追憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第5話 この瞬くときのために

 ゴーン……。

 

 時計の針がゼロに至る。

 

 モモンガの切り札、<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>は、いかなる即死魔法に対する耐性をも侵徹する力を持つ。

 

 だが、エリュシオンの四人組は、七秒間に限りすべての死の可能性から所有者および直接接触している仲間を護る使い切りアイテム<七秒間の奇跡の指輪(リング・オブ・セブン・セカンズ・ミラクル)>を使用した。相手がアインズ・ウール・ゴウンのモモンガと確信して以来、ユグドラシルに聞こえ渡ったモモンガの必殺コンボ対策として備えていたものだ。

 

 指輪は砂のように崩れ去った。

 

 が……。

 

「……何も……()こらねーだとぉ?」

 

 ピーが息を吐きつつ呟く。

 

 自分たちが生きているのは想定通りだ。いや、むしろ、ぶっつけ本番で指輪の力が本当に効果を発揮したことに安堵したい気分ではあったが、それ以外がまったくの想定外だ。

 

 モモンガの傍らにあったコキュートスは健在。屋根の上の赤い紳士服(スーツ)の男も然り。

 そもそも<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>が用いられた以上、少なくとも周囲の有機体は悉く消え去っていなければおかしい。指輪の効果範囲は、装備者、すなわちダラムと、接触している仲間だけのはずだ。それとも異世界転移で効果が変わったのか。(ほか)のすべてがユグドラシルの時分と何も変わらないのに。

 

「せめて嘆き妖精(バンシー)の正しい声くらいは知っておくべきでしたな。

 流石の私も、魔法に付随する効果音(サウンドエフェクト)の真似はできませんので。」

 

 やたらと礼儀正しい所作で振る舞いつつモモンガがそう言う。

 

 背中に背負った、()()()()の時計を外しながら!

 コキュートスの下腕が銅鑼(どら)(ばち)を持っているのは何の冗談だ!

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 突如、右手から声がして四人はそちらに視線を送った。

 

「な……!」

 

 赤服の男の隣にもモモンガが居て、その背中に既に時計を背負っている!

 

「コキュートス、デミウルゴス、パンドラ、十二秒間オレを守れ!」

 

 途端に、最初に居たモモンガ(パンドラズ・アクター)とコキュートスが屋根の上のモモンガの前へ飛翔する。

 その途上、飛翔するモモンガは白銀の全身鎧を纏った騎士(たっち・みー)に姿を変えた。

 

「どうした、まだ十秒ほどあるぞ?

 オレを狩るに十分な時間とは言えないが、勝機はゼロではないはずだ。」

 

 ゴーン、ゴーン……

 

 エリュシオンの四人はあまりのことに思考停止に陥っていて、モモンガの言っていることはもっともだ、とは思いつつも、もはや体が動かない。

 

擬態(フェイク)

 まんまと一杯食わされ、なけなしの切り札を切らされたのは我々の方だったのか!)

 

 辛うじてピーだけが悔し紛れに言葉を発する。

 

「やっぱり()()を巻き添えにすんのかよぉ!」

 

 だが、対するアインズの答えはこうだ。

 

「んなわけねーだろ、ボケ。

 <心臓掌握(グラスプ・ハート)>!」

 

 鏖殺できるこの局面で、何故、対個人の即死魔法を?

 

 ゴーン、ゴーン……

 

 まさか……

 

 まさかこの短時間にこいつはそこまで読み切ったというのか!

 

 ゴーン、ゴーン……

 

「……完敗だぁ、モモンガ()()。悔いはねーや!」

 

 ゴーン……カチリ。

 

 ドクンッ……。

 

 ドサッ。

 

 浮遊していたピーの体だけが地面に墜ちた。

 

「「「()()()()様!」」」

 

 刹那、ダラム、デルカ、ケイトの三人が地に墜ちたピーの元へ集まり、膝をついて、そして蹲った。

 

 嗚咽……だけが続く。

 

「コレハ……?」

「いったいぜんたい?」

 

 そもそも何故アインズが、殺ろうと思えば全員を瞬殺できた場面で灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)のみを撃ち落としたのか、たちまちに理解できなかったコキュートスとパンドラズ・アクターではあったが、それがアインズの判断であり、敵が三人残っている以上はまだ戦いが続くのだ、と構えていたが、その三人が魔法詠唱者の遺体の周囲に集まってさめざめと泣く姿を見て気勢を削がれた。

 

 デミウルゴスだけは、アインズの意図をたちまちに察して「流石はアインズ様!」と喜悦の表情を浮かべていたが、次の瞬間、隣に立っていたはずのアインズが、敵方三人同様に膝をついて蹲っているのに気づいて慌てて声をかけた。

 

「ア……アインズ様!いかがなさいました!」

 

「……」

 

 応答のない(あるじ)に、再びデミウルゴスは声をかける。

 

「アインズ様!」

 

「……ないんだ。」

 

「……?

