とダラム。しかし口調に反して目は楽しそうだ。

 

「リーマンの話だと、鶴嘴(つるはし)だの円匙(ショベル)だのを銘々が担いでて、工兵だろーってことだ。(やっこ)さん、竜のために土木工事まで請け負うらしーぞ。

 

 で、ここからが本題になるが、<転移門>を開いて骸骨を連れて来たのは(やっこ)さん本人じゃなく、少女吸血鬼だそーだ。しかもリーマンがビビっちまってたところからすると、こいつが噂のシャルティア・ブラッドフォールンに間違(まちげ)ぇねーだろーな。」

 

 おぉ、とダラムとケイトが唸る。相変わらずデルカは無関心のままだ。

 

「そーいうわけで、想定たー(ちげ)ぇーから強襲(ブリッツ)プランはなしになった。

 

 しかも、だ。

 

 リーマンはたかだか二十レベルの探査特化型だから百レベルのシャルティアにブルっちまうのは仕方がねーとして、一層あいつを困惑させたのは、シャルティアが中華服(チャイナドレス)を着てたからだそーだ。」

 

「中華服……だから、何だってのさ?」

 

と不服気にケイト。だがピーはニヤリと笑う。

 

「相手方の探査を警戒して遠目の潜望(ペリスコ)のみだから断定はできねー、とリーマンも言ってたがな。

 

 聞いて驚け、世界級(ワールド)アイテムだ!」

 

 ゴクリ、と二人が息を呑む。流石にデルカもピクッとだけ反応した。

 

「データベースには載ってなかったそーだが、リーマンの見るところ<傾城傾国(けいせいけいこく)>。問答無用に相手を支配下に置く効果があるらしーぜ。

 

 笑っちまうだろ?

 

 着てんのが本当にシャルティアだとしたら、そもそも真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)なんだから<魅了の魔眼>があるんだよ。にも関わらず、それ以上の効果を有する世界級アイテムを(かさ)()たー……」

 

 ピーは、ダン、と床を踏み鳴らした。

 

「流石、アインズ・ウール・ゴウンは洒落にならねー!」

 

 

 

「さて。」

 

 興奮気味だったピーは、一旦落ち着きを取り戻したかに見えた。

 

 彼ら四人組は薄暗い石造りの玄室の隅で話していたが、不意にピーはその逆側、蝋燭の(あか)りで照らされた円卓(テーブル)前に腰掛け彼らの様子を興味深気に眺めていた人物へと視線を向ける。

 

「話が(ちげ)ぇーぞ、アナール!

 

 (やっこ)さん、出てこねーじゃねーか!

 どー責任取るんだ、え?」

 

 足下に転がっていた頭蓋骨を投げつけつつピーはそう怒鳴った。

 

「あら、そうかしら?」

 

 アナールと呼ばれた女性は()を唱える。

 やや(しわが)れた、だが、はっきりとした意思を示す声。

 

 年齢は八十前後だろうか。色褪せ白髪が混じった金髪、かつては相当な美貌を誇ったやも知れぬその相貌は、頬は痩け落ち目玉ばかりがぎょろぎょろと目立つ。同じく若い時分は白魚のようであったろう指先も、今は(ふし)くれただ骨に皺だった皮膚が纏わりついているのみ。

 

 だが、四人組を睨めつけるその眼差しは揺るぎない強い精神を感じさせる。

 

 投げつけられた頭蓋骨はアナールのすぐ後ろの壁に当たってぱしゃりと砕けたが、彼女がそれを気にする様子はない。

 

「あなたたちが予想した通りの相手は現れたのでしょう?

 であれば、私の言ったことは間違ってはいなかったのではなくて?」

 

「……ピー、彼女の言う通りです。」

 

 と、ダラムがいつものように執り成しにかかる。

 

「確かに標的(ターゲット)は現れませんでしたが、想定通り、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの一員と(もく)されるNPCが現れたのは事実です。」

 

「あれがシャルティアかどーかわかんねーじゃねーか!」

 

 いや、それを言い出したのはあなたでは?とダラムは敢えては言わない。

 

「しかし、一万人の骸骨(スケルトン)を動員でき、かつ、世界級(ワールド)アイテムを装備したNPCを送り込めるギルドが他にそうあるとも思えません。ましてや、百レベルの少女吸血鬼でしょう?」

 

「<傾城傾国>は似せただけの贋物(フェイク)かも知れねーし、少女吸血鬼なんて定番中の定番じゃねーか、珍しくもねー!」

 

「あなたはどっちであって欲しいのよ?」

 

 聞いていない様子だったデルカが再び割り込み、痛いところを突かれたのかさしものピーも一旦口を噤む。

 

