追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第4話 強襲合戦

 シズ・デルタにとって、総当たり(ブルートフォース)で『アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)』とアインズの記憶の突合(とつごう)に挑んだことは、長く不動の成功体験だった。

 

 なので、デミウルゴスとパンドラズ・アクターの助手を拝命して以降も、その手法は基本的には変化することはなく、それぞれの上司に過去の記録からの調査を依頼されれば、ただただ総当たりで問題解決を図ってきた。

 

 ここに変革をもたらしたのは、これまた意外なことにソリュシャン・イプシロンであった。

 

 アゼルリシア山脈の鉱山が縮小するにつれて暇を持て余すようになったソリュシャンが、ある日何の気なしに最古図書館(アッシュールバニパル)のシズを訪ねてきて、

 

「たまにはお手伝いいたしますわ。」

 

と、デミウルゴスの日記からの、さして急ぎではない調べごとに共に当たったことがあった。

 

 それは、日記一巻から目的の語彙、概念に該当する頁を過不足なく正確に抜き出すのに半時間も要しないシズから見れば、あまりにのんびりとした牧歌的な光景であったが、そこにちょっとした気付きがあった。

 

 ソリュシャンは、おやつにアインズが屠った人間の手足をもにょもにょ食べながら日記の紙面を一頁、一頁とめくっていたのだが、時折小さな紙片に何やら書き付けて日記に挟むのである。

 

「……何してるの?」

 

(わたくし)はシズほどこういった作業には向いてはおりませんからね。」

 

 ブラック会社員にしてエンジニアのヘロヘロを創造主とするソリュシャンは、他の下僕(しもべ)たちがそうであるように少なからず創造主の性向を引き継いでおり、仕事中毒(ワーカーホリック)気味なのがその最たるものだが、ヘロヘロがそうであったように、必ずしも労働が好きなわけではない。少しでも労働の効率を向上させてユグドラシルで遊ぶ時間を確保したいがためにさらに労働が過密になる、という矛盾をヘロヘロは最後の最後まで抱え込んでいたが、ソリュシャンもまたそうである。

 ユグドラシル末期、しばしばヘロヘロはログインこそするもののナザリックの外へと打って出る気力が起きず、第九階層(ロイヤルスイート)の自室に籠もっては最愛のNPCソリュシャンを前に置き、独り言をブツブツ呟くことが多かったのだそうである。ソリュシャンはそれを朧気ながら記憶していて、その多くはヘロヘロがどうやってここへ来る時間を確保したのか、つまり、彼の現実社会(リアル)における業務上のノウハウの類であったらしい。

 

 そのひとつが、この栞による索引(インデックス)付けだった。

 

 シズはデミウルゴスの許可を得て一旦作業を止め、ソリュシャンからヘロヘロから聞かされたノウハウの聞き出しに務めた。そして、ついに霊感(インスピレーション)を得たのである。

 

 そもそも日誌の精査に総当たりを要したのは、その記述が文字通りの日誌であり、かつ、かの行きあたりばったり甚だしい至高の四十一人の(なま)の記録であるがゆえに、文脈も何もあったものではなかったからだ。

 比してデミウルゴスの日記は、デミウルゴス自身が創造主ウルベルト・アレイン・オードルの性向を引き継いで()の使用に極めて神経質なので語義の揺らぎが小さく、また、そもそも後々の再利用を前提に書かれているからかなり情報としては整理されてはいるが、混沌とした世界の出来事を受けて書かれているものなので、混沌度(エントロピー)はやはり高かった。

 

 シズはこれに索引を加えることを思い立ち、三賢者会議(トリニティ)に諮った。

 

 即座に計画(プロジェクト)が承認され、きっかけを作り、かつ、ヘロヘロの記憶が計画に資すると認められたソリュシャンもこれに参加することになった。同様の理由から、同じくヘロヘロが手掛けたデクリメント、インクリメントといった、電脳技術用語を名の由来に持つメイドたちも交代で加わり、少なくない助言を与えることになる。

 並行して、デミウルゴスの日記はどんどん巻数を増していくのではあるが、最初の頃こそソリュシャンは「大変なことを始めてしまいましたわ」と他人事のようにぼやいていたものだが、方法論さえ確立してしまえば、倦まず弛まず飽きず懲りず正確無比にそれを繰り返すシズの処理能力は想像を絶していた。

 