 何が……ないので御座いますか、アインズ様!」

 

 コキュートスとパンドラズ・アクターも、いまだ嗚咽の中にある三人を警戒しつつ、心配そうにアインズの傍に近寄った。

 

「……ないんだよ!」

 

と再びアインズ。

 

「ですから、何がで御座いますか!」

 

 デミウルゴスは、今自分が感じている感情が何であるか理解出来ずにいささか困惑していたが、それが()()であることに気づいて戦慄する。

 

 パンドラズ・アクターとコキュートスの共演による似非必殺コンボ(The goal of all life is death + 嘆きの妖精の絶叫)により、敵の切り札を崩す戦術は見事に図に当たり、その時点でデミウルゴスは完勝を確信していたが、まさか……まさか、敵方には他に何かアインズに害を及ぼす手段が秘匿されていたのか。自分がまったくそれに気づかず勝利を確信していたのだとしたら、その罪は如何程のものであろうか!

 

「アインズ様!」

 

「ぜんぜん……」

 

「……ぜんぜん?」

 

「ぜんぜん……気持ちよく()()んだよー!」

 

 アインズは膝をついたまま上半身を起こし、そう叫んだ。

 

「「「はぁ?」」」

 

 デミウルゴスたちはそろって疑念の声を上げる。

 

 至高の主は、いったい何を言っているのか、と。

 

「アインズ様……それはいったい、どのような……」

 

 説明を求めるデミウルゴスに、アインズはガバッと掴みかかった。

 ビクッ、とデミウルゴスの腰が引ける。

 

「だってそーだろ?

 

 百レベルだぞ!百レベルのユグドラシルプレイヤーだぞ!

 期待するだろー、普通?」

 

 やはり要点を得ないので、デミウルゴスの困惑はますます深まる一方だ。

 

「で……ですから、いったい何の話をしておられるのですか?」

 

「……おまえ、よくバーでコキュートスと呑んでるよな?」

 

 ん?

 いきなり何を言い出すんだ、この(あるじ)は!

 

「え……ええ、まぁ……そうで御座いますが、それが何か?」

 

「一杯目はビールか?」

 

 んー?

 至高の主は我々をどこへ導こうと言うのか!

 

「そ、そうで御座いますね。そうであることが多いか、と、ぐ、愚考いたす次第です。」

 

 デミウルゴスは自分がマーレになったような気がしている。

 

「……どうせ、アレだろ。銘入りの……黒ビールとか、そういう感じだよな、きっとおまえは!」

 

「は、はぁ。よ、よく、ケストリッツァーなどを嗜んでおりますが……」

 

「いいよな、呑めるやつは!」

 

「……はい?」

 

 アインズは顔をデミウルゴスに向け、口をパカリと開けて右手の骨の人差し指をそこへ突っ込む。

 

「ご覧の通り、呑めないんでね!」

 

「……そ、それは……それは存じ上げておりますが。」

 

「旨いんだろうなぁ……仕事終わりの一杯。

 現実社会(リアル)の感覚はなーんにも憶えてないからさ、わかんないんだけど……ヘロヘロさんと仕事上がりの一杯が堪らないですよねー、みたいな話をしたことだけは憶えてるから……だから余計に悔しいんだよなー。」

 

 デミウルゴスの混乱は最早極限に達しつつあった。

 

 これはあの四人組の精神攻撃か何かの結果なのか?

 あるいはこの世界で初めて実戦使用された切り札コンボの副作用?

 

「わかる……この感じ?」

 

「な、何がで御座いましょう。」

 

「仕事……終わったとするじゃん。」

 

「……はい。」

 

「きゅーっと一杯やろうと思うじゃん。」

 

「はぁ?」

 

「ケストリッツァー……だっけか?キンキンに冷えたやつが……」

 

「いえ、アインズ様。ドイツビールは一般的にはあまり冷やしては……」

 

「黙って聞け!」

 

「ハッ!」

 

「……温度はいいよ、もう。とにかく旨そうで、いい感じに泡立ってる黒ビールがあります、と。

 想像したか?」

 

 この局面において、何と返すのが正解なのかわからないデミウルゴスではあったが、是と答える以外にどうせよ、というのか?

 

「……はい。」

 

「仕事上がりの楽しみにしてたビール……くぃーっと煽るわな?」

 

「……はい。」

 

「そしたらな……なーんにも、喉はおろか口にすら入って来ないわけ。」

 

「……はぁ?」

 

「おまえさ!」

 

「はい?」

 

「何の話してるか、わかって聞いてる?」

 

(わかるわけないで御座いましょう!)

 

 こいつ……もとい、この(あるじ)は呑めもしないのに酔っ払っているのか?

 

「だ・か・ら!

 気持ちよくも何ともないんだよ!」

 

「で、ですから何が、とお尋ね申し上げております!」

 

「プレイヤーをブチ殺してやったのに、何にも感じねーんだってさっきから言ってんだろがよー!」

 

(いや……そんなこと仰っておられません……で御座いますよ。)

 

 だが、ようやくデミウルゴスにもアインズが何を言っているのか……相変わらず意味不明な点も多々ありはするものの、わかってきたような気がしている。

 

 アインズが、(せい)あるものを屠ることでその死の支配者(オーバーロード)の体が感じる充足感をしばしば渇望しているのは理解している。これは主観的な体験であるから、デミウルゴスを以てしても想像するしかないのであるが、さきほどから繰り返される(あるじ)不規則発言(たわごと)から察するに、それはどうやら仕事上がりの一杯目のビールのようなものであるらしい。

 

 それがない、ということ……でよいのだろうか?