(わたくし)としては、その連中があなたがたの言うアインズ・ウール・ゴウンとやらであるかどうかには興味はありませんの。確かなのは、彼らこそ世界を(けが)(もの)であり、世界を護る(もの)を自認するアーグランド評議国の白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンと、実は裏で繋がっていたという事実、それだけですのよ。」

 

 四人組の内輪揉めには関心がない、とばかりにアナールはそう告げた。

 外見の弱々しさとは対照的に、言葉だけは力強く世界の命運を語る。

 

「そして、その事実が明らかになった今、彼ら(けが)れし(もの)を討ち倒し世界に光をもたらすことこそが、あなたがたがこちらの世界に渡って来られた使命、ということではありませんかしら?」

 

「誰がそんな命令を出したってんだ、え?」

 

 再びピーが噛み付くが、アナールは動じない。

 

「使命……という言葉がお嫌でしたら、運命とでも宿命とでも、はたまた巡り合わせとでも、お好きなように言い換えればよろしいのでは御座いませんか?

 

 重要なのは……あなたがたが今こうしてここにおられるのには何らかの理由がある、という点で御座いましょう?」

 

 もし、本当に目下(もっか)敵対せんとしている相手が自分たち同様にユグドラシルからやって来た存在で、かつ、読みの通り()のギルドとして名高(なだか)いアインズ・ウール・ゴウンなのだとしたら、幾多のギルド拠点を陥落させ、十一もの世界級(ワールド)アイテムを占有した彼らが、この世界を征服せずにいるなど考えられない。

 そしてそこに、亜人たちを引き連れて遠からずの人間支配を目論む()(ドラゴン)まで加担しているとなれば、誰かがこれに立ち向かわなければ遅かれ早かれこの世界は彼らに蹂躙されつくしてしまうのだろう。

 

 だが、それは我々に関係のあることなのか?

 

「ピー、どうしますか?

 そもそもアナールの話に乗って竜退治をしよう、と言い出したのはあなたです。

 

 あなたが続ける、と言うのであれば、()()()が見えている限りは私は付き合うつもりですが、合理的に考えれば、我々の()()()()()維持を優先した方が堅い、とは思いますよ。」

 

とダラムが言う。

 

「私は面白ければどっちでもいいわ。」

 

とケイト。

 

 例によってデルカは関心を示さない。

 

 ピーは敢えて仲間たちには言葉を返さずアナールに問う。

 

「次の手は打ってるのか?」

 

「もちろん。あなたたちにその気があるのであれば、既に仕込みは済んでおりますので、対決の場をご用意できますのよ。」

 

 事も無げに女は言う。

 

「難敵であることは否めませんので無理強いはいたしません。あなたがたにも生存率の高い方に賭ける権利はおありでしょう。この世界に生まれた私には選択の余地がない、だけの話ですので。」

 

 悲壮なことを言っているわりに、彼女の口調は何処か他人事だ。既に半ば想定される近い将来の世界の蹂躙を受け入れてしまっているためだろうか。

 

「……そーであれば、もー乗るしかねーんじゃねーのか?」

 

 先程までのアナールへの抗議は一体なんだったのか。ピーはあっさりと彼女に同意した。

 

「本気ですか、ピー?

 アナールも、我々には降りる権利がある、と言っているのですよ?」

 

 流石に慌ててダラムが言う。

 しかし、ピーの決意は揺るがない。

 

「降りてどうする?

 エリュシオンでリーマンも含め、五人仲良く顔を突き合わせて暮らすのか?

 その外すべてがアインズ・ウール・ゴウンに征服された状態で?」

 

「それは私も嫌ね。」

 

とデルカ。

 

「同じく。」

 

とケイト。

 

「……我々は運命共同体です。皆さんがそれで悔いがない、と言うのならば、もちろん私も異存はありません。」

 

 ダラムはしぶしぶ同意した(てい)ではあるが、その目は意気揚々としている。

 

「では、こちらが計画書です。

 これに従っていただければ、皆さんは目的の人物と相見(あいまみ)えることが叶うでしょう。」

 

 アナールが一巻の羊皮紙を差し出す。

 受け取りながらピーは言った。

 

「次に空振(からぶ)ったらテメーをブチのめすだけさ。」

 

 

 

「よろしいのですか、あんな連中を信用なされて?」

 

 四人組が立ち去った後、逆側の扉から現れた歳の頃は四十過ぎの男がアナールに声をかけた。

 

「信用なんかしていないわ。」

「しかし!」

 

「彼らは彼らが信じたいように信じ、やりたいようにやるだけ。私たちには関係のないことよ。」

 

「ですが……彼らは命を賭けるのですよ!」

 

「私たちには関係のないことよ。

 それよりエミルク、喉が乾いたわ。美味しいのを一杯淹れてちょうだい。」

 

「……かしこまりました、アナール様。」

 