 かくして、今から十年ほど前に索引化は最新のデミウルゴスの日記に追いつき、以降は逐次(リアルタイム)で反映され続けている。

 

 アインズは、シズが造ったその名も<索引(インデックス)>と、その作業手順を(とど)めるべく書かれた<規定(プロトコル)>と名付けられた魔法の書物に、興味本意で目を通そうとしたことがあるがものの数秒で読むのを()めた。呆れたことに、<索引>も<規定>もユグドラシルを電脳上に実現していた機械語(ネイティブコード)の一部形式を流用して記述されていたからだ。シズによれば、彼女にとってはこれが効率最大(マックスパフォーマンス)になるらしい。

 

 かくして、シズはこの世界におけるナザリックの歴史の神託娘(オラクル)となった。

 

 余談になるが、ここから一歩進めて、これらの膨大な情報に種々の仮説を加味することにより、アインズの狩りの獲物候補の出現の事前予測が可能になるのではないか、という提案をデミウルゴスがおこなったことがあるが、これはアインズにより却下された。

 

 これは鈴木悟が、やはりヘロヘロと愚痴り合った記憶によるものだ。

 

 鈴木悟は営業職として働いていたが、詳細は思い出せないものの、基本的にはコンピュータが事前予測する顧客候補に対し購入が予想される物品を販売する、という業務であり、直接には関係しないものの、ヘロヘロがエンジニアとしてメインテナンスするシステムにも同様の機能を有するものが多かった。

 

 こちらに来てからの思索の中で思い至ったことではあるが、アインズはかつての現実社会(リアル)における物資調達(ロジスティック)の歴史に思いを馳せてみたことがある。

 そもそも人間は、何か必要なものがあればそれを自分で採りにいくところから始まったはずだ。これが、採って売るものと贖って得るものに分化することで市場が形成されるが、この時点でも人々は市場に必要なものを探しに()っていた。

 長くその時代が続いた後、コンピュータとネットワークの発達に伴って人は居ながらにして自身の欲するものを市場から調達することが可能になった。だがこの時点でも、欲するものがある者は、自らコンピュータにその入手方法を問うてはいたのである。

 さらに時代が(くだ)って……すなわち鈴木悟が会社員として奉職していた時代になるが……人は自分が何を欲するのかを考えることすら面倒になり、富裕な個人または法人は、鈴木悟のような者が「あなたの履歴(プロファイル)によれば、今、あるいは()もなく、これこれがご要り用のはずです」と持って来るのを待つようになった。その時点で必要だと思えば贖えばいいし、不要であれば「余計なものを持って来るな、ボケ!」と怒鳴り散らせば憂さ晴らしにもなり一石二鳥だ。

 そして、この思い出すも馬々鹿々しい労働の対価が、黎明期のナザリック地下大墳墓を支えていたのである。

 

 鈴木悟はこの業務の馬々鹿々しさがわからぬほど愚かではなかったが、小学校を卒業したのみの彼に他に担えよう職務もなく、黙々とこの地獄の御用聞き生活を送る以外になかったのであるが、デミウルゴスから為された提案がこれを想起させたのは無理なからぬことと言えよう。

 

「そんなことをするくらいなら、問答無用にこの世界を破滅させた方がまだましだ。」

 

 アインズは半ば呆れ気味にそう言い捨てた後は、このアイデアに再び触れることはなかった。

 

 もし、この計画が着手されていたら、この世界には()()()()()という名の、自律的に思考し殺害対象を予測しては着実に排除していく、シズによって手動駆動されるところの殺戮人工知能(ディストピア)爆誕(ばくたん)したのやも知れないが、それは考えてみても詮無きことだ。

 

 今だって、やっていることだけ見れば同じじゃないか!

 

 とまれ、今シズが取り組んでいるのは、デミウルゴスがツアーの昔話から析出した、今回の事件の重要参考人を中心とする人間関係の割り出しである。

 

 流石にツアーは当該人物の名前までは口にはしなかったが、その特徴は概ねわかっている。

 

 第一に、百年前のリ・エスティーゼ王国で活動していたらしきこと。

 第二に、女かつ子どもの外見であるものの、人外でありこの世界においては度外の強さを有したこと。

 

 こういった人物が、当時のデミウルゴスの日記の記録中に見つからないわけはない。さらにその動向、交友関係、を追っていけば、今回の事件を裏で糸引く者が誰で、今何処に潜んでいるのかは、確定こそしないではあろうが、これまた凡そあり得る範囲は絞り込むことが出来るだろう。

 そして、絞り込みさえ済ませてしまえば、後は影の悪魔(シャドーデーモン)による人海戦術(カーペットボミング)で解けない問題は決して存在しない……というのが、今やこの世界の裏側を秘密警察的に把握し尽くすところの、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスの基本戦術(ベーシックタクティクス)であった。

 

 そして、デミウルゴスの神託娘(オラクル)シズは、容疑者をまさに絞り込みつつある!