 

「多分アレだ。」

 

 最早相槌を打つのも怖くなってきたデミウルゴスは黙って(あるじ)の続く言葉を待つことにする。

 

「全部忘れちまったが、オレのことだからきっとやってるはずだ。自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)をな、何体叩き潰しても気持ちよくもなんともない。どんな形であれ、生きてなきゃ駄目なんだよ。」

 

 シズ・デルタに連絡が取れればアインズが過去にそのような実験をおこなったことがあるかはたちまちに検索が可能ではあるが、この場に<伝言(メッセージ)>を使用できるナザリック勢はアインズしかおらず、それを今提案する蛮勇は流石のデミウルゴスにもない。

 

「いったい、あなたたち何の話をしているの!」

 

 すっかり失念しつつあったが、今なお彼らは三人の敵を目前にしていたのだ。その一人、軽装の女戦士がアインズたち一行の様子がおかしいのに気づき、涙声で怒鳴りつけてきた……のであるが。

 

「うるせー、おまえらの相手は後でやってやるからちょっと待ってろ!」

 

とアインズ。

 

 本当は。

 

 本当は、四人組のうちプレイヤーがただ一人だけだ、と見抜いたアインズは、その一人だけを片付け、百レベルプレイヤーを屠ることで得られる快感に酔いしれながら、残る三人のNPCにこう言ってやろう、と思っていた。

 

狼狽(うろた)えるな!ギルド武器とギルド拠点が健在で、プレイヤーが消失(ロスト)していないのであれば、遊戯終了(ゲームオーバー)ではない!」

 

 これで、決まった!オレ超格好良(かっけー)、となる……はずだったのだ、当初予定では。

 

 だが実際には。

 

 必殺コンボを決めてはみたものの肝心の()()がまったくなく、アインズ的には戦闘に勝って戦争に負けた感に包まれてしまっていた。

 

 特に、自身の意にそぐわぬ者の中でも突き抜けてムカついた相手を死霊系魔法で即死させたときの快感がズバ抜けて素晴らしいことに疾うの昔に気づいていたアインズは、ここぞという場面では好んで戦術的必然性もないのに敢えてそうしていたし、今回は加えて相手が百レベルプレイヤーということもあり、いったいぜんたいどれほどの快感があるものか、と、しばしば狂ったように彼に跨って自慰に耽る相方(アルベド)であってもドン引きするであろうほどの情欲を以てコトに挑んだのである。

 

 が。

 

 実際には何もなかった。

 

 清々(すがすが)しいまでに何もなかった。

 

 大事なことなので三度(みたび)言う。

 何・も・な・か・っ・た・の・だ!

 

 先のビールの例えで言うならば、仕事上がりの一杯!と思ってジョッキを傾けてみれば、実は贋物(食品サンプル)でした、ちゃんちゃん、だ。しかも、そのビールが銘入りの超逸品だ!と勝手に盛り上がっていただけに、その期待値と現実の落差が大き過ぎて、残る敵NPCのことなどもーどーでもいー状態に陥ってしまったのである。

 

 思えば。

 

 まだ記憶に残るツアーに対して柄にもなくおこなったお説教の中で、自分で言っていたような気もするのだ。

 

 本物の人生と遊びの人生。

 

 アインズは、今ここにある自分を、いろいろとおかしなところもなくはないが自分自身の本物の人生、と決めたし、今もそれは変わらない。が、この世界のそもそものあり方からすれば、自分は、そしてさきほど屠ってやったプレイヤーも、遊びの人生であるところのユグドラシルから迷い込んだ紛い物だ。それは、アインズや……名前聞いてねーや……がいくら「オレはここで生きていくと決めたんだ!」と主張しても変わらない事実。

 

 そして今判明したのは、死の支配者(オーバーロード)の体が求めているのは、本物の(せい)を屠ることであって、紛い物は決してその餓えを満たしてはくれないのだ、ということ。

 

 つまりそれは……

 

 おまえはこの世界においては紛い物だ!

 

という通牒を突きつけられたに等しい。

 

「ふざけないで!

 あなたはわたしたちのかけがえのない()()()()様を殺したのよ!」

 

 デルカが狂ったように叫ぶ。

 

「遊びじゃないのよ!」

 

 今浮かんだ思索との符合が耳に痛い。

 

「すまん……」

 

「「「……え?」」」

 

 突然、敵から詫びが返って来て、デルカのみならず、ダラムとケイトもアインズの(ほう)を振り返った。

 

「おまえらのギルド拠点も、オレの仲間が今頃(おさ)えてる。」

 

 三人の表情がハッと強張る。

 

「だが、ギルド武器をブチ壊すとか……そういうことをするつもりはないから。」

 

 心にやや落ち着きを取り戻したアインズは淡々とそう告げるが、対する三人はそれで安堵できようはずもなく、ただただ困惑の表情を浮かべるのみだ。

 

「ただ、落とし前はつける必要がある。

 ちょっと片付けてくるから、少しだけそのままで待っていてくれ。

 

 くれぐれもコキュートスたちにボコられんように、おかしな真似はしてくれるな。」

 