 男はさきほど出てきた扉を通って隣室に戻る。

 そこには彼が両の手でようやく抱えることが出来るか出来ないかの大きな金属製の樽があった。手回し式の取っ手(ハンドル)が上に向かって突き出ており、螺子切り(スクリュー)の入った太い鉄の棒(シャフト)で樽と繋がっている。

 エミルクがハンドルに力を込めると、螺子切りが鈍い音を立てて樽の中へと沈み込んでいく。すると、樽から水平方向へ突き出た(くだ)からとろとろと赤い液体が流れ出した。エミルクはこれをティーカップで恭しく受ける。

 

 ティーカップがいっぱいになる前に液体の流れは止まった。

 

 カップをソーサーに載せ、盆に乗せて再び(あるじ)の元へ向かう。

 

「ありがとう、エミルク。」

 

 受け取ったソーサーからティーカップを(つま)んだアナールは、物音一つ立てることなく赤い液体を飲む。

 

「あなたが淹れてくれるものはいつも美味しいわ。」

 

「それは……よろしゅう御座いました。

 では、(わたくし)はあちらで控えておりますので、御用があればお呼びください。

 

 ……アナール様。」

 

「えぇ、ありがとう、エミルク。」

 

 エミルクの悲しげな瞳はアナールを捉えているが、アナールの空虚な瞳はどこか見果てぬ遠くを見ている。

 

 

                    *

 

 

「……ツアーさんから聞いた十三AU(エイユー)の話は以上です、デミウルゴス。」

 

とマーレ。

 

「こ、こんなのでお役に立ちますか?」

 

 既にマーレの背丈はデミウルゴスよりやや高いが、腰は相変わらず低い。

 見た目上の態度だけ、だが。

 

「いやマーレ、上出来だよ!よくぞ彼からここまで聞き出してくれた。

 おそらく追ってアインズ様からもお褒めの言葉がいただけることだろう!」

 

 マーレがたどたどしく思い出し思い出し語る十三AU……マーレは何の話だと思って聞いていたのだろうか?……の物語を、頻りに帳面に書き付けながら聞いていたデミウルゴスは、パンと手を打った。

 

 人選に間違いはなかった。

 

 マーレは、人から聞いた話を手前勝手に解釈する、ということがない。おそらくそれは、マーレ自身の関心が話の内容そのものではなく、少なくとも嫌ってはいない相手からお話ししてもらっている自分、の方に常にあるからだろう、とデミウルゴスは考えているが真相は定かでない。

 とまれ、マーレの話は言葉遣いやちょっとした言い回しは彼流に風味変え(アレンジ)されているものの、基本的にはツアーが語った通りであろう情報がそこに含まれていた。アウラやシャルティアでは、各自の思い込みで話を曲げてしまって元の情報の半分も取り出せなかったことだろう。

 

 最初、デミウルゴスは自らツアーを尋問……が剣呑ならば事情聴取、でもいいのだが……するつもりでいた。が、ツアーのことを知る現地人が居城襲撃の背後にいる可能性を示唆したとき、ツアーがあからさまにデミウルゴスを警戒する素振りを見せたのに気づいて方針を変更した。

 

 世界を(けが)(もの)から世界を護る、などという立ち位置は、デミウルゴスの大嫌いなセバス・チャンのようなそれであり、であるがゆえに、ツアーが女子(おんなこ)どもに弱いであろうことは容易に想像がつく。

 

 となれば、搦手から攻めるのは王道中の王道だ。

 アウラとマーレを使嗾して彼の昔話を聞き出させたのは見事に図に当たった。マーレを通して得られた情報密度から勘案して、ツアーが背後で糸を引いたデミウルゴスの意図を看破した可能性はほぼゼロだ。これを完勝、と呼ばずして何を完勝と呼ぼうか!

 

 両手を胸の前で握り合わせて勝利の確信に一時(ひととき)酔う。

 

 ふと見れば、マーレも同じようなポーズで頬を赤らめている。こちらは「アインズ様からもお褒めの言葉がいただけることだろう」とのデミウルゴスの言葉に、既に心が舞い上がっている様子。

 

「では、マーレ。私はこれで。」

 

と会釈してその場を立ち去る。

 

 しばらく自室に籠もるべきだろう。

 マーレからの聞き取りに際しては、自身の思い込みが入り込まぬよう、敢えて思考を停止させて後から思索の種にし易いように整理することだけに集中して帳面に書きつけた。得られた情報の分析はこれからだ。

 

 だが、そうは思いつつも大枠の解は既に得ている。

 

 ツアーは、本人がそれをどう思っているかはともかく、基本的には孤独な存在だ。有する力が突出するがゆえに、共に歩む(もの)がいないし、そもそもそれを必要としていない。にもかかわらず、マーレを通して得た彼の昔語りには、友人と呼ぶべき存在がしばしば登場している。当然のことながら大半は故人だ。