 

 

                    *

 

 

「山火事?」

 

 デミウルゴスからの報告に、たちまちにその意を察せずアインズは首を傾げた。

 

「デミウルゴス。それはアインズ様のお耳に入れるほどのことなのかしら?」

 

 傍らにあったアルベドも同様のようだ。

 が、アインズにせよアルベドにせよ、デミウルゴスが無用なことを言い出すとはこれっぽっちも思ってはいないので、話の続きを待つ。

 

「はい、アゼルリシア山脈の北西部、人間どものウロヴァーナ伯国に面したあたりで繰り返し。」

 

 ウロヴァーナ伯国、の名が出た時点でアインズは意図を察した。目下話題の容疑者の潜伏先の第一候補だったからだ。

 

「放火……ということだな?」

 

「ご明察で御座います、アインズ様。」

 

 人間たちがトブの大森林と呼ぶ領域はアゼルリシア山脈の南に広がる原生林のことであるが、ナザリックと協約関係を結ぶトブの大森林は山脈全体の植生を含んでいる。ゆえにアウラ、マーレはいち早く山火事の発生に気づき、シャルティアの協力のもとに骸骨(スケルトン)消火部隊(ファイアーマン)を送り込んで過大な延焼を防いでいた。

 

「その先を当てて見せようか。」

 

とアインズ。

 

 デミウルゴスは黙ってうなずき、アルベドは怪訝な表情を見せる。

 

「そうだな……ウロヴァーナ伯国南東に領地を持つ地方領主が放火を命じ、城館(じょうかん)から山火事を眺めて饗宴でも開いているか。おそらくは、その場の余興に無辜な領民を吊るしているとか……まぁ、そんなところじゃないか。

 

 どうだ?」

 

「流石はアインズ様、ほぼ仰る通りで御座います。」

 

 デミウルゴスは片手を胸に当て、歓喜の表情を浮かべながら腰を折る。

 

「あからさまな釣りだな。」

 

 アインズは、ツアーの居城跡に工兵を送り込んだ際、監視者があることを見越してニグレドにこれを探らせ、超望遠(ペリスコ)でシャルティア率いる工兵部隊を短時間観察の後に即時撤収した存在を確認していた。相手がニグレドの視線に気づいて撤収したのか、あるいは、アインズが現れることを期待していてそれが裏切られたので即時撤収したのか、は五分五分だが、いずれにせよ敵勢力にはニグレドと同等、もしくはそれ以上の()がいるのはほぼ確実だ。

 

 だが、ニグレドもそうだし、デミウルゴスの影の悪魔(シャドーデーモン)もそうだが、無制限に世界全域を探索するのは事実上不可能だし、試みたとしても有益な時間内に完遂されない徒労でしかない。こういった能力が威力を発揮するのは、予め領域が限定されている場合に限られる。だから敵勢力が、アインズが関心を持つと想定される出来事(イベント)を用意し、そこを()で監視する、という戦術を採るのは至って合理的だ。

 

 ツアーの居城で試みられたように。

 

「罠に相違御座いません。まずは(わたくし)どもにご下命あって……」

 

との常識的なアルベドの献言は即座に遮られる。

 

「何を言っているんだアルベド。」

 

 フフ、とアインズは笑う。

 

「この馬鹿どもは、よりによってこのアインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ったんだぞ?」

 

 アルベドは溜息をつきつつも、高揚を覚える。

 無論、愛する(あるじ)のことは心配ではあるが、戦いに臨むことを決意する彼の姿ほどに、彼女の心を燃えたぎらせるものもまたないのだから。

 

「デミウルゴス。

 ニグレドの部屋にコキュートス、セバス、パンドラズ・アクター、シャルティアを集めろ。

 出撃前の打合せ(ブリーフィング)をおこなう。

 

 相手は曲がりなりにもユグドラシルプレイヤーだ。

 いつものようにはいかんから気を引き締めて来いと(みな)に伝えろ。

 