とだけ言い遺すと、

 

「<転移門(ゲート)>。」

 

 アインズは空間にぽっかりあいた黒い穴の中に一人消えてしまった。

 

「……という次第で御座いますので、あなたがたにはどうか無駄な抵抗を試みることなく、大人しくお待ち下さい。」

 

とデミウルゴス。

 

 カチン、と来たのかデルカが剣を抜いて立ち上がろうとするが、

 

「お待ち下さい、お嬢さん!」

 

 いつの間にやら本来の軍服姿に戻っていたパンドラズ・アクターに声を掛けられてデルカは動きを止める。

 

「我らが至高の(あるじ)アインズ・ウール・ゴウン様は、恐ろしくも慈悲深き御方で御座(ござ)いますれば、きっと皆様方の悪いようにはなさいません。」

 

「でも!」

 

「私共も皆様と同じ下僕(しもべ)御座(ござ)いますれば、今の皆様方がどのようなお気持ちかは察するに余りあります。ですが、ここはこのパンドラズ・アクターをお信じあって、今しばらくのご猶予を頂けますとありがたく存じます。」

 

 軍帽を取って深々と礼を執るパンドラズ・アクターに気勢を削がれたデルカはその場にへたり込んだ。視線を物言わぬピーの体に向けると、緊張が解けて涙が再び止まらなくなる。

 

「こうなった上は……」

 

と涙声のデルカ。

 

「こうなった上は、彼らの言う通りにしてみましょう。」

 

 ダラムとケイトは無言のまま同意した。

 

 

                    *

 

 

 セバス・チャンの放った正拳突きは、リーマンの傍らにあった生命維持装置を正確に貫き爆散させた。

 ほぼ同時にリーマンは、目まぐるしい駆け引きの結果、自身の(あるじ)が敗死したことに気づく。

 

「ホ……ホーソン様……」

 

 先程までセバスに対して向けられていた怒気は嘘のように消え去り、両の目から滔々と涙を流してリーマンは(あるじ)の名を呼び続けた。

 

 しばしあって、

 

「……殺してくれ。」

 

とリーマン。

 

 返事がないので再び請う。

 

(あるじ)を失った今、最早望むことは何もない。殺してくれ。」

 

 誰も試みたことはないが、NPCは仕様上、自爆攻撃(カミカゼ)技能(スキル)を例外として自殺が出来ない。

 仲間がいれば介錯を受けることは可能であろうが、今のリーマンにはその仲間も遠く彼方だ。

 

 ようやくセバスは答える。

 

「レベル差五倍の(わたくし)に対し、言葉の上だけのこととは言え、覇気を失わなかったあなたらしからぬことをおっしゃいますね。」

 

 セバスは出撃直前の打合せ(ブリーフィング)を回想する。

 

 

 

「シャルティア。

 ニグレドが敵拠点位置を割り出し次第、セバスを<転移門(ゲート)>で送り込め。

 

 セバス、敵拠点を確保せよ。

 オレの読みではそこにはニグレド同様の下僕(しもべ)がただ一人あるだけだ。抵抗するようなら手足の二、三本もいでも構わんが、殺さずに捕縛せよ。万が一、プレイヤーを含む想定外の敵と会敵した場合は一旦離脱だ。おまえに預けた<山河社稷図(さんがしゃしょくず)>の使用は原則不許可だ。それはおまえの身を敵の世界級(ワールド)アイテムから護るもの、と心得よ。

 

 ニグレド。

 セバスの位置を捕捉し続け、セバスが敵拠点から急速離脱するようならば誘導(ナヴィゲート)し、シャルティアが回収できるよう取り計らえ。」

 

「アインズ様、お尋ねしてもよろしゅう御座いますでしょうか?」

 

「セバス!」

 

 アインズに問うたセバスにデミウルゴスが苛立たしく割り込むが、アインズがそれを制した。

 

「よい、デミウルゴス。

 今回の作戦は引き金(トリガ)はこちら側に委ねられている。そうでない場合はともかく、焦る必要はないのだから、むしろ、我々の間の認識齟齬を可能な限り小さくしておくことが肝要だ。違うか?」

 

 デミウルゴスは何も言わずに引き下がる。

 

「で、なんだ、セバス?」

 

「殺さず、と仰せなのであれば、投降を呼びかけられてもよろしいのではないでしょうか?」

 

 デミウルゴスの突き刺さるような視線を感じながら、セバスは己の信じるところを(あるじ)に問うた。

 

 問われたアインズは、まさか「いや、いっぺんプレイヤーぷち殺して気持ちよくなってみたいんよー」とよりによってセバスに打ち明けるわけにもいかず、しばし返答に窮していたが、

 

「し、至高の四十一人の一人、や、やまいこさんは言った。

 

 とりあえず殴ってみればいいんじゃない?