 一方で、ツアーの言をすべて信じるのであれば、そうでありながら存命であると思われる存在もいくらかいることがわかる。彼が、それらの存在と関係を維持し続けているわけではないことも。そして、そういった存在に対して、ツアーほどのものがまったく無警戒であろうはずもないから、場合によってはツアーと敵対し得るあからさまな潜在敵については除外してしまって問題はない。きっと彼は、そういった存在には自らの在処(ざいしょ)は明かしてはいまい。

 

 とすれば、話は同じところへ戻ってくる。

 

 ツアーの搦手は、結局のところ女子(おんなこ)どもなのだ、比類なき化け物の癖に!

 

 そして、今も存命であり……つまり、そいつは少なくとも人間ではないはずだ……かつ、女子(おんなこ)どもであれば、まずその(もの)こそが第一の参考人、ということになる。

 

 さらに、その候補人物を検索(キー)に、デミウルゴスが日記二千五百余巻の形でまとめ上げた周辺社会の人間関係を照合すれば、自ずと容疑者は浮かび上がってこよう。

 

「これは忙しくなってきましたね。」

 

 デミウルゴスは足早に第七階層赤熱神殿を目指した。

 

 

                    *

 

 

「……なるほど。

 流石はデミウルゴス、よくやった。」

 

「お褒めに預かり光栄です、アインズ様。

 ついてはこれに貢献したマーレにも、お褒めの言葉をおかけいただければ……」

 

「言われるまでもない!

 いや……おまえのその細やかな心(くば)り、本当に嬉しいぞ。」

 

「ナザリックの仲間で御座(ござ)いますれば、当然のことかと。

 では、私はシズと共に容疑者の特定を始めたいと思いますので、これにて。」

 

 デミウルゴスは、マーレから聞き出したツアーの昔話の分析を元に、今回の一件の鍵となる人物(キーパーソン)の割り出しに成功していた。目下その所在は不明だが、近隣の闇の中を徘徊跋扈するデミウルゴス配下の影の悪魔(シャドーデーモン)たちの力を以てすれば、発見と捕縛は時間の問題だろう。

 

 一方で、デミウルゴスの推理の過程に登場した十三英雄の物語……厳密には彼らが立ち向かったとされる()()のことが、問題の人物よりもむしろアインズの脳裏に深く焼き付いた。

 

 ツアーと話しておく必要があるな。

 

 思うが早いか、アインズは行動を開始する。

 

 

 

「うーん、正直なところボクには、どうしてキミがアウラに引け目を感じるのかはよくわからないな。」

 

 第六階層(ジャングル)のとある巨木の木陰で、ツアーはシャルティアにそう言った。

 

「はぁー……所詮は獣、乙女の悩みはわかりんせんでしょうな。」

 

 シャルティアは、伏せのポーズで横たわるツアーの腹の中程(なかほど)にもたれ掛かり上空へと目線を泳がせている。

 

「たとえば、だよ。キミは<転移門(ゲート)>を開いてボクを外へ連れ出すことも、こうしてここへ招き入れることも出来る。アウラには無理だよね?」

 

「そういうことじゃありんせん!」

 

「そうなのかぁ……。ボクは随分とこのことではシャルティアに感謝しているのだけれど。アウラはせいぜい飛び出して来てはボクの上に土足で飛び乗るだけだからね。」

 

 ぷっ、とシャルティアが笑い、そしてすぐに平素の様子を取り戻す。

 

「獣ごときにご機嫌取りをされようとは……思いもせんことでありんした。」

 

「それはご機嫌伺いもするさ。キミに(へそ)を曲げられたらボクは困ってしまうからね。」

 

 そこへ、突如アインズが転移して姿を現す。慌ててシャルティアが立ち上がろうとするが、

 

「<時間停止(タイムストップ)>!」

 

 ピタリ、中腰のままシャルティアの動きが止まる。

 

「……何の真似だい、アインズ?」

 

 時間停止がツアーには効かないことは(はな)から承知の上での仕掛けだ。

 

下僕(しもべ)たちには敢えて時間対策をさせていないから、制限時間はあるが盗み聞き防止にはこれが一番だ。ここだけの話、おまえの居城を訪れて話していたときも、オレは常にデミウルゴスに盗み聞きされている可能性を考慮していたんだぞ。完全防御すると返って勘ぐられるからな。」

 

「そうなのかい?」

 

MP(魔力)は有限だからな、本題に入ろう。

 おまえは今でもオレたちを世界を(けが)(もの)だと思っているか……この場合のオレたちとは、ナザリックを含むユグドラシルプレイヤーすべて、の意味で答えてくれ。」

 