 アルベド。

 アウラ、マーレと共に留守を頼む。嫌でなければツアーと共に第六階層(ジャングル)にあって、よもやないとは思うが、あいつが余計なことをしないか見張れ。」

 

 デミウルゴスはもちろん、最早アルベドにも否を唱えるつもりは毛頭ない。

 

御命(ぎょめい)承りました、ご武運をお祈り申し上げます。」

 

 アルベドは深々と跪礼を執り、デミウルゴスは、

 

「必ずやアインズ様のご期待に応えてご覧にいれますとも!」

 

と意気揚々玉座の間から駆け出して行く。

 

 アインズは、常日頃の一方的な殺戮ではない、自身の命を賭した戦いの予感に、この百年一度たりとも覚えたことがない……はずだよな、多分きっと……興奮を感じ高らかに笑った。

 

「わはははっ、お楽しみはこれからだ!……(ペカー)……チッ。」

 

 

                    *

 

 

 フォンドール男爵は大きく欠伸をした。

 

 あと何度、この意味不明の饗宴を開けば不死の生命を得ることが出来るのだろう。

 

 十日ほど前に先触れもなく訪れた魔女……としか表現のしようのない老婆から受けた世にも奇妙な提案は、眉唾物でありはしたが、魔女が自身の手の平を剣で突いても血の一滴も滴ることがなく、その口元に吸血鬼のそれと思しき牙が垣間見えたのは事実だ。

 

 どうせこの先伯国は先細る一方だし、これといってやることがあるわけでもないので、男爵は魔女に言われるがまま、人に言いつけて(やかた)の庭から見えるアゼルリシア山脈の麓の森に火を放つと共に、その炎を遠くに眺めながら領地から引っ立てた子どもの頭に果実を載せて、矢で射る遊びに興じた。

 

 一瞬、神隠しの噂が頭をよぎらなかった、と言えば嘘になる。

 

 が、仮にそれが本当だったら何だと言うのか。

 

 うだつの上がらぬ地方貴族の家に生まれ、運良く当主の座を世襲したものの、自分の手にあるのは大した税収も上がらぬ痩せた土地とどこまでも陰気な領民、将来の展望のない国から気まぐれに請求される上納金だけだ。

 

「いっそ神隠しに遭って、すべて消えてしまえば清々するものを。」

 

「それはよろしゅう御座いますな。」

 

 ん?

 

 目の前に突如現れた漆黒の穴から聞こえた声が、彼がこの世で聞いた最後の言葉になった。

 

 

 

「……来たか!」

 

 ピーがリーマンからの<伝言(メッセージ)>を受けた素振りを見せたので、(ほか)三人にも緊張が走った。

 

 四人組はフォンドール男爵の(やかた)が見下ろせる礼拝堂の鐘楼で張り込みを続けていたが、ついにその時が来たのだ。

 

 アナールと名乗る老婆から手渡された計画書には、フォンドール男爵領への道順と男爵邸周辺の地図、遠からずそこに四人組がアインズ・ウール・ゴウンのモモンガと(もく)している不死者(アンデッド)が、老執事もしくは白銀の蟲の怪物を供回りに現れるであろうことが記されていた。

 

 三日前に指示された地点に至った彼らは、リーマンに自分たちの周囲を監視させつつ必殺の構えでモモンガの来訪を待ち伏せたものである。

 

「リーマン、そのまま全覚(ぜんかく)投入で監視を続け、変化があったら即時連絡しろ!

 

 敵は(やっこ)さん含め二。(むし)だそーだからコキュートスだな!」

 

 ピーが嬉しそうに言うと、デルカは顔を顰めた。

 

「いや、おまえも蟲遣(むしつか)いじゃねーか。」

「私のは虫型自動人形(オートマトン)。」

 

「では、手はず通りでよろしいですね?」

 

とダラム。

 

「四対二なんて余裕じゃないの?」

 

とケイト。

 

「いや、相手はあのアインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ。

 舐めてかかれば火傷どころじゃ済まんはず。

 

 気を引き締めてかかれよ、おめーら!」

 

 一気に鐘楼を飛び出し、ほぼ一直線にフォンドール男爵邸に向かって<飛行(フライ)>で飛翔する。総戦力では圧倒的に相手が上なのはわかりきっていることだから、敵がこちらの戦力規模を知らずに少数でいる今、こちらの火力を全投入する以外に勝機はない。

 

「<魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)><完全神聖防御(パーフェクト・ホーリー・プロテクション)>!」