 

 ……だ!」

 

と、勢いで答えてみたものの、セバスは意味するところが心に落ちない様子で、上目遣いのままジッとアインズを見つめている。

 

「……仮に、だ。

 もし逆の立場であったとして、おまえは投降したり助命を請うたりするか?」

 

 ハッ、とセバスの表情が転じるのを見て、アインズは「この勝負、もらった!」と饒舌になる。

 

「連中はいきなりツアーの居城を吹き飛ばすほどに粗雑で思慮の足らん奴らだ。が、奴らには奴らなりの目算もあるのだろう。それは訊いてみねばわからん。話せばわかる、と言えばそうかも知れないが、この状況で相手にそれを持ちかけたとしても、連中は自分たちが見下されたとしか思わんだろうな。」

 

 セバスは相変わらず目を逸らさずにアインズを見つめている。

 

「慈悲をかけること、それ自体は悪いことではない。オレもできることであれば、同じユグドラシルから来た者同士、友好関係を築くのも悪くない、とは思っている。が、ときとして慈悲をかける行為それ自体が、相手の矜持(きょうじ)を傷つけ返って破滅的な事態を招くこともあると知れ。

 

 まだ何かあるか?」

 

「いえ、御座いません。ご教示に深く感謝申し上げます!」

 

(はー、切り抜けたー!)

 

 この後、各自の持ち場へと向かう直前に、デミウルゴスから声をかけられた。

 

「わかっているとは思うがね、セバス。

 くれぐれもアインズ様のご期待を裏切らないでくれたまえよ!」

 

 何たることか!

 悪魔から無用な殺生をせぬよう戒められるとは!

 

 だが、その時点ではただただ苦々しく思うのみであった()()のこの言葉が、結果的にはセバスに無為な殺戮を思いとどまらせたのだ。

 

 それがわからないほどセバスは愚かではない。

 

 ふー、と一息溜息をつく。

 

「勝ち目がありようもない私に対し、決して戦意を失わなかった点には素直に賛辞を送りたく思います。どうか、言葉通りに受け取っていただけますよう。」

 

 セバスはそう言いながら敗者に対して腰を折った。

 

「ですが!」

 

 次の刹那、顔だけを上げてその闘気漲る瞳でリーマンを睨みつけてこうも言う。

 

相見(あいまみ)えたこともない我が至高の主に対し、侮蔑の言を吐いたことには猛省を促したく思います。」

 

 リーマンは困惑する。

 アインズ・ウール・ゴウンは()のギルドと聞いていたが、この執事のこの言動は何だ、と。

 

「ご心配は無用です。我が至高の主アインズ・ウール・ゴウン様は、恐るべき御方であると同時に慈悲深き御方でも御座(ござ)いますれば、きっとあなたの悪いようにはなさいません。私めをお信じあって、今少しお待ちいただけるよう、心よりお願い申し上げます。」

 

 この言葉を最後に、セバスは直立不動のままとなったため、リーマンは何も言い出すことが出来なくなった。

 

 ただはっきりしているのは、少なくとも今の自分は、死にたい、とは必ずしも思っていないことだけだった。

 

 

                    *

 

 

 ドカン、と大きな音がして目前の玄室の屋根が抜け落ち、そこから室内へ何者かが降り立ったことを認めて、アナールは()るべきものが来た、と覚悟を決めた。

 

 あの四人はしくじって返り討ちにあったに違いない。

 元よりそんなことはどうでもいいことだ。

 

 埃の向こうから現れる、金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢なローブを纏う骸骨の姿に、アナールの心は打ち震える。

 

 遂に再会の時だ、と。

 

 そして彼女は老いさらばえた身で嫋やかに膝折礼(カーテシー)を執ってこう言った。

 

「お久しゅう御座います、いと高き御方(おかた)。」

 

 だが、答礼はない。

 そんなものは(はな)から期待していない。

 この稀人(まれびと)はそういう……無粋で無礼な愚か者だ。

 

演物(だしもの)はお気に召しましたか?」

 

 返事はない。

 

「件の竜王(ドラゴンロード)も、よもや私(ごと)き小娘にこのような目に遭わされるとは思いも拠らなかったことで御座いましょうな。」

 

 ほっほっほっ、と手の甲を口元に当てて(わざ)とらしく高笑い。

 

「で……いと高き御方。」

 

 ようやくここまで辿り着いた。

 この瞬間のために、自分は生きて、死にすらしたのだ!

 

 ようやく言いたかったこの台詞を言える。

 

「これでもあなた様は(わたくし)(くち)……」

「うがぁーーーーッ!」

 

 が、彼女の全身全霊を傾けた一世一代の台詞は骸骨が発した叫び声にかき消された。

 

 はぁ?

 どこまでも無礼な奴!

 

 しかし、骸骨は無言のまま歩み寄ってくる。

 

 ふん、無粋で無礼で無能なおまえは、力づくで私を破壊することしか出来はしまい。

 それならそれで結構!

 それで満足してやっても構わないわ!

 己の愚かさを己の暴力で証明して見せるがいい!

 

 だが、アナールの目前で立ち止まった骸骨は、まったく想像もしなかったことを言い出した。

 

「何勝手に死んでんだよ、ボケ!」

 

 はぁ?

 

「……マジでこれ、どーすんだよ?