 アインズの様子が常になく真剣なので、ツアーはこれは真摯に応対すべきなのだろう、と判断する。

 

「少なくともアインズたちについてはそうは思っていないが、それ以外についてはわからないな。」

 

「その判断はオレが死んでも変わらないか?」

 

「……マーレたちから()()の話を聞いたのかい?」

 

 魔神、と呼ばれたのは主人を失い暴走したNPCであったろう、アインズはそう判断しており、かつ、その判断は正しかった。

 

「まぁ、そんなところだ。そして、先にオレの見解を伝えておくと、おまえがユグドラシルプレイヤーを世界を(けが)(もの)だ、と考えるのは基本的には正しい。」

 

「……え?」

 

「時間がないから要点を絞って言うぞ。

 おまえには理解し難いと思うが、ユグドラシルはゲーム、お遊びだ。プレイヤーはユグドラシルとは別の世界で、この世界の人間たち同様に何らかの生業(なりわい)で稼ぎ、稼いだ金でユグドラシルで遊んでいた。

 オレもそうだ。オレは要するにつまらない物売りで、そのなけなしの稼ぎを(はた)いてユグドラシルで大魔王ごっこをやっていたに過ぎん。」

 

 ツアーは、敢えて意見を述べるよりも、まずはアインズの主張を黙って聞くべきと判断し、ただじっとみつめることで続きを促した。

 

「本物の人生としての物売りと、遊びの人生としてのユグドラシルでの大魔王があったんだ、わかるか?」

 

「……たちまちには理解し難いが、なんとなくなら。」

 

「続けるぞ。

 デミウルゴスの日記によれば、こちらの世界に来てすぐの頃、魔法が使えるかどうかを試すために村人を襲っていた騎士を殺したオレは、随分と動揺して見せたらしい。何故だかわかるか?

 つまりこうだ。オレにとって遊びの人生だったユグドラシルの延長線上にこの世界はあった。だから遊び気分で始まったんだよ、最初はな。だが、人を殺してみて、殺された(ほう)にとってはそれが本物の人生だ、ということがすぐに理解できたんだ。」

 

「アインズ……」

 

「そしてオレは……オレたちは切り替わったんだよ。これが自分にとっての本物の人生だ、とな。本物の人生においては、たとえどんな弱者でも遊び半分に殺めはしないし、おまえみたいな化け物にも遊び半分に戦いを挑んだりはしない。そうだろ?そんなのは問うまでもない当然のことだ。

 だが、おまえの言う六大神や八欲王の話を聞く限り、連中は最後の最後まで遊びの人生のつもりでこの世界に対していたようにオレには思える。おまえの言う世界を(けが)(もの)、の正体はこれだ。

 

 違うか?」

 

「……あぁ、そうかも……知れないね。」

 

「オレにとっては最早この世界がオレの本物の人生だ。だから、そこに遊び半分で介入してくるヤツには無性に腹が立つ。おまえの城を吹き飛ばした連中もそうだ。少し歩き回ってみれば、この世界の住人が本物の人生を生きていることぐらいわかって当然だ。わかる程度の知能が顕現しなかったヤツには、そもそも本物の人生を歩む資格などない。

 だからオレは、この世界の存在にとってこの世界が本物の人生であることが理解できないか、理解していながら無視するヤツは叩き潰す。そいつがユグドラシルプレイヤーだろうがこの世界の元からの住人だろうが、そんなことはオレには関係がない。ムカつくやつは叩き潰すのがオレ……アインズ・ウール・ゴウンの流儀だからだ

 勘違いするなよ、オレはおまえを護りたいわけでも世界を護りたいわけでもない。オレが護りたいのはオレの本物の人生、オレだけの本物の人生、ただそれだけだ。だから、おまえから見てオレが遊び半分でやっているように見えるのであれば、オレはおまえから見て世界を(けが)(もの)であっても、それはそれで構わない。」

 

「……そうは……見えないよ。」

 

 あぁ、アインズは……

 

「そしておまえに言っておきたいことはただひとつだけだ。

 

 オレとオレの仲間たちには主従の差こそあれ、その成り立ちには本質的には何の違いもありはしない。オレはおまえの城を吹き飛ばした連中を片付けるつもりだが、もちろんオレが敗れることだってあり得る。仮にそうなったとしても、主人を失った下僕は魔神に違いないから殲滅する、などという短気を起こしてくれるなよ。」

 

 ツアーは、いささかアインズを過小評価していたことを思い知った。

 とても気さくで陽気で余裕があるように見えるこのユグドラシルプレイヤーは、自分同様にこの世界の他のあらゆる存在に比してあまりに強大な力を持っているがゆえに、こうも能天気でいられるのだ、と思っていた。思い込んでいた。

 

 だが違う。

 