 

 もう少しで可戦域というところで、ダラムがモモンガが多用するであろう死霊系魔法の大半を時間限定ながら無力化する神聖属性魔法を展開する。これでいきなり即死魔法で瞬殺されることはない。

 

 噂の切り札を除いては。

 

 だが、彼らには対抗手段があった。()()を耐えさえすれば、削り合いで押し通せる……はずだ。

 

「そこだ!」

 

 ケイトがいち早く目視で敵を捉えた。

 左右の手に色違いのやたらと目立つ巨大な籠手を嵌めたモモンガと、帯剣しつつも抜刀していないコキュートスが男爵邸の使用人を次々と撲殺している。

 

「ご挨拶に一発お見舞いしてやるか……」

 

とピーが軽口を叩いたその瞬間だった。

 

 モモンガに向けて飛翔する彼らから見て右手の屋根の上に新たに<転移>して来たものが居る。赤い紳士服(スーツ)を纏った切れ長のヤクザのような男。左手に黄金に輝く盃を持っている。

 

 そして現れるや否や、

 

「<次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>!」

 

 <転移>による戦域離脱を封じられた。

 意味するところは、連中は自分たちの強襲を予測していたということ!

 

 だが最早引く筋はない。

 

 改めてピーは持てる最大級の攻撃魔法の詠唱に入ろうとするが、さきほどまで人間を屠るのに夢中であるように見えたモモンガと目が合ったのに息を呑む。いつの間にか振り返ってこちらと相対しており、コキュートスが二本の腕それぞれに得物を構え、モモンガの三歩後ろで迎撃体制を採っている。

 

 しかも、だ!

 

 やおらモモンガは両の手を左右に開き、大声で叫んだ。

 

「ザ・ゴール・オブ・オール・ライフ・イズ・デス!」

 

「いきなりだとー!」

 

 モモンガの背後に巨大な針時計が出現し、何処からともなくゴーン、ゴーンと音がすると共に針が進み始める。

 虎の子の<完全神聖防御>も、<(エクリプス)>の特殊スキルの前には無力だ。

 そして、全域即死魔法が詠唱される。

 

「ワイデンマジック、クライ・オブ・ザ・バンシー!」

 

 ふしゅー!

 モモンガの背後から強烈な冷気が放射状に広がっていくのが視認された。

 

「な!」

 

 <次元封鎖>はダラム、デルカ、ピー、ケイトのみならず、術者本人を含めた領域内の全員に有効だ。ユグドラシルとは異なり、こちらの世界では同士討ち(フレンドリファイア)が起こることは、ピーたちも実験を通して確認済みである。

 

 と言うことは。

 モモンガは自分のNPCたちを(はな)から巻き添えにする前提でこの戦術を選択していることになる。

 

 そうか!

 レベルダウン無し<蘇生(リザレクション)>に必要な金貨五億枚にそもそも当てがあるのか!

 

 なんて非道(ひど)い奴だ、と思いつつ、想定よりもとてつもなく早くはあるが、ここまでは予定通りでもある、とピーは北叟笑む。

 

「ダラム、タイミングを誤ってくれるなよ!」

 

「もちろんですよ、ピー。」

 

とダラムは余裕の笑みすら浮かべる。

 

 ゴーン、ゴーン……

 

 モモンガとコキュートスの十数メートル手前の中空に停止したままの四人は、ただ時計の針が進むのを眺めて待つが、その針が残すところあと三秒、というところで、ピー、デルカ、ケイトの三人がダラムの肩に手をかけ、ダラムは左手を前に突き出した。

 

「<七秒間の奇跡の指輪(リング・オブ・セブン・セカンズ・ミラクル)>発動!

 必殺コンボ……破れたり!」

 

 四人は息を呑みつつ、モモンガの背後の時針が満願(ゼロ)に至るのを見守る。

 

 

                    *

 

 

「キミがアルベドだね、はじめまして。」

 

 ナザリック第六階層(ジャングル)の、既にツアーのお気に入りの場所となりつつある巨木の木陰で、彼は近づいてきた白衣の美女に会釈した。

 

「はじめまして、ツアー。

 どうしてはじめましてなのに、私のことがわかるのかしら?」

 

 涼やかで人好きのする笑顔を浮かべながらアルベドが応じるが、その金の瞳だけは笑っていない。

 

「アインズからキミのことは随分聞かされていたからね。

 一目見て、すぐキミがアルベドだとわかったよ。」

 