 

 プレイヤー()れるのに期待して一ヶ月近く殺禁(さつきん)してたのにあの体たらくだし、せめて真犯人だとかいうやつ屠ってスッキリしようかと来てみれば、よりによって雑魚(ざこ)吸血鬼(ヴァンパイア)じゃねーか!」

 

「ざ……ざ……雑魚(ざこ)ですってーっ!」

 

「さっきからゴチャゴチャうるせーよ、カス!」

 

 パン、と手で払い除けるとアナールはくるくるっと宙を舞い、ザクッと頭から床に()(ささ)った。

 

「ア、アナール様!」

 

 ようやく変事に気づいたエミルクが隣室から飛び出して来て、

 

「武技<斬撃>!」

 

 ぺちっ……パン……くるくる……アナールのすぐ隣に、ザクッと頭から床に()(ささ)った。

 

 こうして主従は紆余曲折あって元の名前(Lana & Klime)を取り戻したのである。

 

 

 

 天地逆に床に突き刺さる吸血鬼主従がそもそも何者であったか、など興味もないし憶えてもいないアインズは、異世界転移以来の百年を通して最大の危機……は他にもあったのかも知れないが、これも憶えてはいない……に陥っていることを自覚していた。

 

 こんなに長く、生ける者を屠らずにいたことはない。そして、次から次へとお楽しみが空振りに終わり、死の支配者(オーバーロード)の体が求める餓えは極限へ達しようとしていた。

 

 隣室からかすかな(せい)の気配を感じ、ダダダッと駆け込んでその元と思しき金属製の樽を力任せにひっくり返して見れば、中から何体かの遺体が転がり出る。構造からすると手造りの搾血機(スクイザー)のようだ。転がり出た人間はついさきほどまでは瀕死ながらも生きていた可能性もあるが、たった今のアインズの乱暴な扱いでとどめを刺してしまったらしい。

 

 ますますアインズの苛立ちは深まる。

 

 マズい!

 このままではオレは暴走してしまうかも知れん……。

 

 一気に転移でナザリックへ戻るか?

 

 いや、それは問題の先延ばしで何の解決にもならない。

 ナザリックには彼が屠るべき生者がいないのだから。

 

 ツアー?

 いや、あれは今の冷静さを欠く自分が戦ってよい相手ではない。

 

 しかし、このまま再びさきほどの街に戻ってデミウルゴスたちと合流すれば、何かの拍子に……たとえば、たまたま通りかかった村人の姿を視界に捉えた途端、発作的に<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>だとか<最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)>みたいな物騒な魔法を発動させて大惨事を招きかねん!

 

 何か……何か解決策があるはず……

 

 考えろアインズ!考えるんだ!

 

 ……あ!

 

 いや……誰も名前を憶えて……

 

 ん?

 

 そうか!

 

 ふふ……ふふふふっ……わははははっ!

 

「オレは天才かも知れん!」

 

 追い詰められたアインズに霊感(インスピレーション)が走った。どうして今の今までこれを試みようと思わなかったのだろう、こんなに素晴らしいアイデアなのに!

 

「<伝言(メッセージ)>!

 

 あ、シズ?

 

 ……そう、オレオレ。

 そう、作戦中!」

 

と、何故か戦域から下僕(しもべ)に<伝言>を飛ばすと途端にノリが軽くなるアインズは、シズに検索を指示する。きっとシズと、百年の長きに渡って日記に由無(よしな)(ごと)を記録し続けてくれたデミウルゴスは、自分の期待に応えてくれるはずだ、と確信しながら。

 

 そしてややあって。

 

「……あ、あった?

 

 はぁー、助かる。

 うんうん、十二巻に書いてあった?

 随分昔だねー……うん、そっかー。

 デミ流石だよねー……あ、デミウルゴスのことね。

 

 うん、そうそう。

 じゃ、早速試してみるから。

 

 うん……じゃ、またな!」

 

 さて、情報は得られた。

 後はうまくいくか、だ。

 

 アインズはゴソゴソと所持品(インベントリ)から短杖(ワンド)を取り出す。

 根が貧乏性のアインズとしては、破格の贅沢になるが背に腹は変えられない。

 

「さて……」

 

と、ありもしない肺で深呼吸をし、一息あけて短杖(ワンド)を振り上げる。

 

 無論、さきほどシズに要求(オーダー)したのは……

 過去百年にアインズが心うきうきに屠った者の中でもその名が特定できる者の名前、だ!

 

「<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>!

 

 蘇るがいい……クレマンティーヌ!」

 

 途端、目前の石の床に眩い光を放つ魔法陣が現れ、その中心に生じた光の玉が次第に大きくなっていき、やがて人型を取った。そして、その光が薄れてゆくと、中からボブヘアーの、いかにも鍛え上げられた戦士らしい(しな)やかな肉体の、全裸の女性が出現したのである。

 

「せ、成功だ!」

 

 思わずアインズは諸手を上げて喜んだ。

 魔法って何て素晴らしいのだろう、百年も前に屠った相手を再び蘇らせることが出来るなんて!

 

 ややあって、出現した女性……百年前のスレイン法国漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌは、百年ぶりにその瞳を開いた。

 

「……うーん……え?

 

 何、これ!」

 

 本人の主観からすれば、骸骨の化け物に決死の特攻を試み、渾身の蹴りを掴み取られた直後に意識を失い……次の瞬間には目の前にバンザイをしながら楽しそうに笑う骸骨がいて、しかも自分は全裸だ。

 

 わけがわかるまい。

 

「会いたかったよ、クレマンティーヌ!」

 

 アインズはやさしく彼女を抱擁する。

 

「な、何!