 もっと早くに気付こうと思えば気づけたはずだ。たとえばスルシャーナ。彼と同じ種族(オーバーロード)であった彼女は、細かい部分では彼とは異なってはいただろうが、基本的には彼と同等の力を持っていたはずだ。だが、彼女は猜疑的で陰気で余裕のない人物だった。力の有無は本質ではない。

 

「もちろん、おまえから見て世界を(けが)(もの)に見えるやつを片付けるのはおまえの勝手だ。オレは、オレが死んだ後の仲間を頼む、なんて間抜けなことを言ってるんじゃないぞ。()るなら()るで、一人ずつをちゃんと見て判断しろ、と言ってるんだ。わかるな?」

 

 このアインズ・ウール・ゴウンという男は……

 これだけ強大な力を有しつつも、恐ろしく考えに考え尽くしている。

 

 彼がこれまでに喰らうわけでもないのに肉体(オーバーロード)の求めに応じて屠った命は千や二千では効かないはずだ。それ自体は問題ではない。喰う必要のない竜王(ドラゴンロード)でもない限り、生きとし生けるものは生きるために何者かを屠ることからは逃れられない。

 だがこの男は、それを理解しつつ、しかも自分が屠る相手がこの世界においてそれぞれにとっては本物の生を生きていることまで理解し、それを尊重することすら誓いつつ、それでも屠らずにはいられない自身を呪うでもなく、ただひたすらに前進しようとしている。

 

 この男は化け物の力を発揮するのではない。

 歩み続ける精神が化け物なのだ!

 

「わかるよなぁ!」

 

「アインズ様ァ!」

 

 突如止まった時間が動き出し、立ち上がったシャルティアがアインズに飛びついて抱きついたが、同時にアインズは膝をついた。

 

「ア……アインズ様ァ?

 おのれツアー!何をした!」

 

 シャルティアが一気に殺気立つが、アインズはすかさず割って入る。

 

「待て、シャルティア!

 ……ツアー(ごと)きにオレに膝をつかせることなど出来ると思うか?」

 

 アインズはゆっくりと立ち上がりつつ、ふふふと笑っている。

 

「……考えてみれば、そんなことはありえないのでありんす。

 しかし、御身は大丈夫なのでありんすかえ?」

 

 シャルティアもさきほど見せた怒髪天の殺気はどこへやら、うふふと笑っていた。

 

(まったくトンデモないな、こいつらと来たら……)

 

 ツアーはただただ嘆息する。

 確かに……確かにアインズは本気で本物の人生を歩んでいるのだと。

 

「フフ、ちょっとしたお遊びでな。久々にMP(魔力)欠乏を起こしただけだ。

 

 ツアー!

 オレはこれで失礼するが、さっき話したことはゆめゆめ忘れないでくれよ。」

 

 シャルティアが目を丸くして、鳩が豆鉄砲を食ったような可愛らしい表情を見せる。

 

「……?

 アインズ様はお越しになったっきり、何も仰ってありんせんでしたが……」

 

 その様子を楽しみつつ、ツアーは簡潔に答礼した。

 

「もちろん、忘れないよ。

 いい話を聞かせてもらった、ありがとう。」

 

「それはよかったよ。

 

 シャルティア、ツアーをまた外に連れて行ってやってくれ。

 自然の獣だからな。ここでは息が詰まるだろうさ!」

 

 わけがわからず首を傾げていたシャルティアであったが、一旦(あるじ)(めい)が下れば彼女に迷うことなどあるはずもなく、一転して優雅な膝折礼(カーテシー)で応えた。

 

「アインズ様の仰せのままに。」

 

 

                    *

 

 

 意外なことに。

 

 今日(こんにち)のナザリック地下大墳墓の収支は持続可能(サスティナブル)資源(リソース)に支えられている。

 

 転機が訪れたのは半世紀ほど前のこと。ナザリック配下のアゼルリシア山脈南西部の採掘鉱山において大規模な落盤事故が発生した。

 直接の原因……はちょっとした実験だった。魔法的な力によって鉱物資源のみを融解させ効率よく回収できないか、を試みたのだ。実験自体は成功で大量の金属資源の回収に成功したが、()が入った(てい)となった岩盤が自重で崩壊し、鉱夫として動員されていた大量の自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)が死に埋め……だって、生き埋め、は変だろ?……になり、監督していたソリュシャン・イプシロンは装備を捨てて体一つ(ショゴス)の姿で脱出することを強いられた、いや〜ん助平。

 

 この事件は自然愛好家ギルメン、ブループラネットの精神をも引き継ぐアインズに少なからぬ衝撃を与え、鉱物資源の採取を完全に()めることは無いにせよ、それを収支の主軸に据えることに対する強い忌避感を植え付けることになった。

 