 くふっ。

 

と、一瞬アルベドの頬に赤みが差し表情が蕩けかけるがすぐに元に戻る。

 

「差し支えなければ、アインズ様が(わたくし)についてあなたにどんなことをお話しになったのか、是非とも伺ってみたいところだわ。」

 

 この会話を続けている限り、ツアーが何かしでかすことはあるまい、と考えてのことではあるが、もちろん、言葉のままの興味もある。

 

「まぁ、いろいろだよ。

 あの話は面白かったなぁ、キミがアインズを抱き締めたまま眠ると身動きが取れなくなって、そのまま三時間じっと天井を……

 

 あー、いや、落ち着いてくれアルベド。

 そういう悪い話ばかり聞いたわけじゃないんだよ、もちろん。」

 

 アルベドの瞳に恐るべき怒気が生じたのに気づいて、ツアーは、ボクはいったい何をやっているんだ、と自分を可笑しく感じつつも取り繕った。

 

「……確かに言えることは、だ。

 

 アインズが今ああしてアインズでいられることに、キミの果たした役割はとても大きい、ということだな。その点では彼はもちろん、ボクもキミには感謝している。会うことが出来たら、一度御礼を言いたいとは思っていたんだ。」

 

 ん?という顔をアルベドがする。

 どうやら、こういう物言いは想定外だったようだ。

 

「……もう少し詳しく伺うことが出来るかしら。」

 

 そう言いながら、アルベドはツアーの顔の傍に足を折って座った。

 

「うーん、ボクはご覧の通りの、アインズに言わせれば()だからね。

 うまく説明できるかはわからないのだけれど。」

 

とツアーは言葉を濁す。

 が、アルベドの視線がジッと彼を見つめて次の言葉を待っているようなので、ツアーは話し続けた。

 

「多分キミたちも気づいているとは思うのだけれど、アインズは好き勝手をやっているようで、随分とキミたちに気を遣っていると思うんだ。」

 

「……アインズ様が私たちに気を遣っている?」

 

「そうだよ。

 

 たとえば……今そこで追っかけ合いっこして遊んでいる双子、アウラとマーレ。アウラの方がわかりやすいかな。彼女はいろんなことをボクに話してくれたけど、突き詰めれば一つのことしか言っていないんだ。」

 

「それは?」

 

「何を話しても、彼女は常にこうさ。

 

 アインズ様は強くてお優しい(かた)だ、とね。」

 

「……確かに、それはツアーの言うとおりね。」

 

「だからアインズは、アウラの前では絶対に強くて優しい自分であろうとするだろう?」

 

 アルベドはようやくツアーの言わんとするところがわかり始めていた。

 

「シャルティアも面白いよね。

 

 彼女はアウラやキミをアインズに対する恋敵(ライバル)であるかのように(はな)すんだけれど、いくら聞いてもボクには彼女が本気でそう考えているようには思えないんだ。」

 

「ツアーは、どう思うの?」

 

「そうだなぁ……彼女にとってアインズは、駄々を捏ねても嫌々ながら遊んでくれる近所のお兄さん、って感じかな。アインズに以前、彼女の創造主の……」

 

「ペロロンチーノ様ね?」

 

「そう!そのペロロンくんの話を聞いたことがある。これもとても楽しい話で、アインズもとても楽しそうに話してくれたんだけど、まさにそのペロロンくんと……あぁ、ごめんアルベド、怒らないで。ペロロン……チーノ……様だね?これでいいね?その彼とアインズの関係が、彼女がアインズに求めていることなんだろうな、という気がするんだ。これはアウラもそうだよね?」

 

 なるほど、この獣は獣ではあるが阿呆ではない、とアルベドは得心する。

 

 ツアーがアインズと共に語らった時間は、この百年を通していくらほどもないはずで、ナザリックの居候になってからもさして時間を経ていない。が、この獣は、ナザリックの下僕(しもべ)たちであっても大半が気づいていないことを目ざとく見抜いている、と。

 

「そしてキミさ。」

 

「……私?」

 

「アインズが何度も繰り返しボクに語ったのは……本人は語る都度に語ったことを忘れちゃっているんだろうけれども、キミだけが、アインズがアインズとしてそこに居てくれればそれでいい、と言ってくれる唯一(ゆいいつ)の存在だ、ということさ。」

 

「……」

 