 一体何なの?」

 

 クレマンティーヌは狂乱の叫びを上げる。

 

 その耳元でアインズが囁く。

 

「……教えてやろう。

 おまえは存外人気者なんだ……。

 

 ()()()()()()だよ!」

 

「……は?」

 

「そして……さよならだ!」

 

「……ぃ?」

 

 ボキッ!

 

 ぷっはぁーっ…………(たま)らぁーん!

 

 

 

 呆れたことに。

 

 アインズはこれを三回繰り返した。

 

 繰り返したアインズも大概だが、繰り返し蘇生を拒絶しなかったクレマンティーヌも偉い。

 飽くなき(せい)への渇望!

 

 と言うか。

 

 彼女からすれば、突然頭を後ろから鷲掴みにされて水を張った桶に繰り返し顔を力づくで突っ込まれているような感覚であり、抗わずに死を逍遥と受け入れる、という選択肢がただただ採り得なかっただけなのかも知れない。

 

 とまれ、四回目の<蘇生>となったとき、彼女の能力値(レベル)は一桁前半まで落ち込んでいた。

 

「はぁー……スッキリした!」

 

 どこまでも身勝手な大魔王は、溜まりに溜まった鬱憤がすっかり消え去ったのを感じている。

 

 死臭漂う地下室。

 目前には四度目の蘇生で弱りきり、最早声も出ないクレマンティーヌ。

 背後にはいまだ天地逆に突き刺さったままの吸血鬼主従。

 

 しかしアインズだけは、晴れ渡る青空の下見渡す限り新緑の野原に遊ぶが如く、気分爽快だった。

 

「うん、もういい。」

 

「ひぃ!」

 

 阿鼻叫喚の体験を経て、アインズの声を聞くだけでクレマンティーヌの美しい肢体は縮み上がり、石の床の上に転がってただただ震えるばかり。

 

「……どうしようかな、コレ?」

 

 百年前の快楽殺人鬼(さつじんき)も、こうなってしまえばただの人畜無害な女だ。

 身勝手極まりないが、流石のアインズもちょっと悪いことをした気分になりつつある。

 

「……いい子にできるか?」

 

「…………」

 

「百年ほど経っちゃったけど……今度はいい子にできるか?」

 

「……はいぃ。」

 

「できるな?」

 

「……はいぃ……いい、子……に、しま……す。」

 

「よし!なら許してやろう。」

 

「…………」

 

「でもな……」

 

「ひっ!」

 

「悪い子には……鯖折(サバお)っちゃうおじさんがやって来るからな!」

 

「ひぃーっ!」

 

「じゃ、()こっか。」

 

 気分爽快なアインズは、縮こまったままのクレマンティーヌを小脇に抱え意気揚々と<転移門(ゲート)>を潜って行った。

 

 

                    *

 

 

「え……何これ?」

 

 アインズは当惑する。

 

 途中、適当な場所に衣服を与えたクレマンティーヌを放り出し、四人組と戦った(やかた)へと<転移>したアインズは、異様な光景を目にした。

 

 さきほどアインズが仕留めたユグドラシルプレイヤーを囲んで三人のNPCがさめざめと泣いているのは変わらないが、何故かそこにパンドラズ・アクターとコキュートスが加わっている。

 

「何これ?

 どういうこと?」

 

「あぁ、アインズ様。

 お戻りになられましたか。」

 

 車座になって泣き続ける五人の傍らに姿勢を正したまま立っていたデミウルゴスが、アインズの出現に気づいて声をかけてきた。

 

「どうも……コキュートスとパンドラズ・アクターは三人の境遇に共感してしまったようで。

 さきほどからずっとあの調子で御座います。」

 

 下僕(しもべ)たちの存外情感豊かな行動に困惑しつつも、クレマンティーヌ三連(コンボ)で気分爽快のアインズには常の明晰な思考が回復している。

 

 そもそも今回の作戦は、必ずしも敵の殲滅を目的とはしていなかった。

 

 ツアーの居城襲撃からさほど間を置かずに仕掛けてきたことから、敵方が何らかの理由で焦っていること、ニグレドによる監視に気づいていないことは最初からわかっていた。加えて、アインズの関心を惹く出来事(イベント)をわざわざ用意したということは、敵の標的が当初想定されたツアーではなく、アインズ自身であることを示唆している。

 

 彼は決して自意識過剰ではないが、自身、厳密にいえばユグドラシル時代のモモンガが有名人であったことには自覚がある。アインズが標的になっている以上、敵がモモンガの能力や戦術についてある程度の知識を有した上で仕掛けて来ている可能性は高い。

 

 それでも敢えて拙速に戦いを挑んで来るのであれば、敵には何らかの勝算があることになる。

 

 最もあり得るのは世界級(ワールド)アイテムの存在。

 

 ゆえにアインズは、パンドラズ・アクターには<強欲と無欲>、コキュートスには<幾億の(やいば)>、デミウルゴスには<ヒュギエイアの(さかずき)>、セバス・チャンには<山河社稷図>を装備させ万全を期した。アインズ自身の<モモンガ玉>を加え、これで敵がたちまちに世界級アイテムを使用したとしても初手は凌ぐことができる。