 それから数年後、それ以前からトブの大森林のほぼ全域を掌握していたアウラとマーレから、常時隠形(おんぎょう)していたにも関わらず現地勢力からの接触(コンタクト)を受けた旨の報告が上がった。

 その報告はアインズのみならず、三賢者も含めて驚きをもって迎えられたが、蓋を開けてみればなるほどと納得がいく話であった。完璧な防諜対策で探索に望んでいた双子の闇妖精(ダークエルフ)の存在に気づき、話しかけてきたのは誰あろう()()()だったからである。

 

 森側代表……彼らにそういう意識があるのか、は今以て定かではない……として現れたピニスンと名乗る森精霊(ドライアード)は随分と以前からアウラとマーレの存在に気づいており、アインズとシャルティアが魔樹ザイトルクワエを焼き払ったことも知っていた。が、彼らの時間感覚(タイムスケール)はツアーのそれすら凌駕する気の遠くなるほどのんびりしたもので、最初の接触(ファーストコンタクト)時点で既に六十年以上前になるそれらのエピソードをつい昨日の出来事のように語ってアウラたちを困惑させた。

 

 ピニスンの関心は森の健全な維持、ただその一点のみにあった。

 

 語るところによれば、森精霊(ドライアード)を含む木々たちは森に住まうすべての動物、亜人種に森の恵みを提供し、その対価として彼らの活動が森の維持に資するところに期待していて、実際にそれは今日(こんにち)までうまく回っていたしこれからもそうだろう、と考えているのだと言う。

 一方で、彼らはアウラ、マーレを始めとする、時折慌ただしく現れては恐るべき力を発揮し、そして瞬く間にどこかへ消えていくナザリックの面々を観察してきて、この連中とは他の動物、亜人種同様の付き合い方をするのは不可能で、明示的に何らかの協約を結んでおかないと後々恐るべき破滅的災厄に見舞われるのではないか、と気づいたのだそうだ。

 

 こうなると話は早く、アウラ、マーレにパンドラズ・アクターを加えた交渉団(ネゴシエイター)が派遣され、あっと言うまに協約は締結された。ナザリック側に求められたのは無闇に森を破壊しないことの保証と、森に住まう生き物たちの適度な間引き、対して森側から提供されたのは、既知のものと比較するのも馬々鹿々しいほど抜群の栄養価や薬効を有する様々な果実の定期的な実りだ。

 これらの果実は同質量の鉱物資源にこそ及ばないものの、<換金箱(エクスチェンジボックス)>がすこぶる高値をつけたし、品質こそユグドラシル伝来のものには及ばないが治癒薬(ポーション)をはじめとする消耗品の材料としても優れていた。

 

 ここにアインズはさらに二つの利益供与(サービス)を加え、この関係を盤石なものとした。

 一つは、果実の採集を骸骨(スケルトン)による手作業とし、ナザリックへの搬入も陸路でおこなったことであり、特に骸骨の練度(れんど)を故意に低いままに抑えたことだ。こうすることで、骸骨は一定確率で果実を収穫し損ねて現生息域や輸送経路上のあちこちにばら撒くことになり、これは結果的にこれまで森が動物や亜人種に期待していた役割を補完することになった。

 この、滑稽にも旬を迎えた果実を大量に抱えた骸骨の大行軍は、原則として原生林の中でも特に動物の侵入が困難な険阻な地帯を介しておこなわれたが、定期的かつ大々的にやっているからには森に暮らす亜人種や、たまたま森に迷い込んだ人間の目撃者が生じ、後に「トブの百鬼夜行(デスマーチ)」と呼ばれ、神隠しと並ぶ著名な都市伝説へと育っていくことになる。

 もう一つは、必要に応じて超位魔法<天地改変(ザ・クリエイション)>を使用し、森全体であれ局所的であれ、森自身が望む環境をアインズが提供することである。もっともこれについては、一度だけお試しと称しておこなって森側から大好評を博したのちは、次の要求(リクエスト)は届いていない。アインズは、彼らの時間感覚からすればこの利益供与は過剰だったのだろう、と判断しそれ以上無理推しすることはしなかった。

 

 とまれ、かくしてこの共存関係がお試し期間を経て安定稼働に至ったことにより、ナザリックの収支はトブの大森林ある限り健全な黒字が約束されることになった。これがここ二十年ほどの話となり、過去の累積赤字も帳消しにして五億枚のユグドラシル金貨を要する弱体化(ペナルティ)なしの百レベルNPCの<蘇生(リザレクション)>ですら、最早恐れるものではなくなっていた。

 

 無論、だからといってアインズは、下僕(しもべ)たちを敢えて使い捨てにする戦略、戦術などを弄するつもりは毛頭ない。

 

 既に彼らは、アインズにとっては仲間であり、家族であるのだから。

 