「ボクはよくわからないんだけれど、これ、アインズはきっと惚気(のろけ)ているんだよね?」

 

「……」

 

「ごめん、アルベド。何か気に障ったかい?」

 

 アルベドが顔を下げたまま動かなくなったので、ツアーは自分らしくないな、と思いつつも気遣いを見せた。

 

 対するアルベドは唐突に自身の中に生じた不思議な感情に当惑していた。

 自分とアインズ……モモンガの関係には満足しているし疑問に感じたこともない。が、何故か、ツアーの言葉に対しては……これまでに誰も自身に投げかけたことのなかった真正面からの二人の関係に対する肯定的な賛辞に対しては、噛みつかずにはいられなかった。

 

「これは、日誌(ログブック)とフレーバーテキストによるもので……本当の愛ではないわ。」

 

「そこだよ!」

 

とツアー。アルベドは驚いて顔を上げる。瞳にはやや涙が溜まっている。

 

 それに気づいてか気づかずか、ツアーはそのままの調子で話し続けた。

 

「もちろんその話もアインズから聞いたよ。アインズがキミの……テキストとやらをアインズを愛するよう書き換えたこと。そしてそれが日誌(ログブック)に記録されたがためにアインズ自身もそれに束縛されていること。」

 

 ツアーがやたら楽しそうに語るのが不思議に思え、アルベドは続く言葉を待った。

 

「普通に考えると、これは呪いなんだよね。」

 

「……はぁ?」

 

「あー、いやいや怒らないで聞いてよ、アルベド。悪い意味で言っているのではないからね。

 

 うーん、ボクらしからぬ話をしているからどうしても難しいんだけれども、普通、こうであれ、とか、こうであらねばならぬ、という外的な規定は呪いなんだよ、わかるかい?」

 

 黙ってアルベドは頷く。

 

「アインズにも話していないんだけどね。ボクの父母と兄弟は、みんな八欲王と呼ばれるプレイヤーに殺されたんだ。」

 

「……そう……だったの?」

 

「あぁ、誤解しないでくれよ、アルベド。ボクら竜王(ドラゴンロード)にとって肉親の死は他の種族ほど大きな意味を持たないんだ。だから感傷的になることはないし、何か、こう、復讐心(ふくしゅうしん)だとか、そういうのはないんだよ。

 

 でもね。

 

 やっぱり、これはある種の呪いとしてボクを束縛している。

 

 随分と昔の話だからもうキミは忘れてしまったかも知れないけれど、初めてアインズと会ったときに、アインズは随分とボクに腹を立てたんだよね。そのとき、そしてしばらく、ボクは彼が何にそんなに腹を立てたのかよくわからなかったんだけれども、今は少しわかった気がしているんだよ。

 

 ボクは、両親兄弟の死、という呪いをうけて、この世界を代表してユグドラシルプレイヤーからこの世界を護らなければならない、という束縛を受けていて、それに気づかないままにいたんだ。

 

 アインズはそれが気に入らなかったんだ、と思うんだよ。」

 

「仮にそうだとして、どうしてアインズ様は、あなたが呪いを受けていることを気になされるのかしら。」

 

「それは本人に聞いてもらった方が早いとは思うけれども、ボクの考える理由はこうだ。

 ボクもアインズも、とてつもない化け物だ、他の(みな)から見ればね。その化け物がだよ、無責任にも外的な呪いで自分の行動を束縛され、かつ、それに無自覚なまま世界をうろうろするな、物騒極まりない!と彼は言いたかったんじゃないかな。」

 

「……」

 

 アルベドが再び黙り込んでしまったので、ツアーは、

 

「あぁ、まぁ、ボクのことはいいんだ。」

 

と一旦言葉を切る。

 

 そして目を細め、彼なりに精一杯親愛の情の籠もった眼差しで彼女を見つめながら……

 こう告げた。

 

「アインズもキミも、その呪いにちゃんと自覚があって、かつ、楽しそうなんだよ。」

 

 アルベドの心に、それまで覚えたこともなかった何かが注ぎ込まれる。

 

「ボクにはそういう感性は本来ないんだけれど……でも……ちょっと羨ましいくらいにね。」

 

「……」

 

「それって、呪いじゃなくて、祝福だと思うんだよね……あれ、また気に障ったかな、アルベド?」

 

「……」

 

「……参ったなぁ、キミを虐めたと誤解されるとまたアインズに何をされるか……」

 

「ありがとう。」

 

「……え?」

 

「ありがとう、ツアー。ためになるお話をして下さって。」

 

「……あー、そうかい!それは良かったよ!」

 

 これをアインズは貸しに感じてはくれないだろうか、とツアーはまたらしからぬことを考えていた。

 

 

                    *

 

 

「<次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>だと!」

 

 四人組の拠点ギルト、エリュシオンから遠隔視(リモート)で観戦していたリーマンは声を上げた。その魔法の作用で彼に届く情報量は激減したが、視覚情報には影響はない。

 

 それにしても<次元封鎖>はモモンガにとって悪手ではないのか?