 

 後は、アインズが死霊系即死魔法を最も得意とすることは知れ渡っていたはずであるから敵がそれに対策を施してくるのは大前提として……それにすら対策してこない相手はもはや敵ではない……さらにそれすらも侵徹可能な(エクリプス)特殊能力(スキル)に敵がどう対応してくるかが最後に残る問題となる。

 

 であるならば、まず最優先すべきは敵の手の内を知ることだ。

 

 そこでアインズは、アインズに扮したパンドラズ・アクターにコキュートスのみを随伴させ、敵にこれ見よがしに先制の好機(チャンス)を与えると共に、これに呼応した敵の行動開始をニグレドが察知した後、少し遅れて<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を施した状態でデミウルゴスを伴って戦場に乗り込んだ。敵はモモンガと既に戦闘を開始しているつもりでいるので、アインズの隠形(おんぎょう)が見抜かれる可能性はほぼない。

 

 さらに、デミウルゴスの速攻の<次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>によって戦域離脱を封じた上で、間髪置かずパンドラズ・アクターに似非の必殺コンボを演じさせた。敵にこれを凌ぐ切り札があるのであれば、大慌てでそれを切るはずだ。今回の会戦についてはそれさえ見切れば十分で、その後は一旦撤収でも構わないというのが当初の計画であり、一気に決着に持ち込んだのは、戦術選択肢(オプション)として検討されていた、敵の対策が使い切りアイテムであった場合の対応、の一つであるに過ぎない。

 

 そして、極短い戦闘時間ではあったが、敵の構成と対応から、アインズはこの四人組がどういった連中であるのかについても、既におおよその目星をつけていた。

 

 まず第一に。

 彼ら自身は意識していなかっただろうが、四人組が<飛行(フライ)>でデミウルゴスと隠形(おんぎょう)しているアインズの前を横切ろうとしたとき、その編隊(フォーメーション)がユグドラシルNPC戦闘AIの標準設定(デフォルト)に従っていることを一目で看破し、中央の灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)こそがプレイヤーであり、(ほか)三人はNPCであることに気づいた。

 

 第二に。

 であれば、奇異なのは全員が人間種であることだった。

 

 ユグドラシルにおけるNPCの最も一般的な用途は拠点防衛の戦力である。ゆえに、原則としては一点豪華主義に能力を盛り込んだ異形種を選択するのが常道だ。対して人間種を選ぶ利点(メリット)は、その汎用性と、亜人種や異形種に比した場合の成長速度であり、そのいずれをも享受できない拠点NPCに敢えてそれを選択しているということは、本来の用途()()の目的があるからだ。

 

 そして四人組の一党(パーティー)の構成。

 戦士(ファイター)聖騎士(パラディン)野伏(レンジャー)魔法詠唱者(マジックキャスター)……古典的(クラシック)と言ってもよいほどのやや攻性(こうせい)寄りな王道編成だが、これもNPCが基本的に拠点防衛戦力であるという原則論から逸脱している。むしろこうした編成を採るのは駆け出しのプレイヤーだ。

 

 となれば、目的が明らかになる。

 

 これらのNPCは、プレイヤーである魔法詠唱者が()()()()()()を再現すべく創造したものだ。

 

 これが、自身、至高の四十一人の仲間たちの記憶の顕現であるアインズの関心を強く惹きつけたのは否めない。

 

 が、よりアインズに強い印象を与えたのは、<七秒間の奇跡の指輪(リング・オブ・セブン・セカンズ・ミラクル)>が発動される直前、プレイヤーと(おぼ)しき魔法詠唱者と指輪を装備した聖騎士NPCの間で交わされた、

 

 ダラム、タイミングを誤ってくれるなよ。

 

 もちろんですよ、ピー。

 

との、()()()()の会話だった。

 

 アインズは、常にナザリックの下僕(しもべ)たちに「オレはアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼んで欲しい」と言い続けて来たが、実際には一度たりとも、アインズ、と呼ばれたことはない。

 

 彼を自身の恋人と認識しているアルベドでさえ、アインズ様、と彼を呼ぶ。

 

「アインズと呼んで欲しい」をNPCへの命令である、と見做せば、これは列記とした命令違反だ。だが、どれだけ気さく(フランク)に仲間として接し続けようとも、下僕(しもべ)たちは百年もの長きに渡り、彼に敬称を捧げる習慣だけは決して捨てなかった。

 

 そして……。

 

 アインズの背後に見える<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>の時計の針が示す、自身に残された時間を承知していたはずのプレイヤーが今際(いまわ)(きわ)にアインズに問うた言葉。

 

 やはり仲間を巻き添えにするのか。

 

 必殺コンボに対策を講じてきたことは、彼らがギルド、アインズ・ウール・ゴウンをユグドラシル時代から見知っていたことを示している。千五百人のプレイヤーによる襲撃の際も宝物殿から一歩も出なかったパンドラズ・アクターはともかく、コキュートスとデミウルゴスについては、NPCであることを彼らは知っていたはずだ。

 

 が、あいつはそれを「()()を巻き添えにするのか」と問うたのだ。

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