……という話を、シャルティアにまたも無作為(ランダム)な森のどこかに連れ出され、そこでアウラ、マーレと合流したツアーは、まさに目前を大行進する百鬼夜行を眺めつつアウラから滔々と聞かされた。

 

 ツアーとしては、アウラがやたらと自慢気(じまんげ)にこれを語るわりには、この取り組みに対する彼女の貢献度がそれほど大きくないことがいささか気になりはしたが、さりとて彼は、それを口にするほど大人気なくも怖いもの知らずでもない。

 

 それにしても、本当にこの連中は面白い、とツアーは思う。

 

 ユグドラシルプレイヤーが何らかの財を恒常的に必要とするらしい、ということは、六大神や八欲王の行動から気づいてはいた。だが、理由がわからなかったし、それ以上に、何故(なにゆえ)彼らは早晩破綻することが明白な試みを意気揚々とおこなうのかが、まったく理解できなかったのだ。

 

 そもそも六大神がスレイン法国を建国したのは、租税徴収を体系的(システマティック)におこなうことを目的としていた。建国に携わった人間たちは、彼らが六大神と崇め(たてまつ)ったユグドラシルプレイヤーを神と信じてまったく疑わなかったため、おそらく彼らはあの()()を歴史としては書き遺さなかっただろう、とツアーは考えているが、建国()もないスレイン法国を襲った最初の国家的危機は、実は八欲王の降臨ではなく馬鹿げた物価高騰(インフレーション)だったのだ。

 というのも、六大神はかなりの税を吸い上げはするものの、どうしたことかそれを一向に使おうとはしない。金貨銀貨は大量に鋳造されているはずなのに、大量の穀物が納められているはずなのに、六大神のもとに届くや否やそれらは消息を断つのである。当然のことながら、スレイン法国は恒常的な通貨、物資の不足状態に陥った。

 竜王(ドラゴンロード)の中には、意味もなく金銀財宝に固執する者があることをツアーは知っているので、当初は六大神の背後でそういった不届き(もの)の同族が糸を引いていることを真面目に疑ったほどだ。

 

 このスレイン法国の混乱を、六大神自身は収拾することが出来なかった。

 これを解決したのは、皮肉にも六大神を屠った八欲王である。

 

 もちろん、八欲王によって法国が蒙った被害は甚大なものではあったが、生き残った人々はいた。そして彼らは、六大神が示した徴税方針をそのまま堅守し既に亡き神々の祭壇に税を捧げ続けたが、それをそのまま祭壇に置いていても意味がないことに気づき自ら消費するようになった。結果、国家財政が健全化し経済が回るようになったのだ。

 

 生きている六大神はスレイン法国にとって迷惑千万この上ない存在であったが、死して後に初めてその(いしずえ)となったのである。

 

 それを知ってか知らずか、この連中、アインズ・ウール・ゴウンの取り組み(アプローチ)は、これまでにツアーが目にしてきたユグドラシルプレイヤーがそれぞれに微妙に異なりを見せつつも結局のところは嵌まり込んでいた陥穽を巧みに避けている。

 

 しかも、よりツアーに眩暈にも似た感覚を覚えさせるのは、これまでに見知ったユグドラシル産の存在中こうしてもっともまともな行動を取る彼らが、ナザリック居候生活を始めて付き合ってみた限り個々の存在としては突出して()()()()()()ことだ。

 

 今もツアーの頭をポカポカと親しげに叩きながら「ねぇーアインズ様は凄いでしょー!」と語るアウラの粗雑さ、姉ほどではないがむしろだからこそ底知れぬ闇を抱えるマーレ、可愛らしくもあるがそれと表裏一体の突き抜けた狂気と常に共にあるシャルティア……ツアーは既にある程度の親愛の情を彼らに覚えつつあることを自覚してはいたが、それでもやはり、彼らが十三英雄とともに立ち向かった魔神が滑稽であったかと思えるほど空恐ろしい存在であることもまた感じている。

 

 そして、こういった面々を百年もの長きに渡って破綻に陥ることなく、さりとて強権的に支配するでもなく率いてきたアインズ・ウール・ゴウンを名乗る死の支配者(オーバーロード)……世界最強の竜王(ドラゴンロード)である自分に阿るでもなく、さりとて恐れるでもなく、対等に付き合ってその窮地には救いの手すら対価もなしに差し伸べるこの人物の、端倪すべからざる懐の深さに今更ながら感じ入ったのであった。

 

「あぁ、アインズは凄いね。ボクもそう思うよ。」

 

 突如、それまで笑顔だったアウラ、マーレ、シャルティアの三人の殺気立った視線がツアーに突き刺さる。

 

「……あぁ、いや失敬。アインズ……()は凄いよ、本当に。」

 

 再び蕩けるような幼い笑顔を取り戻す三人を見て、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)は深い溜息をついた。

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