 <転移>で離脱できなくなるのはエリュシオンの面々のみならず、モモンガの配下とて同じこと。

 となれば、彼の噂の必殺コンボが発動した際……

 

 <転移>できない彼の下僕(しもべ)もその巻き添えになるではないか!

 

 ()()をそんな(ふう)に扱うとは、非道(ひど)い奴だ!

 

 そのとき!

 

 ドカン!

 

 突然傍らの壁が突き破られ、大量の土埃が舞い上がった。

 

「お邪魔いたしますよ。」

 

と、その中から声がする。執事服姿の白髪の老人だ。一見不似合いな巨大な巻物を肩紐にかけて背に背負っている。

 

「な、なんだ、オマエは?」

 

「セバス・チャンと申します。至高の(あるじ)アインズ・ウール・ゴウン様の執事を務めさせていただいております。」

 

 探査合戦はニグレドの圧勝だった。

 

 リーマンは戦場のすべてを把握していたがニグレドによる逆探知にまったく気がつかなかった。

 対してニグレドは、リーマンにまったく気取られぬままにリーマンの位置を特定していた。

 

 実際のところ、両者の性能に大した差があったわけではない。

 が、ユグドラシルにあって最大千五百人のプレイヤーによる飽和攻撃相手の防衛戦を支援したことのあるニグレドと、拠点レベル総計たかだか三百二十、ユグドラシル最後の日まで誰の関心を惹くこともなかったエリュシオンの()であるリーマンの間には、圧倒的な経験の差があった。

 

 とまれ、場所を特定さえしてしまえば、あとはシャルティアが鉄砲玉(セバス)を送り込むだけの話だ。

 

 セバスは軽く礼を執りつつも、その鋭い眼光で室内を見回した。

 

 目前に居るのは病院で見られるような簡易ベッドに横たわるやせ衰えた老男性で、ご丁寧に生命維持装置らしきものに繋がれている。悪趣味な造形だが、おそらくこれが彼らの目に違いない、とセバスは判断する。他に気配は感じられず、(あるじ)が事前に予測した通り、彼らが目前の老人を残し全戦力で打って出たのはほぼ間違いない。

 

「おぉ!」

 

とリーマンが叫んだ。

 

 セバスに驚いたわけではない。監視している映像の中の出来事に対してだ。

 

「……ふふふ……はははっ!」

 

 突如リーマンは哄笑する。

 

「我々の勝ちだよ、セバスくん。」

 

 セバスの表情は揺るがない。

 

「キミの主人、モモンガは切り札を切った。下僕(しもべ)を巻き添えにするという最悪の形でね。だが、我々には切り札に対する対抗手段があるのだよ。切り札で消滅するのはキミのお仲間だけで、その後、モモンガは我が方の四人に為す術もなくボコられる、という寸法さ!」

 

 やはりセバスの表情は揺るがない。

 

「どうしたね、少しは悔しがってみてはどうかね?」

 

 それでもまったくセバスの表情は揺るがない。

 

「何か言ってみろ、ジジィ!」

 

 リーマンは既に自分がこの確実に百レベルに達している執事に瞬殺されることは悟っている。だからこそ、あと何秒あるかはわからないが、残り僅かなこのときを勝利の余韻を味わいながら過ごしたい、と考えていた。

 

 対するセバスの脳裏には、いけ好かない同僚に作戦開始直前に投げかけられた言葉が浮かんでいた。

 

「わかっているとは思うがね、セバス。

 くれぐれもアインズ様のご期待を裏切らないでくれたまえよ!」

 

 嗚呼、たっち・みー様。

 (わたくし)は未だに何が正解であるかを見出(みいだ)せずにおります。

 

「せめて、仲間を巻き添えにした罰を受けるモモンガがボコられる様子だけは一緒に観戦しないかね?」

 

 即座に鉄拳が叩き込まれた! 

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